第1話 序編
国が運営する賢術師育成機関、賢術の学府。
産まれながらにその身体に特殊な紋様が刻まれている場合、その赤子は賢術師としての適性を持つ可能性がある。
ある年、賢術師の適性を持つ赤子が四人産まれた。
「へぇ、今年は四人?」
「毎年各地で確認されてる適正の赤子が、今年は四人ね……少なめじゃない?去年は七人だったけど…」
「うーん……運命を感じるね」
賢術師としての適性のある赤子は、出産後一度、賢術の学府にて検査を受ける。
どれほどの適性か、刻まれた紋様の種はなにか、赤子を産んだ母胎に異常はなかったかなど、赤子に負担がないように賢術師がサポートしながら、一日かけて調べ尽くすのである。
「忌み子じゃ無いといいけどね」
「冗談でも簡単にそれは言わない規則でしょ?」
「俺は言ってもいいでしょー。それに、俺はそんなに嫌いじゃないんだよね、その肩書き」
「不名誉な肩書きね」
「おいおい、全国の忌み子様方に全力頭擦り付け土下座して来なさいよ」
***
俺、日野遥希は、聞くところによると、一六年前、賢術師としての適性を持って産まれてきたらしい。
初めてそれを耳にした時は何のことかさっぱり分からなかったが、ここに来た今なら分かる。
賢術師としての適性を持って世に産まれることは、予想以上に只事ではないのだ、と。
賢術の学府。
適正のある者を育成し、個々の持つ術印の発現や術水技術向上のサポートなどを行う事を目的に国が運営している学府だ。
国家機密とされるその学府より本日、招待状が届いた。そして、今に至る。
「ここが、賢術の学府『万』。賢術の学府のなかでも最大規模の機関です」
***
心霊現象とか超常現象とか、そんな物は全て人による作り話だ、そう思っていた。
そんな物を信じるくらいなら、宗教とかの教えなどを信じた方がまだマシな気がするくらいで、そもそもそんな下らない事を考えていると思うだけで目眩すらしてくる。
そんな考えは、ある事件をきっかけに吹っ切れた。
二年前、俺は両親を亡くした。
用事に出掛け、帰宅すると、家の中で血の海に沈んだ両親を目撃した。
両親の遺体を確認してみると、肩口から大腿骨の方まで引き裂く様にして殺害していた大胆さから、すぐに犯人は見つかる物だと思われていた。
しかし警察が調査をし始めてからおよそ一ヶ月後、突如として、その捜査は打ち切られた。
俺が警察に申し出を出そうとすれば、そんな事件の記録はないと、申し出を最後まで聞く前から門前払い。近所の住人から証言を集めて再度警察へ申し出ようと試みたが、まさか近所の住人はおろか、親族の皆んなまで知らないと言い出すとは思いもしなかった。
俺は一人、存在しない事件を調査する変な輩として認知されるようになり、やがて俺は孤立した。
俺の両親の遺体が出棺した火葬場を訪れても、俺の両親の遺体は見つからなかった。焼却した遺体のリストか何かは無いのかと聞いたところで、個人情報は見せられないの一点張り。
文字通りこの事件は、世界から抹消された。だが、それを受け入れるなど、俺には到底出来たものでは無い。
その後も個人的に調査を進めたが、想像通り、なんら証拠は得られなかった。親族や近隣住民、今まで信じてきたものが、信頼が、全て脆い泡の如く消えた。
だが、事件から二ヶ月とちょっと経った頃、事態は急変したのだ。
「そこの君」
それは夜道を一人で歩いていたときである。俺は突如、背から声をかけられた。
振り向けば、そこにいたのは長身の男だった。
「何ですか?叫びますよ」
「いやいやー、叫ぶかどうかは俺の要件を聞いてもらってからにしてほしいなぁ」
爽やかな笑顔でその男は、俺が叫ぶのを制止した。
「要件?何の用ですか?」
「君さ、最近、両親が殺されたでしょ」
俺は思わず目を見開いた。なぜならその事件は、警察や近隣住民、親族ですら忘れた事件だ。
見知らぬこの男が、なぜ知っているのか…?
