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第12話 場を包む悲響

 

 江東稔に合流を果たした時野(ときの)託斗(たくと)


 彼の扱う術印は、時を司る《時操印(じそういん)》。その一式、[時空隔離(じくうかくり)]は、対象を術者の術水に閉じ込め、さらにその術水を突破しようとするモノに時間停止を強制する術式。


 濤舞の肉片を止めたのも、無論この術式である。


 「そうだ、美乃梨先生が……」


 「柊先生が連れて帰ったよ」


 稔が驚愕する。


 「は?柊先生来てたのか?」


 「丁度俺が到着するのと同時に着いてて、美乃梨先生は連れて帰るから、お前と俺だけでなんとかしておけだってよ。あの人の実力ならこの程度の魔術骸、瞬殺なんだけどな」


 「あいつと戦ってて気が付かなかっただけかよ……柊先生来てたんなら声くらいかけてくれたっていいのに」


 苦笑しながら、託斗は稔の左脚に目を向ける。


 「それよりも、お前大丈夫か?美乃梨先生より重傷っぽいけど……」


 「怪我の度合いは術印の使い手によって違うだろ」


 「確かにな」


 稔は静かに頷いた。


 「まぁ、何がともあれ、お前が死ぬ前に来れてよかった。柊先生は、お前は死なないからとか言ってたけどな」


 「なんで死ぬ前提なんだよ。まぁ、マジで潰れそうだったのは事実なんだけど……」


 そう稔が言うと、託斗は正面を睨む。


 「それより」


 託斗は、己の術水で行動を止めている目の前の肉片を見据え、そして稔に言った。


 「お前をそこまで追い詰めた魔術骸、流石に俺もあの量を抑えておくのには限度がある。その上、あの術水は俺の術式によって、他者からの干渉(かんしょう)を許さない」


 「お前がこの場から離れればあの術式は解除される、だったな。遠距離では術式操作は出来ない」


 確認するように稔が言う。


 「稔もここから賢学まで戻るのはその体では無理だろう。柊先生みたいに術水で浮遊できれば話は別だが」


 「誰があんな芸当出来んだよ、早くに限界が訪れて地面に真っ逆さまだ」


 稔が苦笑しながら吐き捨てるように言う。


 術水による浮遊は、落下などのリスクを伴い、慣れぬうちにやるのはとても危険だと言うことは、聞くだけで理解できる簡単なことだろう。


 「それに俺は繊細な術水操作は苦手だ。それならお前のほうが圧倒的に上。もうわかるな?俺の言いたい事」


 託斗が稔を見詰める。それを読み取った稔が、右脚だけの筋力で立ち上がった。


 「ここで、俺とお前で奴を仕留めるしかないな。こんなバケモン、放っておくことも出来ない。住宅街も直ぐそこのこの廃墟に」


 「一応聞いておくが、稔。ホントにその身体で大丈夫か?」


 正面を向いたまま託斗が問うも、稔が笑ってそれを一蹴した。


 「前の任務の時は両脚持ってかれそうになったの見てただろ?大丈夫だって」


 稔の表情に、固く覚悟が浮かんでいる。


 「無理だけはすんなよ、行くぞ」


 言葉と同時に、託斗が術式を解除する。


 当然、託斗の術水による束縛が解けた肉片たちが動き出し、まるで何事もなかったかのように二人に迫る。


 それを見据え、先に稔が詠唱を始めた。


 「《地踏印(じとういん)》、二式——」


 迫る肉片だが、しかし稔はそれを躱そうとしない。

 その肉片は稔の目の前で、両手に挟まれたようにドチャッと押し潰された。


 見れば、真横で託斗が術式を発動している。


 「[地表断裂(ちひょうだんれつ)]っ!!」


 稔の足元から亀裂が正面へ伸び、大地が盛り上がる。同時にそれらの大地は形を変え、棘と成りて、瞬く間に弧を描いて広範囲に広がっていく。


 「なるほど、考えるな」


 どこからともなく濤舞の声が響くが、それ気にしている余裕はない。


 広範囲に広がったそれは、大地の棘の包囲網だ。そこかしこに大地の成す鋭利な棘が囲繞(いにょう)している。


 「《時操印(じそういん)》の術水応用——」


