第42話 新任務
稔の死亡から四日後。
賢術の学府『万』、理事長室。
「昨日はご苦労でしたね、柊先生」
「無問題、とまでは言いませんけど。稔の火葬がまだ残ってますしね。それに結局、主帝に伝わったのかも分かりません」
深駒篠克と柊波瑠明の二人は、昨日、『裁』にて行われた三法廷会合に出席した。
賢術の学府にある三つの施設を統率する本部の長、虎殿主帝に対する忌み子の脅威に関するプレゼンが主な内容であった。
「俺も会ったの二回目ですけど、短い間に随分老いておられた。寿命が迫ってるって言うのは本当っぽいっすね」
「当の本人も言っていましたしね。たが、未だその力は衰え知らずだ。寿孟副帝へと立場が渡されてから、果たしてどうなるのか」
懸念するように篠克が腕を組んで俯いた。
「見ものですけど、本部の戦力には今後は期待出来ませんね」
「合理的に言えばね。実際、副帝は統率力に乏しいことで有名だ」
虎殿主帝が老い先短きことを公言してから、その座を寿孟副帝にすげ替えることが決定した。
だが、一部からはそれに対する不満もある。
「でもそれは、主帝のイかれた統率力の裏に隠れているだけ、とでも仰ろうとしてます?もしかして」
柊が言葉を被せるように言うと、篠克は微笑んだ。
「わかっているのなら問題はありません」
「ふーん」
柊は篠克に背を向けて言う。
「まぁ、じきに分かることですよ。それに、主帝の寿命が来る前に、俺が死ぬかも知れないんですから。あんま気にしてらんないですよ」
「条件付きの四ヶ月。確かにそちらの方が経過は早そうだ」
腕を組み俯いたまま、事実を述べるように篠克が言う。
「九月一四日。それまでが俺の期限ですよ。理事長も手伝ってくださいね?条件の消化」
「ほどほどに、ね」
「分かってるじゃないですか」
両者、表情に微笑みを浮かべる。
同刻、『万』に本部からの任務が伝達された——。
***
夜。
『万』、生徒寮。
「忌み子……それも柊先生が……?」
自販機の前のソファに座りながら、俺は託斗先輩と話していた。二日前、『裁』から柊先生の死刑に関する全貌の説明があり、それを初めて聞いた先輩方は驚愕を隠せない様子だった。
柊先生が忌み子で四ヶ月後に死刑が迫っていることはおろか、忌み子という存在すらも二年生の先輩方は認知していなかった。
上層部、教諭間のみで共有されていたことなのだろう。
「その忌み子ってのは、とにかくヤベェんだろ?」
「はい」
「俺ら今までそんな話聞いてなかったからさ。もぅ……稔のことは残念なんて言葉じゃ納めらんねぇが、柊先生のソレに協力しなくちゃなんないと来たら、しばらく時間をとって稔の死を満足に悼めないじゃねぇか……」
今まで共にやってきた同級生が突然亡くなったんだ。内面は抑えられないほどの怒りと悲しみが混濁しているに違いない。
「……こんなこと聞くのも何だが、稔は、最後まで良くやってたのか?」
手で両目を覆い隠しながら、託斗先輩が言う。
「はい。俺らのことを全力で守ってくれたり、最後まで……稔先輩は……」
無意識のうちに手を自分の目にやっていた。胸が締め付けられるように痛い。
先輩方の比にもならないかも知れないし、そんなに長い間一緒にいたわけでもない。
でも胸が締め付けられるほど、涙が無意識に出てしまうほど、悲しいのだ。
「あいつとは幼馴染でな。昔から危なっかしい奴だったんだよ。あいつが賢学に入るって聞いてあと追って俺も入学したんだ。懐かしいわ」
震える声を押し殺し、無理に笑いながら託斗先輩は話してくれた。俺に涙を見せまいとしているのだろう。
時々そっぽを向いて鼻を啜っている。
「今にでもあいつが走ってきて、次の任務行くぞ!なんて誘ってくれるんじゃないかって、無駄な妄想を胸に秘めてんだ。それは俺だけじゃなくて、他の二年だって同じさ」
心苦しそうに話す託斗先輩に対し、俺はただ頷くことしか出来なかった。
「そういえば、眞樹先輩は?」
「あぁ。あいつ、今自分のこと責めてんだよ。俺があの時いれば、《癒抗印》でまだ助けられたんじゃないかって」
「で、でも、圭代先生は、稔先輩は撃たれて数秒で完全に……」
それ以上は言葉を慎んだ。
「それでも、その場にいて助けようとすら出来なかったことが悔しくて堪らないんだってさ。俺だって……」
再び託斗先輩の声が震えた。
「こんな情けない姿、あいつだったら見せねぇんだろうな。すまねぇな」
「いいえ。情けない訳ないじゃないですか……」
俺も押し殺してるだけで、涙が出そうだ。
きっと、先輩方はもっと苦しいに決まっている。
「これ以上は俺も情けねえ姿見せられないな。よし遥希。今日は寝るぞっ」
「……え?」
