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第10話 強者の矜持、弱者の矜持


 「《地踏印(じとういん)》一式、[大地之恵(だいちのめぐみ)]」


 駆け出した稔が先に詠唱する。稔から溢れ出る術水が、翠緑(すいりょく)色の光を帯びた。


 「己の術式の効果を底上げする術式か。面白い」


 間髪は開けずに濤舞も魔術を使用する。


 「分解身学術ぶんかいしんがくじゅつ、《歯車(はぐるま)》」


 稔と濤舞の距離が縮まる。しかし、その間に一体の魔術骸が立ちはだかった。


 「《地踏印(じとういん)》三式、[大地乃怒(だいちのいかり)]っ!」


 即座に魔術骸の出現を感知した稔が術式を使用する。瞬間、稔の足元の地面が揺れ、轟音を立てて割れる。


 割れた地面の破片が鋭い棘を象り、次の瞬間、魔術骸の心臓を貫いた。


 (歯車…。尾盧と姫狗の骨を折った魔術持ちか。まさかこいつの手駒だったとは……!)


 歯車の魔術骸が灰のように消え去る。


 「まさか《歯車(はぐるま)》を一撃で仕留めるとは。二年生とは言え流石に侮っていたな。なぁ、江東稔」


 瞬間、稔の右腕がバギィッと鈍い音を立てて、ありえない方向へ曲がる。


 (——!?)


 死んだ魔術骸とは別に、濤舞はもう一体の《歯車(はぐるま)》を出現させていたのだ。


 歯車をゆるりと回され、見る見るうちに稔の右腕の骨が絞る様な鈍い音を響かせる。


 「《音響印(おんきょういん)》一式、[停音呪壊(ていおんじゅかい)]」


 詠唱と繋げて、美乃梨が華麗な唄声(うたごえ)を響せる。


 空間に波が存在するかの如く、静かに波紋が靡く。瞬間、《歯車(はぐるま)》の魔術骸がバタリとその場に倒れた。


 「これはこれは。人間と対面する度に、どんどん新しい術印が生まれているな。己の歌声を媒介にする《音響印(おんきょういん)》とは、興味深い」


 稔に目もくれず濤舞が美乃梨に向かって駆け出す。


 「分解身学術ぶんかいしんがくじゅつ、《無限分裂(むげんぶんれつ)》」


 詠唱と同時に駆ける濤舞の両腕がぶくぶくと膨れ上がる。それを見て危機を察知した美乃梨が再び美声を発する。


 波紋が広範囲に広がるが、しかし、濤舞は足を止めず美乃梨に迫った。


 (《歯車(はぐるま)》の時と同じ低音……恐らく声を聞いた者の身体能力を壊死させ行動を奪う術式と言ったところか)


 両腕が膨れ上がるのと同時に、濤舞の両耳の周囲の肉が、耳を包み込む様に膨れ上がる。外部からの音を遮断するため、己の魔術で耳を鼓膜まで封鎖したのだろう。


 ([停音呪壊(ていおんじゅかい)]は布石よっ!くらいなさいっ!)


 美乃梨が[停音呪壊(ていおんじゅかい)]とは異なる音程の美声を発する。低音で唄い、聞いた者を壊す、呪いの歌。


 「一人、処刑か——」


 美乃梨と肉薄した濤舞の両腕が肥大化し、直後、無数の肉片となって弾け飛んだ。


 その肉片という肉片が群れを成して美乃梨に襲い掛かる。


 「ぐぼぼほほぉぉぉっ……」


 しかしまたその直後、濤舞の動きが止まる。見ると、濤舞が大量に吐血していた。


 (なぜ…音は遮断したはずがぁ……)


 《音響印(おんきょういん)》二式[帝音覇悶(ていおんはもん)]は、声を聞いた者の体内の臓物を激しく揺さ振る術式。その真骨頂は——


 「[帝音覇悶(ていおんはもん)]は、術式と魔術を貫通する。何の弊害もないなら[停音呪壊(ていおんじゅかい)]の方が威力は高いけれどね」


 身体の深きにダメージを負った濤舞が怯み、全魔術が解除される。


 (絶好のチャンスだ!逃さないっ!)


