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第123話 死屍累々


 ——ずっと、眠っていた気がする。


 硬い鉄みたいなのが後頭部を縛り付けるような不愉快な感覚を覚え、オレは目を覚ました。


 ここはどこだ?

 オレは、どうなった?


 朧気ながらにも意識はあったが、なぜか第二の人格(・・・・・)は現れることはなく、再び第一(オレ)が表面に出ている。


 目の前に広がるのは、まるでオレという存在を世界から隔離するかのような檻だった。


 「おい、第二人格。死んで代わる時間のはずだぞ。起きなくて良いのか」


 オレは、オレの深淵(しんえん)にいるはずの第二人格へ話しかける。話しかけると言っても、テレパシーなどが通じているわけではないから、半ば独り言みたいなものだがな。


 「ち。オレん中に引き篭ってるつもりかよ。ここはどこだ?あれは——」


 手を伸ばそうとして、オレは右手に違和感を覚えた。

 感覚がない。


 オレはふと右手の方へ視線を落とした。


 「なんだ、こりゃぁ」


 オレの右腕は肩口で切断されており、その肩から先は、視線の先の棚奥に保管されていた。


 同様に左腕にも違和感を覚え見てみれば、右腕と全く同じ状態で、また視線を伸ばせば、その先の棚奥に保管してあるのが見えた。


 そもそも、オレがいるこの場所はどこだ?


 冷静になって首を動かして、部屋の壁を伝うように視線を流してゆく。


 「妙な部屋だな」


 部屋のとある一角では、何種かも知れない植物の栽培、またとある一角には、様々な動植物の標本が壁に(はりつけ)にされていた。


 オレの両脇にある、オレの両腕を保管している棚を囲うように本棚が大量に設置されており、何やら読むには難儀そうな厚い本が収納されている。


 「何か知らないのか、第二人格。眠りこけてちゃ、わからないぞ」


 とりあえず腕を再生しようにも、身体に思うように力が入らない。さっきから身体が異様なほどリラックスしてるからか。


 天井に吊るされた、あの薄緑色の植物だろう。


 名は不癒菊(フユク)

 雌雄同体(しゆうどうたい)の希少な植物だ。主に雄蕊(おしべ)から放出される粉末は、人間の脳が極度の安らぎと捉えるほどの馥郁(ふくいく)を齎し、リラックスさせる効果がある麻薬(まが)いの植物と認知している。


 存在は知っては居たが、まさかここまでのリラックス効果を齎すほどだとは思っていなかった。正直、全身に全く力が入らない。


 両足はオレの乗っている寝台に枷で固定されており、一見脆そうに見えるが、この力の入らない身体を固定しておくには充分な程度だった。


 足首から膝、腿まで固定されてるから股関節もろくに動かせたものではない。まるで実験道具にされるモルモットのような感覚。


 否、部屋の様子から見るに、オレはすでに研究の道具として使われたのか?


 「不愉快極まりねぇ……っ」


 その証拠に両足には、切断した後に糸で縫い付けたような跡がいくつもあった。


 余程雑な所業だったのか、断面から流れた血が寝台を伝い、溢れては純白の床を赤く染め上げていた。


 止血がなされているのか、切断されている両腕からの出血はさほど見られない。せいぜい、たまに絞り出たような血がツーっと流れ落ちる程度。


 「オレの身体で遊びやがった奴らがいんのかっ?」


 部屋の四方は、目の前一面が檻、左右と後方の三面は様々な装飾が成された壁だ。


 この部屋の中にはもちろん、目の前の檻の向こうにも人影は見当たらない。檻の先は真っ暗闇だった。


 「不癒菊(フユク)の粉末は部屋を満たしてるようだな……一体何が狙いだ?誰か居ないのか?」


 何かをしようとも、思うように身体が動かせず力も入らない。


 「…仕方ねぇ。《雷火印(らいかいん)》」


 オレがそう唱えると、何の問題もなく、目の前に紋様が描かれ始めた。ゆらゆらと火が立ち込め、そこにバチバチと雷が漂うと、それらは一体となりて雷火と化す。


 やがて雷火は空に描かれた紋様に纏わり付き、《雷火印(らいかいん)》を完成させた。


 (見た感じ、建物はそこまで頑丈には見えないな。早いところ腕を回収して出るとするか)


