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第29話 江東稔奪還戦②


 二つの戦局を背後に稔は産女に向かう。


 「母さん。すぐにこんなところ出よう。柊先生や他のみんなが助けに来てくれてるから。一年の後輩まで、俺のためにここまで来てくれてるんだ」


 「………ミン……ナ……?」


 「そう、みんな」


 稔は自分の左脚に手を添える。


 既に足首ほどまで再生していたが、《癒抗印(ゆこういん)》の効力は確実に薄まっていた。


 完全再生までは《癒抗印(ゆこういん)》の効果が持ちそうなのは僥倖(ぎょうこう)だが、それでも歩きにくさなどの後遺症は残るかも知れない。


 「母さん、俺も戦わなくちゃいけない」


 「ナル……イッチャ…………ウ……ノ……?」


 「うん。でも、絶対に帰ってくるから」


 稔は産女の血に塗れた手を握る。


 「ヨウ………ヤク、アエ…………タノニ……イッタラ…………マタ、ハナレ……チャウ……」


 産女の目から涙——否、赤い雫が流れ落ちる。それを見た稔が、産女の背に両手を伸ばし、そのまま身をギュッと寄せた。


 「大丈夫だよ、母さん。離れても、また会えるよ。俺、絶対に戻ってくるから。信じて待ってて」


 産女の目から止まらぬ赤い雫が、稔の肩を染めた。


 「……モドッ……テ…………キテ」


 「うん。絶対に」


 「モドッテ……キテ……ネ…………」


 拙い母の訴えに、稔はしっかりと頷いた。


 左脚の治癒が完了するのと同時に、《癒抗印(ゆこういん)》は効力を失った。多少の痛みが残ったが、戦えないほどじゃない。


 「足手纏いにはならない」


 産女から身を離し、稔は徐に立ち上がった。


 「《地踏印(じとういん)》」


 左脚に痛みを感じながら、稔は産女に背を向ける。


 「一式[大地之恵(だいちのめぐみ)]」



 ***



 「ここでお前たちは殺す。あのガキ共も残さず、な」


 屍轍怪の身体から夥しい量の魔源が溢れ出る。


 「屍蘇操術(しそそうじゅつ)、《怨恨呪焔(えんこんじゅえん)》」


 その魔源は突如、顔面のような形を象り始め、それが瞬く間に燃え盛った。


 やがてそれが視界を覆い尽くすほどの黒き爆炎と成る時、屍轍怪はそれを勢い良く前方へ撃ち放った。


 「仮想実現(かそうじつげん)


 屍轍怪の黒き爆炎を前に、柊の術水の壁が展開される。


 「屍蘇操術(しそそうじゅつ)、《呪滅穿矢(じゅめつせんや)》」


 黒き爆炎を防ごうと展開した術水の壁に、突如穴が穿たれたと思えば、次の瞬間、壁全てに亀裂が走り、硝子の様に木っ端微塵に破壊された。


 (爆炎を躱せば後ろの遥希たちに向かって一直線か。やっぱ受けるしかないね)


 「屍蘇操術(しそそうじゅつ)、《執禊呪爆壊(しっけいじゅばくかい)》」


 屍轍怪が三つ目の屍蘇操(しそそうじゅつ)術を唱えると、柊が抑える黒き爆炎が膨張する。


 同時に、威力が底上げされたように柊の術水による防御層を着実に削ってゆく。


 拮抗する黒き爆炎と術水の防御層を挟む両者の傍ら、圭代が《次元印(じげんいん)》を展開する。


 「[次元転々(じげんてんてん)]」


 圭代が自身のいる場所と屍轍怪の背後の空間を繋ぎ、転移。転移直後にすぐさま術式を使用する。


 「六式——」


 屍轍怪の背後で、半端な詠唱ながら白き竜が白銀の閃光を吐き放つ。


 放たれし白銀の閃光が忽ち屍轍怪を飲み込んだ。屍轍怪の全身の肉が削がれるが、詠唱の半端さが影響し、さほどの威力が発揮出来ない。


 「これだから《次元印(じげんいん)》とは癪なのだ……!先にこちらを始末してしまうか」


 屍轍怪が圭代を振り向く。


 「屍蘇操術(しそそうじゅつ)、《怨恨呪焔(えんこんじゅえん)》」


 柊が抑える黒き爆炎とは別に、もう一つ同じものが出現し、圭代へと迫る。


 「《次元印(じげんいん)》——」


 圭代の目の前で黒き爆炎が燃え盛る。


 それが爆ぜると、途端に圭代の全身を包み込んだ。


 屍轍怪が笑みを浮かべるが、次の瞬間、圭代を飲み込んだ燃え盛る爆炎を掻き分け、またもや白銀の閃光が射出された。


 (道連れ狙い——!?)


