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第48話 黒鳥の夢の中にて


 五月二一日未明——。

 とある地区の一角で、二つの人影が会話をしていた。


 「餓吼影様」


 「屍轍怪か」


 黒き外套のフードで顔を隠しながら話すのは、餓吼影と屍轍怪である。


 路地裏の壁に体重を掛けながら立つ餓吼影に向かって跪きながら、朱色の制服を整え、屍轍怪が言葉を発す。


 「やはり堕雨(たう)が蘇ったようです」


 「ほう。久しいな。蘇ったのはいつ頃だ?」


 「明確な期日は不明ですが、堕雨による被害がで始めたのは先日の一八日頃からであると確認が取れております」


 黒き外套のフードの影に微笑みが浮かぶ。


 「挨拶にくらい来てくれても良いのだがな。かつては共に賢術師どもを追い詰めた仲だというのに。よし、ならばこちらから会いに行ってやろう」


 「左様で御座いますか」


 屍轍怪の言葉に、ニヤリと微笑みながら餓吼影は相槌を打つ。


 「あぁ」



 ***



 銃声が響いた。


 とある夢の空間に亀裂が出現し、それは銃声と同時に硝子のように脆く砕け散った。空中に開いた穴から人影が夢の中へ飛び込んだ。


 紺色のマントを靡かせ、餓吼影はその地へと降り立つ。四方へ視線を配りながら餓吼影は独り言のように呟いた。


 「妙だな。私の夢かと思えば、まさかお前の夢の中とはな」


 餓吼影は目の前のそれに向かって話しかける。


 「返事くらいしたらどうだ?せっかくこちらから挨拶に来てやったというのに」


 餓吼影の目の前のそれは静かに、鋭利な群青の嘴を縦に開いた。


 「……(ひだる)イ……マダマダ足ラナイ」


 餓吼影の目の前にいるのは、餓吼影の身長の倍以上の体躯を持った巨大な黒鳥だ。


 足元に転がった人間の死体のようなものを啄み、そして餓吼影へ視線を向ける。赤い瞳から放たれる鋭い眼光が餓吼影を射抜いていた。


 「かつての英雄、柊國俊との戦いの末に、夢境の淵に一度沈んだと聞いたが、お前はまたどうして這い上がってきた?」


 血肉に汚れた嘴を幾度か餓吼影へ向ける。視線を交錯させては死体を啄み、また餓吼影を睨み付けた。


 「……飢エテイタ、ソレダケダッタ」


 「拙いものだ、お前の言葉は」


 餓吼影はその場で腰を下ろした。そして胡座(あぐら)をかき、目の前の黒鳥を見つめる。


 「ナニノ用ダ」


 「いいや?ただの挨拶だ。ついでに世間話でもどうかと思ったのだがな」


 「我ノ夢ヨ。ソノ気ニナロウモノナラ、何時(いつ)デモ貴様ヲ夢境ノ淵ヘト引キ摺リ下ロス事ガ出来ル。コノ領域デハ、全ハ我ノ都合通リダ」


 くつくつと喉を鳴らして餓吼影は笑った。


 「それをまだやらんのは、今はそれが出来ない理由でもあるという事ではないのか?かつての仲だ、話くらい聞いてやらんこともない」


 「……夢ヲ見テイタノダ。始マリモ終ワリモナイ、何処カラ流レテクルノカモ分カラナイ、未知ノ夢ヲ——我ハソレヲ思イ出セヌ。否、本当ニ夢ヲ見テイタノカスラ、確証ノナイ曖昧ナ記憶ナノダ」


