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第41話 訃報


 賢術師が完全に死亡する瞬間は、一般の人間とは異なる。賢術師の完全なる死、それは、術水の自然放出が完全に停止した瞬間だ。


 死亡した、つまり術水の自然放出が停止した賢術師は、他者の術印術式による直接的な影響を一切受けない。由美の《癒抗印(ゆこういん)》が効かなかったのはそれが原因だ。


 「……わかりました」


 通話が途切れる。柊は静かに呟いた。


 「ごめん、稔。安らかに眠れ」


 直後、ドォンと銃声が鳴り響いた。咄嗟に柊が術水で壁を創り出す。しかし、銃弾が着弾した瞬間、その術水の壁も呆気(あっけ)なく砕け散った。


 「私が待つと言ったのは通話中だけだ」


 「お前が摘んだ才能の芽を(いた)んでたんだけど」


 「これはまた、失敬だったな」


 柊と餓吼影の周囲は黒一色だ。


 餓吼影の頭上の一点の光がなければ、周囲は漆黒に没すだろう。


 冷静沈着。


 両者に油断はない。

 静寂が包む中で、柊が窮屈(きゅうくつ)そうにも口を開いた。


 「俺は産女を殺してここを去る。異論は?」


 「ある、と言えば?」


 柊が怪訝(けげん)な表情をして吐き捨てる。


 「つくづく、質問に質問で返すのが好きだな、どいつもこいつも骸どもは」


 柊は再度術印を展開する。溢れんとする蒼白い術水がオーラとなり、柊の掌に寄せ集まる。


 「仮想実現(かそうじつげん)


 柊の掌から凄まじい量の術水が溢れ出す。それが柊の眼前に収束し、剣の形を象った。


 蒼白い術水を凝固させ、柊の力が存分に注がれた術水の太刀だ。


 「産女を殺す時、俺は二度と蘇生出来ない可能性を実現する。そうした上でその肉体は俺が賢学に持ち帰り、火葬か埋葬にでもしてやる」


 「その時は、私も追悼(ついとう)くらいはしてやろうかな」


 「勝手にしろよ」


 柊は産女の首に術水の太刀を突き付けた。尚も、餓吼影はそれを止めようとも、柊に何か話しかけるもなく、ただただ突っ立って眺めていた。


 「江東(えとう)紗香(さやか)さん」


 柊の呼ぶその名は、江東稔の母親の名。


 「あんたのご遺体が本部から消えたって聞いた時は稔になんて言えばいいものか迷ったよ。まぁ、稔には最後まで言えずにいたんだけどね。これで、あんたも楽になれる。向こうで、稔が待ってるはずだから」


 「……ナル…………」


 産女の両目から赤い涙が流れる。それを見た柊はゆるりと術水の太刀を動かした。


 「あんたの息子は強い子だ。救えなくて申し訳ない。でも、絶対に俺らが勝つから」


 それは目の前の敵への宣戦布告——。


 産女の首が緩やかに両断された。

 柊が優しい目を向ける。それは稔の母親たる産女への弔いの眼差しだ。死に間際、産女の表情に笑顔が浮かんだ。


 「……アリ…………ガトウ……」


 産女の身体が静かに消滅する。

 塵となりて空気に乗って、漆黒の空の方へ。


 (実技試験会場の廃墟を襲撃した魔術骸と同じ、死んだから身体が消滅するタイプの骸……でも、今はそっちの方が良かったのかも知んないな)


 柊は産女のいた場所へ目を向けた。そこに何かが落ちている。それを拾い、柊は目を見開いた。


 しかし、直後優しい微笑みを浮かべる。


 「稔、救えなくてホントにごめんね。お前の仇の分まで、俺らが背負ってやる」


 柊が拾ったもの。


 それは、稔に抱きつく幼き女の子と、それを優しく見守るか二人の大人を映した一枚の写真。産女が持っていたものだろう。


 「ここで何も言わずに去ったのは、懸命な判断だね」


 柊は写真を手に持ちながら、顔を上げる。


 そこに、餓吼影の姿は既になかった。一点の光も消えている。


 柊は餓吼影が去ったことに気が付いていた。しかし、追いかけなかったのだ。


 「そっちがその気なら、いつでも殺してやる」


 柊は、写真を持っていない方の拳を強く握り締めた。それは紛れもない、後悔からくるものだったことは、柊自身が一番理解していたに違いない。


 無意識に当人は、教え子を守れなかった悔しさを脳に刻む。


 時刻は一九時直前。


 夜の崩れた発電所跡に佇む影が静かに歩き出した。



 ***



 賢術の学府『裁』、深淵法廷。


 「報告を」


 「はい。今回の緊急任務にて、上級レベルの魔術骸を四体、現場の賢術師が確認いたしました。内、二体の討伐に成功。二体は()り逃したと」


 「死亡者は?」


 「はい。『万』の賢術師二年、江東稔の死亡が確認されました」


 「そうか」


 報告を聞いた則弓が数秒間静かに芽を瞑る。

 それは黙祷(もくとう)だった。


 則弓が目を見開くと、紗枝が報告を続ける。


 「本部から消えた江東紗香様の御遺体の行方が判明いたしました。当任務で確認された上級の魔術骸の中に含まれる、産女と言う魔術骸へと改造させられていたと」


 報告を事務的に述べる紗枝だが、一方、則弓は感情を露わにするように、机に拳を振り下ろした。


 「なかなか卑劣(ひれつ)なことをしてくれるではないか。妾とて腹が()えくりかえる思いだ」


 一年実技試験会場の襲撃から始まり、江東稔と産女の死亡に終幕した昨日の一連の件。


 『万』からの報告を受けた則弓だったが、彼はこの一連の事件を通し、『万』に対する、行動制限の規制に関して次のような変更を行なった。


 『一。『万』の行動制限の一切を次の示す条件の元、解除することとする』


 『二。柊波瑠明の死刑の件については『万』と『裁』全体での共通事項とする』


 『三。柊波瑠明の死刑の件については『魔譜(まふ)』職員への共有を禁止とする』


 『四。三の条件を破った場合、その者を情報漏洩の罪を犯したと見なし、『裁』にて裁くこととする』


 この四つの規約は、その日のうちに『万』へと共有された。


 「裁判長。四の条件に関しては、なぜそこまで?」


 「『魔譜』が『(こちら)』が定期的に出す活動報告の提示を、数ヶ月前から拒絶していることは知っているな?」


 「はい」


 則弓は背もたれにだらりと体重を預けながら言う。


 「『魔譜』が活動報告を行わないと言うことは、我々に報告できない何かしらの活動を行っている可能性がある。面倒だとかそんな理由でもあるまい。そんなことをすれば、我々からの信頼が失われていく一方だと言うことは、『魔譜やつ』らとて肝に銘じているはずなのだ」


 少なくともメリットはあるまい。


 「確証はないが、念のためということでしょうか」


 あぁ、と則弓は首肯する。


 「『魔譜(あそこ)』からの報告が潰えると言うことは、魔術骸に関する情報を、我々は知れないと言うことだ。我々、特に任務に赴く『万』や本部にとっては長期間の報告の皆無は痛手であるからな。それに」


 「……裁判長?」


 則弓は一瞬黙り込んだが、言葉を続けた。


 「『魔譜』の支配者は賢学内随一の曲者だ。『魔譜』にデメリットが被ろうものならば、奴は実力行使も(いと)わぬだろう」


 「そうなんですか……?」


 紗枝が聞くと、則弓は頷いた。


 「鎖野(さの)轍斗(てつと)は、そういう奴なのだ」





一旦、次の話で第一章最終話となります!

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