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第102話 咎は誰が手のものか


 山蓋地区、蓋世樹。


 「死んでくれるな、とは見当違いも良いところだな。死してなお、蘇るこの俺に対して」


 死したはずの肉体を再生させ、何事もなかったかのように屍轍怪は言った。


 「一撃で砕け散る程度の雑魚の分際で、そう粋がるな。餓吼影の配下の魔術骸が聞いて呆れる」


 先ほどの爆発で、しかし擦り傷一つ負っていない楓真が、屍轍怪を睨みながら強気な口調で言い放つ。その視線は、まるで愚者を憐れむかのようだ。


 「貰い物が偶然役に立って相当嬉しいようだな」


 続けて楓真が言う。


 「貰い物で粋がっているのは果たしてどちらだろうな、賢術師。神が授けたとされるその力、人間の身には余りすぎる。貴様らこそ、俺ら魔術骸から散々搾取した挙句、この時代となってもまだ無意味な殺しを続けて、何が人類の希望だ」


 屍轍怪の形相は怒りに染まってゆく。


 「お前たちの立場なら、人間に殺されるなど納得いかないかもしれない。だが、我々人類が受けてきた仕打ちを考えれば、人間から搾取され、無惨に殺される運命は必然だろう。それに、現代の我々とて、ただただお前たちを殺しているんじゃない」


 語気を強めながら楓真は訴えるように言う。


 「お前たちに殺された全ての人たち、そして同胞への報いだ!お前らに殺された同胞たちが、せめて安らかに、心穏やかに逝けるように、仇であるお前たちを殺す。それが賢術師の役目だ!!」


「その戯言ならば耳に胼胝が出来るほど聞いた……!その言い分が貴様らの並べられる御託の限界か?聞き飽きた陳腐な常套句如きで、俺らの怒りを鎮められると思うな!!」


 屍轍怪の全身から夥しい量の魔源が放出される。


 それは瞬く間に渦を巻きながら屍轍怪の頭上に黒き爆炎を成した。


 「《空鱗印(くうりんいん)》二式——」


 屍轍怪の合図一つで、黒き爆炎が前方へと放たれた。人面が溶け出したような模様のそれは悍ましい黒いオーラを纏いながら、楓真へと迫った。


 「[逆鱗(げきりん)]」


 (先ほどのものとは……何か違う?)


 楓真が、自身に迫る黒き爆炎を凝視する。

 同時に、詠唱を行った楓真の全身が純赫(じゅんかく)のオーラを纏った。


 (試してみるか)


 黒き爆炎に向かって身を放り、楓真が両掌底を突き出した。まるで激しい憤怒が形になって現れたような純赫のオーラを纏う両掌底が黒き爆炎の表面に触れる。


 (出力が先ほどのものとは桁違いだな)


 純赫の両掌底に触れた黒き爆炎を頭上の方へ受け流し、それを[鹵赫鱗(ろかくりん)]にて集圧する。だが、集圧し切れず溢れ出る僅かな黒炎が魚鱗の膜を蝕んでいた。


 「重力改変——」


 楓真が溢れ出る黒炎に意識を向けた一瞬の隙に、屍轍怪が楓真の間合いに踏み込んだ。


 「《歪鈍重力爪わいどんじゅうりょくそう》」


 重力が歪み、その爪には到底ないだろうと思うほどの重みが、身を裂く鋭さと共に楓真を切り裂こうとする。楓真が咄嗟に身を捻るも屍轍怪の爪の到達がその速さを上回り、楓真の脇腹を広範囲に切り裂いた。


 「ぐっ……!」


 同時に発生した重さが、楓真の身体を遠方へ吹き飛ばす。


 (重力を操る魔術も厄介だ……黒い爆炎球を放つ魔術とは違う代物だろう。魔術の火力や厄介さも去ることながら、あまつさえ死後蘇生もあるとなれば、総合的に見れば過去トップ級の敵だな)


 黒き爆炎を包含する[鹵赫鱗(ろかくりん)]に衝撃を加えないよう配慮しつつ受け身を取り、身体への衝撃を最小限に抑え、楓真は立ち上がる。


 「硬い。その相好に似合わず、あれな肉体を持ってるものだ」


 言いながら屍轍怪が地面を蹴る。


 「重力改変——」


 突き出された屍轍怪の刺突の如き手刀が魔源を帯びる。突き出された手刀は、纏う重力により周囲の空気を歪ませている。ただの空気だったはずが、それが歪んだ場所は紫色に変色しているのだ。


 「《反撥斥力招来はんぱつせきりきまねき》」


 その詠唱と同時に、屍轍怪は楓真の間合いに足を踏み入れる。


 また同時に、楓真が地面を蹴って後退した。


 (明らかに気が変わっている。さっきの黒い爆炎球といい、《遺伝継承(いでんけいしょう)》とやらで復活される前とは段違いに威力や雰囲気が変わって——)


