第56話 繋ぎ星
時を遡り、蓮辺地区の最北。
最北には、蓮辺地区の中でも秀でて発展している住宅街がある。入り口に立ち尽くし、街の状況を見る人影があった。
本部の要請で赴いた、詩宮學である。
「なんだ、これ……」
そこに広がっていたのは、倒壊した数々の家屋、燃え盛る炎に包まれた地獄だった。倒壊した家屋の隅々に、住民のものであろう死体が転がっている。
「生存者は……いない、のか?」
静寂の中にたった一つ、火がぱちぱちと燃える音があるだけだ。
住民の声など微塵も聞こえてくる気配がない。
任務のため現地に到着した學は、改めて任務の内容を確認する。
本部より學が任されたのは、魔術骸の襲撃が発生した街に出向き、その魔術骸を殲滅することだった。重要案件に選ばれた要因とは——。
「よく来たな、賢術師」
街中を散策する學に話しかける声が一つあった。
學は声の方へ視線を向け、即座に構える。學の視線の先にいたのは、一人の長髪の男である。
「お前が、この街を壊滅させたのか?」
「あぁ、そうだが」
その男は、積み上がった瓦礫の頂上から學へ話しかけていた。ボロボロの絹を身にまとい、一際綺麗なブーツを履いているその男は、よいしょと言って瓦礫の山から地面に降り立った。
「オレは鵺魔。って、今日オレ何回自己紹介すりゃいいんだ?」
「俺の前にも、何人か賢術師が来たのか」
「んー、何人くらいだろうなぁ。六、七人くらいか?よく覚えてないな。オレは、オレより強い奴しか覚えらんない性格でな」
「全員殺したわけか」
學が術印を展開する。完全に戦闘体制だ。
「お前はどれだけオレと戦えるんだ?試さしてくれよ」
両者は術水と魔源を放出し、互いに睨みを利かせている。早々、先に詠唱を開始したのは學の方だ。
「《語撃印》一式、[泰然自若]」
そう口にすると、學の術水の放出量が桁違いに膨れ上がった。これは、筋肉の無駄な伸縮をほぐし、さらに全身の血流を活性化させることで身体的ボルテージを底上げする術式だ。
それを見て、鵺魔も動き出す。
「ほんのジャブだと思って受け取れ」
鵺魔の突き出した右手に白銀の火球が生成される。それが學に向かって放たれた。
「俺もそうするから、はなから全力で来いよ」
學は放出していた術水を自身の両手に凝縮し、目の前に迫る白銀の火球を受け止めた。
それを握り潰し、同時に鵺魔に向かって駆け出す。
「二式、[死——」
學の詠唱と共に、周囲の細かい砂や瓦礫が學の元へ収束し始める。
先の任務で使用したあの術式だ。
数秒経てばそれは渦を巻いて竜巻へ。続いて「熾」、と口にすれば、その竜巻はさらに勢いを増して鵺魔に迫る。
「へぇ、なかなか面白ぇ術式じゃねぇの」
鵺魔が再び白銀の火球を生成する。
その間に學が「奮」、と口にする。竜巻は瞬く間に鵺魔を包み込むと、その中心に向かって収縮する。中心の渦が殺傷力を高め、そこに包み込んだ鵺魔の身を削る。
「こりゃ、痛ってぇなぁ。さっきまでの賢術師のやつとは比べもんになんないぜ!」
(んの割に元気そうじゃねぇかよ。とっておきのお見舞いしてやるよ)
「——迅]」
竜巻がますます圧縮され、鵺魔の全身を絞める。
「《語撃印》三式——」
竜巻に包まれる鵺魔に向かって學が詠唱した。
「[深——」
竜巻の渦巻くこの大地が振動を始めた。
「おっ?今度はなんだ?」
初めてのものを目の当たりにする子供のように、好奇心に満ちた目で鵺魔は正面を睨む。
「天——」
大地の振動はますます激しくなり、竜巻の根本の地面が割れた。ゴゴゴゴゴゴゴッと重低音が幾度となく鳴り響き、揺れはさらに強くなってゆく。
「怒——」
竜巻を中心に盛り上がった大地が双璧を成す。そして竜巻を挟むようにして双璧が佇んだ、その瞬間だった。
「シャアッッ!!」
竜巻の軌道が少し歪んだかと思えば、それを引き裂いて鵺魔は飛び出して来た。全身に先ほどの白銀の火を纏っており、飛び出した勢いのまま學に飛びかかる。
しかし、學はそれを見据えて詠唱を続ける。
「——地」
學がそう唱えるのと同時に、先ほどの盛り上がった大地の双璧に大量の術水が宿る。大地の双璧は意志を持ったかのように動き始めた。
「いい術印持ってんじゃねぇの」
「お前は大したことなさそうだな、早く見してみろよ。お前の魔術を」
學が身を捻って僅かに飛躍した鵺魔の真下を駆ける。それに反応した鵺魔が追いかけようとするも、待ち受けるのは學の支配下にある巨大な大地の双璧である。
「待機解除」
學が左手の指を一度横に振るう。
盛り上がった大地が成す巨大な双璧は高速で引きつけ合い、鵺魔を挟むようにして勢いよく叩きつけられた。
