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第54話 任務裏の計画


 「——自分の目で確認してみろ」


 目の前には半壊状態のリビングと、そこに佇む巨大な黒鳥。その悍ましい雰囲気、おそらく濤舞や寒廻獄にも劣らないほどの上級クラスの魔術骸。


 「ギエエエェェェッ!!」


 けたたましく、耳を劈くほどの雄叫びを上げながらその黒鳥は俺と輪慧に目を向ける。


 次の瞬間、巨大な翼を羽撃(はば)たかせながら勢いよくこちらへ嘴を突き出した。


 しかし、またその瞬間。


 俺たちの目の前に蒼白き壁が展開され、その壁が嘴をいとも容易く弾き返した。同時に、俺らの目の前に上空の方から人影が舞い降りる。


 舞い降りた人影は、柊先生だった。


 「しくったな……」


 柊先生はそう呟くと、俺らの方を向いた。


 「遥希、輪慧、大丈夫?」


 「は、はい、なんとか」


 「輪慧、その傷は?」


 「事故です」


 端的な輪慧の答えるを聞いた後、柊先生は再び黒鳥の方へ目を向ける。


 正面を睨む柊先生に、俺は問うた。


 「柊先生、あの魔術骸は一体……?」


 「あの魔術骸がおそらく、七夢の堕雨だ」


 「「……えっ?」」


 柊先生の言葉に唖然とする。


 「七夢の堕雨って確か、現実世界の方には出て来れないって話じゃ……」


 輪慧が柊先生にそう言うと、間を開けず柊先生は返答する。


 「状況が変わった。それも最悪な方へ」


 目の前では、柊先生の蒼白き術水の壁と堕雨の突き出された嘴がバチバチと火花を散らして拮抗している。


 同時に、堕雨が全身から夥しい量の魔源を放出しているのが見える。


 「ちょっと、身を伏せてっ」


 柊先生が突如そう叫ぶ。


 それに反応した俺と輪慧は言われた通りに身を床に伏す。それと同時に、堕雨が漆黒のオーラを全身から放出する。魔源が変異したものか。


 「ギエエエエエエエェェェェッ!!!」


 瞬間、柊先生の術水の壁が粉々に粉砕され、同時にこちらに堕雨の魔源が流れ込んできた。


 凄まじい重圧に身体を潰されそうだ。床に伏す俺と輪慧の身体にこれまで感じたこともないような凄まじい力が雨の如く降り注いでいた。


 「《顕現印》空想実現——」


 耳を劈くように、ありとあらゆる轟音が絶え間なく響き渡る。


それらの轟音の全てに共通するのは、おそらく破滅への響き。少しでも気を抜けば身体が捻り潰されそうで、身動きひとつとれる気がしない。


 今は柊先生を信じるしかない……!


 「二人とも、よく、耐えたね」


 轟音の中からわずかに柊先生の声が聞こえた。


 時間にして凡そ一分くらいだろうか。俺らを捻り潰さんとする力の嵐が続いたが、突如、それはヒュッという一つの音に終息した。


 「やっぱ逃げるよね」


 「柊先生……?」


 「遥希、輪慧、堕雨は俺が追う。二人は賢学に帰って、これまでの出来事を全てみのりんに伝えて。いいね?」


 「「はい!」」


 俺らが揃って返事をすると、柊先生は自身の身体を術水により浮遊させ、ぶち抜かれた天井の方から外へ出て行った。


 俺らはすぐに行動する。


 「何が起こったんだ、一体……」


 半壊したこの家のリビングを一通り探すも、智弘さんの姿はなかった。堕雨に連れ去られたか、あるいは——。


 「智弘さんのことも、美乃梨先生に報告するんだ……。行方がわからないって」


 「そ、そうだね」


 半壊した家を後にして、俺と輪慧は賢学への帰路に着いた。



 ***



 時を少し遡り——。蓮辺地区。


 學と歩夢の任務終了直後。


 「本部から連絡……?」


 「なーにー?」


 學の携帯端末が振動する。本部からの連絡に、學は二コールを待たずに応じた。


 「こちら『万』三年、詩宮學です」


 『任務、ご苦労。東阪歩夢もそこにいるか?』


 「はい。ただいま現場確認を行なっています」


 『すまないが、たった今、こちらの定める重要案件が二件同時に舞い込んだ。これより詩宮學、東阪歩夢、二名にはそちらの任務へ向かってもらいたい』


 (マジかよ……)


