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第15話 気持ちの表裏


 襲撃から二時間ほどが経過した。


 「そろそろ託斗たち、帰ってきてもいい時間だけどなぁ……思ったより苦戦してんのかな?」


 足を組みながら椅子に腰掛ける柊先生が言う。


 「先生も鬼ですね、これだけ負傷者を出した魔術骸を生徒二人に全任せだなんて」


 柊先生の言葉に眞樹先輩が口を挟んだ。


 「彼らを信じての判断だよ。彼らよりも格上の相手だったら迷わず助太刀に入るけど、あれは明らかに稔と託斗タッグの方が上だ。勝てる勝負に助太刀になんて入らないよ」


 どこか誇らしげに、高らかに言いながら柊先生が腕を組む。


 「彼らの成長にも、繋がるしね。稔なんかそうじゃないの。足を失って、あの魔術骸と互角にやり合えたんだから、間違いなく成長してるよ。それは同級生の眞樹が一番わかってるんじゃないの?」


 「それは、まぁ……」


 笑顔で言う柊先生に対し、眞樹先輩はどこか解せないような表情をしながら頷くばかりだ。


 稔先輩や託斗先輩、その他の先輩の実力もまだ知らないが、柊先生からこれだけ信頼されているなら、今戦っている先輩二人はきっと帰って来るだろう。


 ただ、眞樹先輩の表情の意もなんと無く理解は出来る。おそらく心配しているのだ。足を失ったなんて聞いたら、心配しないわけはない。


 「でも」


 柊先生が立ち上がりながら話を切り出す。


 「流石に遅いね。様子見に行こうかな」


 「確かに遅いし、二人ともの怪我の度合いが分からないから早く行ったほうがいいのはそうだけれど……」


 故馬先生の言葉を聞き流し、柊先生は無言で歩き出す。それを見て、俺は思わず言葉を溢した。


 「柊先生、あの……『裁』からの行動制限は?」

 「あー……」


 柊先生は一瞬考えた後、口を開いた。


 「知らね!バレなきゃ問題ないっしょ」


 そう言い残して颯爽と柊先生は治療室を出て行った。


 「まったく……」


 柊先生の軽いノリに皆が唖然としたが、そんな中、故馬先生が溜息を吐きながらそっと呟いた。


 「柊先生、何考えてるんでしょうね……」


 眞樹先輩が続いて口にする。故馬先生がゆるりと眞樹先輩に視線を向けた。


 「いや、揶揄(やゆ)しているわけではなく、何というか……私たちとは価値観が違うなと思って。何と表現すればいいのか、常識が違うのかな……」


 故馬先生は静かに頷いた。


 「彼は捻くれ者だからね。昔からあーなの」


 故馬先生は眠る美乃梨先生を見て、静かに呟いた。その表情は、まるで思い出に浸っているかのように柔和な笑みをたたえていた。


 「でも、責任感は人一番あるわ。それは同期の私や迦流堕、美乃梨が一番知ってる。生徒の成長のために厳しくーとか、助太刀にはなんとやらーなんて言ってたけど、内心心配しまくりだったんじゃないかしら?」


 「内心では焦ってた…?」


 柊先生の様子からしてそんな雰囲気はしなかったが、同期の故馬先生には分かったのだろうか。


 「彼らよりも美乃梨を優先して連れて帰って来たのは、昔から美乃梨の弱さを知っていたから。波瑠明は生徒を信じて、同期を助けた」


 美乃梨先生に向けられていた柔らかな表情が、俺らの方へ向けられる。


 「賛否はあるかもしれないけれど、それは生徒を信頼する気持ちと、同期を助けなければならない責任感があってこその行動。ベストな行動とは言えないかもしれないけれど、少なくとも私は、彼が間違っているとは思わないわ」


 故馬先生の表情を見れば分かる。それは安堵(あんど)だ。


 見るだけで、故馬先生が柊先生へ向ける信用が感じ取れる。それは、眞樹先輩もどうやら同じだ。


 「……日野」


 眞樹先輩が俺を呼ぶ。


 「はい」

 「あの人を信じような」


 眞樹先輩が笑ってこちらを振り向く。


 「そうですね」 



 ***



 賢術の学府『裁』。


 賢術の学府内部で司法的立場を確立した機関。賢術師の罪を法と平等の元で裁き、その秩序(ちつじょ)均衡(きんこう)を守る役割を担う。


 『裁』内部深奥。


 階段状に席が配置され、高き黄金の天井が照り輝くこの部屋は、『裁』の最高権力者である螺爵(らしゃく)則弓(のりゆみ)の座す、深淵法廷(しんえんほうてい)


 法廷への扉を開いて内部へ歩を進めたのは、裁判官の黒井(くろい)紗枝(さえ)である。


 「裁判長、『万』から謁見申請が届きました」


 紗枝が事務的に述べると、厳かな声で則弓が問う。


 「差出人は誰であるか」

 「——柊波瑠明氏です」


 法廷の最頂点に座して腕を組む則弓が、その名を聞くや否や椅子を引く。


 「解せぬ。『万』には活動凍結の申告を既に行ったはずだ。全教諭、全生徒が対象。無論、柊波瑠明(やつ)とて例外ではない」


 「……受理致さない、という判断でよろしいでしょうか?」


 黒井が問うと、螺爵が立ち上がった。身を包む法衣を靡かせながらゆるりと歩き出す。


 「黒井よ。お前の見解を聞こう」

 「私のですか?」

 

 紗枝が即座に聞き返すと、則弓は黄金の天井を仰ぎ、どこか虚ろな目でそこを睨む。


 「裁判とは何人にも侵されぬ潔白の儀式。当然、裁判長と言えど、その全権を(わらわ)は侵して成らぬ。それに参加する全ての者に、意を示す権利を与えられる」


 法廷の階段を一段、また一段と降りながら、則弓は饒舌(じょうぜつ)に語る。


 「法とはそう言うことだ。平等とはそう言うことだ。秤にて傾く両者は賢術師に有らず——」


 黄金の天井が灼光(しゃっこう)の如く輝きを纏い、深淵法廷を照らす。


 眩いほどの光が降り注ぐも、紗枝は則弓の方へ視線を向け続けた。


 「妾の意向でそれを受理せぬと決めるのは容易だが、ここに配属されたからには時に選択を強いられる。黒井よ、この謁見申請を受けるか受けまいか、お前が決めよ。今ここで」


 紗枝は、手に持つ謁見申請書に視線を移す。則弓は俯瞰するように紗枝に視線を注ぐ。両者が黙り込み、静寂と言える空気感が漂っていた。


 それを打ち破るように、則弓が口を開く。


 「奴が忌み子だと、妾はお前に伝えていたな。(しか)と覚えているな?」


 「はい」


 「考慮することだ」


 そう言い、それまで立ったまま静止していた則弓が歩き出し、黒井の真横を通って扉まで歩く。


 「申請を受けようと受けまいと、それでお前にデメリットはない。全て妾の指示だ。思うようにするが良い」


 去り際、則弓が紗枝の真横で呟いた。

 同時に法廷の扉を片手で開く。そして、黒井一人を残して法廷を出たのであった。






設定やストーリー関連でアドバイスがあれば教えて頂けると幸いです。少しでも良い物語にしていきたいと思っていますので、よろしくお願いいたします!

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