「な、何でそれを……?」
「君で合ってた?いやー、良かったよ。さっきあっちにいた男の子に聞いてみたら全く違う人で、危うく叫ばれそうになっちゃってさ」
その男は後方を指差しながらそんな事を言った。
「事件のこと、何で……?」
「信じろって言っても信じないかも知んないんだけど、実はその事件の犯人、俺は知ってるのよ」
本当なら俺はこの男について行くべきだ、その時点で俺はそう確信していた。
「犯人を知っている……?」
「そう。そして、警察や君の親族に事件の記憶がないのも、そいつが意図的にそう仕向けたからさ」
信頼に値する証拠も碌に見せられていないが、藁にも縋る思いだった俺には、犯人を知っていると言うその言葉が、まるで神からの助言の様に聞こえた。
「犯人は…誰なんですか?」
「犯人は——」
***
その人は、俺の両親を殺した犯人の全貌を明かしてくれたのと同時に、そいつに復讐する為の機関を紹介してくれた。
後日招待状を送る様手配してくれると話してから三日後。俺の家に招待状が届いた。
『当日深夜二三時五五分までに下記の場所へ向かうように。尚、学府への入学は任意であり、貴殿が入学を望まない場合、上記の時間に指定の場所へ訪れないこと。同時に、招待状は貴殿が破る事』
招待状にはそう書かれていた。
任意なので無理をしてでも行かなければいけない訳ではないと言う意味だろうが、復讐の為に自ら臨んだ入学を、断る理由などあろうはずも無い。
招待状で指定された時刻に、指定された場所へ赴いた。
そこには、仮面を被った一人の人間が突っ立っていた。俺を見るや否や、その人は言った。
「お待ちしておりました、日野くんでよろしかったでしょうか?」
「そうだけど……あなたは?」
「失礼。私は賢術の学府『万』の尾盧圭代と申します。よろしくお願い致します」
声を聞く限り、恐らく男の人だろう。
初対面なので、仮面を外して顔を見せてもらえないかと思ったが、その仮面の不気味さに若干引き気味だった俺は、躊躇ってその質問は出来なかった。
「では、早速行きましょうか。私の肩に手を置いてください」
もう行くのかと思ったが、言う事を聞かない理由もない。俺は素直にその人の右肩に手をポンと置いた。
すると、その人は片手で方陣のような模様を空に描き出した。それが光ると、その人は囁いた。
「《次元印》一式」
瞬間、俺の目の前が真っ白になった。
真っ白になったかと思えば次の瞬間には、何やら見たことのない景色が俺の目に映し出される。
「[次元転々]」
それを言い終えると、仮面の人、尾盧さんは仮面に手をかけた。そして、ゆっくりと外して懐へしまう。
「仮面をとって改めまして。ようこそ、日野様」
仮面をとった尾盧さんの顔は、とても優しそうな表情をしていた。一つ気になる点があるとすれば、右目の方に何やら義眼を埋め込んでいる様だ。
「右目は二年前の任務時に失ってしまいまして。義眼を埋め込んでいる為の違和感ですので、悪しからず」
「は、はぁ」
優しそうにニコッと笑うと、尾盧さんは歩き出した。そして、目の前の巨大な神殿の様な建物を指し言う。
「ここは黒舞地区。そして目の前に見えるのが、賢術の学府『万』。賢術の学府のなかでも最大規模の機関です」
あたかも俺を歓迎する様に、巨大な門がギィと鈍い音を立てて開き始めた。
その建物の全貌が見えると、改めてその威厳に圧倒された。
「すごい……ここが?」
「君は確か、推薦入学という形で宜しかったですね」
「え、そうなんですか?」
俺がそう聞くと、尾盧さんは不思議そうに俺を見つめた。
「招待状が届いたでしょう。それはこの賢術の学府から直々に推薦を受けた証。理事学長の推薦証明の押印がある筈です」
見てみれば、確かに朱色の印の様なものが押されていた。表の文章しか見ていなかったので、裏にあった押印など見ていなかった様だ。