 身を捻って屍轍怪はそれを躱そうとするも避け切れず、左脇腹に命中する。


 白銀の閃光が煌めく時、屍轍怪の輪郭の左側が大きく抉られた。


 「ぬあっ——!!?」


 屍轍怪の抉られた脇腹から血がドクドクと流れ出し、同時に柊の抑えていた黒き爆炎が、その勢いを失ってゆく。


 (この程度の損傷では俺を殺すことなど——)


 「うごぉぉぉっ!?」


 次の瞬間、屍轍怪の胸部を背後から長細い刃が突き破った。淡く輝くオーラ、術水を纏った術水で作られた刃。


 柊が仮想実現(かそうじつげん)で生み出した術水(じゅつすい)太刀(たち)である。


 「危なかったー、まさかあんだけの炎を一瞬で作り出すなんて。正直驚いた」


 「突破したのか……。やはり、俺の魔術を持ってもお前には至らないか、柊波瑠明……ごぶふっ…………」


 「魔術二つ持ちは初めて見たな。重力を操る魔術と、呪炎って言うの?禍々しい火を操る魔術。火力は申し分ないけど、相手が悪かったね」


 柊は術水の太刀を押し込む。


 「ぐぅ……。そりゃどうも」


 屍轍怪が恨めしそうに柊を横目で睨む。


 だが、術水の太刀を、もろ身体の中央に刺されている以上、迂闊に身動きは取れまい。


 浮遊していた柊と屍轍怪がそのまま地上に降り立つ。柊と屍轍怪の目の前で黒き炎が依然として燃え盛るが、それを見兼ねた柊が《顕現印(けんげんいん)》を展開した。


 「【炎が絶える可能性】」


 黒き炎が勢いを失い、完全に消失すると、そこに圭代の姿が現れた。


 「圭代さん、隙を突かれちゃったんじゃない?」


 「そうですね……」


 圭代は左半身を火傷していた。致命傷には至らないものの、今も肌を焼き続けているようだ。


 「屈強だな。先の炎をもろに喰らってもなお、その原型を保っているとは大したものだ。しかし、俺にばかり構っていては、あのガキ二人は助けらないぞ。寒廻獄は産女が産んだ強力な魔術骸の一人。貧弱な子供に相手が務まるわけがない」


 「うちの教え子を舐めてるの?大丈夫。だって、誰が二人で相手するなんて断言した?もう一人いるでしょ」


 術水の太刀を更に押し込みながら、柊は屍轍怪の肩に手を置いた。


 「そんなことより、自分の心配しなよ。このままズタズタに切り裂いて、一息に葬ることだって出来るんだから」


 その言葉を聞き、屍轍怪はフッと鼻で笑った。


 しかし、その直後、突如部屋が激動を始めたのであった——。



 ***



 少し時間を遡る。


 部屋の深奥部。


 「鎖刎極刑(さくびききょっけい)


 この場が赤で埋め尽くされる。


 寒廻獄から放たれる夥しい量の魔源は見れば見るほど広範囲に及び、灼熱(しゃくねつ)の如き赤みを帯びているのだ。


 「《騎灼盤(きしゃくばん)》」


 突如、俺らを囲い込むように炎の壁が形成され、勢いよく燃え盛る。


 俺の《業焔印(ごうえんいん)》で、同じ炎の魔術にどこまで対抗できるのか。


 吸う空気が口の中を一瞬で乾かせるほど熱いこの劣悪な環境で、呼吸を要とする《音響印(おんきょういん)》は間違いなく不利となるため、澪に無理させるわけにもいかない。


 「《業焔印(おんきょういん)》」


 俺は術印を展開する。


 「三式[終末界炎(しゅうまつかいえん)]!!」


 同時に、奴も詠唱した。


 「鎖刎極刑(さくびききょっけい)


 俺の放った炎の竜巻が瞬く間に渦を巻き、巨大な火柱と成る。それが勢いよく寒廻獄へと突進し、さらに燃え盛った。


 しかし、それは一瞬にして一刀両断され、空に散って行く。


 「《蝕焔斬(しょくえんざん)》」


 切り捨てられた俺の炎の隙間より見える寒廻獄の両手には、先ほどまで握られていた斧はなく、代わりに長剣が握られていた。


 その長剣の刀身は、(のこ)のようなギザギザとした鋭い炎を纏っていた。何かを断絶するためだけにあるかの様ななんとも異様な姿だ。


 (炎で炎を切り捨てた!?それが可能な程に、俺の術印とやつの魔術には圧倒的な力差があるということか……!!)


