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第31話 炎の拮抗


 廃墟の崩壊で、俺たちの中から怪我人は出なかった。俺らは、稔先輩によって造られた術水の膜で守られていたのだ。


 辺りは夕日に照らされている。間も無く日が暮れ、夜が訪れるだろう。


 「日野、立てるか」


 「は、はい」


 「すまないな、すぐそこに居たのにすぐに助けに行けなくて」


 稔先輩は術式を展開したまま、俺にそう言った。


 「いいえ、そんなことありません」


 「あそこにいる魔術骸」


 俺は稔先輩の指し示した方向に目を向ける。そこには、髪が長く、返り血を浴びたかのような白い服を無造作に着る一人の女が座っていた。


 再び稔先輩の方へ視線を戻す。


 「産女って言うんだけど、俺の母さんなんだ」


 「稔先輩の……?」


 俺が問うと、稔先輩は懇願するように言った。


 「どうか、殺さないでやってくれ」


 「そ、それは了解したんですが……」


 報告に聞いていた稔先輩の足は、無事に再生している様子だった。見たところ《癒抗印(ゆこういん)》の効果は消失しているが、おそらく稔先輩の脚を治し終えたのだろう。


 「あぁ、足か?故馬先生の《癒抗印(ゆこういん)》は長続きするなぁ。眞樹も相当なもんだけど、やっぱその術印だけを極めてきただけあるぜ」


 周囲を見渡すと、澪と産女は稔先輩が俺同様に守ってくれていたおかげで難を逃れたようだ。


 一つ気になるとすれば、柊先生と圭代先生、あとあの重力の魔術を扱う魔術骸の姿が見えないことだ。


 「柊先生と圭代先生は……?」


 「屍轍怪を連れてどこかに行ったんだろう。俺たちに奴が手出しできないように。大丈夫だよ、あの人たちが瓦礫の下でぺっちゃんこなんてことはないはずだぜ」


 「なるほど」


 そう言う俺に向かって、稔先輩は手を差し伸べてくれた。俺はその手を握り、立ち上がる。


 「先に奴を倒すぞ、日野」


 再び稔先輩が指し示した方向へ目を向けると、今度はそこには寒廻獄が突っ立っていた。


 お優しさことに、こちらが会話を終えるのを待ってくれているようだが、同時にこちらの動向を睨み、様子を伺っているやうにも見える。


 「な、稔先輩、ありがとうございます」


 丁度そこへ澪が合流した。


 「怪我はないか?」


 「はい、大丈夫です」


 「あの炎のフィールドの中じゃ、無闇に呼吸すると肺が焼けるくらいの劣悪な環境だっただろ」


 「そのフィールドを消すために建物ごと?」


 「そうだ。フィールドの外から消そうかと思ったんだが、何せ強力だったものでな」


 瓦礫で炎を埋めた、と言ったところか。


 あのフィールドに囚われれば、環境があまりにも悪すぎるが故、勝機も薄い。


 特に《音響印(おんきょういん)》と言った呼吸を要とする術印の使い手にとっては尚更だ。


 これから奴と戦おうとすれば、奴は再び先のフィールドを作ろうとするだろう。


 一番いいのは展開させずに追い詰めることだが、展開されてもフィールド内には入らないことが勝つための最低限の必要事項であることに間違いはない。


 「あっちは一体、こっちは三人だ。常に三方向から術式を浴びせ続ける。そして誰でもいい、チャンスだと思った奴が討て」


 「「了解です」」


 俺と澪の一歩先に立つ稔先輩と、数メートル先に立つ寒廻獄が互いを睨む。この場に緊張が迸るのを感じ、緊張感だけで身が締め付けられる思いだ。


 「——行くぞ」


 稔先輩が駆け出したのを筆頭に俺と澪も駆け出した。牽制(けんせい)と言わんばかりに、稔先輩が駆け出すのと同時に術式を使用する。


 「《地踏印(じとういん)》、三式——」


 そこまで唱えると、稔先輩の足元の地面が割れる。


 「[大地之怒(だいちのいかり)]っ!!」


 割れた地面が盛り上がり、無数の(とげ)を成した。


 それらは大地を駆け巡り、瞬きする間に寒廻獄の元まで届く。それに対して寒廻獄は剣を振り上げた。


 「来い、若人(わこうど)どもよ」


 盛り上がり無数の棘を成した大地を、煌々と燃え盛る(のこ)状の炎刀が薙ぎ払う。


 横一閃に振るわれたその炎刀の軌跡が巨大な炎の竜の如く、そこに残って猛威を振るう。


 「日野、澪、一旦離散だ!隙を見て一気に叩く!」


 「「了解!」」


 俺と澪は稔先輩を中心に左右を走る。


