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第33話 身を焼く術印


 「これで終いじゃて」


 数メートル先で立ち止まった寒廻獄が黒紫の柄を振り上げる。同時に詠唱を行った。


 「《虚殱(きょせん)——」


 視線を一瞬寒廻獄に負けたその瞬間だった。


 寒廻獄の詠唱が中断し、あの堅固だったはずの鎧がと奴の腹部に大穴が穿たれたのだ。


 「な、にっ—— !?」


 寒廻獄が驚愕を表情に貼り付けたまま後退する。


 「日野、澪。今は見逃せよ」


 稔先輩がそう言って、ゆっくりと立ち上がった。


 「下がっててくれ」

 「「えっ——」」


 寒廻獄がすぐさま吹き飛んだ腹部を再生するも、次の瞬間、稔先輩は寒廻獄の後方へ駆けていた。


 目でも追えぬスピードだ。


 (な、稔先輩——!?)


 「《熾焚印(しふんいん)》」


 寒廻獄が地面を蹴り、宙へ飛躍する。


 「二式、[万炎熾塵(ばんえんしじん)]っ!!」


 稔先輩の両腕が赤熱の光を帯び、煌々と煌めき出す。

 《地踏印(じとういん)》の[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]と同じ光だ。


 「《虚殱陣(きょせんじん)》」


 寒廻獄が稔先輩に向かって虚飾之剣(きょしょくのつるぎ)を振りかぶる。

 稔先輩はその虚なる剣閃が完全に己に届く前に、煌々と輝く右裏拳を突き出した。


 ちょうど寒廻獄の柄を持った手と、稔先輩の輝く右裏拳が重なり合った瞬間、寒廻獄の持っていた虚飾之剣が宙を舞う。


 (柄を持つ手をピンポイントで狙ってあの剣を弾き飛ばしたっ!?あの速度で振りかぶられる手にドンピシャで当てるなんて……!)


 稔先輩はすぐさま左裏拳を突き出す。

 

 それに対し寒廻獄は素手で抑えようと抵抗するが、同時に稔先輩の左足が全く同じ赤熱の光を帯びる。

 