 「まだまだ若き炎。錬成されし我が炎にはとても適うまいて。ほれ、手が止まっておる」


 やがて全ての炎を掻き消した寒廻獄が一歩を踏み込み、俺との距離を一気に詰める。


 肉薄した瞬間、俺を挟み込む様に二本の長剣が弧を描いて振るわれた。


 「まずっ——」


 俺は咄嗟に身を退く。


 二本の長剣が俺の身を両断しようとしたその刹那、俺の身体が後方へと弾き飛ばされた。間一髪のところで長剣を斬烈を躱す。


 (——!?)


 二つの長剣が炎の半月を描いたその傍ら、寒廻獄の左後方で息苦しそうにしている人影。


 (澪の術式か!)


 「次ボサっとしてたらマジで殺すわよっ!!」


 俺は即座に体勢を立て直し、寒廻獄と対面する。


 こちらの様子を伺う様に、寒廻獄は両手の長剣をだらりと下げている。そして横目で澪を見ると、フッと鼻で笑った。


 「やりおるわ」


 寒廻獄が二本の長剣を横に薙ぎ払う。すると炎の剣閃が飛び交い、俺と澪を切り刻もうとする。


 術水を右拳に纏い、それを迎え撃つ。


 無闇に術式を使用して術水を無駄に消費しないためだ。案の定、圧縮した術水で防げる程度の剣閃だったため、それを確と弾く。


 「若葉は絶えておらんかった。言うて儂も産女から()(せつ)産み落とされたばかり。ちょいと痛い目見るやも知れぬがなんとやら、主らとは恍惚(こうこつ)と戦い入ることが出来そうじゃて」


 寒廻獄の全身から魔源が溢れる。


 しかし、それに介さず、背後から明らかに怒気の籠った声で澪が言った。


 「……戦いたいならまず、稔先輩を解放しなさいよ」


 それに寒廻獄は至極冷静に返答する。


 「江東稔は手放すわけにゃいかんのじゃて」


 寒廻獄は両手の長剣に魔源を纏わせる。


 「《焚燼纏(ふんじんまとい)》」


 瞬く間に寒廻獄の持つ長剣に纏う炎が黄金の輝きを帯びる。天井まで照らすかの如く、強烈な黄金が輝きを増し、やがて収束した。


 「程なくして我ら魔術骸の時代が訪れる。忌胎津姫(きたいしんき)が蘇りさえすれば、(すべから)く、五五〇〇年以上続く暗黒たる時代は、終息するだろう。忌胎津姫はこの剣のように未来を照らす。貴様らは、あくまでその過程に過ぎないのじゃて」


 俺は寒廻獄を睨む。明らかに闘気を纏った目の前の甲冑は、左手の長剣を頭上に掲げた。


 「ここで若葉が絶えるのか、それとも、この暗黒たる人間の時代を死守するために抗うのか。それは、儂ではなく、主ら若人に委ねられたのじゃて」


 寒廻獄が一歩踏み出した。それを逃さず、奇襲に備えて体勢を低く構えた。


 俺の目の前に、突如一筋の刃が現れる。一息に薙ぎ払われたそれを、俺は身を捻って躱した。


 直後に残る軌跡の威力を、俺は身に染みて実感している。ここで頭を上げれば首を吹き飛ばされることは分かりきっていたため、体勢は上げない。


 (《業焔印(ごうえんいん)》——)


 寒廻獄の二本目の長剣が振られる様子はない。俺は右手に[|終末界炎[しゅうまつかいえん]]を纏い、身を低くしたことで目の前でガラ空きの土手っ腹に炎の拳をぶち込んだ。


