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第34話 増える戦局


 賢術の学府『万』。


 「じゃあ、稔は無事なんですか?」


 『由美の術印で脚も完治したみたいだし、大丈夫だと思うよ。事情で今は稔達とは離れてるんだけど、これから圭代さんと向かうよ』


 「よろしくお願いします」


 『はいはーい』


 通話がぷつりと切れる。携帯を机に裏向きに置き、眞樹は椅子に腰掛けた。


 対面するのは、同じように椅子に腰掛ける託斗である。通話を終えた巻きに対し、託斗が静かに問うた。


 「なんて?」


 「稔は無事だとよ」


 「見つかったのか?よかった……」


 託斗が安堵を表情に浮かべる。


 「俺ら、本当に行かなくて大丈夫かよ?」


 「なんでだ?」


 眞樹の言葉に、託斗が相槌(あいづち)を打った。


 「いや、一年が稔の救出に駆り出されて、俺ら二年はこのままボーッと座ってるわけにも行かないだろ?でも、柊先生の指示である以上、動けないし」


 「柊先生も言ってたろ。先の襲撃の時みたいに、賢学に魔術骸が攻めて来る可能性もある。現状を見れば、尚更奴らは攻めてきやすいだろ?」


 複数名が意識不明の重体に加え、第一勢力とされる柊が出払っている。これほど格好(かっこう)な的は無いだろう。


 「一年だと対応できないから、俺ら二年が守衛を託されたんだろ?って言っても、今は俺ら二人だけど」


 部屋に託斗の苦笑だけがひっそりと響く。


 雰囲気は明らかに沈滞(ちんたい)気味だ。立て続く魔術骸の襲撃に、稔の失踪、多数の重体者。


 「それにしても、今日一日でいろんなことが起き過ぎてる。もう夕方だぞ」


 「一年の実技試験の時から始まったらしいから、朝っぱらからこんな遅くまでかかってるってことか。奴らも飽きないな、ホント」


 かったるそうに後頭部をかきながら眞樹がそうぼやく。それに対し、託斗が口を開いた。


 「最近、魔術骸のレベルも上がってきてる。先の襲撃だって、俺らが経験したことのない規模の被害だったら」


 「あぁ、柊先生も言ってたよな。確か二年前に、もっとやばい事件があったって話だったけどな」


 眞樹の言葉を皮切りに静寂が訪れた。

 会話が弾むような雰囲気ではなかったからだ。


 しばらくして、気まずそうな表情をしながら託斗が話を切り替えた。


 「そ、そういえば、迦流堕先生と久留美先生は?」


 「迦流堕先生は任務、久留美先生は一年の実技試験会場の廃墟の実況見分に行ってる。柊先生の代わりにな」


 「任務?こんな時間にか?」


 託斗が目を丸くしながら問う。


 「あぁ、何やら魔術骸による大量殺害事件が勃発したらしい。かなりの数で、俺ら二年じゃなくて、手慣れの教師陣が引き受けたってわけ」


 託斗は表情を引き攣らせた。


 「なに、魔術骸による大量殺人?ほんと、先の襲撃といい現状といい、何が起こってるっていうんだよ……ったく」


 眞樹は首を傾げ、俺にも分からないと挙動で表す。それに対し、託斗は静かに呟いた。


 「俺もわかんねぇわ」



 ***



 日も落ちつつある夕方。


 蓮辺地区の隣に位置する山蓋(さんがい)地区で、魔術骸による大量殺人事件が勃発した。


 現地で対応していた賢術師たちのもとに派遣されたのは、賢術の学府『万』教諭、枢木迦流堕と柊波瑠明である。


 「稔の救出に行っていたはずじゃ?」


 「本部からの要請だ。無視するわけにはいかないだろ」


 「今確認取れてるだけで既に五〇人は死んでる。今は山蓋地区(ここ)の最前線で奴らの群れを抑えられてるが、じきに突破されるだろうな」


 柊は両手を組んで頭上で背伸びしながら問う。


 「派遣された賢術師は何人くらい?」


 「本部からざっと三〇人。で、『万』からは俺ら二人だけだ」


 それを聞いてふーんと曖昧な返事をしながら、柊は辺りを見渡す。


 例の最前線とは、(ぞく)に言えば山蓋地区の入り口に過ぎない。突破されれば瞬く間に骸どもが地区内へ乱入し、再び住人たちを殺し食い尽くすだろう。


 「じゃ、一仕事しよっか」


 「早いとこ片付けよう」



 ***



 崩壊した廃発電所跡。


 煌めいた光の暴発が一雫の火花となって消えた。俺の目の前には、腰から上、上半身が鎧ごと丸々消し飛んだ寒廻獄の姿があった。


 「稔先輩……?」


 あの瞬間、暴発した稔先輩の[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]を被らないよう、澪を抱え上げて距離を取った俺たち。


