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第16話 銃門と彼の常識




 時は僅かに遡り。

 ヒュオオオォと吹く風の音に包まれた廃墟。


 「チェックメイトだ、クソ野郎」


 託斗が太刀を振り被り、勢い良く濤舞の頭に振り下ろす——前に、その太刀は少し振り下ろしたところで完全に静止した。


 それはまるで、突如時が止まったが如く。


 「待ってくれぬか少年。何を隠そう、その魔術骸は無知なままの赤子も同然なのだ。この世に産まれて一〇〇と幾年か、戦いへの礼儀すら知らん井の中の(かわず)に過ぎぬ」


 託斗が視線をゆっくりと横に移す。その太刀は、そこにいる男が素手で握って止めていたのだ。


 託斗の手が震える。


 [孤刀時斬(ことうじざん)]の刃に素手で触れ、その上制圧したとなれば、並の技量ではない。


 「お前は……」


 「失敬、私は餓吼影(がくえい)。そこの魔術骸の上司的な存在だと思ってくれたまえ」


 黒の刺繍が施された制服と紺色のマントを身に纏ったその男は名乗った。


 餓吼影は、託斗の太刀を握ったまま濤舞の首を俯瞰(ふかん)する。そして、もう片方の手でその首を器用に拾い上げた。


 「品性のカケラもない哀れな姿だな、濤舞」


 託斗も、餓吼影の持つ濤舞の首を見詰める。

 濤舞の表情は明らかに動揺していた。


 「少年よ、君には感謝している。これで決心がついた」


 餓吼影は託斗の太刀をゆっくりと手放し、濤舞の生首を持ったまま歩き始めた。


 「待てっ!」


 その場を去ろうとする餓吼影の背に、託斗が叫ぶ。


 「他に何か用が?」


 そう言いながら餓吼影は笑顔で振り返る。

 その微笑みに、託斗の身の毛がよだつ。


 「——!?」


 託斗は次の言葉を口にしない。否、口に出来ないのだ。笑顔ながら隙のない威厳。


 厳かなる雰囲気を醸し出すその姿はまさに異様だ。


 「そうだ。君に一つ質問をしよう」


 突拍子もなく、餓吼影はそんなことを言い出した。


 「何、回答は無理にしなくても良いし、それで君に危害を加える事はしない」


 託斗がごくりと息を呑む。


 「もしも君が、世界に望まれぬ胎児(たいじ)だったと聞かされたら、どうする?」


 質問に、託斗が固まる。


 (なんだその質問…?世界に望まれぬ胎児?何を言ってるんだ、こいつは……。濤舞とは比べ物にならない威厳……こいつの深淵の底が到底見える気がしない……)


 託斗の額から一雫の汗が滴る。


 「質問を変えよう。世界とは何で作られているか、それくらい答えられるだろう」


 「世界……?」


 「そう、世界。正解は、海と陸だ」


 (何を当然のことを言ってるんだ…?)


 餓吼影は饒舌に話を続ける。


 「私が至極当然のことを言っていると思うか?ん?それだけ答えてもらおう」


 餓吼影は側にあった瓦礫(がれき)に腰掛け、濤舞の生首で座りながらにリフティングをし始める。


 側から見たら猟奇的(りょうきてき)な光景だが、託斗には、そんなこと気にする余裕もないほどの緊張が迸っている。


 目の前にいるのは、話すだけで死を予感できる正真正銘の怪物なのだから。


 「……当然じゃないのか」


 「そう、当然なのだ。世界は海七割、陸三割で構成されている至極同然の常識——世界とは、常識で成り立つ社会であり、今日も私たちは皆常識の中で生きている」


 餓吼影は段々と濤舞の生首のリフティングの高さを上げていく。


 「強者が弱者から搾取(さくしゅ)するように、人間はやがて死ぬように、生き物は息をしなければ生きていけぬように。当然の常識とは、生きとし生けるものに与えられた平等な力だ」


