第3話 序編③
「まず日野。術印ってのはさっきも説明した通り、術水を用いて展開する魔法陣のような概念で、基本的にはその賢術師が生まれながらに習得している」
聞く話、俺は生まれながらに身体に術印が刻まれていることを、産まれた後の検査で確認されている。
「まず、術印の展開からだね。強くイメージするんだ。ただそれだけで展開だけなら、まず出来る」
「わかりました」
柊先生の言う通り、俺は強くイメージする。術印を展開する、自分自身の賢術師としての姿を。
尾盧くんが先ほど術印を展開したあの姿に自分自身を照らし合わせ、深く呼吸を繰り返し繰り返し。
すると、徐々に目の前に模様のようなものが描き出された。燃え盛るような焔を彷彿とさせる、これが術印だ。
少々歪なようにも見えるが、俺にも術印を展開することができた。
「へぇ、日野は《業焔印》の使いか。いいね、名前とばっちし合ってるじゃん」
不思議な感覚だった。見たことがない模様なのに、なぜかイメージすることができた。
「俺、初めてこの模様見たんですけど……」
「そりゃ、展開したことないからわからないでしょ」
「でも俺、なぜかイメージができて……的確に」
俺が不思議そうに目の前の術印を眺めていると、ふっと笑って柊先生は言った。
「それが、身体に術印が刻まれているって事。日野の脳には記憶されていなくても、身体が覚えてるから初めてでも難なく展開できる。今までやったことすらなかった事が、なんか感覚的にできたなんて経験あるでしょ?言っちゃえばそんな感じ」
「へぇ……」
煌々と光る術印を眺める。
《業焔印》と言う術印は、さっきの話によれば起源術印と言う分類に属するらしい。
各々でそこから派生術印を作り出すらしいが、非常に興味深いものだ。
「術印の展開の仕方を習得したら、今度は術水操作だね。術水の引き出し方は身体の奥から湧き上がるエネルギーを引っ張り出すような意識で——」
俺はその日、数時間にわたって柊先生とマンツーマンで座学や訓練を行った。
***
「《蒼河印》の術師はあまり見ないよ。三年生に一人だけ《蒼河印》の術者がいるのは知っているけどね。《蒼河印》の術者が少ないのは、多分偶然だと考えるのが妥当ね」
術印科教諭室。
既に術印の習得は済んでいる尾盧と澪は双橋の元を訪ねていた。
「そうですか。起源術印の習得者の中でもあまり見ない方だと父から話だけは……」
「圭代さんの言う事は多分正しいよ。と言うのも、圭代さんはちょっと特別な術印の持ち主だからね。細かい事は伏して言うけど、圭代さんは……」
「美乃梨先生、それ以上はペラペラと喋るのは御法度ですよ」
双橋の言葉を遮ったのは、尾盧圭代だ。タイミングを伺ったかのように部屋に入ってきたので、おそらく部屋の外で少し聞き耳を立てていたのだろう。
「冗談ですよ。まさか言う訳もない」
「輪慧、波瑠明は?」
「日野くんとマンツーマンで授業で、俺と澪さんは美乃梨先生の授業を受けに来たのですが……」
輪慧は澪を指し示しながら答える。
「ふーん。先ほどから話だけ弾んで、全く授業とは思えませんね。あまり関心出来ませんよ、美乃梨先生?」
「さてっ!授業始めよっ!ほら二人、隣の教室に急いで来て!忘れ物は許さんっ!!」
圭代の微笑みの奥に怒りを感じ、慌てて授業に入る双橋であった。
***
「術印の展開と術水の操作の二つが、一通り出来るようになればあとは訓練のみよ。その前に覚えなくちゃいけないのがあるんだよね」
柊先生は黒板に、術水を使ってチョークを浮かせて文字を書く。
『術印の階級制術式』と言う文字と共に、縦に五列の表のような図が描かれた。
そこに、一式、二式、三式、四式、五式と上から順に書き足される。
「術印の階級制術式?」
「そ。各術印には、基本術式が五つある。一式から五式。術式名を詠唱することにより、俺たち賢術師は術印から成る、術式を使用するんだ」
