第105話 忌み子殲滅の伝達
「大まかだけど、とりあえず君たちの過去は分かった。どんよりとした話もあれだ。本部が今、何を隠しているのか、君の見解を聞きたい」
淀んだ雰囲気を破るように柊が波論に声をかけた。
「そうだな。何かを隠してるとすりゃ、おめぇも言ってた通り、上層部の連中だろうがな。何を隠してんのかは、見当もつかねぇ。與縫を殺された鬱憤も晴らしてぇのも山々だが、虎殿のジジイが死ぬっつう話が本当なら、もう一度顔を拝んでおきてぇ。今までなかった欲が、今に一気に押し寄せてくんだ」
「欲?」
柊が首を傾げる。
「あぁ。與縫が死にやがったことで、俺の中で何かが動き始めた。虎殿のジジイの死期が近ぇってのもあるだろう。それから、本部上層部の連中が企んでやがる思惑っつうのも気になるところだな。あとはそうだな——」
そこまで言うと、波論の表情は突如険しくなる。そうしながら、波論は言葉を続けた。
「本部上層部の千韻廻途って男。そいつのことがどうしても気になって仕方がねぇ。與縫が今際の際で、注意しろと唯一名を挙げた奴だが、與縫が死に際の遺言としてわざわざ言い遺したんなら、何かがあるんだろうなぁ」
その名を聞き、柊と哲夫が一斉に顔を上げた。
「千韻廻途、だと?」
「本部上層部でも主帝、副帝に次ぐ権力者の?」
本部上層部のメンツは、柊や哲夫くらいになれば全て把握している。
千韻廻途。柊の言った通り、本部上層部でも副帝に次ぐ権力を持つ男の名だ。
「奴には気を付けろと、與縫は言ってやがったぜ。この時点で察しだろ。本部上層部は、忌み子である尾盧與縫を殺害した。ただ忌み子だからと言う理由で殺したんなら」
「だが、もし別の目的があって、その見せしめか最初のターゲットに、與縫くんが選ばれていたのだとすれば……」
哲夫が言うも、波論はそれを首を振って否定した。
「違ぇ。まぁそれもあるが、おめぇらにとって一番危惧すべきことがあんだろ」
言うのと同時に、波論は柊を横目で見る。
「本部上層部の千韻廻途は忌み子を殺害した。その対象なら、俺もそうだがこいつも同じことだ。『裁』の執行猶予ってやつがあるかも知んねぇが、それはあくまで保険だろ。仮に本部上層部が忌み子の殲滅を狙ってるんだとすりゃ、その時は本部が権威を振るう絶好のタイミングってわけだ」
「おお、確かにね」
顎に手を置いて考えるような仕草をしながら柊は言う。波論の言う通りなら、本部の狙いは忌み子を殲滅することだろう。
「でも、それなら別段隠す必要は無い気もするんだよね。本部上層部が真っ当に動けば、多くの賢術師がそれに賛同するはずだ。それをわざわざ隠しているってことなら、なにかそれ以外にも目的があるんじゃ無いかな?」
柊が疑問を呈す。
「そりゃ承知だが、いずれにせよ本部上層部が忌み子を殲滅してぇと思ってんのはほぼ確実だろうな。まぁ当然と言っちゃ当然だが、おめぇの言った通り、正当なやり方ではねぇのは確かだ」
忌み子である尾盧與縫を殺害したことは、柊自身も波論から聞いた。忌み子を殺害したのなら、少なからず各機関の上層部くらいには伝えておくべきだろう。
(あえて、忌み子である俺には伝えないようにしていたのか?忌み子に関することだ、『裁』の螺爵則弓裁判長に伝わっていれば、真っ先に俺に話が来るだろう。つまり、裁判長も尾盧與縫殺害の事実を聞かされていない可能性が高い……か?)