 楓真が後退したことにより、両者の距離は数メートルはある。だが次の瞬間、楓真の腹部に屍轍怪の手刀がめり込んでいた。


 「逃げられると思うな」


 屍轍怪の鋭い眼光がギラリと煌めく。


 (なにが……!?確かに俺と屍轍怪との距離はあったはず……)


 楓真が気がついた頃に、既に屍轍怪の手刀は楓真の腹部にめり込んでいた。


 「……腹部の筋肉もあれだな」


 だが、楓真の腹部はその手刀を貫かせず、その場にとどめた。同時に、楓真は肉薄したその瞬間を見逃さない。


 「[逆鱗(げきりん)]で強化した肉体はそう簡単に()けないさ……!」


 純赫のオーラを纏った楓真の五本指が屍轍怪の首を掴んだ。


 「ふっ……!」


 息を吐くのと同時に楓真が純赫の五本指に力を込める。瞬間、屍轍怪の首からバギッという鈍い音が響き、そのまま直角に折れ曲がった。


 「なるほど」


 続けざまに楓真が身を捻り、蹴りを繰り出しす。[逆鱗(げきりん)]により純赫のオーラを纏う右脚が屍轍怪の腰を捉え、肉にめり込み、骨をも砕きながら、その身体を遠方へ蹴り飛ばした。


 (あと少し[逆鱗(げきりん)]の効果を腹部に集中させるのが遅れれば、勢いのまま手刀は俺の腹部を貫いていた……だが魔術の特性か、手刀がめり込む瞬間が最も高威力のように思えた)


 楓真は自ら蹴り飛ばした屍轍怪へ視線を向けつつ、冷静に屍轍怪の魔術を分析する。


 だが、直角に折れ曲がった首と明らかに折れ曲がった腰に反して立ち上がると、屍轍怪は言った。


 「身体を局所的に強化する術式。それはまるで強固な魚鱗を纏うが如く。身体バフはありがちな術式だが、何と言ってもその強度が他とは桁違いというわけだ」


 屍轍怪の表情に苦悶はない。


 人間ならばまともに動けぬほどの怪我だが、少なくとも魔術骸である屍轍怪にとっては痛痒もない程度なのだろう。


 「痛みはないのか?」


 楓真の問いに、屍轍怪は怪訝な表情を浮かべた。


 「それは憂いか?」


 屍轍怪が問い返す。


 「俺は咎めているのだ。その痛み以上のものを、お前たちは我々人間に与えてきた。それを咎めている。なぜ、お前たちは罪なき人間を殺し喰らう?」


 互いに(いが)み合う両者の言葉が交錯する。


 「言葉で解決できるのならとうの昔にそうしている。俺ら魔術骸は、貴様ら人類とは相入れぬ。我々の殺しは咎められるものでなく、我々自身を救済するために成さねばならぬ大義なのだ」


 悠々と語る屍轍怪に、楓真は言い返した。


 「なにが大義だ。自らの救済のために悪戯に人間を殺し喰い、挙句の果てには弱き人間から搾取し続ける。理不尽な力の差、その現実を突きつけられながらも勇敢に立ち向かった賢術師たちを、お前たちは如何にして踏み付けにした?」


 楓真が手を握る。


 「その咎は正義のそれだ。かの大戦で魔術骸は賢術師に敗れ、その立場を崖っぷちにまで迫られて来た。この命の奪い合いを強制したのは貴様ら賢術師だということを忘れたか」


 眉間に皺を寄せながら屍轍怪が言う。


 「俺ら魔術骸には、強制された命の奪い合いを終わらせると言う大義がある。それは責任なのだ。かの大戦で葬られた我が同胞たちに報いるための——」


 「聞くだけで臓腑が灼けるほどの付け焼き刃だな。言い訳のために用意したような理由など聞くに耐えない」


 [逆鱗(げきりん)]を纏う楓真の両腕の純赫が、楓真の怒りを表すかの如く色味を増してゆく。


 「大義名分?それが単なる言葉の綾に過ぎないといつ気づく?」


 楓真の全身から魚鱗を模したような斑点が浮かび上がる。それは彼独特の術水だ。


 「俺にはそれが、自問自答しているかのようにしか聞こえないな。見たところ、貴様は賢術師の中でも高位の者だろう」


 屍轍怪が楓真の深淵を覗くように目を凝らした。


 「貴様を殺して、大義名分が言葉の綾ではないと証明してやろう。その頃になればもう遅い。賢術師は我々魔術骸に淘汰され、我々が再び時代の実権を握るのだ」


 屍轍怪が[遺伝調和(いでんちょうわ)]にて身体の怪我を完治する。首を鳴らして臨戦体制を取り、屍轍怪が不敵な笑みを浮かべた。


 「聞いていなかったのか?」


 楓真の全身から発せられる魚鱗を模した術水が純赫に染まる。


 「それ自体を咎めるべきだと、俺は言ったのだ」

 




 

互いに相手へ咎めるものは——

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