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第23話 謎の施設

※物語を進める都合上、投稿後に第23話の一部内容を変更いたしました。




 目覚めた彼は天井を仰ぎ見る。


 江東稔は、薄暗い密室の鉄の上で、重い体をゆっくりと起こした——。


 「ここは……うっ」


 稔が反射的に左脚の付け根に手を持っていく。


 故馬の施した《癒抗印(ゆこういん)》の固定術式が効力を保ち続けていたが、完治するまではまだ時間がかかるだろう。


 動かそうとすると、まだまだ痛みがある。


 「これは《癒抗印(ゆこういん)》……。じゃあ賢学……?いや、違うな」


 痛みを堪えながら、稔が上半身を起こす。


 消失した脚は半分ほどだが再生してきていた。 

 故馬の《癒抗印(ゆこういん)》と言えど再生後の左脚には何かしらの後遺症は残るかも知れない。


 だが、それでも故馬の術印レベルの高さが窺えると言ったところだ。


 (確か俺、濤舞と戦ってて……託斗が助けに来てくれて、それで……そうか、死にかけて自分で心肺蘇生をしたのは覚えてる。それ以降の記憶がない……気を失ってたんだな)


 部屋の中は声の籠る密室で、空き瓶や腐った食べ物が床に散乱し、異臭も少々感じられる。


 稔はポケットへ手を突っ込み、携帯端末を取り出した。


 「よかった……」


 幸い、携帯の充電はある。

 だが、誰かに連絡しようとするも、しかし電波が届いていなかった。


 「よくなかった……」


 稔は頭を抱えるも、すぐに携帯をポケットにしまい、呟く。


 「とりあえず出ないと……」


 稔が部屋を一周見渡した。


 天井から伸びた(つる)が邪魔して見にくいが、取手らしきものが突出している。それは扉だ。


 稔は右脚だけで立ち、壁に手を着きながら扉へ向かう。扉の前に着くと、取っ手に手をかけて捻ってみる。


 「開いた……」


 ギィと鈍い音を立て、扉が外側へ開いた。建て付けが悪いのか、可動域が少なく、開けるのにもかなり力を入れないといけない。


 扉の先に続くは漆黒の闇。

 今にも吸い込まれてしまいそうなほどの黒だ。


 目覚めた部屋は辛うじて天井の電球が生きていたために問題なく行動できていたが、ここから先は壁を伝って行くしかなさそうだ。


 そう思い立ち一歩踏み出そうとしたその瞬間だった。


 「———だろう?」


 「なるほど……」


 どこからともなく、話し声が聞こえて来る。

 扉の先——否、背の方だ。


 稔は恐る恐る振り返り、部屋の方へ目を向ける。

 

 よく見れば、床に散乱した空き瓶の下に、通気口のようなものがある。網目状のそれを覗くと、すぐ真下にはもう一つの部屋が広がっていた。


 そこでは、椅子に座る餓吼影と、相対する立ち位置で壁に背を付けて立つ人物の二人が会話を交えていた。


 朱色紋様(しゅいろもんよう)の入った制服を着た男。

 餓吼影に劣らず何か凄まじい威厳を感じる。


 「そう言えば、産女(うぶめ)の懐胎は順調か?」


 「順調です。つい先日、七体目を身籠りました。既に死滅したデータサンプルと照合すれば、更に力を持った骸を作ることも可能かと」


 「産まれる赤子が、その時点で持てる力は如何なものなのか。その器との出会いを、私は大層楽しみにしているのだ」


 「産女の胎は強靭です。故に、産まれる赤子はその恩恵を受け、より強い力を持って生まれてきます。餓吼影様の期待にはお応え出来るかと」


 朱色紋様の制服の男の言葉に稔は思わず息を呑む。


 (餓吼影……!?柊先生から聞いたことがある。確か、日野の家族を殺した奴……だったような)


 餓吼影の存在は、『万』の教諭、生徒は認知している。詳細な情報はないものの、その名は遥か先代から言い受け継がれてきていたのだ。


 「胎と言えば餓吼影様。忌胎津姫(きたいしんき)の器はもう見つけられましたか?」


 「有力な候補ならな。だが足りぬ。かつての忌胎津姫に匹敵する器でなければ、その宿命は務まらない。お前もわかっているだろう?」


 「えぇ。五五〇〇年前の惨劇を繰り返さないため」


 「心得ているな」


 (あいつら、一体何を話しているんだ……。忌胎津姫?聞いたこともないし、五五〇〇年前の惨劇ってなんだ?)


