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第65話 夢境脱出


 「夢境の天井を……?」


 「そ。最初、俺はどっからこの夢境に入ってきた?」


 「……雲の上だ……」


 ハッとしたように學が言うが、すぐに腑に落ちない表情をした。


 「でも、俺は最初あの絨毯の上で寝てて……」


 「寝てたなら、実際この夢境にどうやって入ったかは分からない。もしかしたら、學も天井の方から入ってきたのかもしれないよね。それに、横軸は歩いても端は見えないけど、縦軸には雲や亀裂が入るなどの"変化"があった。横軸に際限がないとしても、おそらく縦軸には際限がある」


 「なるほど」


 納得したような表情を浮かべ、學は頷く。


 「可能性は概念だ。概念は万物を凌駕する」


 柊の足元からモヤモヤと術水が湧き出すと、それは忽ち柊を包み込まんとするほど広く、展開されてゆく。


 それはやがて螺旋状に渦を巻き、學の視線をどんどん満たしてゆく。


 「可能性は遡るという不可能をも可能とし、俺らをきっと現界へ導いてくれる。行くよ、學」


 「は、はい」


 學は柊のそばに着き、柊の展開する術水の嵐に飲み込まれる。猛き渦を成した柊の術水が塔のように天井へと伸び続け、そこにある雲を突き破った。


 「どんどん上がるよー」


 すると柊と學の身体が無数の粒に分解され、術水の塔の内部を猛スピードで上昇し始めた。


 「なん——」


 頭まで残さず分解されると、言葉が出なくなった。


 (不思議だ……俺の身体、視覚的には分解されたのに感覚的には何ら変わりはない。ただ喋れないし自由に手足が動かせないからやっぱり分解されてるんだろうが)


 空間に聳え立つ蒼白き塔が根本から消え始めた。


 同時に雲を突き破る塔の先端は、やがてその世界の高度限界を捉える。鋭利な塔の先端が空に大穴を穿つ。


 (本当に天井が……)


 大穴を穿ち高度限界を抜けた先に、漆黒の世界が広がる。術水の塔はそこをただひたすらに直進し、そのスピードを緩めることはない。


 (何だ……辺りが暗くなった途端、俺らにかかる重圧が桁違いに……!?)


 視界は漆黒に支配されて、音も聞こえない。感覚も先ほどの世界に比べて著しく鈍くなっている。


 先ほどまで感覚的に身体として捉えられていた感覚が失せ、まるでそこに自分がいないかのようだ。


 (もう少しだ、學。この世界はまだそれほど広くないみたいだ)


 (柊先生?)


 (これが俗に言う、脳内に直接語りかけてるってやつさ)


 學の緊張を解くためか、柊がふざけた口調で言う。


 (俺たちを締め付けてるのは高圧力の魔源だ。詰まるところ堕雨の魔源なんだろうけど、推測あと五分は耐えて欲しいかな)


 (わかりました)


 術水の塔は尚伸び続ける。静寂に包まれる二人にこれ以上の会話はなく、その後ひたすらに進み続けること、柊の推測通りおよそ五分——。



 ***



 強い衝撃のせいか、學はしばらくの間気を失っていた。イテテ……と弱く呟きながら、草むらに横たわる身体を起こした。


 「……ここは?」


 學の視界に映るのは、自身の真横で大の字になって地面に寝っ転がる柊の姿。


 學が身体を起こして数秒、気配を感じた柊がムクっと身体を起こした。


 「お、起きた?」


 「ここは?」


 「堕雨と戦った森。飛んだり落ちたりで大変だったんだから」


 柊が徐に立ち上がると、學に手を差し伸べた。


 「ありがとうございます」


 差し伸べられた手を取り立ち上がると、學は辺りを見渡した。見えるのは視界のほとんどを埋め尽くす森林と、木々の隙間から見える曇り空。


 そして、目の前の大木を染める僅かな赤だ。


 「これは……?」


 「堕雨を殺した時に出た血。出た量が量だったしまだ全部じゃないけど、消えてってるね。堕雨も消えるタイプの魔術骸だったってことか。死んだら消えるタイプの魔術骸の陣営ってことでいいのかな?」