「各機関の上層部は基本、あらゆる情報を共有するもんだろ。俺が本部にいた時もそうだったはずだ。つまり、本部上層部だけで止まってる情報があるってんなら、そりゃ本部が他に知られたくねぇってことだ」
吐き捨てるように波論は言う。
続けて哲夫が口を開いた。
「私のところにも今のところ情報は来ていないね。理事長が話を受けているのなら——」
哲夫の言葉の最中、学長室の扉が開いた。
三人が開いた扉に視線を向ける。
「どうも、あなたが篤馬波論——」
瞬間、波論の姿が消える。同時に、学長室へ入って来た人物の目の前に波論が現れた。目にも止まらぬ速さで飛び出したのだ。
「どこで俺の名を知った?」
先刻、柊にも繰り出された爪撃が、その人物を襲う。だが、彼はその爪撃をいとも容易く受け止めて見せた。
「本部から伝達がありました。申し遅れて申し訳ない。妾は螺爵則弓。お見知り置きを」
黒の法衣に身を包んだ彼が、術水を凝縮した掌で爪撃を受け止めながら自己紹介をする。賢術の学府『裁』の裁判長、螺爵則弓であった。
「裁判長。どうしてここに?」
柊が問うと則弓の後方から違う声で返答があった。
「話し合いの場を設けようと思いましてね。お疲れ様です、学長、柊先生」
遅れて学長室に入り、柊に返答をしたのは、『万』理事長、深駒篠克である。彼は柊と哲夫に視線を巡らした後、波論に一際強い眼光を向ける。
「あなたが、篤馬波論」
「知れ渡ってるな。本部の回し者か?」
ふふっと、篠克は微笑むと、次は屈託のない笑顔を波論に向けた。
「私は『万』の理事長を務めます。深駒篠克と申します」
「へぇ。なるほどな」
繰り出した爪を収めながら身を退くと、波論は則弓と篠克の両者を司会に収めた。敵意はないと言った様子で、篠克が両掌を波論に見せつけている。
「ときに一〇〇年錆の忌み子、篤馬波論。あなたはこの事態をどう受け止めますか?」
同じく則弓が敵意の有無を、何も持たぬ両掌を見せることで表すと、篠克が徐に言った。それに対し、まだ疑心を顔に貼り付けている波論が首を捻る。
「この事態ってのは、おめぇらは知ってるってことか。言ってみろよ、おめぇらは何を知ってる?俺を知ってるような口を聞いてたが、一体どこで俺の名を知った?」
波論の言葉に、則弓が顔色を変えずに返答する。
「本部から、各機関の上層部に連絡があった。妾も本部からの伝達を受け、篠克と話し合おうとここへ来てみれば、奇しくも柊波瑠明以外の忌み子に会ったわけだ。君の名前も、本部からの伝達で聞いたに過ぎない」
理路整然にそう口にすると、則弓は近くにあった椅子を引きずって来て、そこに腰掛けた。同様にして、篠克も椅子に腰掛ける。
「は。なるほどな。おいハゲ、おめぇのとこには伝達は来てねぇらしいが、どう言うことだ?」
「上層部といっても、直接伝達を受けたのは最高権力者のみなのだろう。『裁』ならば則弓裁判長。『万』ならば篠克理事長といった具合にね」
突き刺すような波論の視線に、しかし一切の動揺も見せずに哲夫は話した。
「ちょうどいいじゃん。理事長と裁判長が受けた伝達を確認しようよ」
柊が言うと、二人の最高権力者は顔を見合わせる。そして互いに頷きあうと、篠克が話し始めた。
「本部から伝達を受けたのは、大きく三つのことに関してです。一つは、本部はこれより、忌み子の殲滅を掲げての活動を開始する。対象は、篤馬波論と言う忌み子を含めた有力忌み子全般だということ」
柊と波論がチラリと視線を交錯させる。
「二つ目は、三日前、本部帝郭殿を襲撃した一人の忌み子を殺り逃がした、ということ。襲撃に来た忌み子の名は尾盧與縫。格闘した賢術師の話では、致命傷を与えたが、命を完全に断つことは出来なかった、と」
実際、篤馬波論の目の前で尾盧與縫は死亡した。そこは流石の本部とてまだ確証に至っていないのだろう。
「與縫の野郎は本部を襲撃したんじゃねぇ。話をしに行っただけだ。何か思い違いをしてやがるか、本当に襲撃に来たのだと思っちまう馬鹿どもなのか、いずれにせよその伝達は間違ってる」
イライラしているのか、瞼をぴくぴくとさせながら波論が口を挟んだ。
「有力忌み子ってどう言うことですかね。俺は含まれてるんでしょうけど、その他にも忌み子がいるってこと?そこら辺、何か言及はありませんでしたか?」
柊が問う。
「ありませんでした」
篠克が言うと、波論が食い気味に反応した。
「俺と柊波瑠明、それ以外にあと知ってる奴らは全員死んでる。有力忌み子ってのは聞いたことねぇし、どうにも気になるが、俺ら以外の忌み子なんざ知らねぇな」
首筋をポリポリと爪で掻きながら思い出すように上を仰ぐ。そうしながら波論は、ぼそっと呟くように言った。
本部からの伝達を受け、忌み子と各機関権力者たちが会合す——




