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第58話 無欠なる暴虐者


 堕雨の夢境の深淵に眠る深淵夢境(ラビリンス)へと繋がるもう一つの道であり、無欠なる暴虐者と呼ばれた魔術骸が番人を務める禁忌の空間。


 そこは招かれたる者だけが入ることの許される場所、それ以外の外部からの介入を一切許さない絶壁に囲まれたる領域——。


 そこに招かれた者が、その領域に足を踏み入れる。


 「来てやったよ」


 歪んだ魔源が成す円形の門を潜り、歩夢が口を開いた。彼女の視界に映るのは、壁や天井の模様に統一感のない歪んだ空間。


 そして、その深奥の玉座に座る一人の男だ。


 「あの頃の小娘が戻ってきたわけか。話そう。東阪(とおさか)廉斗(れんと)は、初めて余の領域から深淵夢境(ラビリンス)への道を切り拓いた強き者だった。余に殺されるまではな」


 「今日という日までお前を許したことは無い。そしてこれからも。廉斗を殺した報いは必ず私が受けさせてやる。ここでお前を葬り去るまで」


 「余の領域に入った時点で既に汝の死は確定したも同然。兄の死から学ばなかったようだが、余はこの領域に引き入れた者には一切の容赦はしない」


 玉座に座る男はそう言うと、徐に視線を天井へと向けた。


 「余の空間は変幻自在だ」


 その男の言葉の後、天井の形が変形したかと思えば、そこから棘を無数に纏う鉄球が勢いよく落下する。それも数個ではなく、床一面を埋め尽くすほどの量だ。


 「《蒼河印》五式——」


 棘纏う鉄球が床に激突する。しかし、歩夢の頭上の鉄球は、その場で落下が止まった。


 「[海皇]」


 それは自身の周囲に擬似的な海を再現する術式。


 歩夢を包み込んでいた擬似的な海が頭上から落下する鉄球を受け止め、それを四方八方へと受け流す。その海の範囲は徐々に拡大し、やがて床一面を埋め尽くすほどの面積へ。


 「ほう」


 「[海皇]の槍——」


 歩夢が空を握ると、そこに三叉槍が現れた。透き通った海の色の凝縮させたそれは、凄まじい量の術水を含有している。


 「ポセイドン」


 歩夢がその槍の銘を口にすると、その三叉槍は呼応するかの様に淡い海の輝きを発した。


 (見てて、廉斗。あんたの意志は私が受け継ぐ)


 「海……槍……血は争えぬとはこのことか。その術ならば二年前に見た」


 全身から唯ならぬ気を放つ歩夢を前に、されどその男は微動だにしようともしない。


 それどころか足を組み、肘掛けに肘をおいて、悠々と上から見下す様な態度をとっている。


 (撃ち込んでこいってこと?いいよ、そこまで余裕なんだったら見せてやるわよ……!)


 「三式[殲嚙魚群]」


 この空間を埋め尽くす海から魚群が湧いて出てくると、歩夢のもつ三叉槍に勢いよく纏わり付く。同時に三叉槍を中心に獰猛な無数な牙が現れ、歩夢がそれを前方に向かって勢いよく突き出した。


 「ほれ」


 獰猛な無数の牙を纏う三叉槍を前に、その男は蝿を払う様に手を振る。すると三叉槍の前に漆黒の壁が生成された。


 しかし生成された瞬間にそれをぶち抜き、三叉槍は尚も前進した。


 「ほう」


 それから一秒後に玉座まで到達した三叉槍は男の人中から喉、胸部を縦に貫き、後を追ってきた獰猛な牙がそこにある全身を噛み包んだ。


 そのままの勢いで三叉槍は男を縦にぶち破り、玉座をも突き破って後方の壁に刺さることでようやく静止した。


 「《蒼河印》一式、[永海領]!」


 飲み込んだ万物を分解して溶かす呪いの波紋が瞬く間に広がり、空間を満たしていた海のその全てが[永海領]の支配下に沈む。


 即ち、今この空間を満たしているのは、飲み込んだ万物を溶かす水だ。無論、三叉槍が貫いた男の身体をも海は飲み込んでいる。


 「《神髄印》五式——」


 (五式から使うから威力は下がる……でも、今この瞬間に出せる最大火力を!)


 「[朧天界賢弾]っ!!」


 それは《神髄印》にて出せる最大火力の術式にして、虚空をも貫き滅ぼすと言われた弾丸。術水の十二分に込められた詠唱込みの弾丸が放たれた。


 (廉斗がフルパワーを持ってしても圧倒されたって魔術骸……真正面から戦って私が勝てる見込みはゼロに近い。なら、奴が油断して悠々としているところにありったけをぶつけるしか無い!)


