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第5話 試験開始

 試験当日。


 集合場所に指定された町外れの廃墟に現着した一年生一行。試験開始まで三〇分を切った。


 「……なんだここ」


 俺は目の前の廃墟を見上げて口をあんぐりと開く。


 「一〇年くらい前に閉鎖した温泉宿さ。つい先日、この廃墟で低級の魔術骸が確認されたんだ。感じるでしょ?この、只事じゃない、禍々(まがまが)しい雰囲気(ふんいき)をさぁ!」


 「先生、なんかテンション高くない?」


 澪が柊先生の隣で言った。


 「そりゃ、愛する生徒たちの成長を見ることができるんだから。ちゃんと見てるからね?」


 いつもとは違うねっとりとした視線が俺たちに絡み付く。今に限っては、あの廃墟よりも柊先生の方が禍々しいかもしれない……。


 「でもこれ、かなり居ますよ?」


 「魔源の漏れが半端じゃないね。俺も骸の正確な数までは把握してないんだけど、こりゃ少なく見積もっても八〇弱くらいはいるんじゃない?」


 (あご)を摩りながら柊先生は廃墟に目を向けて言う。


 「八〇?かなりの数で見積もってるじゃない、波瑠明。私的には五〇が良いところだと思ってるのだけど」


 横にいた双橋先生が柊先生に口を出す。


 「みのりんが感知能力に乏しいのは分かるんだけど、五〇は流石に少なく見積りすぎだね」


 「馬鹿にしてんじゃねぇぇぇっ!私は——」


 「随分と仲良しなのですね、お二人共」


 その時、二人の会話に割り込んだ人物がいた。


 俺たちもそちらを振り向くと、そこには一人の男性が立っていた。


 あまり見ない刺繍(ししゅう)の入った黒い外套(がいとう)を身に着け、鋭い目付きをした長身の男だ。


 「理事長……?」


 隣の尾盧が唖然とした表情でその男を見つめた。


 「これはこれは。待ちましたよー、理事長」


 どこか(へりくだ)ったように手を組み、柊先生が歩き出す。


 「波瑠明先生、お久しぶりですね」


 「久しぶり?惚けても無駄ですよ理事長」


 キリッとした目つきで、理事長と呼ばれるその男は柊先生を見つめた。


 「あ。一年諸君っ!この方は、深駒(みく)篠克(しのかつ)理事長。ご無礼の無い様にねー!」


 柊先生がわざとらしく声を荒げて深駒理事長を紹介する。俺たちは頭を深々と下げ礼をした後、こんにちはと挨拶をする。


 「輪慧は会ったことあるよね?」


 「はい。面接の時に一度だけ。その時は挨拶だけさせていただきました」


 理事長は微笑むと、廃墟へ向かって歩き出した。


 「今年の一回試験の会場はここですか。前年度に比べて、なかなかどうしてレベルが高いと伺える」


 「流石理事長、お目が高い」


 柊先生が腕を組みながら理事長の横に並び立つ。


 「波瑠明先生。あなたの選ぶ試験の会場は年々レベルが上がっていますね。その年の新入生のレベルに合わせて試験の内容も難しくし、生徒の成長を図るその姿勢、非常に芳しいことです」


 「年々、賢術師(こっち)側の発展も著しいですからね。その年の生徒に合わせて試験の難易度を調整していたら、なぜか年々試験のレベルがずっと右肩上がりなんてことはザラな問題程度に過ぎませんよ」


 柊先生の言い分に、理事長は酷く冷静に返す。


 「賢学(うち)に入る生徒の九〇パーセントが生まれながらに術印が刻まれた適合の人材ですが、その全ての生徒のレベルが上がっている理由を、誰よりも理解しているでしょうから。君が一番」


 「人間風情が世の真理に触れようなんて御法度ですよ。それは決まって神の所業ですからね」


 何を話しているかさっぱりだったが、会話の後、柊先生と理事長は互いの顔を見合いながら不気味な笑みを浮かべていた。


 しばらく誰も話さない空虚の時間が流れたことは全員が理解しており、また、その場の雰囲気を圧倒的に支配していたのは、誰あろう理事長と柊先生であることも全員が理解していただろうということは言うまでもないだろう。


