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第24話 産女


 「《業焔印(ごうえんいん)》二式[滅炎(めつえん)]っ!」


 紅紫あかむらさきの炎弾が、忽ち骸を飲み込み灰にする。


 蓮辺地区の山中。


 圭代先生たちと共に柊先生に合流して、既に一〇分が経過していた。山中は骸が多く点在しており、現在そちらの対応にまわっているところだ。


 「日野!こっち手伝って!!」


 澪の声を聞きつけた俺は駆け出す。

 

 澪に群がる数十体の骸。変に分散しているため澪の《音響印(おんきょういん)》による範囲攻撃が届かない骸が多くいた。


 俺はすぐさま術印を展開する。


 「《業焔印(ごうえんいん)》」


 走って澪の元へ向かう途端、木影に隠れていた骸が俺を奇襲した。


 「アアアアアアアァァァァァッッッ!!」


 不気味な声を上げて、無数の牙を剥き出しにする。 俺は解放していた術水を急遽右手に収束した。


 「おらっ!!」


 術水が収束し、強化された拳を魔術骸の土手っ腹にぶち込んだ。縦に大きく開いた魔術骸の口から血が吐き出される。


 ササッと木が揺れる音が聞こえたと思えば、さらに後方から二体の骸が出現する。


 「《次元印(じげんいん)》二式、[次元竜顕現(じげんりゅうけんげん)]」


 瞬間、出現した二体の骸が真横から鋭い何かに貫かれ、その後内から爆裂するように引き裂かれた。


 そこにいたのは、三メートルほどの体躯を持つ白い竜であった。


 「圭代先生!」


 「危なかったですね」


 「澪が、まだ骸の群れにっ!」


 俺の相手をしている骸は、動きこそ止まっているものの、土手っ腹をぶち抜かれてもなお生きている。


 「下がっていてください」


 俺が《業焔印(ごうえんいん)》を使用するすぐ後ろで、圭代先生が《次元印(じげんいん)》を使用する。


 「《次元印(じげんいん)》」


 澪の唄声では仕留められぬ魔術骸が三体。

 おそらく中級のレベルには匹敵するだろう。


 圭代先生の姿を確認した三体の上級魔術骸が両手に闇を纏う。


 「消エ去レ。闇狂炎(やみきょうえん)ッ」


 上級魔術骸の三体のうち二体が一斉に闇色の火球を放つ。その瞬間、圭代先生の正面に展開された《次元印(じげんいん)》が光り輝く。


 「三式、[次元炎(じげんえん)]」


 二発の闇色の火球を身を捻って躱し、圭代先生が術式を使用する。


 背に携えた白い竜が口を縦に開き、そこから炎を吐き放った。


 二体の魔術骸諸共飲み込み、共に灰へと変わる。

 さすが圭代先生の術式、威力が違う。


 「二式、[滅炎(めつえん)]っ!!」


 目の前のガバッと開いた魔術骸の口に[滅炎(めつえん)]をぶち込み、その身体を内側から焼き尽くす。


 瞬く間に体内から表面へと湧き出た炎が盛り、魔術骸を焼き殺した。


 「《音響印(おんきょういん)》」


 残り一体の魔術骸と距離を取った澪が術式を使用する。


 「三式、[孔音穿聲(こうおんせんせい)]」


 試験の時とは違う、美しく高い唄声が響く。


可視化された澪の唄声は無数の棘のように目の前の魔術骸に突き刺さった。


 脳天をぶち抜かれた瞬間、魔術骸はその勢いのまま後方へと、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