 餓吼影ともう一人の男が話を続ける。


 「今の代の賢術師は強力だ。それでも五〇〇〇年前の代には到底敵わないがな。柊波瑠明だけが、五〇〇〇年前の代の者たちに匹敵する、否、それ以上の実力かも知れぬ」


 「濤舞と如牟が倒されたようですが……」


 「問題ない。まだ一五、六あたりの子供に負ける者など役に立たぬ。しかし、あの歳で濤舞や如牟を倒すとは、柊波瑠明の影響はやはり強大なもののようだ。加えて、奴は私のように衝動を抑えることが出来る、と」


 「深淵を追っても見えない男ですね」


 「まぁどの道、賢術師どもを潰すのなら万全を期す」


 餓吼影が席から立ち上がる。そして、その部屋の扉まで歩き、取っ手に手をかける。


 最後に振り返り、もう一人の男に問うた。


 「江東稔は連れてきたか?」


 「えぇ」


 (俺?俺を連れてきたのはあの男なのか?)


 「産女ほど成功した、魔術骸の懐胎(かいたい)の実験体は存在しない。強靭な骸を産めるのなら、尚更な。要求はできる限り飲んでやれ」


 「承知」


 餓吼影が扉を開き、部屋を出て行く。

 

 その部屋にはもう一人の男だけが残された。それを確認した稔は一度下がり、目覚めた鉄に腰を下ろす。


 (なんの目的で俺を連れ去ったんだ……)


 餓吼影やもう一人の男の目的はつゆ知らず、稔はこの部屋の扉を見つめる。このままじゃ何も進まないと思い立ち、稔は再び扉を開けた。


 やはり暗く、数歩進めば完全に視界は闇に包まれるだろう。


 稔は術式を使用する。


 「[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]」


 片足でバランスを保ちながら、両掌に熱を凝縮する。やがて凝縮した熱が光を発すと、扉の先を明るく照らした。


 暴発しないよう制御しながら、稔はそれを片手に収束する。そして壁に手を着き、ゆっくりと扉の先へ歩いて行く。


 その時だった。


 稔のスマホが、ポケットの中で振動する。取り出して確認してみると、連絡を受信した。よく見ると、電波がよく通っている。


 (あの部屋だけか、電波が通じてなかったのは。ラッキー、連絡できるぜ)