ズガアアアアアアァァァンというけたたましい轟音の後、その衝撃で二枚の壁は瓦礫となって崩壊する。
「それなりにいいもんくれてやったが、どうだ?」
ここら一帯を包み込むほどの巨大な砂煙。数秒の沈黙が続くも、そのまま終わることはなく。
「なかなかやるな、賢術師。名乗ってみろよ」
段々と薄れ始めた砂煙の中からゆったりと歩いて来て、鵺魔は學に言った。
「詩宮學だ、覚えておけ骸」
「詩宮學。さっきの竜巻、血が沸いたぞ」
不敵な笑みを浮かべて鵺魔は言うと、全身から魔源を放出する。
「淵炎術」
放出された魔源は瞬く間に色を変化させる。
「《語撃印》三式」
學も詠唱を始めるが、先に鵺魔の術が発動する。
「《鳴火之鶫》」
鵺魔の背後に、不気味な紫色に変化した魔源が幾つかの火球を造り、その火球がやがて小鳥のような形を象った。
「貫けっ!」
鵺魔の合図で、不気味な紫炎で燃え盛る小鳥たちが學に向かって一斉に飛び出した。
「[深天怒地]」
先ほどとは違い、學がそう詠唱した瞬間、大地が割れて盛り上がり即座に壁を成した。
そこに向かってくる紫炎の小鳥たちに対して學は目を見張る。
(あれは……鳥?この壁を前にして尚そのまま直行してくるのを見るに、一匹一匹が個体として意思を持っていないと考えていい。さて、こっからどうするか……)
紫炎の小鳥が大地の成す壁に激突する。
その数およそ二〇匹の紫炎の小鳥の激突を受けて無数の傷がはいるも、大地の成す壁は崩れない。
「さっきよりか柔いな。じゃ、これはどうだ?」
絶え間なく鵺魔が魔術を使用する。
「《融合獣穿炎》」
鵺魔の縦手刀から魔源の凝縮された紫炎の閃光が放たれる。それを見た學が即座に術水放出を強め、目の前の壁を強化する。
——しかしその強化も虚しく、紫炎の閃光を真正面から食らった壁はいとも容易く貫かれ、壁の背後にいた學に瓦礫が降り注ぐ。
それを術水を凝縮させた両手にて掻い潜り、學はそのままの勢いで鵺魔に向かって駆け出した。
(受けばっかじゃ変わんねぇ。ならこっちから攻めてやるだけだ)
「《語撃——」
「《鳴火之鶫》」
空かさず學を紫炎の小鳥の群れが襲う。
(詠唱すらさしてくんねぇか)
「——印》四式……」
「《死霊堕解》」
鵺魔の全身から白濁した波動が広範囲に放たれる。
「[流星孔輝]」
白濁した波動に向かって、學の頭上から照り輝く岩の群れが生成される。それが一斉に一点に向かって落下し始めた。
(相殺覚悟だ——裏から畳み掛けて終わらせる)
「見てみろ、詩宮學。様子見て威力が上がる方の詠唱の方がまだ良かったんじゃないか?」
鵺魔の言葉と共に、白濁した波動に触れた學の[流星孔輝]は、その場で爆散するでもなく、ピタッとその場で動きを停止した。
「到底、威力が足りんっ!」
その下を掻い潜って、鵺魔が學の方へ突っ込んでくる。
「ヒャハッ!」
鵺魔が紫炎を宿した右掌を突き出した。
それを術水を凝縮した左手で受け止め、學はそのまま握り返す。空かさず鵺魔が右脚で紫炎を纏った蹴りを繰り出すが、それを身を捻って躱した學が左手に力を込める。
「身体、砕けないようにな——」
肩口を鵺魔の懐にぶち込み、そのまま腰を曲げて鵺魔を宙へ担ぎ上げ、そのままの勢いで地面に叩き付けた。
「[流星孔輝]」
自身とほぼ同等の鵺魔の身体を叩き付けたあと、即座に地面を蹴ってその場から後退し、術式を半詠唱と無詠唱で二つ発動した。
無詠唱の三式の[深天怒地]にて、地面に叩きつけられた鵺魔を空かさず大地の成す壁で囲い込み、そこに半詠唱の四式[流星孔輝]を叩き込む。
(あの壁は無詠唱の極めて脆い壁だ。だが、攻撃を確実に当てるために作った簡易的な檻であると鵺魔が考えるなら——)
大地の壁に四方を囲まれ、上空からは照り輝く岩の群れ。
(壁を壊す手間よりも、目の前の[流星孔輝]の処理に意識を置く。さっきの、俺の術式をぴたりと止めた魔術を使い、隙を見て難を逃れる感じになる。そこに刺せばこっちの流れだ)
學の手筈通り、鵺魔は全身から白濁した波動を放つ。想像通り、上空から降り注ぐ[流星孔輝]はその悉くの動きが停止し、鵺魔は瞬時にその場から抜け出そうとする。
「《回星印》牡羊座の切札——」
「……!《融合獣穿炎》」
學の詠唱に対抗しようと鵺魔が紫炎の閃光を撃ち放った。
「[雄角]」
鵺魔の放つ紫炎の閃光に向かい、學は頭部を突き出しながら駆ける。
両者が真正面からぶつかり合い、そこに目が眩むほどの光が照り輝いた——。
三年生、詩宮學。その本領の片鱗が垣間見える——




