〜第一章プロローグ〜 荒む世界
初投稿です。興味を持っていただければ幸いです!定期投稿出来るよう頑張っていきます!
遥か遠い昔。
数に表すに、実に五五〇〇年も前。
世界は荒んでいた。その原因は、人間を喰らう魔術骸という、人の形をしただけの人外の怪物が世界に齎した瑕疵であった。
「吾妻さん、間も無くです」
「わかった。では、最終ミーティングだ」
そう言うと、その男は徐に立ち上がった。
「皆の者。よく聞け」
蝋の燈にのみ頼った蒼然たる部屋の中。賢術師、吾妻天音が語る。
「時は来た。本日、我々と奴等の戦いに終止符を打つ。あの《悪意の瑕疵》を地に堕とし、我々人類が栄光と未来を掴み取るのだっ!」
世界に瑕疵を及ぼす魔術骸、それを産み出すのが《悪意の瑕疵》と呼ばれる存在だ。《悪意の瑕疵》は歴代の賢術師たちを幾人も葬ってきた厄災の元凶であり、魔術骸から人類を守る賢術師たちにとっては、先祖より託され続けてきた第一の宿敵と言える。
「かつて、我々の先祖は幾度となく《悪意の瑕疵》へと挑み、その勇姿の果てに散って逝った。歴戦の賢術師の、その悉くがだ。その意志を継ぎ、託された希望に応える為に、何としてもここで勝たねばならない」
仲間を鼓舞する様に、畏怖に包まれた静寂を打ち破る様に吾妻は声を張り上げる。
「《悪意の瑕疵》まであとどれ程だ?」
「は。南方向へあと一〇〇〇メートルほどで真上地点に到達致します。飛行艦船の飛行速度を最大に。あと三〇秒ほどです」
「了解だ」
部下の通達に、吾妻は頷く。
同時に、全ての者がその面に覚悟の表情を浮かべた。
***
飛行艦船。
列島各地に存在する賢術師の基地を統率し、各地の魔術骸の事案に対し出動命令を出す本拠地の名称であり、その名の通り、遥か上空を浮遊している円盤型の艦船である。
「《悪意の瑕疵》の上空到着。対象は依然として、進行方向、速度変わらず南下中です」
「皆の者、覚悟は良いな?」
反応を示さずとも、吾妻の背に付く賢術師たちの表情からは、決死の覚悟が読み取れた。
「ふっ。どうやら愚問だった様だ」
飛行艦船の前門が開門する。吾妻の後方から、数十名の賢術師が一斉にその身を空に放り出した。
「来い……骸ども……!!」
「滅多打ちにしてやる……!親父の仇……!!」
《悪意の瑕疵》は、超巨大な闇色の渦を巻く謎の物体。凄まじい数の魔術骸を一斉に生み出す為、並の賢術師はおろか、熟練の賢術師でさえ、精々接近して姿を確認するのが精一杯な程度である。
「先遣の賢術師たちが降り立ち、後援の賢術師たちが《悪意の瑕疵》に総攻撃を仕掛ける前に魔術骸を減らし、出来るなら殲滅する。全賢術師の総人数を二対八に分断し、二割を先遣として送り込む。産み出される魔術骸と、《悪意の瑕疵》の脅威の度合いを精密かつ入念に調査してこの数字……先遣の賢術師たちよ、どうか頼んだぞ……っ!」
吾妻の作戦は、なるべく少ない、最低限の人数で魔術骸を倒し、そこで生き残った賢術師も含め、総出で《悪意の瑕疵》を叩く、というものだった。
「《神髄印》」
魔術骸を目の前にした賢術師たちは、空で一斉に光を放つ。魔法陣を彷彿とさせる形を象った模様を描き、そこに力を注ぎ込む。
「一式[天撃]っ!!」
賢術師たちが描いた方陣より、一息に輝く光弾が射出された。複数の賢術師たちが一斉に放った為、それが光る雨霰の如く降り注ぐ。
「気を逃すなっ!!」
「《業焔印》」
一方で、紅く燃え盛る様な模様を描く賢術師たち。先刻同様、そこから燃え盛る炎弾が射出された。
「一式[業炎]っ!!」
輝く光弾に加え、燃え盛る炎弾が一遍に降り注いだ。次々と、光弾と炎弾に身を貫かれた魔術骸が死に絶え、地に堕ちてゆく。ただ、それも底辺の魔術骸だけであった。
「流石にこれで殲滅できるなんて思ってねぇけどよ」