 「全員をマークするのは徒労かの。一人ずつ潰すまでじゃて」


 俺らが離散するのと同時に、寒廻獄が駆け出した。


 方向は真っ直ぐ一直線——稔先輩の方だ。寒廻獄にとって最も脅威になる稔先輩を先に潰そうと言う算段だろう。


 「《地踏印(じとういん)》——」

 「鎖刎極刑(くさびききょっけい)——」


 二人の詠唱している方へ方向転換し、俺と澪は一斉に駆け出す。


 「《蝕焔斬(しょくえんざん)》」


 先に長剣を振るった寒廻獄の剣閃に対し、稔先輩も即座に術式を使用する。


 「二式、[地表断裂(ちひょうだんれつ)]っ!!」


 寒廻獄の足元の地面が激震し、その後割れて陥没する。不覚を突いたか、寒廻獄の身体が一瞬だけよろけた瞬間を、稔先輩は見逃さない。


 「三式、[大地之怒(だいちのいかり)]」


 陥没したことで盛り上がった土の塊に術式を施し、簡易的な土の檻を形成する。


 寒廻獄は即座に体勢を立て直すも、その頃にはすでに稔先輩の形成した土の牢獄の中だ。


 「《地踏印(じとういん)》——」


 「舐めるなかれ若人よ」


 稔先輩が次の術式を使おうとした次の瞬間には、土の牢獄もすぐに切り刻まれた。


 土の牢獄から脱出して気の緩んだその刹那の奴の背中を狙うのが俺らの術式だ。


 (奴はこの土の檻の破壊するために長剣を振るう。その時間は二秒にも満たないだろうが、二秒もあれば、俺らはあそこまで行ける……!!)


 「四式、[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]っ!!!」


 「《業焔印(ごうえんいん)》、三式——!」

 「《音響印(おんきょういん)》、三式——!」


 ほぼ同時のタイミングで、俺らは一斉に術式を放つ。正面の稔先輩、左右後方の三方向からの一斉攻撃が成り立った。


 「[終末界炎(しゅうまつかいえん)]っ!!」

 「[孔音穿聲(こうおんせんせい)]っ!!」


 三方向からの全力の術式砲火。


 稔先輩が凝縮した赤熱の光が暴発し、瞬く間に寒廻獄の全身を飲み込んで暴発した。


 そこに俺の炎の竜巻を叩き込み、最後に、澪の[孔音穿聲(おうおんせんせい)]が透明の鋭き突撃を成して、その中心に巨大な穴を穿つ。


 「———ふんっ……ふははっ、ふはははははっ!」


 燃える赤熱の光の中から嘲笑うかのような声が聞こえた。俺たちは寒廻獄から距離をとる。


 「今の食らって余裕な訳はねぇ。痩せ我慢だ」


 赤熱の光が明けると、寒廻獄は何食わぬ顔をして悠々とこちらへ歩いて来た。


 だが、一ミリもダメージがなかったわけではないようで、奴の鎧の至る場所に焼け跡が残っている。あの鎧が余程頑丈なのだろう。


 「思ったより余裕そうじゃねぇかよっ」


 「(あれ)をまず引っぺがさないと、中身にダメージは与えられないですね」


 「同じこと考えてたところだ、日野」


 横でそう言う稔先輩に、俺は頷く。反対側で、了解を示すように澪も無言で頷いている。


 「澪の術式も完全に無効化されてるわけではない。あれを見ろ」


 遠方でこちらを伺う寒廻獄の腹部に、僅かに穴が穿たれていた。澪の術式によるものだろう。


 そこを狙おうと言う算段だ。


 「今のは悪くなかった。次で——」


 稔先輩が喋っている途中、目の前に寒廻獄が突如として出現した。地面を蹴り、一足蹴(いっそくけり)にここまで飛んできたのだ。


 「くっ——」


 稔先輩は咄嗟に両手を横に突き出し、俺と澪を押し倒した。


 直後、寒廻獄の長剣が弧を描いて振るわれた。残った軌跡が煌々と燃え盛り、それに稔先輩の姿が隠れる。


 「稔せんぱ——」

 「気を逃すな!!」


 稔先輩の声だった。


 見てみれば、稔先輩は両側から迫る寒廻獄の長剣を、両手に[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]を纏わせることでその刃に触れ、ガッチリと握って抑えているのだ。


 「ほう、やりおるわ」


 俺と澪は一斉に術式を放つ。


 気を逃すまいとする最大出力の[終末界炎(しゅうまつかいえん)]と[孔音穿聲(こうおんせんせい)]が、寒廻獄の鎧に牙を剥いた。


 (あいつの斬撃の軌跡で失くしたのが左腕でよかった……利き腕持ってかれてたら、まだ慣れてない方だけで戦うことになるところだった……!!)