 「《地踏印(じとういん)》四式、[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]っ!!」


 後方から接近していた稔の周囲に高温の嵐が生まれる。大地の熱を凝縮して一息に解き放つ術式だ。


 「分解身学術ぶんかいしんがくじゅつ——」


 「先に撃てっ!」


 稔が凝縮した熱の嵐に拳を振り下ろす。瞬間、一息に解き放たれた高温の波紋が濤舞を強襲する。


 大地を燃やすその術式が濤舞の身体を爛れさせる。


 「《等魔(とうま)》」


 焼け爛れる濤舞の身体が突如分裂した。


 「油断しないでっ!稔っ!」


 分裂した濤舞の肉体が弾け飛ぶ。


 細かい肉片が鋭い得物となって美乃梨と稔の身体の至る箇所に突き刺さる。


 その中で稔は[大地之怒(だいちのいかり)]にて変形させた地面で自信を守り難を逃れるも、その途中、横目にその光景が飛び込んできた。


 「美乃梨先生っ!!」


 美乃梨の脇腹に手刀サイズの肉片が貫通していた。


 「くっ………」


 美乃梨は深呼吸を行うが、その瞬間に表情が歪む。


 「まさか……肺まで届いてる……」


 美乃梨の顔色が忽ち悪くなる。冷や汗が溢れ出して止まらない。


 「あの初撃で《歯車(はぐるま)》を屠ったのは流石の賛称に値する。正直君たちを侮っていた。なかなかどうしてやるではないか」


 負傷した美乃梨と稔に対し、少し離れた位置から話していたのは、誰あろう濤舞である。[暴悪熱林波(ぼうあくねつりんは)]をくらい、身体が爛れていたはずの面影は跡形もなく消え去っている。


 「無様な姿だ双橋美乃梨よ、教え子の前でそう寝そべっていては格好も付かないと言うもの」


 「何……言ってるの……こんなことで……下手れるわけにはいかない」


 美乃梨が膝に手を着き、脇腹を抑えながら立ち上がる。そして、濤舞を鋭い眼差しで射抜いていた。


 「生徒の前で、教師が倒れるわけにはいかないのよ。私なりのプライドがあるの……これだけは絶対曲げたくない……!」


 「矜持とは強者が持つ(よろこ)びである。弱者が持つ矜持は、壁に塗り付けられたペンキのように薄く、ペラッペラな虚構そのものなのだ」


 嘲笑の如き微笑みを浮かべて濤舞が語る。しかし、それを聞き、稔が言葉を発す。


 「強者の矜持が悦びなら、弱者の矜持は可能性だ」


 稔の表情に憤怒が籠る。それを見て濤舞が目を見開いた。


 「そうか」


 濤舞より溢れ出した魔源が長い棒状の何かを象り、やがて固形化した。先に刃を携えた、長身の二節棍である。


 ニ節棍を両手で持ち、濤舞は稔に言った。


 「来い、江東稔。弱者の矜持、可能性というものを見せて頂こうか」


 「見してやるよ。強者の矜持、へし折ってやる」


 「駄目よ、稔……。一対一じゃ分が悪い」


 稔の背後から美乃梨が声をかける。しかし、稔は濤舞の方へ視線を向け続けた。


 「喋らない方がまだ身の為だ。我の肉片が突き刺さって肺を貫通したのだろう。悲しいかな、君は術式発動のために声を媒介とするが、肺を潰された今となっては何よりの激痛だろう」


 二節棍を片手で振り回しながら少しずつ濤舞が二人に迫る。稔は美乃梨に背を向けたまま。


 「美乃梨先生。俺には、俺のプライドがあります。俺が生きているまでは、目の前の人を誰も死なせない。誰かが死ぬくらいなら、贖罪として己が死ぬくらいの覚悟を持って——」


 「……稔……ゲホッ………」


 美乃梨が吐血する。体内を巡る血液が肺に流れ込み、呼吸をする度に激痛を伴って血液が逆流しているのだ。


 「《地踏印(じとういん)》一式[大地之恵(だいちのめぐみ)]」


 稔から溢れ出る術水が翠緑に染まる。


 「一年の二人が波瑠明先生を呼んできてくれるはずです。波瑠明先生が到着するまで耐えれば、こちらの勝ちだ」


 [大地之恵(だいちのめぐみ)]は、術者本人の術式強化のほか、他者に使用すれば傷の治癒効果を発揮する。


 治癒に特化した術印には遠く劣り、痛みを少し和らげる程度の効力しか持たないため、しないよりはマシと言ったところだろう。


 (柊波瑠明の実力は底が知れない。餓吼影からは聞いていたが、我の分解身と《歯車(はぐるま)》を瞬殺したとなれば、その実力は恐らく我の予想の範囲を大幅に上回る。流石忌み子、と言ったところか)


 濤舞が二節棍をガッチリと持ち、一歩踏み込んだ。


 (来るっ!!)


 それを見た稔が身構える。


 各々が持つ矜持の試される、濤舞と稔の第二回戦の幕が切って落とされた。

 

 

 

 


美乃梨戦闘不能。稔、打開なるか——!

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