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第103話 無所属の賢術師


 もうすぐ一時間が経過する頃。


 蓋世樹の戦局が繰り広げられる蓮辺地区、山蓋地区、水園地区の三地区の蓋世樹の樹つ周囲の住宅街に賢術師による防衛網が敷かれた。


 本部帝郭殿の伝令班班長、冬野美裕の術式、《月庭印(げつていいん)》の[天陰月庭(てんいんげつてい)]が三地区の蓋世樹地点を囲うように展開されたのだ。


 『これより全ての蓋世樹地点での戦闘終了及び安全確保が成されるまで、この[天陰月庭(てんいんげつてい)]は継続されるものとします。また本部司令長官である風原楓真指揮長が最前線にて戦闘に参加されておられるため不在です。代理を私、冬野美裕が務めさせていただきます』


 蓋世樹地点で戦う賢術師及び、三地区の防衛網を敷く全ての賢術師に、冬野美裕より通達が入る。


 「かなり、大変そうだね」


 個々で連絡を受けた柊が言葉を溢した。


 「学長。希空の件は、また後ほど。とりあえず、俺もこれから向かいます」


 場所は学長室。


 低い革の椅子に深々と座る篤馬(とくま)波論(はと)を横目に、柊と哲夫が話していた。


 「学長も行かれますか?」


 「いいや。私は本部に確認したいことがある。これから本部へ向かう」


 書物に埋もれた豪奢な椅子の前に立ち、哲夫は言った。その返答を見透かしていたと言わんばかりに、柊は特に問い詰めることはなく頷く。


 「俺もこいつと本部に行くぜ。聞くに大規模な任務らしいが、おめぇ一人居りゃ、何とかなんだろ。俺ぁ、気になることがあるんだ」


 自身の爪、毒麟芽爪を研ぐように反対の手で触れながら波論が会話に混ざった。


 「本部でなにが起きてるってのか、なんで與縫(とぬえ)の奴ぁ殺されちまったのか。知らねぇままじゃ、腹の虫が治らねぇ」


 座ったまま前屈み、波論は心の内を晒す。


 「本部(てめぇら)にとって見りゃぁ、居ちゃならねぇ存在かも知んねぇ。が、少なくとも俺にとっちゃ、與縫の野郎は仲間ってやつだった」


 神妙な面持ちで、柊と哲夫は波論の言うことに耳を傾けている。


 「おめぇだってそうだろ。俺ら忌み子は、俺らが望んでそうやって産まれてる訳じゃねぇ」


 上目遣いで柊の顔を見ながら、波論が言う。


 「産まれるだけで忌まれ、忌み子であるだけで周囲からは醜悪なものを睨むかのように見られる。俺や君以外の忌み子が、あと何人いるかは分からないけど、話し合えば分かること、知り得ることもあるはずだ」


 どこか悔しそうに、柊が語尾を強める。


 「忌み子の背負う宿命は重いものだ。俺のように衝動を抑えられなければ、人類を滅ぼす《闇渦》へとなれ果て、かの大戦時のように、再び賢術師へ牙を剥くだろう」


 だけど、と柊は続けた。


 「ここ数千年、忌み子が《闇渦》となった事実はないと、英傑伝承譚にも書き記されている。篤馬波論。君も、仲間が《闇渦》となった瞬間を見たかい?」


 柊の問いに、波論は首を振って答える。


 「いいや。だが、たかが一〇〇年程度だ、俺が証明できるのはな。それ以降のそれでも数千年は、俺ぁ証明できねぇ。おめぇもそうだろ」


 柊は頷く。

 そう。いかに数千年もの間《闇渦》に昇華したと言う賢術師が居ないと文献に記されていたとしても、それを証明することは難しい。


 「事実が文献には記されているっつうが、何千年もありゃ、情報の一つや二つは歪んじまうもんだ。英傑伝承譚ってのは見たことがねぇが、誰もが信じきってる真実こそ、思わぬ贋物かも知んねぇ」


 「俺もまだ、ほんの一部分にしか目を通してないからね」


 柊が英傑伝承譚で読んだのはあくまで、七夢の堕雨に関する情報だけ。実に数千ページに及ぶそれを読み切るには、途方もない時間が必要だろう。


 「忌み子が殺されんのは予測の範囲内に過ぎねぇが、俺らも形式上は無所属の賢術師だ。本部の隠してることが気にならねぇわけじゃねぇ」


 波論の言葉を聞いた柊が、そういえばと前置いて言った。


 「君は無所属の賢術師と言ったね。その無所属の賢術師ってのが、俺よくわからないんだけど、普通の賢術師とはなにが違うの?」


 徐に波論は顔を上げる。


 「本部に追放された賢術師どもらのことだ」


 柊が目を見開き、問うた。


 「追放されたって……?」


 「正確には、俺らが通報されるよう嵌められたって言った方が正しいかもな。四〇年くれぇ前、俺と與縫は本部に飼われてる賢術師だった」


 静かに波論が語り始めると、しかめた表情で哲夫が横口を挟む。


 「その話を、するのかね?」

 「何かいけないことが?」


 横目で柊が問う。


 なんと言葉を繋げば良いかと眉間に皺を寄せる哲夫を見て、波論は目の前の机に頬杖をつく。


 「……めんどくせぇ。()ーってる。おめぇらのいざこざのことは言わねぇよ」


 少々遠慮するように、波論は溜息混じりに言った。


 「感謝する」


 おそらくは希空のことにも関連することだろうが、波論からの話を優先すべきと思い止まり、柊はそれ以上の詮索は入れなかった。


 横目で哲夫を見ていた柊が波論に視線を戻すと、波論もそれを見て話を再開する。


 「俺と與縫はあの日、ある問題に巻き込まれてなぁ」






忌み子、篤馬波論が語る過去とは——

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