第21話 忌み子の血縁者
「忌み子の血縁者……?」
「あぁ」
深淵法廷に緊張が迸る。俺は淀みない真剣な面持ちで裁判長を真っ直ぐに見る。
裁判長も、また神妙な面持ちで俺に視線を注いでいた。
「君にとって残酷な話をする。君の、亡くなった両親の話だ」
「俺の……両親、ですか?でも、俺の両親は既に…」
俺の言葉が潰えた。
「先日、『魔譜』にご遺体の入った棺が二基届いた。差出人不明、話の流れから言わずもがな、君の両親のご遺体が納められた棺だった」
全身が、特に両手がぶるぶると震えるのがわかる。
「……なぜ、俺の両親だと?」
「君も受けたはずだ。適正の赤子が生まれた時は、対象の赤子と同時にその母親の身体も調査を受けることになっている。その記録を辿って母親の方は確信付けた。そして『裁』の職員が身辺調査を行い、結果もう片方は君の父親だとも判明した」
あの事件の後、両親の遺体を求めて火葬場を訪れたときに門前払いされたが、そのときには本当に火葬場に遺体がなかったのかもしれない。
『魔譜』に俺の両親の遺体の入った棺を届けたふざけた奴が火葬前に回収したから、火葬されずそのまま記録が抹消された——?
「我々は、その遺体に残っていた血液を適量抽出し、『裁』と『魔譜』共同で検査を行わせてもらった。これが、その結果報告書だ」
螺爵裁判長は法衣の胸元のポケットから、半分に折られた用紙を俺に差し出した。
それを受け取って開く。
何やら色々書いてあったが、一通り目を通しても何を言っているのかさっぱりわからない。
しかし、用紙の一番下に、俺でも理解できる文章がしばしば。
「忌み子、柊波瑠明の血液タイプと、日野宏紀、日野奈美の血液タイプの照合結果、タイプ一致率八九パーセントを記録した。即ち、柊波瑠明と君の両親は、ほぼ同じ血液が身体に流れている事になる」
柊先生が目を見開く。
「それって、忌み子の血縁者なのか、柊先生の血縁者なのか……?えっと…?」
「柊波瑠明の体内を流れるのは、おそらくこの世に二つとない特殊な血液なのだ。それを我々は、忌み子特有のものであると仮定しているのだが、それが、君の両親にも流れていた」
なんで、俺の両親に……。
俺の両親と柊先生に、何の関係があるというのか。
「柊波瑠明の血縁者という関係は、即ち忌み子の血縁者を表すという仮説に過ぎない。それに、我々も調査はそこまでで打ち切りにしている」
「どうしてですか?」
「君の両親の尊厳を守るためだ。このまま調査を続けるのならば、本格的な解剖の段階に入る必要がある。君に決めて貰いたいのだ。もし君がそれを否定するのならば、我々はその調査を実行に移さない。ご遺体をそのまま残しておくことはできないため、こちらで火葬させていただくがな」
俺に課されたメリットとデメリット、俺が餓吼影に近づくために必要なのか否か。
両親を殺した奴に、近づくためのヒントになるのか否か——。
解剖することで忌み子の真相には辿り着けるかもしれない。それを考えたら、後々俺にメリットに回る可能性も否定できない。
俺は考えた後、裁判長に言う。
「調査を続けてください。それが賢術師界隈のためになるのなら」
俺の言葉に裁判長は、初めて口角をあげた。
「ありがとう。君の決断に敬意を」
裁判長は俺に向かって頭を下げた。
「君の両親のご遺体は極めて丁重に扱わせていただく。その尊厳を傷つけぬ様に」
「よろしくお願いします」
俺がそう返答すると、裁判長が頭を上げる。
「裁判長、一つだけお聞きしてもよろしいでしょうか」
俺は話を切り出す。
「答えられる範囲でなら答えよう」
「……なぜ、俺か尾盧輪慧を指名したのでしょうか」
これを伝えるためなら、わざわざ俺か輪慧という選択肢は与えない。即ち、輪慧が来てたとしても何か伝えることがあったということだ。
「先の襲撃事案の報告を受けたのが先ほど故。無論、尾盧輪慧の重体のことも先ほど知った。それを知っていれば、尾盧輪慧と共にではなく君一人に召集をかけていたがな」
そこまで言うと、裁判長は圭代先生を振り向く。
「尾盧圭代よ、父親たる君に伝えよう」
「私に?」
「あぁ」
裁判長と圭代先生が対面する。
「以前、『裁』に忌み子を名乗る人物が訪れたと言ったな」
「言っていましたね。それが何か?」
「その尋人は言っていた。尾盧輪慧は、とある魔術骸に狙われている可能性がある、と」
「とある魔術骸とは?」
「妾も詳細までは分からぬ」
すかさず横から理事長が口を挟む。
「そもそも、その尋人に関しては何か分かることはないのか?」
「名乗る名はないと口を開いてから、一切こちらの質問には答えなかった。妾は当時舞い込む裁判事案に追われ、その尋人の対応を部下に任せてしまったが、それが間違いだった。彼は間違いなく、逃してはいけない人物だったのだ」
悔やむ様に裁判長が言う。
「その尋人とは、誰かが知る人物ではなかったですか?」
「確認を取ったが、誰も彼も知らなかった。妾の放棄のせいで、重要な情報となる可能性を捨ててしまったのだ」
その言葉に、全員が押し黙った。
***
『万』、二年術印科教室。
「託斗、大変だったな」
「労いの言葉なら先に稔に掛けてやれよ」
「浴びせてやるつもりで掛けてやったよ」
椅子に座りながら、眞樹と託斗が話していた。
「俺、今回何も活躍してねぇんだよな実は。俺以外の二年はみんな活躍したらしいし、なんか申し訳ない」
「緊急事態だったんだ。指揮が行き届かない現場しゃ仕方ねぇよ」
苦笑しながら言う託斗に、尚も眞樹は申し訳なさそうな表情を向ける。
「あとは、稔が目を覚ますのを待つだけだな。お前どうやったら死ぬんだよって言ってやろう」
「冗談でもやめとけ」
眞樹が言いながら、軽く託斗を小突いた。
「俺、もう一回稔んところに——」
そう言いながら明日から立ちあがろうとする託斗だったが、しかし同時に、教室の扉がバタンッと勢いよく開く。
「眞樹っ!託斗っ!」
走ってきたのか、髪を乱した由美がそこにいた。
「故馬先生、どうしたんですか?」
「稔が……稔が治療室から姿を消したの……!」
「「……!!?」」
柊たちが謁見に臨む背後で、急展開——。




