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第127話 待ち伏せ


 数分前、本部付近の山中。


 ドゴオオオオオオォォンという山をも揺るがすほどの雷鳴が轟き、同時に天へ向かって一本の支柱が立ち昇った。


 「な、何がっ!?うっ……」


 大地が揺れる。

 振動に耐えられず蹌踉(よろ)けた琉那の身体を、波論が咄嗟に両手で支えた。


 「一旦退くぞ」


 「ありがと……えっ?」


 波論は端的に琉那に伝えると、身体を支えた両手でそのまま琉那を抱き上げ、一足蹴に跳び上がった。


 「きゃあぁっ!!」


 「……っ!!う…っるせぇなぁ。耳にキーンってしただろうが……」


 波論が正面へ視線を戻す。


 先ほどより数十メートル離れた場所まで飛び退き、琉那をゆっくりと地面に下ろすのと同時に、波論は眉間に皺を寄せながら(おもむろ)に口を開いた。


 「あの雷は……」


 見ると、地面が抉り返っていた。支柱と思っていたものは、破壊の匂いをチラつかせるような、火を纏う雷——波論()にもよく見覚えのある雷火だった。


 「ほ、本部が……」


 天を穿つ雷火の位置は、ちょうど地中の本部のど真ん中だった。現時点で波論と琉那に雷火の出処(でところ)を知る術はなかったが、雷火()の直撃を受けた階層はとうに壊滅状態だろう。


 「おい、本部に與縫って野郎が戻ったりしてねぇか!?」


 波論が鬼気迫った形相で、琉那の方を掴みながら問う。


 「え、えっ……い、いいえ。そのような話は……」


 鬼気迫る形相で思わず身をのけ反らせながらも、琉那は硬い表情で答えた。


 だがその直後、あぁと抜けたような声を出して言葉を続けた。


 「でも、蓋世樹での戦いの後、多くの負傷者が本部に運ばれているのを見かけました」


 「その中に奴は居なかったか?」


 「私も一人一人を詳しく見たわけでもないので……いや、でも、既に亡くなった戦死者は、本部の地下の火葬施設に運ばれるのですが……」


 一瞬、波論は目を丸くした。


 (あいつは確かに、深賢樹海で埋葬したはずだ……だが、仮にあいつに何かしらの蘇生術があったとして、俺がいねぇ間に抜け出してたとしたら——)


 「上層部の三番手を倒したってやつの正体は、與縫(やつ)だったのか……?」


 「その…與縫さん、でしたっけ」


 「あぁ」


 適当に相槌を打つと、波論は再び本部の方へ視線を戻す。依然として、天へ昇っていた雷火の余光が周囲の大地を焼いており、崩壊した建物が地面から飛び出ていた。


 「まだ太陽が登ったばっかだしな。本部(なか)にも賢術師が多くいただろう。多分、大勢死んだぞ」


 「……そうでしょうね」


 「あぁ?おめぇ、まさかこの事態を予測してたのか?」


 怪訝な表情で波論が聞くと、琉那は冷静に首を横に振った。


 「いいえ。私が予測していたわけではありません。父上の術印が、父上の記憶を覚えていました」


 「術印が……?あれにそんな機能あったか?従属させた奴と思念通信を可能にするやつだけじゃなく、か?」


 口を手で覆って思考を巡らせながらも、琉那は説明を続けた。


 「父の《滅牙印(めつがいん)》には、確か特性がもう一つあったはずです。それは事象を一つに限定した時に、その事象の未来視ができる事——そして《滅牙印》の賢術師なら、先代の者が見た未来を当継承者もリプレイすることが出来ます。なぜ、そこまで特別な機能が備わっているのかは定かではありませんが……」


 「未来視……ジジイ、そんな能力持ってやがったのなら言えよってな……。で、本部がこうなる事はジジイが未来視で見てたって事か」


 「その通りです」


 「はぁ、都合のいいこともあるもんだ」


 腑に落ちた様子で波論が肩で深呼吸をした。


 「で、今はなんか見る事は出来んのか?」


 「少しお待ちを——!?こ、これは……」


 まるで目の前でクラッカーを鳴らされたのかと言わんばかりに驚愕を表情に貼り付けながら、琉那が言葉を切った。


 「なんだ、なんか見えんのか?」


 「三〇秒後、地底の最下層で、千韻廻途左座と、雷のような術印を使う賢術師が接触します……!」


 それを聞いた瞬間、波論が咄嗟に踵を返し、即座に森の中を駆け出した。


 (そりゃ、與縫(あいつ)だろっ…!?)


 「は、波論さん…!」


 琉那がその名を呼ぶ頃には、波論は森の奥へと姿を眩ませていた。



 ***



 賢術の学府『万』。


 「本部壊滅!?」


 怒号のような声が部屋に木霊した。

 机に両手を叩きつけながら声を張り上げたのは圭代である。


 「はい!たった今、本部の伝令部から……」


 報告をするのは、焦った様子で携帯端末を握りしめる迦流堕である。


 「突如天へ向かって凄まじい攻撃が放たれ、地底に埋まっていた建物は大半が焼き裂かれ、地上の御殿も半壊状態……。攻撃の軌道からズレていた一部の部屋と、そこにいた賢術師たちは今のところ無事ですが、地底最下層で攻防が行われており、一瞬の油断も許さない状況だと…!!」


 「その攻防ってのは?」


 冷静に着ているスーツの皺を伸ばすように整えながら、柊が横から問う。


 「今のところ連絡はない。何せ、地底の最下層だ、足場も悪かろう壊滅状態の本部では迂闊に見渡せないだろ……」


 「楓真や刈馬右座は?伝令班の賢術師はどうやって通達してるの?」


 「攻撃を直接受けなかった部屋でも、一部の天井や足場の崩落で、迂闊に動けないのだそうだ。動かずに見える範囲のことを通達してくれている状況で、生存者については、なんとも……」


 訝しげな変顔を一瞬浮かべながらも、柊はなるほどねと頷いた。


 「うむ。それで、本部は我々にどうして欲しいと?」


 腕を組みながら黙々と会話を静聴していた久留美が傍から迦流堕へ問いかける。話から情報を冷静に見定めるその双眸は、さながら観察眼そのものだ。


 「本部の命運を、他の全ての賢術師に託す、と。その伝達を最後に、伝令班からの連絡が途絶えました。壊滅状態の本部でなにか事態が発生したと考えるべきでしょう……」


 ふっと、溢すように久留美が笑みを浮かべた。


 「……虎殿公がご逝去された矢先にこれとは。外部のみに留まらず、内部統制までぞんざいとは呆れたものよ」


 顰めたような笑みをたたえ、同時に呆れ溜息を吐きながら久留美は立ち上がる。その姿勢を、教師陣の皆が、しかと視界に収めていたことだろう。


 「理事長と学長が今も議論を重ねている今、本部へ向かうことができるのは我々だけでしょう。生徒たちに向かわせるわけにはいきません」


 拳をグッと握り締めるのと同時に、久留美の視線は鋭くなってゆく。


 「…本部の闇の真相も、混乱に乗じて暴くことができるやも知れぬ。統治者も変わった。時代は変革のときを待っているのだろう——」


 「久留美……」


 圭代が、語る久留美を見つめて呟いた。


 「これは尺度を変えて仕舞えば、我々と本部の戦争の話にさえなってくるだろう。魔術骸との繋がりが示唆されるのならば、我々は本部へ牙を剥かねばならぬ」

 





静かに伏せて、壊滅状態の本部へ切り込む各勢力——

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