 左裏拳をフェイントにした完璧なモーションで、稔先輩の蹴り上げた左足が寒廻獄の甲冑を捉えた。


 「ごぶふっ……!!」


 稔先輩の輝く蹴りを食らった甲冑が、バキバキと鈍い音と共に割れた。


 寒廻獄の口元が(あらわ)になる。


 「早くその面、見せてみろよ」


 稔先輩が右手を突き出し、甲冑の割れた部分に指をめり込ませる。


 首が捥げるのではないかと言わんばかりの勢いでその右手を振り上げると、甲冑が完全に脱げ、寒廻獄の面が、その全貌を現した。


 「……なかなか面白い力を隠しておったのぉ、江東稔よ。先の術印の威力とは比べ物にならんわい」


 白髪(はくはつ)を後頭部に縛った初老の男だが、その表情にはその容姿にそぐわないほど、若々しき殺気と闘気を感じさせる。


 「手を抜いてたら足(すく)われるぞ」


 寒廻獄の初老であるとも若々しく動く表情が、ニヤリと不敵な微笑みを浮かべた。


 「大層なナマを言いおるわ」


 稔先輩の表情が冷徹に染まる。寒廻獄を見下しているかのようなあの雰囲気に、動かずとも俺と澪は息を呑んだ。


 「その怪我ではまともに動けまいて」


 「さっきの動き見ても同じことが言えるかよ?」


 稔先輩が術式を使用する。


 「《熾焚印(しふんじん)》三式——」

 「上等」


 それに反応し、寒廻獄の身体から魔源が溢れ出る。

 先に攻撃を仕掛けたのは、稔先輩の方だ。


 「[身熾壊却丸しんしょくかいきゃくがん]」


 稔先輩は左手の人差し指を突き出し、術水を収束する。そして、稔先輩の指先から高速で弾丸のようなものが放たれた。


 「ぬぐっ……」


 寒廻獄の右肩口に小さくも深い穴が穿たれる。その勢いのあまりか、寒廻獄が大きくのけ反り、体勢を崩した。


 「ひ、日野……これ、勝てるんじゃないっ」


 「あぁ……だけど、稔先輩が先に倒れる可能性があるかもしれない……」


 「なんで……?」


 俺は正面を指し示す。


 「——稔先輩、今の術印を使うために人差し指を捥いでた」


 「え……?」


 よく見れば、稔先輩の左手の人差し指は、第二関節のところで焼き切れていた。


 さっき寒廻獄の肩に深い穴を穿ったのは、稔先輩の人差し指の先端だろうと、粗方の予想はつく。


 「な、なんで……?」


 「多分、自分の身を物理的に犠牲し、それと対価に火力を出す術印なんだと思う。さっきの、光を身に纏う術式も、多分身を焼く勢いで反発させて、威力を引き出してるんじゃないか……?」


 推測に過ぎない。


 だが、稔先輩は少なくとも、自分の指を一本犠牲にして寒廻獄をのけぞらせる程の穴を穿ち抜いた。


 「多分、稔先輩はゾーンに入ってる。でなきゃ、あの怪我であれだけの動きは出来ないはずだ」


 「じゃあ、この勝負が終わる頃には……稔先輩、どうなるの……?」


 おそらく、ゾーンから抜け出した稔先輩は、死に等しいほどの苦しみを一身に浴びることになる。


 そんなことは容易に想像できる。


 だからと言って、俺らが参入して稔先輩の役に立てる光景が浮かばない。


 稔先輩の方が重症で、身を粉にする覚悟なはずなのに、俺らにはそれが足りないんだ。傷だらけだからと身体が動かないのは、未熟な証だ。


 「動かなきゃ……報われねぇだろうが……!」



 ***



 (特例禁術(とくれいきんじゅつ)、《|熾焚印しふんいん》。


 五式まで使用した術者の身を滅びへと向かわせることから特例禁術に指定された術印。本部からの許諾は降りてないが、この状況ならやむを得ないんだ)


 「二式、[万炎熾塵(ばんえんしじん)]」


 身に纏わせた他の術式の効力を最大一〇倍まで底上げすることができる術式、[万炎熾塵(ばんえんしじん)]。


 だが効力の強化を行う代償に、強化された術式は術者の身を苛む毒ともなる。

 行き過ぎた烈火が、術者自身をも焼くほどにまで膨れ上がるためだ。


 左腕に[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]を纏うと、纏った赤熱の光は見る見るうちに光を増す。効力を一定数底上げすると、左腕に耐え難き激痛が走った。


 暴発寸前の[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]が、俺の左腕を焼いているのだ。


 「段々と意識が薄れてくるであろうよ。江東稔」


 「なんの話だ?まだまだピンピンしてるっ」


 目の前の寒廻獄に向かって左裏拳を突き出す。大きく振りかぶるが、寒廻獄はそれを身を捻って躱し、即座に空に手を伸ばす。


 「《断魔武装(だんまぶそう)》」


 俺が体勢を立て直すその僅か数秒の間に、寒廻獄はそこに出現した槍を掴む。


 (こいつの魔術の極地が先の虚飾之剣とやらだとは思えない。あくまで岐路か通過点といったところだろう。だが、日野と澪の挟み撃ちのおかげで、少なくともあの鎧にはガタが来てるはずだ)


 「《蝕焔突(しょくえんとつ)》」


 奴の掴んだ槍が鋸状の鋭い炎を纏い、俺の腹部目掛けて突き出される。


 (あぶねっ!)


 向かって右側へ身を捻ってそれを躱すと、寒廻獄は俺が躱した方向へ槍を再び振るった。


 (なっ!?躱せな——)


 「ぬあああああっっっっ!!!」


 俺と槍の間に割って入った影が一つあった。


 「日野っ!?」


 「足手纏いにだけはなりませんっ!!先輩一人だけに戦わせませんっ!!」


 日野の両腕が煌々と燃えたる炎を纏っている。

 自身の炎と、寒廻獄の炎を相殺させて耐え凌いでいるのだ。


 ジジジジジッと炎と炎が鎬を削るけたたましい音が耳朶(じだ)を容赦なく刺激してくる。


 「澪っ!!」

 