 寒廻獄の下半身がバタリと横に倒れると、背後の黒煙が明けた。俺の目に映ったのは、左半身が焼け爛れた状態の稔先輩だった。


 俺らへの被害を最小限にするために、半自爆の距離で術式を使ったのだろう。


 「やった……のか……?」


 俺は澪を抱えたまま、稔先輩の元へ駆け寄る。


 「くっ……」


 流石に片腕で澪を支えるのは困難である為、付近の比較的埃や土を被っていない平坦なコンクリートの瓦礫(がれき)の上に澪を寝かせる。


 今にも倒れそうな稔先輩の腰に右手を回し、稔先輩が立つのをフォローした。


 「ありがとな……日野」


 「いいえ、そんなことは……」


 俺と稔先輩は正面へ目を向ける。


 そこにあるのは、上半身が消し飛んだ寒廻獄の下半身だ。ぴくりとも動く気配はない。完全に死んだのだろうか。


 「そうだ、母さん……」


 そう言いながら、稔先輩はその場で崩れ、膝をついた。俺の半身に体重がかかる。


 「だ、大丈夫ですかっ!?」


 「ど、どうってこと……ない、こんなの」


 左半身の大火傷に加え、頭部の激しい損傷。なぜここまで動けるのかが不思議でならなかった。


 「澪は……大丈夫か…………お前は……」


 「大丈夫です。澪も大きな損傷は……」


 「肺です」


 俺の言葉を遮り、俺らに話しかける声があった。

 俺らは振り返る。そこには、背に白竜を携えた圭代先生が立っていた。


 「け、圭代先生……お、お疲れ様です」


 「稔くん、その怪我は——」


 圭代先生が駆け寄り、稔の怪我の状況を確認するように身体を見る。


 「すぐに『万』へ戻って治療してもらうのが良いでしょう。さぁ、捕まってくだ——」


「圭代先生」


 《次元印(じげんいん)》を展開し始めた圭代先生の言葉を遮り、稔先輩は言う。


 「まだ、帰れないです」


 「なぜでしょうか」


 稔先輩を心配するよう圭代先生が問う。


 「産女は、俺の母なんです。早く、会いに行かないと」


 稔先輩は遠くを指し示す。圭代先生はそちらへ視線を向け、稔先輩の指し示した方にいた、血に染まった白いワンピースの女を見つける。


 視線を戻し、圭代先生は稔先輩へ言った。


 「稔くん。母親である確証はありますか?人間が魔術骸になると言う仮説は、現在研究段階にあります。それは稔くんも承知していますね?」


 「はい。承知の上です」


 俺に半身を預けたまま真っ直ぐ圭代先生を見つめる稔先輩の表情には、頑固たる意思を感じる。


 圭代先生はしばらく沈黙していたが、それを打ち破るように大きく息を吸うと、冷静になって言った。


 「——産女を一時的に捕獲しておくことは可能です。後になっても遅くはないでしょう。まずは稔くん、君の大怪我を治さねばなりません。なにより、致命傷になりかねないその大怪我では、由美の《癒抗印(ゆこういん)》でも、治療にどれほどかかるかも分からないレベルです」


