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〜第二章プロローグ〜 囚われし翼


 遥か遠い昔。


 「人ノ運命(さだめ)岐路(せんたく)ヲ与エシ夢——今宵ハ快然タル時間トナルコトダロウ」


 一人の賢術師の前で、おぼつかない人語を話す魔術骸が、その巨大な翼を羽撃(はばた)かせていた。


 「四方山話(よもやまばなし)は無用。ここで貴様を葬り去るまで」


 そう口にするのは賢術師、(ひいらぎ)國俊(くにとし)だ。


 荒れた更地のど真ん中。闇色の大鳥が、自身の身体の倍近くあるほどの両翼を羽撃(はばた)かせ、威嚇するように鋭く國俊を射抜いていた。


 「《虚空印(こくういん)》三式——」


 「岐路誤リシ愚者ぐしゃニ裁キヲ下サン」


 闇色の大鳥の紅き眼球が光を帯びる。直後、両眼球から金色(こんじき)の閃光が射出された。地面を削りながら、國俊に着実に迫る。


 「[黒濤霊閃(こくとうれいせん)]」


 詠唱と同時に、國俊の周囲に無数の砲台が造られる。彼の術水により造り出したものであるが、彼は意図せずとも、実に一〇〇〇発分にも及ぶ砲台を造り出していた。


 大鳥の眼光が國俊の眼前まで迫った刹那、一〇〇〇発の[黒濤霊閃(こくとうれいせん)]が一息に射出される。


 「ナ——」


 一〇〇〇発もの黒き閃光、大鳥の眼光が抜ける穴などあろうはずがなく、呆気なく相殺された。


 尚も、勢いを緩めない数多の黒き閃光が光の如く(ほとばし)り、着弾したモノから順に大鳥の身体を穿ち、抉り、削る。


 付けいる隙など、よもやあるはずがなかった。


 「夢の怪物。この程度では死にはしないだろう」


 大鳥が数多の黒き閃光の嵐に見舞われる中、國俊の周囲に(おびただ)しいほどの術水が溢れ出した。それらは全てがドス黒い黒紫に染まり、(たちま)ち炎の如く柱を立てた。


 「《涅槃印(ねはんいん)》——」


 「夢境ノ狭間、()ツル命ハ終焉ヲ迎エル」


 大鳥の身体からも、忽ち夥しい量の魔源が溢れ出した。しかし、そこからの進展がなく、魔術が発動しない。大鳥の表情に憤怒が浮かぶ。 


 「一式」


 「ナゼ……ナゼェ——」


 暗赤(あんせき)の瀑布が國俊の足元から静かに広がり、忽ちこの荒野一帯を包み込んだ。空の光景がさながら魔天のそれと化す。


 それは獲物を一撃で葬り去る國俊の原初にして奥義たる(わざ)——。


 「[魔天蓋菩薩(まてんがいぼさつ)]」



 ***



 暗赤の瀑布が天井から破れ、そのまま崩壊する。


 明けた荒野に陽の光が差し込んだ。その真ん中に國俊が一人。あの大鳥の姿は消えていた。


 「遅れました、國俊さん」


 荒野の上空を浮遊しながら、一人の青年が國俊の元に駆け寄った。瑠璃色の瞳を持つ青年の名は賢術師、宮噎(みやえつ)(ひかる)である。そんな燁に國俊は面を向けぬまま言葉を発す。


 「構わない。だが、やはり俺の見立ての通りだ」


 「やはりですか、國俊さんでも……」


 どこか口調を濁らせて燁が呟いた。


 「俺らの限界点はここだ。やはり存在しない概念や可能性には干渉できない。否、夢の中であるにも関わらずここまで奴に干渉できただけでも収穫だ」


 首筋に手を置き、ポキポキと骨を鳴らしながら國俊は広野を歩き出す。


 「奴を完全に抹消出来るのは、概念や可能性(それ)に干渉できる術印を持った奴だけだ。夢というのは、現実世界とは相入れぬ存在。世界に適応した者ではなく、異端なる者だけが打開策を持つだろう」


 「そんな賢術師が……」


 燁の言葉に國俊が被せる。


 「そう産まれないだろうな。それこそ何千年に一つの奇跡レベルの一品だ、そんな術印は」


 「そうですよね」


 しばらく沈黙が続き、その後燁が國俊に聞いた。


 「あ、どうしますか?討伐までは諦めますか?」


 「そうせざるを得ないな。だが、夢の中と言えど、奴は俺の魔天に囚われてる。俺が死んだ後どれほど効力を持つか分からないが、解ける頃には、それこそそんな夢のような賢術師が誕生していることを願うばかりだ」