 歩夢が[永海領]を使用したのは、生成された防御を溶かしてその男にガードさせる手段を無くさせるのと同時に、海に沈める事で視界を歪ませて確実に黄金の弾丸をぶつけるための布石にするためだ。


 放たれた黄金の弾丸が海の中を突き進み、奥の玉座に着弾した。


 その場を満たしていた海や、歪んだ壁や床がドパアアアアァァァァァンと勢いよく弾け飛び、その後大爆発を引き起こした。


 「はぁ……どうよ」


 三叉槍にて貫いた身体に、万物を溶かす呪いの波紋と、虚空をも貫き滅ぼす光の弾丸を撃ち込んだ。


 破壊され尽くした玉座を見張る様に、歩夢が視線を巡らせる。

 しかし、その瞬間であった。


 「《死を司る懺星(デス・ディザスクロス)》」


 詠唱が響くのと同時に、天井に大穴が穿たれる。


 「照らしたる光は万物を追滅する。奈落より(いで)て万人を凌駕する死棘帝(しきょくてい)の名の下、領域内の挑戦者(チャレンジャー)を迎え討つ」


 穿たれた大穴を埋める様に、ドス暗い至極色の巨大な球体が生成され、下向きに亀裂が入る。そこからギロリと現れたのは巨大な眼球だ。


 「へぇ、今のでも殺せないってことね」


 天井を仰ぎ見る歩夢に、死棘帝が語りかける。


 「東阪廉斗はこれを掻い潜り、余の喉元へ刃を突き付けた。汝その域に達する事が出来るか?」


 歩夢が前方へ手を翳すと、視線の先で壁に突き刺さっていた三叉槍が抜け、歩夢の元まで帰ってくる。


 歩夢の手に握られた瞬間、三叉槍から夥しい量の術水が溢れ出した。


 「やってやる」


 天井の眼球が歩夢をギロリと睨み付ける。


 「《地を囲繞する砂塵サーヴィス・イェドレイ》」


 詠唱の直後、天井が液体の様に靡き、変形して無数の槍が生成された。


 生成されるのと同時に一斉に歩夢に向かって飛び出す。即座に反応した歩夢が初撃を術水を凝縮した両手で受け止めるも破られると、その後無数に迫る槍に対して光を放つ。


 「[天滅刹那烈]!!」


 詠唱の初めから既に放たれた刹那の斬烈が目の前の槍の悉くを斬り落とす。百発ほど槍を落としたところで、しかしまだまだ槍の群れは歩夢に牙を剥いた。


 (あぁ、もう鬱陶しい。さっき座ってた死棘帝はどこに行ったわけ?あの気持ち悪い眼球にでも変身したの?それとも、どっか隠れて——)


 [天滅刹那烈]が槍を斬り落とし続ける最中、背後で一瞬だけ煌めいた悍ましい一点の光を、歩夢は見逃さなかった。


 歩夢は瞬間、身を左の方へ大きく捻る。それまで歩夢の身体があったまさにその場所を、一線の黒き閃光が迸った。


 目を見張ると、周囲の壁の至る場所で煌めきを発していた。瞬間、先ほどの黒き閃光が横から歩夢を襲う。


 (上から槍の群れ、横からは変なビーム。それも絶え間なく来る感じね)


 黒き閃光は煌めいた瞬間に放たれるわけでなく、約一秒ほどの差がある。


 視線を常に動かして煌めいた場所を記憶し、順番に放たれる黒き閃光を上手く躱す。


 (でもこれだと防戦一方。いずれ耐久戦に持ち込まれて潰される)


 とは言え全ての閃光を躱し切れるわけではない。 


 (うっ……死角から……!)


 左鎖骨あたりを後方からの閃光で削られた歩夢が僅かに怯む。それと同時に勢いが弱まった[天滅刹那烈]に僅かな隙が出来ると、そこを数本の槍が通り抜け、歩夢に迫った。


 「くっ……!!」


 咄嗟に三叉槍を振いそれらの槍を薙ぎ払うも、威力の落ちた[天滅刹那烈]を突き抜けて次々と槍が迫る。


 (首を抜かれなくて良かった……集中——)


 体勢を立て直した歩夢が術水放出を加速させる。再び勢いを取り戻した[天滅刹那烈]だったが、次の瞬間、死棘帝の魔術がそれを上回った。


 「《滅却する灯火ギルグ・デストラクション》」


 歩夢の[天滅刹那烈]の勢いを殺し、打ち破ったのは、どこからともなく現れた漆黒の獄炎だ。


 瞬く間に燃え盛るそれは、歩夢の術式の悉くを飲み込み、海にて構成される三叉槍をも燃やした。伝って歩夢の右腕に着火したときだ。


 「ああああああああっっっ!!?」


 断末魔が響き渡る。


 漆黒の獄炎が少し触れただけの右腕が瞬く間に溶け落ちたのだ。骨まで残らず。


 「《蒼河印》っ!」


 咄嗟に生成した海の球体に右腕を突っ込んだ。それと同時に、歩夢の左足の腿を黒き閃光が貫く。


 (あぁもうっ!!)


