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第22話 緊急事態


 治療室の扉が開く。


 そこから勢い良く部屋へ駆け込んだ人影が二つ。故馬の急報を聞いた、眞樹と託斗である。二人は稔が横たわっていた寝台へ目を向けた。


 故馬の言う通り、そこにあるはずの稔の姿は跡形もなく消えていた。


 「誰か治療室にいなかったんですか!?」


 「直前まで枢木先生と須藤先生が居たんだけれど、襲撃のあった廃墟の現地調査に行っちゃったらしくて。私がさっき戻った頃には、もう……」


 他の寝台には、美乃梨、輪慧、希空、虹、流聖が眠っている。


 稔だけが、何者かに連れ去られた——?


 「あいつはとても一人で歩ける状態ではなかったよな。なら誰かが連れ去ったと考えるのが妥当だな」


 「すぐ柊先生に連絡しよう。犯人が骸側のやつなら、あの状態だったらまともに戦えないぞ」


 「そうだな」



 ***



 深淵法廷を静寂が包んでいた。


 『裁』を訪れた、忌み子を名乗る謎の人物。同時に彼は、輪慧が餓吼影に狙われていると口にしていた。


 その人物を知る者は、『裁』の内部には居ない。


 餓吼影が突如動き出した事実と、つい先ほど餓吼影は託斗先輩と接触していた事実。


 多くの不可解なことが同時に起こっていることに、皆動揺を隠せない様子だった。


 それは深駒理事長や柊先生も同じ。

 無論、俺もだ。


 「三日後、三法廷会合(さんほうていかいごう)が行われる。忌み子に関する事実は、そこで中央法廷、底淵(ていえん)法廷に明かすつもりだ。混乱を招かねない事情から、深淵法廷内部で情報は伏せていたのだ」


 「まぁ、情報を漏らさないことは確かに必要かもしれないですね。三日後ですか、思ったよりも遅いと思いますけど」


 腑が落ちないか、柊先生がそうぼやく。

 それに対し、間髪開けず裁判長が反論する。


 「君と言う存在があるが故に開かねばならない会合だ。身の程を弁えない発言は伏すがいい」


 裁判長の言葉に、柊先生は潔く口を閉ざす。裁判長が話を続けた。


 「で、その三日後の三法廷会合には虎殿(こてん)主帝(しゅてい)を招待した」


 「虎殿主帝を?」


 理事長が聞く。


 「招待したと言えど、参加を望んだのは虎殿主帝だ。虎殿主帝は忌み子の存在について深く理解したいと思っておられるようだ。この機に、その脅威を伝えようと話を持ちかけたら、案の定乗り気だったわけだ」


 虎殿主帝とは、簡単に言えば賢術の学府機関全体を統治する長だ。入学当初、重要な項目として教えられていた。


 「虎殿主帝が忌み子の存在について深く理解したがっているのは、以前から私も知っていた。もう直ぐ桃寿(とうじゅ)を迎えなさるご老体だが、その力は(おとろ)えを知らない。その持つ力があって尚、油断ならないとお思いなのだろうな」


 理事長が言う。


 「百歳のおじいちゃんが物凄い力で猛威を奮ってると考えるだけで怖いけどね」


 「虎殿主帝は総統の座を次期に継承することに躍起(やっき)になられているが、この問題はそれより優先すべき事項だ。決断には迷ったが、あくまでも無駄な情報漏洩を防ぐため、寿孟(すもう)副帝(ふくてい)は招待しなかった」


 寿孟副帝もまた、賢術の学府では第二の権威を持つ有権者だ。


 年老いて総統の座をまもなく手放す虎殿主帝の次期継承者として有力視されているらしい。


 無駄な情報漏洩と言えど、次期主帝候補ならば伝えておくべきだとは思うが。


 「懸命な判断だろう。賢術の学府上層部といえど、世界を滅ぼす力を持つ忌み子の存在が公になれば、一騒動(いちそうどう)では回避できないからな」


 同意する様に理事長が頷いた。


 虎殿主帝だけが、改めて忌み子の脅威を認識することで、それに対抗しうる後世へと、賢術師界隈を育てる意志を寿孟副帝に継承させる。


 忌み子だけでなくとも、餓吼影に対する対策にもなるだろう。


 そういう意図があるのなら、寿孟副帝には敢えて伝えないというのには納得はいく。


 「篠克。お前と柊波瑠明には、当日、会合に参列して欲しいのだ」


 「私と彼を?目的は?」


 「お前を参列させる理由は、妾以外に忌み子の脅威を理解している者がいた方が、その他の『裁』職員がその脅威を理解する上、で刺激になるだろう思ってな」


 虎殿主帝が理解を深めるためにも必要だろう。


 会合を開くからには、参列者に忌み子の脅威を理解してもらわねばならない。確実に理解させるために、有識者の理事長を参列させるわけか。


「そして柊波瑠明。忌み子本人が出席し、彼の口から柊波瑠明当人自体は安全であることを説明させる。無論、妾の説明を聞いた皆が、彼の言い分を信じないだろう。そこで上手く、彼を庇う様にお前の口から補足説明をして欲しい」


 忌み子本人たる柊先生の説明に意味合いを持たせるために、信頼を得ている深駒理事長が仲介役に回る。


 確かに上手くいけば、忌み子の脅威を認知させられる策略だ。しかし、万が一起こりうる危険があることを、理事長も柊先生も理解している様子だった。


 「危惧すべき事は、お前が柊波瑠明を(かば)う事で、お前にヘイトが向き信頼を失ってしまう事。その時は、妾もお前たちの方につく。『裁』の職員は妾の権限で黙らせる事は可能だが、その適応範囲内にいないのが、一番深く理解したいと思っている男だ」