 「俺は、今すぐにでも会いたい……。約束したんですよ、俺。必ず帰るって」


 確かに無理をして手を伸ばせば、届く場所に産女がいることは自明だ。


 だが、稔先輩はおそらく一人ではもはや碌に歩けはしないだろう。


 圭代先生の言うとおり、治療は必要だ。


 だが圭代先生の説得を経ても、稔先輩は一切食い下がる気配を見せない。


 「俺は行きます。こんな怪我、膝下もがれた時に比べりゃあんまですよ。後で頭下げて、故馬先生には治してもらいますから。行こう、日野。もう少しだけ肩貸してくれ」


 そう言い、強引に歩き出そうとする稔先輩。どうすれば良いのか分からずオドオドとしていると、圭代先生がハァと溜息を吐いた。


 「稔くん。待っていて下さい。眞樹くんを連れて来ます」


 「わがまま言ってすみません」


 「いえ。日野くん、腕は大丈夫ですか」


 側のコンクリートに寝かせていた、気を失っている澪を抱き上げ、圭代先生は俺に聞いてくる。


 「すごく痛いですけど、止血したら思ったよりも慣れました。大丈夫です。最後まで稔先輩に付き添います」


 俺が言うと、稔先輩がフッと溢したように笑う。


 「分かりました。澪さんを連れて一旦『万』へ戻り、そのまま眞樹くんを連れて来ます。それまでは動かず待っていて下さい」


 そう言い残し、圭代先生は《次元印(じげんいん)》を展開し、術式を使用する。パッと圭代先生の姿が消えると、稔先輩は静かに俺の顔を覗いた。


 「腕、大丈夫かよ。本当に」


 「思ったより慣れるもんですね」


 「多分初めてだろ、手首()げるなんて……そりゃ大した気概だな……」


 苦笑しながら稔先輩は言った。


 正直、力を入れるだけで全身を針で刺すような激痛があるが、先ほどよりかは慣れたと言うのも嘘ではない。


 制服を縛って止血はしているし、空気に触れぬよう腕の裾を伸ばして縛って覆っているから、落ち着いていると言えば落ち着いている。


 「……日野、覚えとけよ。圭代先生が溜息吐いたときは、そりゃ仕方ないですねっつって許してくれるってときだ……。こりゃ有力な情報だ」


 「そ、そうなんですか?」


 稔先輩は無理に笑顔を作りながら俺に言う。


 「秘密だぞ」


 「は、はい」


 ほんの少しだけ緊張が解けた気がした、そんな時だった——。


 「天晴(あっぱ)れにして、憎き。江東稔、日野遥希、澪玲奈。よくぞ儂を殺してくれたな——」


 どこからともなく声が響く。


 「寒廻獄——!?」


 寒廻獄の死んだはずの場所へ視線を移す。そこには、上半身の半分ほどまで再生していた寒廻獄の姿があった。


 「《次元印(じげんいん)》三式——」

 「《神髄印(しんずいいん)》一式——」


 術印を展開した瞬間、そこにちょうど圭代先生と眞樹先輩が現れた。圭代先生の《次元印(じげんいん)》の術式で転移してきたのだろう。


 圭代先生と眞樹先輩は即座に状況を把握したのか、戦闘体制で駆け出した。


 「授かりし魔術の真骨頂——《遺伝調和(いでんちょうわ)》」

 「「「——!!?」」」


 しかし、発動した術式が瞬く間に寒廻獄を包み込んだ。


 「[次元炎(じげんえん)]」

 「[天撃(てんげき)]」


 二つの術印の力が、既に肩ほどまで再生していた寒廻獄の身体を一息に吹き飛ばした。


 バラバラの肉片になった寒廻獄の身体は、しかし動きを止めることはなかった。


 肉片一つ一つが蠢き、瞬く間に一点に収束する。


 「《神髄印(しんずいいん)》二式、[雷天獄破(らいてんごくは)]っ!!!」


 収束した寒廻獄の肉片の周囲を一点の光が漂う。


 眞樹先輩が指をパチンと鳴らした瞬間、派手な光を帯びる大爆発を引き起こした。黒煙が上がり、そこへ視線を向けて俺らは様子を伺う。


 (託斗先輩の報告にあった、あの濤舞(おとこ)の魔術……なんで寒廻獄(こいつ)が!?)


 「眞樹くん、早く稔くんを。奴の対処は私が行います」


 「は、はいっ」


 圭代先生と位置を変わると、眞樹先輩はこちらへと走ってきた。そして、《癒抗印(ゆこういん)》を描く。


 稔先輩の名前を何度も呼びながら眞樹先輩が駆け寄ってくると、俺の左腕を見た眞樹先輩が口を開いた。


 「お、お前、どうしたその左腕!?」


 「いえ、奴の攻撃を食らってしまいまして……でも、肩口で制服縛って止血してるので何とか……」


 正直激痛だが、耐えられず泣き(わめ)くほどじゃない。俺はそれより、と続けた。


 「稔先輩を優先して下さい」


 「……すまねぇな、故馬先生だったら一度に両方癒せるんだが、俺は《癒抗印(ゆこういん)》に関しては同時展開はできねぇんだ」


 いいえ、と俺は首を横に振った。


 「《癒抗印(ゆこういん)》一式、[癒泉(ゆせん)]」


 浅葱(あさぎ)色の術水が術印から零れ落ちると、稔先輩の身体の怪我を負っている部位が同じく浅葱色の光を帯びる。


 治癒が進んでいる証だ。


 「俺は故馬先生みたいに術印を自立させることが出来ない。日野、お願いできるか?」


 眞樹先輩は俺の顔を見ながら言う。


 言っていることの意味がわからず首を傾げると、眞樹先輩はチラリと寒廻獄の方を見て、その後再び俺に視線を戻した。


 「圭代先生の腕を信じてないわけじゃないが、一刻も早く終わらせるために加勢に行ってくる。でも俺は術印の自立をさせることが出来ないから、日野がこの《癒抗印(ゆこういん)》を代わりに引き受けてくれ。細かいことは後で説明する!とりあえず、お前の術水を流し込めば良いだけだ」


 今は一刻を争う。


 俺は一つ返事でそれに了承した。


 「任せたぞ、日野」


 眞樹先輩は、自分の手に翳していた《癒抗印(ゆこういん)》をこちらへと運ぶ。


 それが俺の手中に収まると、《癒抗印(ゆこういん)》は一時的に術水放出を止めた。


 「今からだ。少量ずつで良いから、術水を注ぎ続けてくれ。俺の術印だが、感覚的には自分の術印に術水を注ぎ込むのと何ら変わらないからな」


 そう言い、眞樹先輩は立ち上がり、もう一つの術印、《神髄印(しんずいいん)》を展開しながら寒廻獄と圭代先生の方へ向かった。


 「——引き受けました」


 俺は《癒抗印(ゆこういん)》を稔先輩の患部に(かざ)し、術水放出を開始した。

 





確実にダメージを蓄積し、圭代と眞樹へと繋ぐ。

寒廻獄戦、いよいよ終盤へ——

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