第63話 臨終
時は数十分ほど前に遡る。
柊は七夢の堕雨との空での攻防を制した直後、《顕現印》によって堕雨の身柄を拘束した。
同時に堕雨の首に掛けられた《顕現印》による術水の刃がギラつく最中、柊が堕雨に言う。
「五感はあるっぽいし、お前がどんだけ俺の拷問に耐えられるか試してみようか」
「現実世界ニオケル我ガ身ハ身代ワリ人形モ同然。殺ス徒労ハ無駄ニナルダケデアル。ソレデモ良イト言ウノナラ、喜ンデソノ殺シヲ受ケ止メテヤラン」
「魔術骸を殺すことが徒労になるわけないじゃん」
柊は付近の大木を背もたれにして立ち腕を組む。
「お前、最近また人を殺したろ」
「飢エタ者ノ行ウ至極同然ナ事ダ」
「人間を食い殺すのが狩りだと言いたいの?」
「弱肉強食トハソウ言ウ事ダロウ。弱者ハ強者ニ狩ラレ、礎トナル宿命ヲ背負ウ」
拙くも饒舌に喋る堕雨に冷たい視線を向ける柊。
柊は左手を前に突き出すと、人差し指をクイっと動かす。すると、堕雨の首に掛けられた術水の刃が一枚動き、堕雨の首に突き刺さった。
同時に堕雨の両目の下瞼がぴくりと動く。
「お前が支配できる人間の夢境について詳しく説明しろ。出来るだけ簡潔に。人間を侮辱するような言い方をするなら、その痛みはどんどん倍増するからな」
堕雨の首からツーっと血が流れ出す。
「我ガ魔術ニテ支配出来ル夢境ハ二種類アル。我ガ見ル夢ト人間ガ見ル夢ダ。条件満タシタ人間ノ夢ハ、ソレ以降ナラバイツデモ支配下ニ置ク事ガ出来ル」
「条件とは?」
「宵為鴉ヲ現実世界ニテ目撃スル事ダ」
「宵為鴉?」
「ソウダ」
堕雨は、自身の翼から創り出した創造種であると説明した。それに対し、柊が間髪入れずに問う。
「なるほどね。宵為鴉を目撃した人間の夢を支配した後、お前はどうやって人間に悪夢を見せてるんだ?」
「支配シタ夢境ニ入リ込ミ、ソノ夢境ノ主ヲ夢ノ中デ惨殺スル。ソレダケダ」
ん?と呟き、柊は続けて問う。
「夢の中で人間を殺すって、実際に夢の中にその夢の主の肉体を呼び込むって事?ん?どう言う事だ?ちょっと詳しく」
「……面倒ナ奴」
「なんて?」
堕雨がぼそっとそう言った瞬間、首に刺さっていた術水の刃がさらに深く押し込まれる。
血がドクドクと流れ出すも、堕雨は瞼をぴくりと動かすほどの反応しか示さない。
「……我ガ支配シタ夢境ノ主ノ意識ハ、ソノ夢境ノ中ニ囚ワレ、現実世界ニ存在スルソノ者ノ肉体ハ、サナガラ意識ノナイ抜ケ殻ト化ス。夢境デハ、意識ハソノ者ノ魂ヲ表ス」
「なるほどね。だから夢境の中で、さながら人間を殺すって言う芸当が出来るわけだ。ってことは、お前に夢境を支配され、意識が囚われた人間はその間、仮死状態ってこと?」
「話ガ早イナ」
意識を一時的に抜かれたと言うことは、その人間の肉体は生死の間を彷徨う殻となる。
それ即ち仮死状態を表すだろうと推測する。柊は顎に手を置いて考えるような仕草を取る。
(抜き取られた意識が、抜け殻となった肉体と繋がっていると考えれば、その意識が破壊されれば肉体の生命線はその時点で絶たれ、肉体はただ死へと進むしかない。ん?待てよ。じゃあ、眞樹みたいに生還した人間は……?)