 虎殿主帝か。彼により深く理解してもらわねば、わざわざ彼を呼んだ意味がない。


 寿孟副帝にも継承される意志は浅きものとなるだろう。


 「お前が非合理的と判断すれば、参列の件は取り消してもらって構わない。その時はまた別の策を考える」


 裁判長が理事長の見解を伺う。


 「いいや、私もそれならば合理的だと思う。ぜひ参列させていただこう。君も、それで良いね」


 理事長が柊先生を振り向く。


 「拒否権ないでしょ?俺も賛成です」


 「それもまた、合理的な判断だ」


 裁判長が深淵法廷の扉まで歩く。

 そして、扉に手をかけた。


 「決まりであるな。妾が二人の参列申請を行なっておこう。三日後の朝方六時、この深淵法廷で会合は行う。くれぐれも遅刻だけない様——」


 言いながら扉を開けた裁判長の言葉が途切れる。


 見てみれば、螺爵裁判長の目の前には、急いで走ってきたのか、髪と息を乱した西條さんが立っていた。


 血相を変えて俺らの方へ視線を巡らせる。


 「なんだ?西條。何か要件か?」


 「はぁ……はぁ…柊波瑠明様に、『万』から伝達があります」


 「俺に?」


 西條さんが深淵法廷に入ってくる。そして、真っ直ぐに柊先生の目の前へ。


 「二年、江東稔が行方不明になったとのことです」


 「稔が?」


 目を見開き、柊先生が問う。


 「連れ去られたと言うことですか?」


 柊先生と尾盧先生が同時に言葉を発する。


 「片方、脚を失った少年であるな」


 考えるような仕草をしながら、裁判長が言う。


 「はい。ほんの数分の誰もいない間に、行方がわからなくなったと。柊波瑠明様のご報告によれば、左脚(ひだりあし)の損失に加え、気絶状態だったそうですね」


 「そうだね。その状態であれば、やっぱり連れ去られたと考えるのが妥当。遠くに行く前に探さなくちゃね」


 柊先生が深淵法廷の扉へ向かう。

 ここから出る気だ。


 「教え子が連れ去られたので、失礼しますね。じゃ、三日後よろしくお願いしますね、裁判長〜。あ、あと、一ヶ月間の活動停止、見直しておいてくださいね」


 「待て、柊は——」


 圭代先生が放った静止の言葉を聞かないうちに、柊先生は術水で己を浮遊させて去って行ってしまった。


 「まったく、あの人は。則弓、今日のところはこれで。あぁ。三日後の会合、よろしくお願いするよ」


 柊先生に続いて、理事長が退出する。圭代先生と俺もそれを追いかける様に駆け出した。


 裁判長はその場で俺らの背を見守る様にただ立っていた。俺は振り返ることなく、ただ走り続けた。



 ***



 微睡(まどろ)みの中。いいやこれは現実か——?


 「お兄ちゃんっ、遊んでっ」


 「おー?お兄ちゃんと何がしたいんだー?」


 「うーん……かくれんぼっ!」


 「じゃあ最初、お兄ちゃんが鬼やるぞーっ」


 「うん!」


 数字を一〇から数える兄の声が響く。


 後ろで縛った髪を(なび)かせながら草むらを颯爽と走る妹は、ある一本の木の影に身を潜めた。


 やがて、一〇を数え終えた兄が大声で叫ぶ。


 「もういいかい?」


 兄の声に続き、その背から僅かに聞こえる妹の声。


 「もういいよ!」


 兄に声が聞こえる様、頑張って声を出しているのが分かる。兄はその声を聞き、振り向く。


 風が靡くと、木々が揺蕩(たゆた)う。


 その流れは豊かで、まるで水の流れの様だ。そんな揺蕩う木々の間に目を向けながら、兄が隠れた妹を探す。


 「すぐに見つけてやるぞー?」


 兄妹(きょうだい)の束の間の時間。他の何者の介入も無い。兄と妹は互いを想っていた。その光景は、何にも変え難い幸せそのものだ。


 「どこだー?」


 木の影で、妹はクスッと笑う。

 その瞬間、兄が妹を見つけた。


 「いたっー!見つけたぞー、彩花っー」


 「きゃあっ!見つかっちゃったぁ……」


 「こんなところに隠れるなんて、彩花はかくれんぼが上手だなー!」


 兄は妹の頭に手を置き、そっと撫でてやる。


 「でしょ!彩花、かくれんぼ得意だもんっ」


 妹の彩花は、胸と声を張って言った。


 微笑む兄に、彩花はギュッと抱き付いた。


 「急になんだよっ」


 微笑んだまま、己に抱き付く彩花を、兄はそっと抱き締めた。大きな手が、彩花の小さな身体を包み込む。兄の暖かさを感じた彩花が、優しく微笑んだ。


 「お兄ちゃん、大好き」


 「俺もだ彩花。お兄ちゃんも大好きだぞ」


 「えへへっ」


 風靡く草むらの真ん中の、束の間の微笑ましい光景。



 ***



 やがて目が開き、夢から目覚める。


 「……ここは?」


 目覚めた彼は天井を仰ぎ見る。江東稔は、薄暗い密室の鉄の上で、重い体をゆっくりと起こした——。






江東稔失踪は如何なる波乱含みか——。

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