次に柊先生は、一式から五式の文字に重ねるように、上から下への矢印を書き足す。
「基本知識!術式は一式から順に使用することで、術水の底上げを行えるっ!」
「えっと……つまり?」
「術印ってのは、一式から順番に、機械的に使うことで、次に使う術式の出力術水量を底上げできるんだ。例えば、一式を使った後に二式を使えば、初手から二式を使用するよりもより多い術水量で二式の術式を使用する事ができる、って感じ」
「底上げが目的なら場合によっては、例えば最初から三式の術式を使う、なんてことも?」
「当然できる。一式から五式の術式自体、絶対に一式から使用しなくちゃいけないなんて縛りはない。けど、より確実なのは、一式から順に使用することだね」
そのパフォーマンスを存分に発揮するなら、と言う事か。意識なければ忘れてしまいそうだが。
「術印は各々で引き出す能力が異なるんだ。日野の扱う《業焔印》は、シンプルかつ凄まじい火力を出せる特攻型。尾盧の扱う《蒼河印》は、じわじわ相手を削る長期戦型——っつう感じ。って言っても、別に火力が特段低いってわけでもないから、格下の魔術骸相手に使えばすぐに倒せるとは思うけどね」
「でも俺は、術印の詠唱とか、まだ……」
俺がそう言うと、それを一蹴するように柊先生はふっと笑った。
「そりゃ出来ないに決まってるでしょ。だって教えてないもん。ちょうどこれから教えてあげるから。明日は術印訓練かなー。もう少しで必修課題は終了だから、最後まで気引き締めてね」
「はい。よろしくお願いします」
***
とある住宅街の一角。
「柊波瑠明が勧誘した?」
「らしいがな。ついでに、尾盧輪慧と接触した」
闇夜に包まれた車道の端に停められた一台の車の中に、四人の人物が乗車していた。
「柊波瑠明が勧誘したのは予想外だったな。奴に保護されたのなら、予定が狂ってしまう」
「せめて『万』以外だったらよかったのだがな。まぁ、尾盧輪慧と接触させたのは不幸中の幸いと言ったところだろう。心配はいらぬ」
「何を戯けたことを。尾盧輪慧と接触させたとしても、柊波瑠明がいるのならば幸いどころか、寧ろ不幸寄りの大不幸ではないか。予定は一八〇度狂った、よもや破綻寸前だろう」
一人の男が怒りを露わにするように怒声を上げる。
一方で、そんな怒声に沈着に対応する声も。
「冷静に、日野遥希と尾盧輪慧だけ出し抜けば良い。柊波瑠明は私が相手をしてやらんこともない。予定は、言うほど破綻していない」
「ひどく冷静じゃないか。目標だけ出し抜くだと?あの柊波瑠明を差し置いてか?それが出来るのならばとっくに実行に移している」
控えめゆえに、そこに秘められた静かな怒りが露見するかのような怒号。冷静な男とは正反対に、反論をしている方の男は怒り心頭だ。
「餓吼影よ。『万』で問題となるのは柊波瑠明だけではない。柊波瑠明だけで大概の事象は解決できると言うのに、もう一人いるだろう」
「あぁ、忘れるわけない。だが、彼でも柊波瑠明には遠く及ばない。貴様らで始末すればさして問題にもならない」
冷静に言葉を発する男、餓吼影は頬杖を着きながら静かに笑みを溢した。そして、正面に座る男に問う。
「では聞くが、濤舞。いつだったかな、二〇年程昔か?《次元印》持ちの賢術師に殺されただろう。私が蘇生してやらねば、貴様は永久に次元の歪みの中を彷徨う運命だったのだ」
「……そうだが」
濤舞は言葉に詰まる。
「《次元印》持ちの賢術師を憎んではいないのか?ん?復讐のチャンスだぞ、濤舞」
餓吼影の言葉に、しかし睨みを利かせる濤舞。
「いらぬ心配など御免だ。《次元印》持ちの賢術師は、今度こそ我が葬る」
序編は終了です。次回から本格的に物語が始動していきます。よければ評価のほど、よろしくお願いします!