柊はハッとして、その後即座に問う。
「その死のプロセスを経て死なない場合は?」
「意識ハ全身ヲ巡リ、ソレハ指先ノ細胞一ツニモ及ブ程繊細ナ代物。夢境内ニ囚ワレル意識ハソノ者ノ九九パーセントニ及ビ、指先ヤ皮膚表面上マデ張リ巡ラサレタ極僅カデ繊細ナ意識ハソノ対象ニ含マレナイ」
「ほう。それはつまり、夢境内で意識を破壊されても、肉体に取り残された一パーセントの意識が残っていれば生存の可能性もあるってこと?」
「ホボ有リ得ヌガナ」
(堕雨の変死事件で亡くなった人間が自身の身を毟って死んでいったのはそう言うことか。皮膚表面上の細胞や血管に残った一パーセントの意識を自ら破壊する事で、自らにトドメを刺していたって解釈が正しいか。まだ完全に意識を破壊しきれていない状態だったから、眞樹は助ける事が出来たと)
「原田智弘さんの身体から出て来たのは、お前が現実世界に出てくるための条件を満たすためだと推理してるんだけど、あってるかな?」
「相変ワラズ話ノ早イ奴ダ」
「やっぱそうなんだ。詳しいプロセスを教えてよ」
どこか不服そうな態度をとる堕雨だが、すぐに口を開いたので柊はそれを見逃した。
「深淵夢境。ソレガ、唯一夢境ト現実ヲ繋グ道。複雑ナプロセスヲ経テ完成シタ存在デ、夢境ノ終着点ニシテ起点ニモ成リ得ル場所ダ」
「深淵夢境——英傑伝承譚にはなかった情報だな。原田智弘さんの身体を支配してその深淵夢境ってとこを通って現実世界に進出して来たわけね。それは、人間の身体を伝ってじゃないと出て来れない感じなの?」
「夢境ノ中カラ繋ガルノダカラ、ソレハソウニ決マッテイル」
「文字通り殻を破って来るってことか」
大体のプロセスは掴めたが、肝心の質問を柊はまだしていない。顎に手を置きながら考えるような仕草をして、柊は堕雨に問う。
「これで最後の質問。なんで、現実世界に出て来たの?」
それまでボヤきながらもすぐに質問に答えていた堕雨が、先ほどとは打って変わって黙り込んだ。
柊がおーいと声をかけるも、口をモゴモゴとするだけで質問に答えようとしない。
「俺に言えないやましい理由でも、あるのかな?」
「……」
しばらく黙り込む堕雨の首に、もう一枚、柊の術水の刃が突き刺さった。
「答えろ」
「……答エヌ」
その後柊が何本術水の刃を首や身体に突き刺すも、堕雨は頑なに口を開こうとしない。堕雨の足元には既に溜まるほどの血が垂れ落ちていた。
「急にダンマリじゃんか……そんなに喋りたく無い?言っとくけど、お前が死んで逃してもらえることはないからね。早いうちに言っておいた方が死ぬ回数少なくて楽だよ」
「殺シタクバ殺スト良イ」
「どうせ現実世界だから?」
(殺して逃げられんなら、まぁそれはそれでいいかな。聞けたいことは聞けたし、どのみち現実世界で殺せないならここで留めておくのは流石にタイムリミットだし)
その瞬間、堕雨の首に突き刺さっていた術水の刃が蠢き、その首を一息に切断する。
長い首が複数等分に分かれ地面にボトリと落ちる。堕雨の頭が白目を剥き、数秒で息絶えたことを柊は悟った。
(死体が消えるタイプ……ではないか。なら、試験会場や廃発電所付近の山林で出た魔術骸のタイプとは異なると言うことでいいのかな)
「《顕現印》って、扱うの大変なんだよ?お前らになら心置きなく使えるけど、この力の制御が出来なくて、稔は……」
柊が堕雨の頭を掴み上げる。
***
「そっから、んー……なんかね、気がついたらここにいたんだよね」
「いっちゃん大事なところ覚えてない……」
絨毯に尻をつきながら、二人は話していた。柊は自身が入ってきた空の亀裂を仰ぎ見る。
「なんで空から来たのかもよく分かんないね。この空間への入り方は人によってランダムなのかも知んないし、なんらかの法則性があるのかもしれない」
「いずれにしろ、先生も俺も、魔術骸を殺したらこの空間に来たってわけですね。そもそも、ここはどこなんでしょうか?」
うーんと考える仕草をした後、柊は口を開いた。
「まぁ、堕雨の創り出した俺らの夢境……いやでもそれだとなぁ」
「夢境だとすれば、現実世界で俺らは無防備の状態で寝てるわけですが……」
「そうなんだよね。そうだったらまずいし出る方法を考えなくちゃいけないんだけど」
(堕雨から引き出した情報がヒントか。つまるところここは夢境なんだろう。俺の勘がそう言っている。念のため學にも情報共有しておくか)
「學。堕雨から引き出した情報なんだけど——」
柊は詳しく、學に情報を共有した。物分かりのいい學は、それらを即座にインプットする。
「なるほど。でも、これらはあくまで敵からの情報であることは考慮した方がいいですよね」
「そうだね。必ずしも奴が正しいことを言ってるとは限らない。俺も疑ってる情報は多くあるし、一方で信憑性も高いのかなって情報もある」
「なるほど」
柊と學は徐に立ち上がり、改めて周囲を見渡す。見渡すもそこにあるのは変わらぬ景色。
無限の続くかのような水平線。
「とりあえず、ここを脱出しないとね」
「はい」
水平線が広がる謎多き空間。堕雨の情報が徐々に明かされていきます——