 利き手である右手に纏った[終末界炎(しゅうまつかいえん)]が、寒廻獄の鎧にめり込んだ瞬間から、着々とその鎧に焼き跡を付けていく。


 鎧の硬さ故に地味だが、着実に削れてはいる。


 澪の[孔音穿聲(こうおんせんせい)]もなかなかの効果だ。反対側から押される感覚がしみじみと伝わってくる。


 確実に、両側から押せている——!


 「儂の鎧は頑丈じゃからのぉ。さて、儂の鎧か——」


 「くっ……!!これ以上は…………!!!」


 唸るような苦悶の声が、稔先輩にかかる重圧を分かりやすいほどに表現している。


 「江東稔(こやつ)の腕、どちらが長続きするかの」


 (早く鎧を……早く鎧を……!!)


 「《業焔印(ごうえんいん)》四式——」


 右手に全力を込めつつ、俺は頭上に炎の膜を生成する。生成された炎の膜は、やがて寒廻獄の鎧に絡み付いた。


 「[炎帝焦楼(えんていしょうろう)]っ!!」


 灼熱の膜が寒廻獄の鎧を蝕み、俺の拳と澪の声が鎧をぶち破るための手助けをしてくれる。


 「押せえええぇぇぇっ!!」


 「……!!?」


 寒廻獄が驚愕したように俺を横目で睨み付ける。俺側の方に、奴の鎧の脇腹部位に、メキメキと鈍い音と共に、一線のヒビが入ったのだ。


 「《蝕焔鎧監獄しょくえんがいかんごく》」


 寒廻獄の詠唱の後に頭上を仰ぐと、勢いよく降り注ぐ炎の檻が目に入る。寒廻獄が俺らに最初に使用した魔術だ。


 (こいつの驕りからできた千載一遇の好機(チャンス)……!易々と逃してたまるかよっ!)


 俺らを捕えようと降り注ぐ炎の檻に、誰も反応を示さない。そして、稔先輩と澪、そして俺は今、きっと同じことを考えている。


 狙い目は炎の檻が直前に迫った瞬間。状況を打開するには、おそらくそれしかない。


 「先に死ぬのは主らじゃ、観念せい」


 寒廻獄の押し込む両手の長剣が、稔先輩の両腕に纏う術式をも突き抜け、皮膚という皮膚にめり込んでいく。


 稔先輩の腕も限界を迎えようとしていた。


 そんな中、頭上に炎の檻が直前まで迫ったその刹那。


 寒廻獄が僅かに動きを見せたタイミングを、俺らは見逃さない。


 (だろうな、あの炎の檻を俺たちに浴びせるためには、寒廻獄(こいつ)にもあの炎の檻を脳天からくらうリスクが伴う。直前で、状況を一旦立て直す意も込めて躱し、俺らにくらわそうとするに違いないと——!)


 だから俺たちも、寒廻獄の動くタイミングで地面を蹴って離散する。そして、炎の檻を避けながら再び寒廻獄にすぐさま攻撃を仕掛けた。


 「《業焔印(ごうえんいん)》一式、[業炎(ごうえん)]っ!」


 寒廻獄との距離を詰めながら炎球を放つ。


 「《地踏印(じとういん)》」


 血塗れの両手に構わず稔先輩は、同じく寒廻獄との距離を詰めながら術印を展開する。


 「鎧を破壊するくらいでは甘いのぉ。まだまだ戦えるな——若人どもよ……!!」


 寒廻獄は俺の炎球を軽く斬り捨てると、詠唱を開始した。奴の全身から魔源がこれでもかと言わんばかりに溢れ出し、持っていたその刃が赤き光を帯びる。


 「鎖刎極刑(くさびききょっけい)——血塵(けつじん)の共鳴」






苛烈極める寒廻獄との死闘。勝利は誰が手に——

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