 「生物は忘れる事が得意だからな。夢なら尚更だ。その身で体験した出来事すら忘れる生物が、ただ曖昧に見たかもしれないものをいつまでも覚えていられるはずなどない」


 餓吼影の言葉が静寂の中に響く。


 「この空間も、現実には存在しないお前の夢に過ぎん。この会話すら、お前は忽ち忘れるかも知れない。それでも、未だ私をここに留めている理由はなんだ?」


 口に合わぬ部位があったか、黒鳥は餓吼影の眼前に啄んだ血肉を吐き捨てた。


 「貴様ラノ手ハ借リン。我ハ、我ノヤリタイヨウニヤル。確カニソレハ伝エタカッタ事デアロウ。我ヲ苛ムコノ飢エヲ、我自身デ解消スルノミ……」


 「あと何百人喰うつもりだ?まぁ良い、私が気にした事ではない」


 黒鳥は啄んでいた死体が無くなると、餓吼影の元へ歩き出した。


 「イツマデモ、カツテノ仲デ居ラレルト思ワヌノガ得策ダ。孤独タル我ノ運命(さだめ)ハ、(はな)カラ決マッテイルノダカラナ」


 「くくく、相変わらず不穏な事を言う。では見定めさせてもらおう、そのお前の運命(さだめ)とやらを、な。せいぜい、面白いものを見せてくれ」


 そう言いながら、餓吼影は下ろしていた腰を徐に上げた。立ち上がると、餓吼影は長銃を手にする。同時に、目の前の黒鳥に睨みを利かせた。


 「私の邪魔だけはするな。親しき中にも礼儀あり。私もお前の邪魔はしないが、万に一私の邪魔をしようものならば容赦はしない」


 「交渉、シヨウト言ウノカ?今トナッテハ、我ハ貴様ラト同盟ヲ組ムツモリナド微塵モナイ。ソレヲ破ルトスレバ、恐ラク我ノ方ダロウ」


 やけに饒舌に嘴を動かす黒鳥へ、餓吼影は微笑みと共に言葉を返した。


 「利害を一致させるための口約束さ。とにかく、私はお前が邪魔してこない限りはお前の邪魔を一切しない。互いに目的があるならば、これが一番の選択だと思うがね」


 黒鳥は、その体躯の両側に携えた翼を嘴で啄む。翼のうちから一羽の羽を摘出し、餓吼影の目の前の地面にその羽を落とした。


 「我ガ七翼(つばさ)ハ、我ガ操ル万人ノ夢ヲ記憶スル。コノ夢ノ主ヲ探シ出シ、見ツカレバ我ニ差シ出セ」


 「お前の飢えを満たす餌を連れてこいと言うのか。私にメリットは?」


 有無は言わず、餓吼影は首を傾げながら問う。


 「口約束トハ信用ナラヌ。我ノ今ノ願イヲ貴様ガ叶エタナラバ、我ハ貴様ニ服従スル——コレデドウダロウカ?」


 「ほう。私の配下に着くというのか?もう一度私と同志としてやり直す道もあるが?」


 地面に落ちた羽を見ながら餓吼影は言った。黒鳥は餓吼影に背を向ける。


 「我ハ、イズレ最強ノ賢術師ニコノ命ヲ狙ワレルコトダロウ」


 「柊波瑠明のことか?」


 「……フン、今モ(かつて)モ、柊ノ一族ガソノ頂点デアルコトニ変ワリハナイヨウダナ。我ヲ夢境ノ淵ニ沈メタ後、柊國俊ハ言ッタ。夢ナドノ現実ニ存在シナイ存在ヲ滅ボセル賢術師ガ生マレレバ本当ノ意味デ我ヲ討伐スル事ガ出来ルト——」


 「なるほどな」


 餓吼影は頭上へ目を向ける。夜とも明け方とも取れる薄暗い空、否、天井を仰ぎながら、餓吼影はじきに言葉を続けた。


 「結論から言えば、柊波瑠明にはそれが可能だろう。奴の持つ術印は可能性に干渉する力を持つ。お前が夢にしか存在しない厄介な骸だとしても、柊波瑠明は、下手すれば夢ごとお前を殺しに来る」


 黒鳥はそれを聞き、しばらく黙り込んでいた。夢の中のみの存在ゆえに葬られないはずの黒鳥に緊張が走る。


 己の存在を脅かす敵を認知した事で、少なからずも狼狽しているはずだ。


 「可能性ニ干渉、トナ……。我ガ築イテキタ深淵夢境(ラビリンス)ナド、容易ニ破壊サレル光景ガ手ニ取ルヨウニ思イ浮カンデクル……嘆カワシイ……」


 「深淵夢境(ラビリンス)が完成したわけか。この五五〇〇年、伊達に夢境に沈められていたわけではないようだな。まぁ、柊波瑠明の可能性への干渉が、お前の築いた深淵夢境(ラビリンス)にどれほどの影響を与えるのかは見ものであるがな」


 餓吼影はそう言いながら、落ちている羽を手に取った。しばらくそれを眺めると、餓吼影は徐に言葉を切り出した。


 「お前の頼み事は受けてやろう」


 「……感謝ダ餓吼影、朗報ヲ期待スル」


 「抵抗されて誤って殺してしまっては申し訳ないが、先に言っておこう」


 「我ニ差シ出ス事ガ前提ト留意セヨ。前提ガ飲メヌ時点デ交渉決裂デアル」


 少々物憂いそうに餓吼影は後頭部を掻く。


 「まぁ良いや。連れて来れるよう頑張りますよー」


 「健闘ヲ祈ルゾ」


 「私を誰だと思っているのだ」


 餓吼影は羽を手に、黒鳥に背を向けたまま歩き出した。その背を目だけで追っていた黒鳥はその場に蹲り、鈍い低音で言葉を発した。


 「サテ、今宵モ飢エヲ満タスタメノ儀式狩リヲスルトシヨウ——」



 ***



 五月二二日。


 報告。本日早朝、本部、帝郭殿にて四名の賢術師の遺体と、五名の意識不明者が発見された。以上九名は、いずれも例の事件の被害者である可能性が極めて高く、一刻も早い事件解決が必要と断定。


 この事件を本部が定めるところにより、重要案件に指定する。


 また、第二次調査の対象範囲に帝郭殿の点在する孤島全域を加え、引き続き調査を承認する。

 

 




この黒鳥は拙い口調であることを表現したくて、敢えてセリフを読みづらくさせて頂いております——より物語に没入していただけるかと……。

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