 「[雷火閃爆(らいかせんばく)]」


 《雷火印(らいかいん)》が凄まじい力を放出するが、半詠唱のためそこまでの威力ではなかった。


 視線でその雷火を操作して、オレは自身の両足の(かせ)を焼き尽くす。


 同時に、部屋の天井に設置されていたランプが赤く明滅を始めた。ジリリリリリとサイレンのようなけたたましい音も鳴り響いている。


 「なんだ、こりゃぁ?」


 オレは身体に力が入らないなりに術式の威力を極限まで制御し、精巧に足枷だけを破壊する。


 数秒(あぶ)ってやれば、足枷は灰となってボロボロと床にこぼれ落ちた。


 「脚は切られてねぇのか」


 寝台から降りて、まず聞き手である右手を取りに——行こうとした矢先、部屋の檻の向こう側から足跡が複数聞こえてきた。


 「じ、実験体が目覚めていますっ!!」


 「なぜだ!?不癒菊(フユク)を使っていたのだぞ!!とりあえず、応援を呼べぇっ!!」


 けたたましくサイレンがうるせぇ中、そう言ってさらに騒ぎ立てたのは五名ほどの賢術師どもだ。胸に付けてるバッジを見る限り、全員が本部の賢術師。


 つまり、この部屋は本部帝郭殿の中のどこかってわけか。


 「早急に奴を沈める。不癒菊(フユク)を大量に用意せよっ!!それまでの時間は我々が稼ぐっ!!全員、攻撃用意!!」


 「「「はっ!!」」」


 賢術師どもは揃って、檻の外からオレに術式を向ける。オレは右の肩口を棚の中に()じ込んで、(のり)の要領で雷火にて右腕と肩口を簡易的にくっつけた。


 (クソっ……あの不癒菊(はな)が邪魔だな……)


 「()ぇぇぇぇっ!!」


 檻の隙間から両手を捻じ込んで、奴らは部屋の内部へ容赦なく術式を放った。入り混じった火と海の砲撃が部屋に混沌を齎す。


 「部屋の壁は頑丈だ!力を余すことなく撃てぇ!!」


 「「「了解っ!!」」」


 今度は別の賢術師が複数名前に出て、同じようにして光と闇の砲撃を放つ。


 焼けて、濡れた部屋の中に眩い光が訪れたかと思えば、それは瞬く間に消え失せて暗黒が広がった。


 かと思えばまた光が煌めき、それは次の瞬間にはまた暗黒に帰す。


 燃えて呑まれ、光と闇の狭間に抱かれ、オレの身体はただひたすらに混沌の渦中にて、向かい来るもの全てを受け止め続けた。


 (弱い…弱すぎるなっ……)


 それほどの砲撃の雨を喰らってなお、部屋の三方向の壁は壊れない。


 せいぜい焼け跡が付くくらいで、装飾品が跡形もなく粉々になる以外に大きな損傷は見られなかった。


 ——ここなら、多少暴れても大丈夫だろ。


 「好き勝手、術式を浴びせやがって……」


 室内でも立ち込める黒煙の先で、賢術師どもが目を丸くしたのが見えた。先ほどの攻撃を喰らわしてなお、オレが言葉を発したからだろう。


 「い、生きているだとっ!?う、——」


 その瞬間、部屋の外にいた賢術師どもの首が()ねられた。


 「遅い…遅すぎる。本部の賢術師とてこんなものか」


 オレは先の一瞬で黒煙を掻き分け、雷火を纏わせた手刀にて檻ごとぶち破りながら、賢術師どもの首を刎ねた。


 男女の首が壁に打ち付けられ、床にぼとりと落ちる。


 「おい、第二人格……」


 檻先にあったはずの暗黒は赤い光で照らされる。オレを脅威と示すけたたましいサイレンが今もなお響き渡っていた。


 「は、班長!?おのれっ、よくも班長をっ!!」


 「臆せず撃て!!数で圧倒するっ!!」


 増援の賢術師が一〇人、オレの目の前に立ちはだかった。同時に奴らは、各々の術印をオレに向け、各術印の術式を放つ。


 「[修羅吼爪(しゅらこうそう)]」


 くっつけたオレの両腕が雷火を纏う。


 奴らの攻撃を浴びながらも両腕を振えば、全員の身体が腰下で切断され、次々と床に落ちた。


 一瞬で一〇人以上の賢術師が絶命したのだ。


 「奥で見てるのか?第二人格。オレはお前が表に出てた数百年、見てたぞ」


 己の深淵で眠っているはずの第二人格へ、語りかける。


 「本部からお前が受けた仕打ちを、オレは見てる。この身体も、オレが目覚めるまでは完膚(かんぷ)なきまでに引き裂かれただろう。オレでさえ、痛かった」


 一〇何人殺したところで、奴らの増援は止まらなかった。独り言をぶつぶつと呟くオレの前には、新たに一〇名以上の賢術師が構えていた。次々と湧いて出てくる本部のゴミども——。