 「では、リタイアということで——」


 「潔く、な」


 「はい」


 「この話は、墓場まで持っていくとするか」



 ***



 夢は幻想だ。あるいは、悪夢。


 意識はなく、それが時に希望になり、時に絶望となる。幻想は想いを映す鏡である。夢を見ていると自覚出来た時、覚醒した意識は一人でに彷徨(さまよ)う。


 行手なく彷徨った意識は、いずれ過去の思い出に、そっと触れる——。


 「あれは……?」


 「俺の想いだ」


 國俊と燁の目の前に、輪郭だけの人影が現れた。その体格や髪を結んでいるような様子から見るに、それはおそらく女性。


 國俊が少しだけ微笑んだ。


 「想い?」


 「ここは俺の夢の中だ。だが、俺は意識がしっかりとしているし、五感もある」


 國俊がその輪郭の人影に歩み寄った。


 「愛芽(まなか)


 そう呼び、國俊は人影の頬に触れた。


 「夢は幻想だ。あるいは、悪夢にも成りうる。その人間の思い出や心情が最も顕著に現れる場所、それが夢だ。だが、それは普通は見えない。人の夢を自由に見ることができるなら、その人間の心情が丸わかりでつまらない」


 國俊は人影の頬から頭部へと手を回す。

 優しく触れるように()で、その後言葉を続けた。


 「だから、人間とは(はかな)いのだ。その人間の根幹を形作る核は夢の中にある。それが見えない分、人々は分かりあおうとすることが出来る。そこから関係が生まれ、友情が生まれ、愛が生まれる」


 人影は國俊に身を委ねるだけで、言葉すらも発さない。その光景を見て、燁もまた微笑んで言った。


 「珍しいですね。國俊さんが笑ってるなんて。國俊さんが、そこまで喋るなんて」


 「いつからだろうな、こんな無愛想になってしまったのは。愛芽のことを考えるたび、ありとあらゆる感情が、腹の奥底から込み上げて来て抑えられなくなるのだ。それを必死に抑えようとすると、どうしても黙り込んでしまうのかも知れない」


 國俊の表情に、曇りはない。優しそうに微笑みを浮かべるのみである。


 「この夢、いつまでも続けばいいですね」


 「今だけだ。夢の外で俺自身が目覚めれば、強制的にこの夢の空間は消滅する。あの鳥が囚われているうちは、少なくとも夢に意識を向けることは出来ない」


 國俊の術式によって、大鳥は國俊の夢の中に囚われることとなった。


 國俊の死後、どれだけ國俊の術式が大鳥を逃さずにいられるかが懸念点として残るものの、國俊の表情にそれを危惧するような様子は微塵も見られなかった。


 「俺らは俺らのするべきことを。奴の後始末は、後世へ任せるとしよう。未来の賢術師に、概念や可能性に干渉できる者が生まれたのならば、きっと俺らの不可能(任務)を継承してくれるはずだ」


 それは、何年後になるかも分からない未来への、希望の継承。受け継がれるまで実に五五〇〇年がかかったものの、それは確実に——。



 ***



 遥か上空、飛行艦船。

 司令室にて、國俊と天音(あまね)が会話を交わしていた。


 「忌胎津姫(きたいしんき)の居場所は掴めそうか?」


 「いいや、まだだ。闇渦(あんか)を二つも滅ぼせば姿を現すと思ったが、存外人見知りなのかも知れない。冗談だ」


 「人見知りか、そりゃ問題だな」


 「触れるな」


 ギャグがギャグとして笑えない緊張感が充満している。


 「《悪意(あくい)瑕疵(かし)》が齎した被害は甚大だった。俺らの同志も、もう何人葬られたかも分からない。忌胎津姫(元凶)を滅ぼさない限り、被害は増え続ける一途だ」


 「分かっている」


 机に肘を置き、何かを考えながらも天音は國俊の言葉に受け答えをする。それを見兼ねた國俊が近くの椅子を引き、そこに腰を下ろした。


 「任務で忙しかったが、少し暇が出来て持て余していたところだ。俺も何か協力しよう」


 「珍しいな。それは心強い限りだ」


 「孤独ってのも、存外寂しいもんだ」


 「ほう。最近で何か学んだな」


 天音は穏やかにそう言う。それに対し、國俊はうっすらと微笑み、言い返した。


 「泡沫(うたかた)の夢の話だ。気にするな」

 

 




本日より第二章の投稿開始です、

よろしくお願いいたします!

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