急に立ち上がった託斗先輩に思わず微妙な反応を示す。しかし、託斗先輩は笑っていた。きっと、涙を隠し、作り笑顔を浮かべているに過ぎない。
「仲間が死んでクヨクヨするんじゃなくて、むしろそいつらの分までやってやるって精神で行こうぜっ!ほら、明日もあるんだしっ」
俺は思わずふっと笑ってしまった。
同時に立ち上がる。
「そうですね……」
そうだ。やるべきことはまだ終わってない。稔先輩の死に報いる、それが、俺らの目指す行く末だ。
餓吼影を殺して、俺の家族や稔先輩を殺したことの報いを受けさせるまで——。
***
山蓋地区。
無数の骸による大量殺人事案の解決後、その地区全域が安全が確立するまで無期限の立入禁止区域と化していた。
五月一七日、深夜。
「おい、聞いたことあるか?」
「何がだ?お前の三度振られた恋愛武勇伝の話か」
「ちげぇよ。夢を司る巨大な鳥の噂だ」
本部の賢術師二名が巡回をしている。
彼らの足元を照らすは、二人の持つ懐中電灯だけだ。
無数の骸の襲撃による家屋や施設の崩壊が著しく、彼らが深夜に歩くのは、骸などによるこれ以上の被害を防ぐ意味合いで深夜の巡回が許可されているためだ。
「あぁ、聞いたことあるぜ。最近だとここら辺でもその鳥の目撃情報があったらしいじゃないか。噂だと、その鳥を見た者はその晩、寝てても身を毟るほどの地獄みてぇな夢を見るって言う」
「そう言う魔術を使う魔術骸な気もするけどな」
そんな噂話をしながら、二名の賢術師はこの後も巡回を続けた。
翌日の昼——。
***
とある一軒家で、魔術骸のものと思われる事案が発生。被害者は二名、いずれも本部所属の賢術師で、すでに死亡した状態で発見された。
派遣されたのは待機中だった『万』二年、登能眞樹と白鳥虹の二名である。
眞樹と虹が到着した時点で、現場には調査のため派遣された本部の賢術師が四名いた。
話を聞く二人。
「本部の賢術師の方が……?」
眞樹が聞くと、一人の賢術師が答える。
「派遣感謝する。そうだな、それもどちらも、本部所属六年目のそこそこベテランの賢術師だ。どうにも、ベットの上で全身の肉という肉が毟ったように裂けていたらしい」
遺体は既に本部に運ばれ、その賢術師は遺体の状態を確認できていないと言う。
迅速な行動には感心するが、せめて自分らが確認するまでは、確認のためにも遺体を残しておいて欲しかったと心の中でボヤく眞樹と虹であった。
「調査しようにも、遺体の状況が把握出来ないのでは話にならないのでは……?」
「寝ながら自身の全身を、死ぬほど毟り削ったなんて、魔術骸の強い催眠にでもかかったんじゃないかって話だ」
「確証はない、と言うことですか?」
虹が問う。
「そうだ。俺らが任されたのは、魔術骸が侵入した可能性の有無の調査だ。魔術骸が侵入したりした形跡を探してるところだが、今のところ、それと言った証拠のようなものはない」
「なるほど」
眞樹が頷くと、一人の賢術師が階段を慌てた様子で降りてきた。
「何かあったか?」
眞樹と虹と話していた賢術師が問う。
「……やっぱり、一〇数年前の記録と同じだ」
「どう言うことだ?」
「二階の寝室にこれば分かる」
そう話す賢術師二人と眞樹と虹は階段を上がる。
二階へ上がると、そこに調査中のもう一人の賢術師がいた。眞樹と虹は軽く会釈したあと、問題の寝室を覗き込む。
賢術師が指差す先にあったのは。
「コレか……」
ベットのシーツと布団の間に挟まった、鳥の羽のようなモノだった。それも、ただの鳥のものではない。明らかに強い魔源を帯び、並の鳥のものではないほど巨大だ。
たった一羽の羽だが、ただものでないことは眞樹と虹とて一瞬で察知するほどの一品だった。
「よく見つけたな……」
「この部屋に入るまでは感じなかった気持ち悪さが、このベッドに近づいた瞬間、なんっつうか、全身をキュッと締め付けられるように感じた。探してみたら、見つけたって訳だ」
「しかし、コレは一刻も早く本部に連絡を入れて更なる派遣が必要だ。コレが現れたんなら、俺らだけじゃ明らかに足んない」
眞樹と虹は顔を見合わせる。
「何か、ありましたか?」
眞樹が室内の賢術師に問う。
「あぁ。この羽は、何年か前に未解決になってたある一件の現場にも残されてたんだ。その一件ではその後、数人の一般人と一三名の賢術師が犠牲になった末に、目標の魔術骸を殺り逃したんだ——」
後、この一件は賢術師全体を巻き込む波乱を呼ぶ。
第一章も終わりです。次回から第二章の投稿となります。既に多くの方に読んでいただけて嬉しい限りです。
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