 「オレは、オレとお前を苦しめた本部の奴らに、容赦はしねぇからな。お前が本部の奴らに慈悲を与えたいのなら、今すぐ出てこい」


 術水を一点に凝縮させた弾を前方へ撃ち放つ。同時にオレも身を放り出し、賢術師らと肉薄した瞬間、弾を雷火の腕で引き裂いた。


 すると瞬間的に弾は弾け、高熱の衝撃波を生む。


 瞬く間に飲み込まれた賢術師たちの身体はバラバラに引き裂かれ、後方へと吹き飛んだ。


 《雷火印(らいかいん)》の三式——雷火を弾けさせ、身体を焼き裂く[烈災(れっさい)]。


 破壊力だけならば随一なもので、人間の身体を破壊することだけに特化している術式だ。


 「オレは慈悲は与えない。数千年前にオレが受けた仕打ちの分もあるんだ。こんなもんじゃ、許されていいわけ()ぇ……」


 般若(はんにゃ)の如き形相(ぎょうそう)だっただろう。


 オレはどうにもならねぇ苛立ちを腹の奥底に抱え、その後も向かいくる賢術師を惨殺した。


 奴らを殺すたびにオレの腹の奥底で蟠を撒く憤怒が快楽に満たされていくのを感じた。


 罪深き本部の賢術師(ごみ)どもを殺すことで、得られるその快楽は、それまで抱えていた情と同様、並大抵のものではなかった。


 「そろそろ出てこいよ……なぁっ!!」


 頭から足先まで血に塗れたオレを、数十名の本部の賢術師が取り囲む。自身に浴びせられる砲弾の嵐など意にも介さず、オレはただひたすらに疾走していた。


 「千韻廻途……!隠れてねぇで出てこい!」


 腕を振るうたび、掌の中で命が途絶えてゆく。


 首が刎ねられ、身体は上下で断たれ、腕は捥がれ、脚は裂かれる。オレの身体と部屋中を、血飛沫が真っ赤に染め上げた。


 「はぁ…はぁ…!や、やめてくれ……!!」


 残ったのは、左腕が肩口で切断された状態でオレに命乞いをする賢術師一人だけだった。


 「腕を切断されるのはどうだ?」


 オレはそいつに問う。


 「痛い——そんな陳腐(ちんぷ)な言葉で言い表せるか?」


 そいつはオレの言葉に返答もせず、ただ息を荒げてはオレを鋭い目つきで睨んでいた。命乞いをするには、全く相応しくない表情だ。


 「その賢術師を見逃しなさい」


 不意に、後方から何者かの声がした。


 頭から浴びた返り血が垂れ、視界を濡らしたのを拭いながら振り向く。


 そこにいたのは、眼鏡をかけた男だった。傍にもう一人、堅実そうな顔つきをした男を待機させている。


 「お前は誰だ?」


 オレは男に問う。


 「私は細川宏紀。本部副指揮長を務める」


 人差し指で眼鏡をクイっと上げ、細川宏紀はオレに睨みを利かせた。これまで殺した賢術師とは、明らかに雰囲気が違うのは一目瞭然だ。


 「た、たすけ——」


 オレは視線を逸さぬまま、後方の命乞いをしていた賢術師の頭を吹き飛ばした。


 「…ほう」


 細川宏紀は、顔色一つ変えず、冷静に深淵を覗くようにオレを見つめている。


 「理性喪失の可能性あり——」


 誰かに告げるように、奴は言った。


 「——これより、重要実験体の処理を開始する。いけますね、湊君」


 「副官の仰せとあらば」


 奴ら二人は臨戦体制に入る。


 「いいぜ、来いよ。打ちのめしてやる」

 





絶望が始まる朝。

賢術師全員を巻き込む波乱の幕開け——

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