 試験開始直前になって、やっと理事長が動いた。


 「日野遥希、尾盧輪慧、澪玲奈、姫狗希空。一年生諸君は試験に集中し、ぜひ優秀な成績を持ち帰ってきてくれたまえ。健闘を祈り、期待する」


 そう言い残し、くるりと振り返って歩を進める。


 そのまま姿が見えなくなるまでその背中を見つめていたら、どうやら試験開始の時間が来たようだ。



 ***



 午前八時半、今年初めての試験の幕が切って下ろされた。期限は一時間程度。九時半までの魔術骸の討伐数、討伐補佐数に応じて成績が付けられる。


 「単純なルールだが、何かと意地悪だな」


 試験開始して早々に尾盧がそんなことをぼやく。


 「制限時間は一時間。短いと思ってたが……」


 俺たちの目の前に、到底数えきれないほどの骸が現れた。こいつが、人の姿をした人外の怪物……。悍ましい姿だ。


 「この中で一時間も生き残れっつうのかよ」


 幸い、柊先生の言っていた通り、骸の個々自体は意思疎通すら出来なそうな弱そうな個体ばかりだが、集団で襲われれば一溜りもないだろう。


 「ムオオオオオォォォ……」


 人の姿をしているのに、人の物とは思えない気色の悪い声と共に、一斉に骸たちは襲いかかってくる。


 「《蒼河印(そうがいん)》」


 見れば、尾盧が術印を描いていた。さすがに俺より慣れているな。すぐに展開して見せ、即座に術式を使用する。


 「一式[永海領(えいかいりょう)]」


 尾盧が唱えた瞬間、彼の足元から瞬く間に波紋が広がる。


 それは海上を(たけ)る波が如く。


 「尾盧くん、あなたの術式少し借りるね」


 隣で骸と距離をとりながら様子を伺っていた姫狗がそう言いながら術印を展開する。


 「存分に使え」


 「《戯憑印(ぎひょういん)》一式」


 「ムガアアァァァァッ」


 術印を展開する姫狗に骸が襲いかかる。だが、尾盧の[永海領(えいかいりょう)]の波紋により、瞬く間に骸たちは飲み込まれる。


 「分解され続けろ」


 尾盧の[永海領(えいかいりょう)]に飲み込まれた骸たちが次々と分解されていく。なるほど。見るところ、発生させた津波で飲み込んだ対象を分解し続ける術式か。


 「助かるよ、尾盧くん」


 「自分でなんとか出来ただろうに」


 「まぁね」


 次の瞬間、姫狗の術印が蒼白く輝き始めた。


 「[術奪憑依(じゅつだつひょうい)]——《蒼河印(そうがいん)》っ!」


 姫狗の身体がみるみる溶けて行く——否、尾盧の[永海領(えいかいりょう)]を自身に憑依させる事で、それと一体化した。


 今の彼女の身体は、飲み込んだ対象を分解し続ける[永海領(えいかいりょう)]その物と言うわけだ。


 「自分の身体にあんな物入れようなんて発想が気持ち悪ぃが、戦略としてはさすがとしか言えん……」


 尾盧の[永海領(えいかいりょう)]と、[永海領(えいかいりょう)]と化した姫狗が次々と骸どもを飲み込み分解していく後方で戦局がもう一つ。


 「遥希っ!あんたちゃんとやんなさいよっ!」


 「やってるっ!でも、流石に数が多すぎるっ!」


 俺と澪が若干揉めながらも、慎重に立ち回っては少しずつ骸どもの数を減らす。


 「《業焔印(ごうえんいん)》一式っ![業炎(ごうえん)]っ!」


 燃え盛る火球を飛ばす[業炎(ごうえん)]を四方八方に連発する。流石に、当たれば一撃で仕留められると言ったヌルゲーでは無いが、とは言え相手は低級レベルの骸。火球が当たった余韻でそのまま燃え散る個体がほとんど。


 だが、術水切れを起こさないよう、外見では焦っているよう見えても、内面では案外慎重にことを進めようと必死に状況を見極めている。


 「《音響(おんきょういん)印》一式。[停音呪壊(ていおんじゅかい)]」


 そう唱えるや否や、澪は息を吸い込み、直後に低音の歌声を奏でる。


 歌声は可視化されており、うっすらと波紋が広がるのが見えた。


 「ヌグゴゴゴォォォ……ヌゴォォォ…」


 澪に襲い掛かろうと肉薄した骸を筆頭に、次々にバタバタと躊躇なく倒れて行く。


 澪の歌声が届く範囲に、術式の効果を付与する術印と言ったところか。今の場面に至っては特に重宝する範囲攻撃だ。


 「こんな多くちゃポイントとか言ってらんないじゃ無い……協力しないとマジで死ぬわ」


 「まぁルール上死にそうになったら救済が入るから死なないけどな……」


 とは言え、気付けば俺と澪は、全ての骸を討伐し切っていた。それは、輪慧と希空も然りであり、俺たちは一旦合流する。


 「まだ玄関入ってちょっと歩いただけだぞ。それであの数か、ふざけてるな」


 「まぁまぁ尾盧くん。一旦、奥にいる骸までこっちまで来ちゃったと信じましょ」


 ぼやく尾盧に姫狗が言い聞かせる。


 「これからどうする?あんだけ戦って、試験開始からまだ一〇分しか経ってないわ」


 「……まぁ、進むしか無いだろうな。でも冷静に考えて、個々が低級とはいえ今の大群を突破した俺たちなら行けるって」


 「まぁそうね、ここで立ち止まるのも何だし」

 「行きましょうか」


 骸の亡骸は、後に柊先生たちが一掃してくれるらしいので、俺たち四人は骸の亡骸(なきがら)で埋まった玄関をそのままにして、廊下を静かに歩いて行った。






試験開始。入学してからの訓練の成果を各々が発揮し始める中、何やら不穏な雰囲気が——?

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