「推薦を受けた君は、ここに来た時点で入学が決定していますが、かと言って学府側としても君のことを何も知らないというのはお互いに都合が良くない。君にはこれから、推薦者との面接を行なっていただきます」
「面接ですか?」
「えぇ。と言っても、簡単な経歴や入学動機などを問うだけですから、あまり緊張しなくても。それに、回答がどうであれ、万が一にも不合格というものはありません。どうかリラックスしてください」
不合格がないのも、それはそれで問題ではないかと内心思ったりしたが、それ以上に、下手な回答をしてしまっても不合格はないということに対する安心感の方が多かった。
「他に何か面接に関して不明な点はありますか?」
「いいえ。大丈です。ありがとうございます」
俺が頭を下げると、では、と尾盧さんは俺を先導してくれた。非常に入り組んだ学府内を歩くこと三分、一直線の長い廊下の奥に、面接室と書かれた札の貼られた扉を見つけた。
面接室前に着くと、尾盧さんは足を止める。
「では私は一旦これで。他の入学者の面接を担当しているので、そちらに向かいます」
「他の入学者?」
「えぇ。今年は君を含めて四人が入学しますので。それでは、面接頑張ってくださいね」
ニコッと笑って深々と頭を下げた後、尾盧さんは先程同様の方陣を描き、姿を消していった。
俺と同じ様な目的で入学した人もいるのだろうか。まぁ、今はこれから始まる面接に対し集中するべきだ。他の考え事はよそう。
俺はゆるりと扉に手をやり、静かに押し開いた。
「やぁ、日野くん」
面接室の中には、相対する様に椅子が二脚。奥側の椅子に一人の男が座っていた。三日前に俺に接触してきた、あの長身の男だ。
相変わらず爽やかな笑顔で俺を迎えてくれた。
「よろしくお願いします」
「そう固くならないでよ。ほら、こっち座って」
俺は彼の真正面まで歩き、椅子に腰を下ろした。
「改めてよろしく。全学科担当の柊波瑠明。気軽に柊先生とでも呼んでくれよ。あぁ、あだ名で呼んでも俺、別に怒らないから」
「そ、そうですか」
それにしてもフレドリーだ、この人は。しかし、これからは俺の先生になる人。しっかりとした態度で望まねば。俺は柊先生からの質問を待った。
「俺もさぁ、面接なんて堅苦しいのじゃなくて、もっとフレンドリーに話したいのよ。だけど、一応しっかり監視されてるから」
そう言いながら柊先生はノールックで後方の天井の端を親指で指し示した。
視線を移してみると、そこには黒い球体の様なものが浮遊していた。
「あれは?」
「言った通り、あれで監視されてるわけ。言わば監視カメラ。賢学ってさ、人と人の繋がりとか大切にしてるから、面接はその第一歩って信じてる学長が儲けた制度なんだけど、そろそろ古くせえって思ってるとこなのよ」
その後もしばらく柊先生の愚痴は続いた。だが、なぜか全く苦ではなかった。むしろ、フレンドリーに気軽な感じで話してくれるから、俺も少し楽しかった。
だが、流石に監視者がそれを見逃すわけもなく…。
「波瑠明ぁぁぁー!ちゃんとやれぇぇぇい!」
突如、俺の後方の扉が大きな音を立てて開いた。
「まぁまぁ、みのりん。そんなに怒んないの」
「みのりんって呼ぶなっ!」
「えっと……?」
入ってきたのは、俺より少し身長が高いくらいのボブカットの女性の方だ。
「ごめんねー、日野くん。波瑠明がうるさくて」
「いえいえ、そんな」
俺が謙遜して言ったと思ったのか、その女性は柊先生を睨みつけた。
「あ、こいつは双橋美乃梨。気軽にみのりんって呼んであげてよ」
「純粋でピカッピカの新入生に変なこと吹き込むなぁ!だいたいあんたはねぇ———」
その後、しばらく柊先生と双橋先生の口論は続いた。口論というか、双橋先生が言い責めたのに対し、柊先生が適当に受け流すと言った感じだ。
ちなみに、この後面接官が双橋先生に代わり、しっかりと面接を受けたのだった。
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