 内心面倒だと思うも、學は一も二もなくそれに了承した。


 「了解です」


 『助かる。二名にはそれぞれ別の場所へ向かってもらう。各々の携帯端末に位置情報と任務の概要を送っておいた。その指示に従い、臨機応変に対応してくれ』


 「わかりました」


 通話を終ると、気怠そうに歩夢が學に聞いた。


 「行くのー?」


 「あぁ、本部から直々のお達しだ。行かないわけにもいかねぇ」


 「あぁ、なんか送られてきた……」


 學と歩夢の境内端末には、連絡通り任務の概要を伝達するためのメールが届いていた。


 二人は数秒、携帯端末をじっと見て内容を確認すると、ほぼ同じタイミングで顔を上げた。


 「確認したか?」


 「うん」


 「じゃあ、一旦ここで解散だな。歩夢はそのまま任務へ向かえ。俺はもう少しここらの現場確認をしてから任務に向かうことにする」


 はぁ、と溜息を吐きながら歩夢はゆっくり歩き出した。


 「報告はしておくから。現場確認は、じゃあ任せるよ、學」


 その言葉に學はふっと鼻で笑う。


 「なんだ、物分かりいいじゃないか」


 「なんで上からなのよ」


 ぼやくと歩夢はもう一度携帯端末を確認する。


 (この任務……)


 「……じゃ、先に行くから」


 「あぁ。また後でな」


 そう言って歩夢を見送り、學は現場確認に戻る。一方、その場から去った小さな背中の奥で動き出す心情は——。


 (また後で、ね……帰れたらいいな)



 ***



 賢術の学府『万』、教諭室。


 「ごめんね。端的に言えば私と波瑠明は、あなたたち二人に何も伝えず、危険な計画に使ったの。こちらの対応がコンマ単位でも遅れればあなたたちは死ぬ可能性さえあったかもしれない……」


 そう言いながら俺らに頭を下げるのは美乃梨先生である。柊先生に言われた通り『万』へ帰還した後、美乃梨先生に事情を伝えたら、このように頭を下げられた。


 俺と輪慧は何も知らされていない故、頭を上げてくださいと言うしかなかった。


 「実は私も、あなたたちがこの任務に出発する直前に計画の内容を聞いていたの。これが成功すれば、堕雨を討伐できるかもしれないから、今だけ目を瞑って欲しいと言われて。計画の内容には、所々不安要素もあった。でも、波瑠明(かれ)の勘がこうも的中するなんて……」


 「計画の内容は、なんだったんですか?」


 美乃梨先生に聞くと、美乃梨先生は素直に説明を始めた。


 「波瑠明は、ある前提から仮説を立ててたの。堕雨には何かしらの目的があるという前提から、その目的は、夢の外へと進出することなのではないか、ってね」


 「夢の外への進出……?」


 「えぇ、そうよ」


 俺と輪慧は一度顔を見合わせた後、再び美乃梨先生の方を向く。


 「実は、先の任務がうちに舞い込んだのは昨日の昼頃だった。任務に出払ってた者も多く、その上波瑠明は本部へ出向いていたし、とりあえず保留にさせてもらっていた。で、それを波瑠明に伝えたら、急に饒舌に話し出して……」


 「何をですか?」


 「今回の作戦のことよ——」



 ***


 

 先の集会終了後。


 「みのりん、このタイミングで例の任務を遂行する」


 「え?集会が終わったばかりだけれど……?」


 「あまり待ってちゃ奴が何するかわからない。先手を撃つ計画を練ったんだ」


 「へぇ、聞かせて?」


 柊は一呼吸置いたのち、作戦の説明を始めた。


 「……遥希と輪慧を任務に向かわせる?」


 「そう」


 「ただの調査任務に見せかけただけの上級クラスの案件だって言ったのはあなたよね。三年生は出払ってるにしても、他の先生や二年生もいるのよ?そこをわざわざ一年生に向わせる理由がわからないわ……?」


 「英傑伝承譚の情報から、奴は餓吼影や屍轍怪ら陣営の魔術骸ほどの知性はないと思われる。そう言う魔術骸ほど、自分より遥か格下と判断した人間には油断を見せると俺は踏んでる」


 「それで確実に釣るってこと?だからって一年生を……」


 「俺が現場を見張り、奴が現れた時に備えて万全は期す。奴が現れれば俺らの思う壺って事。幸い、奴には数千年分の鬱憤が溜まってるはずだからね。外に出るついでに遥希と輪慧を殺しにかかるだろうね」


 「あんたの動き次第では、二人とも死ぬわよ?」


 「死なせないと俺が俺に誓ったんだ」


 美乃梨ははぁと溜息を吐く。


 「でも、あくまでも賭けなんでしょ?そもそも奴が本当にそんな手を使うかどうか自体不明瞭なわけだし——まぁ、こう言う嫌な賭けに勝つのは得意だものね、あなたは……」


 呆れたような面持ちで美乃梨は頭を抱える。


 「さっきの重要案件、俺は意図的に仕組まれた離散だと直感的に感じてるよ。大丈夫だって!俺の推測は多分当たってるよ——」


 含みを交え、柊は囁くように口にした。


 「——依頼者の原田智弘の正体は、彼の亡骸を被った七夢の堕雨だって推測はね」

 

 

 

 

 

各所で不安な雰囲気を醸し出し——

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