第20話 忌み子
裁判長の言葉に、理事長が話を切り出す。
「則弓、詳しく説明を」
「先日、『裁』に不審人物が訪ねてきた。妾と謁見を所望であると言われ通すと、奴は開口一番こう言い切った。己は忌み子である、とな」
「自分が忌み子だってことはあんまり知られたくないと思うけどなぁ。俺も本当に信用してる人にしか明かしてないし、ましてや自分から打ち明けるなんてね。全く気が知れないよ」
「忌み子の分際でそう粋がるな。鼻に触る」
螺爵裁判長が柊先生を一蹴する。
「え、そこまで言う……?」
と、柊先生が身を小さくしてボヤいていた。
「話を戻す。そいつの言い分が正しければ、今のところ確認できる忌み子は、そいつと柊波瑠明の二名。その他にもいる可能性があるが、未だ確認は取れていないと言ったところだ」
裁判長の話が一旦切られたこのタイミングを見計らい、俺は颯爽と手を上げて裁判長に聞く。
俺は、忌み子と言う存在をよく理解していなかったのだ。
「裁判長。忌み子と言う存在を、俺はまだいまいち理解できていないのですが…」
柊先生への対応とは打って変わって、俺の質問に裁判長は丁寧に答えた。
「忌み子とは簡単にいえば、世界に産まれることを拒絶された存在だ。話の流れから推測できていたと思うが、柊波瑠明も忌み子と呼ばれる存在だ」
俺は思わず柊先生に視線を注ぐ。
「まぁ、一言に忌み子っつっても、俺は正気を保ってるほうだよ。衝動だって思うままに抑えられるし、術式術印だって暴発したことはない。俺は事実上の忌み子ってだけで、意外に普通の人なんだよ?」
「よく言う。あれほどの術印を持っておいて正気を保てる人間だと?寝言なら寝て言え。戯言ならば慎むがいい」
裁判長が口調強めにそう言い放つ。しかしそれに萎縮せずに柊先生は言い返した。
「《顕現印》自体は家系的継承の要素。忌み子として生まれつき持てる強大な力も相まって可能性を思いの儘に具現化するなんて馬鹿げた術印になったけどね」
「馬鹿げたなんてレベルの術式じゃないですよ、あれは」
呆れた様に圭代先生が言う。
「……話を続けるぞ」
裁判長がそう言い、忌み子の説明を続ける。
「世界から忌まれ、産まれることを拒絶された存在、忌み子の真髄は、完全体となることによる《闇渦》と呼ばれる存在への昇華。《闇渦》とは、かつてこの世界に存在した大厄災の総称であり、その大厄災は世界を飲み込み滅ぼすと言われる」
かつて世界に存在した、と言うことは現代には存在していないと言うことか?
「でも、柊先生ほどの忌み子が完全体にならないのなら、完全体なんて殆ど生まれない様なものじゃないんですか?」
柊先生の実力はまだ分からない要素も多いが、平然とあの襲撃を乗り越えた様を見ると、柊先生を超えるような奴がそう簡単に現れるとは思えなかった。
裁判長は俺の質問に対して、すぐに口を開く。
「一つ前提にして欲しいのは、柊波瑠明は既に、完全体となった忌み子であると言うことだ」
「え?」
「先ほど、彼は衝動は抑えられると言ったな?」
確かに、柊先生はそんなことを言っていたなと思い出した。裁判長が話を続ける。
「忌み子における衝動とは《闇渦》に昇華するためのトリガーの様なものだ。通常、完全体となった忌み子には、《闇渦》に昇華したい衝動が出てくる。その衝動には抗えず、大厄災たる《闇渦》へと昇華するのだ。しかし、先ほど彼が言った様に、彼は完全体でありながらその衝動を抑えることが出来る」
逆に言えば、柊先生は成ろうと思えばいつでも《闇渦》に昇華できると言うことか。柊先生に限って、そんなことないだろうが。
「過去にも例外はなく、何故彼がその衝動を抑えられるのかは分からない。『魔譜』でも調査中だが、何せそこの男が調査に非協力的でな。妾も調査の進展に窮しているのである」
裁判長がジト目で柊先生を睨む。一瞬見つめ合ったかと思えば、柊先生が知らん顔をしてそっぽを向いた。
「余所見をするな、非協力者。何故妾がお前の死刑執行を四ヶ月後に見送ったのか、肝心のお前が理解していない様だな」
死刑……執行?柊先生が…?
「あぁ……はぁったく、遥希には言ってなかったのに」
「この際教え子にも明かしておくがいい。妾が課した条件とともにな」
裁判長がそう言うと、柊先生は俺を見る。
「忌み子は本来、世界に忌まれた生まれてはならない存在。それに、その完全体は世界を滅ぼす脅威になる。人類の秩序と均衡を守る賢術師界隈にとっては、真っ先に抹消すべき存在だよね」
「それはそうですが……」
俺は納得いかないが、完全体の忌み子を抹消すべきと言う理念は受け入れざるを得ない。
なぜなら、抹消しなければ世界が滅びるから。
「でも、俺は衝動をなぜか抑えられる完全体。俺が成ろうとしなければ、少なくとも俺が世界を滅ぼす心配もない。だから裁判長と、ある契約を交わした。ある条件を、与えられた猶予四ヶ月以内に満たすことが出来れば死刑判決を覆す、と」
「条件って…?」
微笑をたたえながら、柊先生は指を二本立てる。
「俺が衝動を抑えられる理由の解明、俺以外の忌み子の完全抹消の二つ。それを満たせれば、俺は死刑台には掛けられない」
「あくまで一時的な独断措置だ。今後の調査において『魔譜』の意見も取り入れていかなければならない。それによっては、条件の無制限変更もあり得ることを、忘れることなきよう」
裁判長の言葉に、柊先生が振り向く。
「わかってますよ。一年生の入学後の実技試験も終わったし、事務的業務はとりあえずみのりんに任せて、俺も今後は調査に協力しますから」
忌み子である以上、条件クリア以外に判決を覆す手段はない、か。なかなか厳しい条件だ。
「何も、『万』にばかり制限をかけている訳ではない。現在、『魔譜』の方で調査を行なっているところだ」
「なんの調査を——」
「敢えてここだけで明かす。妾は、賢学内に潜むお前以外の忌み子の存在を疑っている」
裁判長が柊先生を睨みながら言う。柊先生以外の忌み子の存在か……。
「根拠はあるのですか?」
圭代先生が問う。すると、裁判長は突如俺を振り向いた。そして、徐に口を開く。
「君は、忌み子の血縁者である可能性が高い。それを伝えるため、妾は君を招待するよう命じたのである」
世界を滅ぼしかねない忌み子の存在。そして、日野が忌み子の血縁者とは——?