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第64話 夢境脱出の手立て


 時同じくして、とある街外れの荒野の真ん中。


 「クソ……あと一歩遅かった……」


 地に跪き、無念がるように両手を握り締めるのは久留美だ。その傍で、迦流堕が久留美に声をかける。


 「く、久留美さん……」


 「……本部には我から連絡しておこう」


 「いや、わたしがしますよ」


 しばし間を置き、久留美が口を開いた。


 「……頼めるか?」


 「えぇ」


 迦流堕が携帯端末をいじり、連絡をかける。連絡先は本部だ。迦流堕は久留美に気を遣ってその場を少し離れると、状況報告を行なった。


 『こちら本部』


 「……『万』の枢木です。本部からの要請により重要案件に向かった、三年、東阪歩夢が消息を断ちました。現在地の情報を送りますので捜索隊の捜索を要請します」


 そこからしばらく話し、迦流堕は連絡を切る。


 「久留美さん。あと数分で本部の捜索隊二〇名をこちらに寄越すそうです」


 「……そうか。いやはや二〇名とは到底足りぬと思うがな」


 「人員不足は否めませんからね……」


 「本当に人員不足なのか否か。まぁ、本部が言うのなら仕方あるまい」


 久留美は立ち上がり、その荒野を呆然と見渡した。


 「戦った形跡の残らぬ重要案件——都市伝説とすら言われるその実態は、無欠なる暴虐者による空間魔術の影響によるものだった。奴は標的を自身の空間魔術に閉じ込め殺し、その残骸もその場には一切残さぬ」


 久留美が語り始める。


 彼の言う通り、荒野に先頭の形跡はおろか、賢術師が放出し飛び散るはずの術水すら感知できなかった。


 普通ならばここで戦闘は行われなかったと話は終わるはずだが。


 「久留美さん、それは?」


 久留美が手に何かを持っているのを見て、迦流堕が後ろから話しかける。


 「これか?」


 それは、水縹の花模様が彫られた円柱のようなものが付いたペンダントだ。


 「先ほどそこで拾った。これは歩夢のものである」


 「ペンダント……」


 「歩夢……」


 久留美は、静かにそのペンダントを胸ポケットに仕舞う。風に靡かれ二人のスーツは揺れるも、久留美の握り締めた拳を震えさせるのは如何なる感情なのか。


 少し強い風など気にせず呆然とそこに立ち尽くし、久留美は呟いた。


 「……歩夢、どこへ行ってしまったのだ?」



 ***



 某所。


 「ここが夢境だと仮定すると、あとは誰の夢境なのかって話になる。俺の見解だと、俺や學個人の夢境なら、こうして俺らは出会えないと思うんだよね」


 「つまり、ここは堕雨の夢境……」


 「俺の見解ではね。堕雨の話が本当なら、この夢境も堕雨が支配してる領域だ。内側から何が出来るかはまだ未知なんだよね」


 「それから、今の俺らの状態も知る必要がありますね」


 學が言うのは、夢境の中の自分らは、堕雨の言う意識だけの状態なのか、はたまた肉体ごと夢境に引き摺り込まれたのか、という話だ。


 実際意識だけなのか肉体まであるのかの違いでは、夢境内で出来ることも変わってくるだろう。


 「じゃあ學、試しに俺の身体に術式ぶち込んで来てくれない?」


 「は?」


 「出来れば穴開くくらい」


 流石に困惑する學に柊は冷静に説明する。


 「今この身体にどれほどの痛覚があるのか。意識だけなのか肉体まであるのか知れるし、何より、夢境の中で強い衝撃を受けた場合、現実世界の俺たちにどんな影響があるのかも後で確認できる」


 「本当に大丈夫ですか?やれって言うならやりますけど、俺はどうなっても責任取りませんからね。言いましたからね?」


 「大丈夫だってー!ほら、どんと来なさいなっ」


 「で、では」


 問題なく術印を展開した學が詠唱を始める。


 「《語撃印》——」


 腕を腰に当てて胸を張り、柊は學の術式を待つ。


 「本当に知りませんからね。四式、[流星孔輝]っ!!」


 フル詠唱で學の頭上に生成された照り輝く岩の群れが、突っ立っている柊の身体に着弾する。


 凄まじい爆発音と共に鮮血が散る。やはり心配になったか、學が思わず柊に近寄った。


 「だ、大丈夫ですか?」


 「仮想実現」


 大爆発による黒煙が開けると、そこには身体の至る場所が抉られた柊の姿が。


 しかし、その輪郭に穿たれた穴がみるみるうちに埋まってゆく。彼の身体に空いた穴を満たしていくのは、仮想実現により発生した術水だ。


 (術水で穴を塞いでる!?術水自体で怪我の修復をするなんてことは……)