 体重を壁に乗せて、収束した光をもつ方の手とは逆の手で携帯をいじる。


 受信した連絡は複数あり、柊波瑠明、尾盧圭代、登能眞樹の三人からであった。上から確認する。


 『稔大丈夫か!?今どこにいる?確認したらすぐに連絡くれ!!』


 眞樹からの連絡に、『生きてるけど、ここがどこかわからない』と返信する。


 続いて柊だが、何やら不在着信になっていた。電話をかけ直す前に、圭代からの連絡を確認する。


 『この連絡を確認したらすぐに連絡をください』


 対して『確認しました。何者かに連れ去られたようですが、この場所がどこなのか分かりません』と返信する。


 最後に、柊に電話をかけ直した。



 ***



 ポケットの中で携帯端末が振動する。

 すぐさま柊は、それを取り出した。


 「稔!大丈夫だった?」


 『はい、なんとか』


 柊は一旦安堵の表情を浮かべた。


 「どこにいる?場所は分かる?」


 『この場所は分かりません……隔離施設か何かかも知れません。部屋の中で電波が全く繋がらない場所があるので』


 「なんで今電話出来てるの?」


 『部屋を出れば電波が繋がるようです。本当に、俺が起きた部屋だけ、全く繋がりません』


 「なるほどね。今どうしてる?」


 『部屋から出て廊下があったので、そこを進んでます』


 「分かった。電話繋いだまま、進んでくれる?」


 『分かりました』


 とは言え、場所の特定が出来なければならない。電話を繋いだまま僅かな音や稔の報告から、場所を特定しようと言う算段だ。


 『柊先生、一つ報告しておきたいことが』


 「なに?」


 聞けば、稔は実は……と続けた。


 『この施設で先ほど、餓吼影とその部下と思われる魔術骸を確認しました』


 柊は思わず絶句するも、冷静を装い会話を続ける。


 「稔、そこで止まるんだ」


 『はい』


 何故ですか?とか聞かずに素直にはいと返事できるあたり流石、稔と言ったところだがそんな悠長なことを考えられる状況ではない。


 「元いた部屋からどのくらい歩いた?」


 『二〇メートルほどです。部屋に戻りますか?』


 「いやいい。その場でじっとしてて。無闇に歩いたら、餓吼影に見つかるかも知れない」


 柊が言うと、稔は素直に分かりましたと返事をする。


 (どうやって見つける……?でも、稔がいなくなってから、まだそんなに時間は経ってない。転移魔術とか使える骸が居なければ、まだそんなに遠くまで行ってないはず……)


 「稔、起きた部屋の特徴とか、何か覚えてることない?」


 『部屋の特徴……、あ、天井から蔦が伸びてました。結構伸びてましたし、もしかしたら結構古い建物なのかも知れません』


 なかなかいい情報だ。

 柊が引き続き問う。


 「ありがとう。そう言えばさっき、餓吼影ともう一人の男がいるって言ってたよね?見覚えとかない?」


 『自分はないです』


 「特徴とかは?」


 『朱色の紋様入りの服を着ている男です』


 「ありがとう」


 柊が術水の放出出力を上昇させ、上空から条件に見合う施設を探す。


 黒舞地区を一通り探すも、都市開発の進むこの地区ではそんな古い建物は存在していない。


 せいぜい、一年生の実技試験を行った廃墟くらいか。開発のために山も削られているため、見落としていることはおそらくないだろうと、柊は続いて蓮辺地区へ。


 (黒舞地区よりか開拓されてない山も多いな……山の方重点的に探すか)


 人の手が加えられていない未開拓の山の上空で、柊が目を見張る。


 「稔」


 柊が稔の名を呼ぶ。しかし、応答がない。


 「あれ、稔?」


 携帯の画面を見ると、数秒前に通話が切れていた。

 

 黒舞地区から蓮辺地区まで移動している数分の間に、切れていたのだ。


 嫌な予感のした柊は稔に電話を掛け続けるが、無情にも携帯端末は、電波の届かないところにいると淡々と述べるばかり。


 柊は携帯で別の人物に電話をかける。


 「日野。今誰といる?」


 『今ですか?今は圭代先生といます。ちょうど今、賢学まで戻ってきたところです』


 「よかった。圭代さんに伝えて、圭代さんと澪と一緒にこっちにきて。他の二年や先生方は、先の緊急事態の時のように襲撃に備えた方がいい」


 『わ、分かりました。柊先生は今どこに?』


 「蓮辺の山で稔が連れ去られたと思われる施設を探してる。携帯で位置情報送れば、圭代さんの術印ですぐに移動できるから」


 『分かりました』


 一旦、電話を切る。


 圭代の《次元印(じげんいん)》なら、位置さえ特定すれば秒で来れる。


 先の戦いで託斗はひどく疲弊していた。眞樹も任務には行っていたが、彼に至っては全く疲れている様子などない。


 眞樹は待機と言ったところか。


 (探して早く見つけないとね)


 山の上空より、一滴の汗が滴り落ちる。


 餓吼影のいる空間に教え子が捕らわれている。その滴り落ちた汗一滴が、焦燥感に満ちたの柊の心情を表しているかのようだった。






稔の捕らわれている施設はどこに——?


追記

話を投稿するごとに、読んで下さる読者の方々が増えてきて、執筆のモチベも上がっていくばかりです。読んで下さる皆さま方、いつもありがとうございます。


投稿頻度も極力少なくならないよう頑張って執筆してまいりますので、よければ感想やブックマーク、よろしくお願いいたします!

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