 稔が大地の棘を囲繞させ、()の包囲網を完成させたその刹那、遠隔で稔に迫る肉片を潰していた託斗が一足蹴に飛び出し、稔の背後へ。


 「ブッ刺されっ、肉片どもっ!!!」


 詠唱の途端、稔の背後で託斗の《時操印(じそういん)》が展開され、そこから膨大な量の術水が滝の如く溢れ落ちる。 


 それらはまるで意思を持つように稔の作り出した棘の包囲網の範囲上空に浮遊し、広がる。また次の瞬間だ。


 「二式、[時空圧壊(じくうあっかい)]っ!!」


 それらの浮遊していた術水が、支えを失ったかのように無抵抗に落下する。


 落下した術水は、その範囲にあったすべての肉片を巻き込んだ。

 

 (奔流(ほんりゅう)がっ!?すべての肉片が巻き込まれて壁側の方に——!?抜け出さねば……っ!!?身体が動かぬ……分裂した片片どもが言うことを聞か——)


 術水による流れの果てにあるのは、稔の作り出した大地の棘。鋭利な大地の棘は流れて来た肉片を片っ端から串刺しにしていく。


 「ぬあああああああっ!!?」

 「く、く、ぐああああああぁぁぁっ!」

 「言うことを聞かぬ……!!聞かぬああああああっ!!!!」


 すべての肉片が致命傷を負って意識が乱れたか、いたる場所から悲痛な断末魔が止まること無く響き渡る。


 濤舞の肉片が巻き込まれて抵抗できぬのは、託斗の術式の使い方が巧みだったためだ。


 通常の術水だったならば、濤舞の肉片は抜け出すことも可能だっただろう。


 だが託斗の使用した術水は、空間に圧力をかけて潰す術式、二式[時空圧壊]の効果を上乗せしたものだったため、それに巻き込まれた濤舞の肉片は、圧力により脱することが出来なかったわけだ。


 「油断できないぞ、託斗」


 「見りゃ分かるよ。串刺しにされてんのになんかウネウネ動いてやがる……」


 全く無傷とまではいかないだろうが、それでも致命傷を与えたはずだ。しかし、串刺しにされた肉片たちが、徐々に蠢き始める。


 「——《遺伝調(いでんちょう)

 「[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]っ!!」


 ちょうど詠唱が重なるが、僅かに早く稔の術式が発動する。


 掌に集められた高熱のエネルギーが一息に爆ぜ、大地の棘ごとすべての肉片を巻き込み、大爆裂を引き起こした。衝撃と爆風で脆い大地が割れ、廃墟の一部がガラガラと倒壊する。


 数秒の後、黒煙が明ける。


 そこに、濤舞の肉片は一つもなかった。消し飛んだのか、それとも——。


 「あれで終わんないかよ……どんだけタフなんだ」


 少し離れた場所に、再構築される影。(もろ)い泥がなんとか繋ぎ合わさるように人形を象ってゆく。


 「……油断していた」


 先ほどの猛攻撃を受けて尚、濤舞の身体は再生を果たしたのだ。


 再生しかけの今が好機と判断して、稔と託斗が一瞬視線を交わし、即座に駆け出した。しかし——。


 「稔っ!!」


 肉体的な限界が到来し、稔が無抵抗にその場に倒れ込んだ。託斗が駆け寄ろうとするも、稔は手を突き出し、それを制止する。


 「そのまま向かえ……今なら、あいつも衰弱し切ってる。倒すなら今しかない。俺も、もう動けそうにないから、あとはお前に託すよ」


 稔の右脚の脹脛(ちょうけい)には、今にもはち切れそうなほどの浮かび上がる血管が見えた。酷使しすぎたせいだろう。


 「わかったよ、そこらへんの瓦礫の影までなんとか移動できるか!?そこで隠れてろ!」

 

 「任せたぞ」


 託斗が走り去る。

 稔は出来るだけ雑菌に触れぬよう、左脚の千切れ口を上着の袖で縛り付ける。同時に術水を纏わせた。


 「クソ……右脚の感覚が…………」


 言葉には表し難い激痛が限界を超えた時、そこには虚無だけが残った。感覚が無く、いくら刺激を与えてもそれを感じることはない。


 酷使し過ぎたが故の無感覚が、稔の身体にひしひしと倦怠感を覚えさせていた。






訪れた限界——。

次回、濤舞戦クライマックスへ——!

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