 餓吼影が一際強い蹴りを繰り出し、濤舞の首を遥か頭上へと上げた。


 「しかし常識という力は、それを望まない人間にも平等に振り分けられる。理不尽だと思わないかね?」


 餓吼影が魔源を放出する。


 溢れ出た魔源が渦を巻き、瞬く間に長い棒状の何かを象る。完成し、悍ましき雰囲気を纏うそれは厳かなる長銃(ちょうじゅう)だ。


 「常識とは時に理不尽だ。世界が望まないことを人は望まない。世界が望めば人は望む。こう言った機械的で、単純な世界の常識の廻りが、時代と共に流れてくるのだ」


 落ちて来た生首をもう一度強く蹴り上げる。そして、餓吼影が長銃の銃門をそれに向け、トリガーに指をかけた。


 「やめ——」


 ドオオオォォォンと重々しい音を立てて長銃から弾丸が擊ち出された。


 空中を舞う濤舞の鼻先を一息にぶち抜き、そこから一瞬で濤舞の生首が弾け飛ぶ、鮮血が花火の如く散り、真下にいた餓吼影に降り注いだ。


 「常識のある奴から死ぬ。常識とはかけ離れた理屈こそ、常識をも凌駕(りょうが)する唯一の道なのだ」


 鮮血を浴びる餓吼影のその姿は、狂気の沙汰だ。


 「私の魔術は可能性すら撃ち抜く銃を司る権能。これは、私の中の常識を世界に刻む為の初歩だ」


 頭部を完全に破壊された濤舞の身体が、足元から塵となって消えてゆく。飛び散って瓦礫や餓吼影が浴びた血すらも蒸発するように。


 「常識を……世界に刻む………」


 「そう。私が望む、私の常識を」


 そう言い、餓吼影はくるりと背を託斗に向ける。


 「今日のところは失礼するよ、濤舞に競り勝った強き者」


 静寂がこの場を支配した。餓吼影が去ったあとも、この場に一度訪れた衝撃は残穢(ざんえ)のように刻まれ、託斗の足は今もなお、(すく)むばかりだ。


 (何かが起こる兆候か……?不吉な予感がしてたまらねぇ。あんな魔術骸、見たことがねぇよ……)


 遠方に見える、(なび)くマント。

 それは振り返ることなく、徐々にその姿を小さくしていく。


 見えなくなる頃には、託斗はただ空を見つめていた。そしてハッとし、倒壊した廃墟の方を振り向く。


 託斗は歩を進める。倒壊した廃墟の瓦礫の数々、足を踏み外さぬようしばらく捜索すると、その一端に人影を見つけた。


 「稔……!!」


 駆け出してみるも彼が見つけたのは、瓦礫に隠れ、孤影悄然と気を失い、地面に横たわる稔の姿だった——。



 ***



 襲撃から間も無く二時間半。


 柊波瑠明が廃墟へ現着した。柊は周囲を見渡し、稔と託斗を探す。


 どうやら、戦いは既に終えている様子。静寂が倒壊した廃墟全体を包み込んでおり、同時に現場の荒れに荒れた惨状は、そこで相当な激戦が繰り広げられた事を物語っていた。


 「こりゃ酷いね……ん?」


 歩き回る柊が目を細めて遠方を凝視する。そこに居たのは、瓦礫に(もた)れ掛かる稔の姿だった。また、その場所に魔術骸はいない。


 「稔っ!」


 柊は稔へ駆け寄る。そこに丁度、託斗が合流した。


 「うわっ!柊先生!?」


 「託斗も無事だった?稔も…息はあるね」


 柊がそういうや否や、託斗はその場でしゃがみ込み、溜息を吐いた。


 「マジで……何で俺らにあんなバケモン押し付けんすか……マジで死ぬかもしれなかったっつうのに…」


 「その様子だと、稔と託斗であいつを倒したんだね。稔も重傷だけど息はあるし、二人とも、よく頑張った。紛れもない二人の成長だよ、胸を張りなさい」


 「……ったく、先生は陽気っすね」


 託斗が座り込みながら苦笑する。そして、笑みを浮かべたまま立ち上がった。


 「稔は俺が安全に連れて帰るよ。帰りながら報告、頼んだよ?」


 「鬼ですね、今度にして下さいよ」


 「何せ緊急事態だ。報告書を出さないと叱られるのは俺なんだよ?」


 託斗が苦笑しながら言う。


 「それもいいっすね」


 「なんもよくないでしょうが。ほら、ぱっぱ帰るよ。こうして外出してることは、『裁』には秘密なんだから」


 その言葉に、託斗は空かさず反応を示す。


 「え、どう言うことですか?」


 柊は術水を放出し、瓦礫に凭れ掛かっていた稔の身体を浮遊させる。どうやら、断絶された足からの出血は止まった様だ。


 否、全て出し切ったと言った方が正しいか。


 膝から下を失った左足の大腿部が紫色に変色して居た。完全に壊死したため、上半身からの血の巡りが無いのだろう。出血を止める意味では、返って好都合と言えるかも知れない。


 「『裁』の命令でね。『万』の活動を『(やつ)』らの監視下で一ヶ月間停止するんだってさ。俺がここに来てるのも『裁』には秘密なわけ」


 「そうなんですね」


 託斗が納得した様に頷いた。


 「稔は早く故馬に治療してもらおう。[大地之恵(だいちのめぐみ)]の作用が長く続いてくれたおかげでなんとか生き長らえてるんだね」


 術水が絶えれば身体は体力を失ったも同然であり、疲弊する。[大地之恵(だいちのめぐみ)]で術水を補うことで、稔は出血多量と術水不足にも屈せず生き長らえたのだろう。


 「そう言えば、濤舞って魔術骸以外に、魔術骸が襲撃に来たりしなかった?」


 柊がふと質問する。託斗が間髪入れずに答えた。


 「いえ、何もありませんでした」






託斗の回答の真意とは如何に——

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