 倒れた魔術骸は、足元から崩壊を始め、やがて塵となって消えていく。


 「ふぅ……危なかった」


 「よし、次行くぞ」


 「そうね」


 それを確認した俺と澪は、なんの疑問も抱くことなく山の奥地へと進む。


 圭代先生が消えた死骸を見て顔を顰めるも、すぐに振り返り、森の中を駆けていく。


 俺らもそれに続いて走った。



 ***



 「ここはどこだっ!早く解放しろっ!」


 鬱蒼(うっそう)としたとある部屋の中。

 稔の怒号が響き渡る。


 「少し黙らないか。殺すわけではない」


 後ろで両手を縛られながら跪く稔が、目の前の男に訴える。稔の目覚めた部屋の下の部屋で餓吼影と話していた、朱色の紋様入りの制服を身に纏ったあの男である。


 「俺は屍轍怪(してつかい)。実は俺の友達が、君に会いたいと懇願してきたんだ」


 「……それで、俺が言うことを聞くとでも?」


 稔が屍轍怪は鋭い睨みを利かせる。屍轍怪は跪く稔を俯瞰(ふかん)するように言った。


 「そう睨むな。優しい顔をしているんだから」


 屍轍怪はそう言うと、稔の背に周り、両手を縛っていた縄を解いた。


 懸命な判断か、稔は迂闊に手を出すような真似はしない。


 「……ホント、何が目的だよ。お前ら」


 「俺の友達に会ってくれ」


 稔の言葉を閑却し、屍轍怪は自身の言葉を押し倒す。稔は警戒するように屍轍怪を睨み続ける。


 「彼女は、君に会いたがってる」


 だが、その表情は一点張りではなく、微笑みの中にも少し濁りがあった。事情があるのだろうか。


 その表情の(ほころ)びには、稔も気がついていた。稔はしばらく考えた後、屍轍怪に問う。


 「……俺が会って、何になるってんだよ」


 「会えば分かるさ」


 屍轍怪がとある方向を指し示す。そこには閉ざされた巨大な扉があった。


 「あの先だ」


 稔は立ち上がり、屍轍怪に誘導されるがまま扉の方へ。稔が扉を真正面にすると、屍轍怪は両扉の取手に手をかけ、体重を乗せる。


 すると、ギギギイィィッ……となんとも立て付けの悪そうな音が鳴り、両扉が開いた。


 巨大な扉の先に広がっていたのは、実験室のような雰囲気の部屋だった。雰囲気が鬱屈(うっくつ)としていて、入ろうとすると本能的に脚が進むのを拒絶する。


 「ここは……?」


 稔が不思議そうに部屋を見渡した。

 無理に脚を一歩踏み込むと、一瞬、全身を駆け巡るような寒気が走る。


 数歩歩いたところで、部屋の最深部に一人の女が座っていることに気が付いた。


 彼女は、無数の管で身体と、側の謎の実験器具のようなものを繋がれていた。髪は長く、返り血を浴びたような白い服を着ている。


 「あれが俺の友達だ。彼女が君と会うことを強く望んだんだ。ぜひ、一声かけてやってくれ」


 屍轍怪の言葉に、稔はさらに数歩進める。


 彼女は俯いていて、顔がよく見えない。


 「えっと……?」


 「あぁ、名は産女(うぶめ)という。名前で呼んでやれば喜ぶかもしれないな」


 (産女?じゃあ、餓吼影と屍轍怪が話してた、魔術骸を産む(たい)を持つのって、こいつなんじゃないか?)


 産女のいる、部屋の最深部へ。


 「う、産女……さん?」


 やがて話せる距離まで接近する。

 稔はゆっくりとその俯いた顔を覗き込んだ。


 (……!?)


 俯いた産女の顔面は、実に(おぞ)ましいものであった。


 裂けた口が無造作に糸で縫われており、両目の眼球がくり抜かれていた。くり抜かれた際に出たものか、真っ黒な目元からドロォッと血が溢れている。


 頬や首元に殴られたような(あざ)。これが、魔術骸を産む胎を持つ産女の姿。


 「事情が事情でね。ほら産女。君の会いたいと言っていた、江東稔だよ」


 屍轍怪が背後から話しかけると、産女はゆっくりと顔をあげる。天井の電球に照らされ、さっきまで見えなかった目の奥までよく見える。


 眼球があったはずの目の奥に穴が空いており、そこから大量に出血していた。


 さながら、拷問を受けている最中の奴隷(どれい)のようだ。


 「エッ…………トウ………ナ……クレ……ノ……」


 産女が口を動かすと、縫い口から血が滲み出る。見るに堪えない光景だったが、何かを感じたのか、稔は産女から目を離さない。


 「マッテタ…………ノ……ズ…………オボ……エ……ル…………」


 とても聞き取れない産女の声。

 稔は困り果て、横目で屍轍怪を見る。


 「向き合ってあげるんだ。彼女は、君に何かを求めてる」


 稔は再び産女を見る。


 「……眼球って、あるんですか?」


 稔が産女を見たまま屍轍怪に問う。


 「眼球はそこにある。そこの赤い箱の中だ」


 屍轍怪が指し示す方向には、小さい棚に収納してある赤い箱があった。稔は恐る恐るその箱を手に取る。


 蓋を開けると、そこには真っ赤な血で染まった眼球が二つ、裸で入っていた。今にもこちらをギロッと睨んできそうな、そんな雰囲気がしていた。


 (なんて……ことを……)


 稔の全身が震えていた。同時に、心臓が直接握られるようにキュッと締め付けられるような感覚を覚える。


 (だが、これは——)


 しかし、他人の眼球を素手で掴んではめ込むという行為に、稔は躊躇なく及んだ。そんなこと気にすることが無駄だと言わんばかりに、なんの抵抗もなく。


 稔は、目の前の赤だらけの女に、何かを感じていたのだ。故に、その行動にも躊躇いは無かった。


 産女の目に眼球がはめ込まれると、稔は目を見開いた。


 「…………」


 しばらく静けさが漂う。眼球をはめられた産女の顔には、大量の張り付く血と裂けた口元とは裏腹に、素晴らしい美貌が残影として残っていた。


 二十代半ばほどの、美しい女性。

 見覚えのある白い服。


 稔はゆっくりと口を開いた。


 「母さん……?」






産女の正体とは。

稔が連れ去られた理由が徐々に判明してゆく。

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