 そう言う証に、血はまだ微量残っているのに対して、堕雨の死体はどこにも見当たらない。トドメを刺した直後に夢境へと転送されたため柊に生死を確かめる術はなかったはずだが——。


 「確かに手応えはあったし、殺したはずだ。俺が定めた可能性に対抗できるほどの魔術骸には見えなかったし……」


 「やはり死体が消えたと考えるのが妥当ですか?」


 「そーだね」


 そう言いながらその場をぼーっと見つめる柊に、學が話を変えて問うた。


 「ところで、どうやって夢境からの脱出を?」


 「話の切り替えが早いね」


 柊が目の前の大木の根本に座り込む。そして徐に口を開いた。


 「後に報告する事実なんだけどね。本来夢境にしか存在出来ないとされる堕雨が現実世界に出て来れる方法に目星が着いたんだ。ズバリそれは、自分が夢境の内部から支配した人間の身体を媒介として夢境と現実世界を繋ぎ、そこを通って現実世界に進出すると言うモノ」


 「さっきも聞いたことですね」


 「それを前提に考えて。ってことはさ、それらが夢境から出る方法ってそれしかなくない?って思ったわけ」


 「夢境の中から俺らが現実世界の誰かを支配して、そこを通るってことですか?」


 「そ。それを成功させたのさ」


 柊の言葉に不思議そうな表情を浮かべる學。


 「誰かを夢境から支配したって言うですか?」


 「そうだよ?」


 「誰を?」


 「過去の俺」


 「は?」


 テンポ良い会話が途切れると、しばらく二人は見つめあったままフリーズした。しかし、口をあんぐりとさせた學が何とか口を動かし、柊に質問する。


 「過去の柊先生?ん?どう言う……」


 「まずは現実世界に出るための媒介になる人間が必要だと思って、試しにイメージしてみたの。そしたらなんか出来たんだよね」


 「いや全く説明になってないです」


 「なんか言語化しろって言われても無理なんだよね、感覚でやってるから。まず《顕現印》って、俺にとって極めて都合のいい可能性は具現化に時間や多くの術水がかかるか、あるいはそもそも具現化できないのは學も知ってるよね?」


 分からぬと言った表情をしながら、學は頷く。


 「はい」


 「夢境の中から現実世界に可能性の俺を具現化しようとしたんだけど、流石に無理っぽくて。でも、すでに存在していた過去の俺なら何とかいけるっぽかったんだよね」


 うんうんと頷きながら學が柊の話を理解しようとする。辛うじて、まだ柊の話についていけている様子だ。それをみて柊が言葉を続けた。


 「まぁ、あとは夢境抜けて、具現化した過去の俺を犠牲に戻って来れたってわけ」


 「なるほど。でも、過去の柊先生を犠牲にしたなら今の柊先生は過去に死んでいる判定にはならないんですか?そこはご都合主義ってやつですかね?」


 よく気付いたね、と言わんばかりの微笑みを浮かべ、柊は説明を続ける。


 「今の俺は、過去の俺が死んだと言う事象への辻褄合わせの為に、さっき一度死んでいる。でも、俺は俺の術水には耐性があるから《顕現印》で自己蘇生が可能なわけ」


 「それは重々承知してますが」


 「なら説明は要らなかったね」


 大木の根本に座り込んでいた柊は腰を上げると、ポケットから携帯端末を取り出した。


 「あ、迦流堕から連絡が入ってた。學、ちょっと待ってて」


 「はい」


 迦流堕へ電話を折り返し、柊は迦流堕が出るのを待つ。数秒待つと、電話が繋がった。


 「迦流堕、連絡ごめんね。どうした?」


 それから柊はしばらく喋っていた。


 學が考え事をしている傍らで、柊の表情が険しくなっていく。それを察した學が柊の方を向き、どうしたのかと様子を伺った。


 「——わかった。俺らもすぐ戻る」


 そこまで言うと、柊は連絡を切る。


 「柊先生、何か——」


 「歩夢が任務に行ったっきり行方不明になった」

 



 


夢境脱出を果たした柊と學だったが、引き起こる非常事態は待ってはくれず——

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