 「うん、痛覚は普通にあるね。普通に痛いし、出る血の量も見たところ正常だ。じゃあ、こっちに肉体ごと入ってきたってことでいいのかな……?」


 (柊先生が怪我したところ見たことないから知らなかったけど、そうだよな。この人、他の賢術師とは術印のチート具合が違うんだ……)


 やがて全ての怪我を治癒し終えると、柊は顎に手を当てる。


 「肉体もこっちに来てるって仮定してみようか。ならどうするか?でもここに入ってきた時に上空から見た感じ、バカみたいに広くて境目みたいなのは見えなかったけど、どのくらい続いてんだろ?」


 (上級レベルとは言えたかだか一体の魔術骸が支配する領域に過ぎないし、無限に続いてることはまず無さそうだ……柊先生の言ってることも正しいと思うし、俺自身もそう思ってる。肉体がこっちに来てるなら、夢境側(こっち)で衝撃を受けて現実世界の肉体を叩き起こすことなんて出来ないし……もしかして意識だけこっちにあるよりもできること制限されないか?)


 「肉体があるから出来ることを模索しよう。意識だけよりもメリットが絶対にあるはずだ」


 「そうですね」


 方法を探さないことには始まらぬと思い立ち、學はそう答える。それを聞くと、柊は徐に歩き始めた。學も無言で柊の背に着き歩を進める。


 「どうだった?重要任務」


 しばらく歩いていたが、柊は唐突に學へ問う。


 「なんですか唐突に……。ん、まぁ、普通ですよ。骸も大した奴じゃなかったし、俺と歩夢で倒せたし。あぁそういえば」


 「ん?」


 學はハッとした様子で柊の方を向く。


 そして、例の赤鳥が、死んだ後に消えるタイプの魔術骸であることを伝えた。


 「濤舞、如牟、そいつらの配下の魔術骸と同じタイプ……そう考えるなら、屍轍怪と餓吼影あたりはその類の魔術骸と考えていいのかな?そもそも、そこ自体一つの陣営であると捉えることもできる」


 「魔術骸が陣営を?」


 「そう。昔に比べて近年、知性が発達した上級レベルの魔術骸が増えている。そいつらが陣営を組んでこっちに刺客を寄越してると考えれば?」


 「先の江東稔失踪の一件で出現した屍轍怪、寒廻獄、その他廃発電所の周囲にいた死んだら消える骸どもが一つの陣営として動いていたってことですか?」


 學の言葉に柊は静かに頷いた。


 「だとして疑問なのが、餓吼影の陣営に堕雨が含まれているのかってこと。とはいえ堕雨はそこまで知性が発達しているわけじゃない。上級レベルの魔術骸ではあるけどね。おそらく濤舞や如牟の二体よりも劣ってるし、言葉もやっと聞き取れるほどの拙さだ」


 「鵺魔は消えたんでしょうか……?」


 「學が戦ってた魔術骸?」


 「はい」


 うーんと唸りながら柊は考える仕草をする。


 「その鵺魔って奴と堕雨が結束してるかによるね。堕雨と餓吼影が手を組んでいるかどうかは分からない。そもそも、餓吼影の陣営の魔術骸は死んだ後に消えるっていうのはあくまで仮定に過ぎないからね」


 そう言うと、柊は頭上で手を組んで背伸びをする。


 「まぁ、あれもこれもここから出ないと考えても無駄だよね」


 「ここから出る手立てが?」


 「うん、一つ思いついてね」


 柊は《顕現印》を展開する。すると、彼の両脚が地面から離れた。術水操作により自身を浮遊させたのだ。柊は浮遊すると學の方を見る。


 「どういう方法が……?」


 徐に上を指し示し、柊が言った。


 「夢境の天井を突き破る」

 

 

 

 


夢境脱出へ向け、柊と學が動く——

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