 「……なかなかいい拳を持っているではないか」

 「——!?」


 俺の炎の拳はその鎧に確かにめり込んだ。しかしその直後、俺の拳を諸ともしない寒廻獄は、逆に俺の土手っ腹に蹴りをぶち込む。


 「ごぶふうっ!!?」


 俺の身体は後方へ吹っ飛ばされた。


 一撃の蹴りで軽く人間を吹き飛ばすなんて、基礎的な身体能力からもう既に格が違う。


 だが、俺の拳も完全に通っていないわけではない。見れば、確かに奴の土手っ腹に焼けた拳の跡が残っている。


 「一息に殺しても良かったがのぉ。もう少しだけ遊ばしてはくれんか。悪くない拳じゃったぞ」


 背には、先ほど奴が展開した炎の壁がある。逃げ道はない。触れれば途端に灰になりそうな程に、熱く燃え盛っている。


 「《音響印(おんきょういん)》一式、[停音呪壊(ていおんじゅかい)]っ!!」


 突如、この炎のフィールドに低音の唄声が響き渡る。うっすらとした巨大な波が、寒廻獄を背後から襲った。


 「《焚燼斬(ふんじんざん)》」


 振り返った勢いのまま、寒廻獄は横一閃に長剣を振るう。その長剣がドンピシャで半透明な波を捉えると、直後真っ二つに切り捨てた。


 「この環境でそれはあまりお勧めはせんよ。見るとこ、呼吸が必要な技じゃろうて」


 見れば、フィールドの中央で澪が膝に手を付いている。灼熱の如き熱気を吸った術印使用。


 彼女の肺に相当な負荷がかかっているのだ。


 「いや、死も覚悟してこの時代を守る意思か。身を賭してまで守るものがあるとは良いことじゃ。それじゃ、次は儂から行くぞ。しかと受け止めるのじゃぞ」


 寒廻獄が踵を返し、澪の方へ向かって駆け出した。


 「澪ぉぉぉぉぉぉっ!!!」


 今の彼女では奴に太刀打ち出来ない。俺は彼女の名前を叫びながら駆け出した。


 (ダメだ……間に合わない……!!)


 俺よりも遥かに先に、寒廻獄が澪の元に到達する。


 寒廻獄は無情にも、容赦なく両手の長剣を振りかぶった。本気で澪を殺しにかかる気だ。


 「二式、[滅炎(めつえん)]っ!!!」


 遠距離で攻撃できる[滅炎(めつえん)]を連発するも虚しく、寒廻獄の長剣が完全に澪の間合いに入った。


 「澪——」


 俺がそう名を呼んだ瞬間だった。


 ドゴォォォォォンと言うけたたましい音と共に、寒廻獄の足元の床が割れる。そこから亀裂が広がり、大規模な地割れが引き起こった。


 亀裂に足を掬われぬよう地面を踏みながら、寒廻獄はくつくつと喉を鳴らしていた。


 「——自ら来おったのじゃな」


 瞬く間に亀裂は横に広がり、やがて床が崩壊する。


 ある場所は陥没し、ある場所は盛り上がり、ある場所には崖が出来た。


 耳を(つんざ)くほどの轟音が、まるで大地の怒りを表現するかのようだ。


 「がっははははっ!派手なことをしよるわ。まさか——」


 床の地割れはやがて部屋の壁にまで及び、ついに天井にまで到達した。激動は止まらず、頭上から瓦礫が降り注ぐ。


 俺は立っていられず、頭上から降ってくる瓦礫に思わず目を閉じた。瓦礫が俺の身体を潰す——と思っていたのだが、次の瞬間目を開ければ、俺は謎の膜によって降り注ぐ瓦礫から身を守られていた。


 膜の外から大地の怒りを彷彿(ほうふつ)とさせるような轟音がけたたましく鳴り響き、止まない。


 「施設ごと破壊してしまうとは、大胆不敵なことよ」


 寒廻獄のその言葉を皮切りに、部屋が完全に崩壊した。その周囲の建物もほとんど残っておらず、俺たちが入ってきたこの廃墟が瓦礫の山と化す。


 「よく来てくれた」


 轟音が止み、膜は明ける。

 俺は聞こえてきた声に耳を傾けた。


 術式を展開し、俺の前に立っていたのは紛れもない、稔先輩の後ろ姿であった。


 「ごめんな、待たせたぜ」


 

 



派手に建物を破壊し、戦場に稔見参——!

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