 日野が叫んだ。


 寒廻獄から見て左側に俺と日野、そして死角となる斜め右後方にも影が一つ。


 「《音響印(おんきょういん)》、五式——」


 その詠唱に、寒廻獄が澪を振り返るが、その瞬間には既に澪は術式を発動していた。


 「[洸怨爆撃殲(こうおんばくげきせん)]」


 これまでにないほど美しく、されど術式を受けた対象を殲滅する爆撃を引き起こす呪いの唄。


 高音たる唄声が披露された直後、寒廻獄の頭部から足先にかけての全ての箇所で大爆発を引き起こした。


 日野が俺の手を引き、その爆発に巻き込まれないように寒廻獄から遠ざかる。


 (五式といえ、一年でこれほどの火力を引き出すか。今年の一年はやるな)


 感心してる間に、寒廻獄を包み込んでいた爆煙が明ける。


 「ぬぐぅ……!やってくれたな、小娘……」


 甲冑を冠らぬ寒廻獄の顔面は焼き爛れ、首から下の鎧には至る所に焼け跡が残っている。


 確実にダメージを蓄積できている証だ。


 「まず小娘、お前から殺してやるからのっ!」


 既に焼き爛れた顔面の三分の一ほどが治癒した寒廻獄が、真っ先に澪の元へと駆け出す。


 寒廻獄の表情から明らかな憤りを感じるが、考えれば、それは奴を追い詰めている確たる証拠に他ならない。このまま畳み掛けるしかない。


 「《音響(おんきょう)——ごほっ……」


 俺と日野が駆け出した途端、寒廻獄の目の前で澪は吐血した。そして、前のめりになって、最後にはバタリと倒れてしまった。


 (ただでさえあの悪環境で肺に負荷がかかってたのに、五式で酷使したせいか……!まずいっ!!)


 肺の酷使で呼吸もまともに出来ない状況だろう。彼女自身の状態もだが、それ以上に今は——!


 「《熾焚印(しふんじん)》、三式……!」


 寒廻獄と澪の間の距離はまだ五メートル弱くらいはある。十分に間に合う距離だ。


 「[身熾壊却丸しんしょくかいきゃくがん]っ!!」


 詠唱と同時に俺の左手の親指が術水を宿し、瞬く間に燃え盛る。


 パアァンと弾ける音と飛び散る鮮血と共に、俺の親指が切り離され、前方へ真っ直ぐ撃ち出された。銃弾なんかよりも、もっと速い俺の左手親指が寒廻獄の背の中央を、鎧ごとぶち抜いた。


 神速からなる衝撃も相まって、親指の面積以上の大穴を穿つ。


 「ごぶふゔぅっっっ……!!!」

 「《業焔印(ごうえんいん)》三式——」


 俺の先へ駆け出した日野が空かさず術式を放つ。


 「[終末界炎(しゅうまつかいえん)]!!」


 「次から次へとごちゃごちゃ来よる虫螻(むしけら)共め……」


 寒廻獄のぶち抜かれた胸部から再生を始めるが、直後、日野がその大穴に炎の竜巻をぶち込んだ。


 荒れ狂う炎の竜巻が内部から寒廻獄の全身を焼き、その再生を阻害していた。


 「日野っ!澪を連れて撤退しろっ!!」


 「へっ!?は、はいっ!!」


 物分かりのいい後輩だ。


 とやかく言うこともなく、俺の指示を聞いて望む通りに動いてくれている。


 「逃すか……全員(なぶ)り殺しじゃ!」


 (あいつ胸をぶち抜かれた上に全身焼かれてんだぞ!?それでまだあんだけ動けるとかバケモンかよっ!)


 寒廻獄の横を通り過ぎた日野が倒れている澪を抱き上げる。しかし、二人の目の前に寒廻獄が迫るが、そのさらに背後に迫ったのが俺だ。


 (二人に手は出させねぇっ!!!)


 「《地踏印(じとういん)》四式——[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]っ!!」


 爆炎の如き膨れ上がった、凝縮したエネルギーの塊が、崩壊した電子発電所跡に煌々と煌めいた——。





 

母や後輩を守るため、身を焼く覚悟で、寒廻獄の命に迫る——



※特例禁術に関しては後の話で説明があります。

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