 貫かれた場所から血がドクドクと流れ出す。


 「四式、[凪時流転]っ!!」


 蒼き壁が歩夢を包み込んだ。


 「籠城するのなら袋の鼠だ」


 空間に響く死棘帝の声が歩夢を包む[凪時流転]を振動する。


 空間は瞬く間に槍と黒き閃光、死棘帝の声とそれに呼応するかの様に蠢く漆黒の獄炎が支配する。


 歩夢の存在はさながら、濁流の中で地面に這い蹲るたった一つの小石に過ぎなかった。濁流を受け続け、それに流され削られるのは、最早時間の問題と言えよう。


 (こんな大怪我久しぶりね……痛っ)


 [凪時流転]は外部からの死棘帝の攻撃を耐え続ける。歩夢は冷静に状況の判断を行った。


 (落ち着け……高火力だけど、死棘帝(あいつ)が撃ってるのは単純な質量攻撃。難しいギミック系統のものじゃないと考えてもいいのかしら……?)


 歩夢は繊細な術水操作を行い、腿に空いた穴を埋める事で応急処置を行う。


 (廉斗は、負けたけれど少なくともこの場は切り抜けてやつの喉元に迫ることが出来た。あの質量攻撃を受け流してあの眼球に辿り着く手立てを……)


 外部からの死棘帝の攻撃を受け続ける蒼き壁に亀裂が入る。


 (もう壊れる……!廉斗が切り抜けた方法、なんとか勝機を見出すっ!)


 焼き断たれた右腕の付け根を、制服を破った布できつく縛って止血し、歩夢は術式を解除する。同時に[凪時流転]が消失すると、歩夢目掛けて一斉に死棘帝の魔術が降り注いだ。


 (さっき破壊した玉座に座ってたのが何なのか分からない。でも、目の前に見据えるものを片っ端から切り捨てるしかない!真正面から突破口を切り開くっ!)


 歩夢が魔術を躱すように駆け出した。走ったまま詠唱を行う。


 「《蒼河印》一式、[永海領]」


 歩夢の周囲に、再び[永海領]の海が生成される。


 「《蒼河印》二式——」


 歩夢の目の前で死棘帝の魔術を飲み込む[永海領]だが、その隙を抜けた魔術に対する[玉砕魚群]が鋭く刺さる。


 (同時に《神髄印》の三式で防御層を作ってもいいけど、そこまでやると流石に術水が持たない。攻撃を防ぎつつ道を作る方法を——)


 [永海領]が残って死棘帝の魔術を飲み込んで無効化し、そこをすり抜けたものは[玉砕魚群]にて迎え撃つ。さながら防御層を築いた歩夢が、しかし苦悶の表情を浮かべていた。


 「痛っ……」


 捥げた右腕に猛烈な激痛が走っているのだ。


 「《蒼河印》四式、[凪時流転]」


 歩夢の詠唱により、歩夢の足元に分厚い蒼き壁が出現した。しかし、壁と言っても防御用ではない。


 強引だが、フル詠唱で使用した《蒼河印》の一式と二式の分、術印の階級制術式の効果による出力の底上げの恩恵を受けて限界まで強固になった足場だ。


 元々外からの衝撃に耐久性を持つ[凪時流転]をフル詠唱で使用し、プラスして階級制術式の効果が上乗せされた一級品である。


 [永海領]と[玉砕魚群]が魔術の命中を妨げる中、階段のように足場を複数作って歩夢が天井へと登る。


 「さぁ、余の魔術の猛攻を耐えることは出来るのか。来れるものなら来てみよ、東阪歩夢」


 一段足場が出来る度に黒き閃光と天井からの槍がそれを破壊しようと飛び交うが、歩夢の周囲の防御層に遮られるのに加え、攻撃を受けたとしてもビクともしないほどの強固性が輝く。


 全てを飲み込むかのような悍ましい眼球を目の前に、歩夢が術水を一気に放出した。


 「《蒼河印》五式、[海皇]」


 広大な海がそこに顕現すると、それが凝縮して三叉槍が生成された。成せる最大出力の術式で構築した極上の逸品だ。


 (眼球を穿つっ!)


 歩夢がそこに生成された三叉槍を左手でギュッと握る。それを眼球目掛けて突き出した。


 「届いてっ!!!」


 三叉槍は勢いそのままに突き出され、目の前のそれを突き破った。


 (……っ!?)


 「えっ……何で……」


 しかし、歩夢の三叉槍が突き破ったのは、眼球ではなかった。そこで三叉槍が突き破ったものに、歩夢が唖然とする。


 「……廉斗?」


 眼球の目の前で歩夢の三叉槍が突き破ったのは、掻き上げた短髪にスウッと通った鼻が特徴的な美貌を持つ成年であった。

 

 

 

 


歩夢の相対すは、《無欠なる暴虐者》と呼ばれた魔術骸。戦いの最中、歩夢の脳内で過去の記憶が呼び起こされる——

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