魔術骸のうち、強い個体は当然これしきの砲撃を浴びせたくらいでは死なない。賢術師たちがまたもや一斉に模様を模る。
「「「《神髄印》」」」
「「「《業焔印》」」」
先刻よりも強い光と力。《悪意の瑕疵》が存在している事で暗く淀んだ世界に光を灯すが如く。
「「「二式[雷天獄破]っ!!!」」」
「「「二式[滅炎]っ!!!」」」
一方では、一点に圧縮した小さな光の球が、一瞬にして膨大な光を放って爆裂した。巻き込まれた魔術骸の殆どがその身を裂かれ、鮮血を撒き散らしながら堕ちていく。
「こっちは一通り片付けたっ!そっちはどうだっ?」
「だいぶ減って……おい、後ろっ!!」
そう叫ぶ一人の賢術師。目の前にいるもう一人への賢術師への警告だったが、その直後、その賢術師の身体は一息にバラバラに引き裂かれた。無惨に散る肉片の後ろに、それに肉薄した一体の魔術骸が浮遊していた。
「《神髄印》」
刹那の出来事だが、魔術骸の身体は跡形もなく消し飛んだ。賢術師が模様を描いた、その刹那に。
「三式[天滅刹那裂]っ!」
賢術師がその技を叫ぶ数瞬か前に、すでにその斬烈は繰り出されていた。まさに刹那の斬殺。
そこに、もう一人の賢術師が駆け寄る。
「おい、次の作戦まであと一分の通達だっ!できる限り骸どもを片付けるぞっ!」
各所で被害が出始めていた。熟練の賢術師とて、《悪意の瑕疵》から直接産み出される魔術骸を相手にすれば、被害は抑えられない。既に、先遣の賢術師の三割は健闘に散ったようである。
死闘繰り広げられるその上空、飛行艦船。
「行けるか、燁」
「はい、國俊さん」
二人の賢術師が降下用意を整えた。
賢術師、宮噎燁と、賢術師、柊國俊である。
「國俊、燁、託したぞ」
その横で吾妻が同じく降下用意を済ませ、空に身を放り出す直前に、そう言葉を残した。
「行くぞぉぉぉっ!」
「「「うおおおおおおおおぉぉぉっっっ!!!」」」
作戦は次の段階、《悪意の瑕疵》に総攻撃を仕掛ける段階へと。残っていた賢術師たちは、國俊と燁を残して《悪意の瑕疵》の元へ。
「ではやるか」
「はい」
國俊と燁は一斉に目の前に模様を描く。
「《虚空印》」
國俊の描いた模様が漆黒に染まっていき、禍々しい力が溢れ出す。溢れ出した力は、やがて鎖の形を模る。
「一式[桎梏]」
國俊の出したその鎖は、彼の力により視界に映らない。だが、確かにそこにあるなと知覚する事は出来る。虚空ゆえ、そこに存在しないはずのものが存在しているといった矛盾が生じている。
知覚できる見えない虚空の鎖が、だんだんと巨大化してゆく。鎖を巨大に至らしめているのは、宮噎の力。
「《凶変印》一式[変転]」
宮噎の使用した[変転]の効果により、國俊の[桎梏]の虚空の鎖が巨大化して行く。
「やっぱり不思議だ……國俊さんの《虚空印》……。そこにあるような気がするのに、目には見えない…」
飛行艦船の下で待ち構える賢術師たちが國俊の[桎梏]を仰ぐ。目には見えないが、実際に、確かにそこにある虚空の鎖は空を覆う程に巨大化していた。
「燁の合図が出たら総攻撃開始だ。合図は事前に確認していた通りだ。変更なし」
吾妻が賢術師を伝って全員に伝達する。
「《虚空印》二式」
巨大化した虚空の鎖を掌握しながら、國俊は新たな模様を描く。作戦通りだ。
「[災闇孔淵]」
國俊を中心に、漆黒の膜が張られる。だが、國俊の技は、虚空。その特殊な効力により、存在せずして存在する。皆が漆黒だと何故か知覚できるだけであって、その膜を視界に捉えられる者は居ない。
「燁、合図を出せ」
「はいっ!」
國俊の指示を受け、燁は手に握っていた小さな爆薬に模様を描く。使用したのは先ほど同様、[変転]である。[変転]によりその火力を増した爆薬に火をつけ、爆裂させる。わかりやすく派手なそれが、合図だ。
瞬間、[災闇孔淵]が《悪意の瑕疵》を覆い尽くした。そこ一帯、地中まで余さず、國俊の支配に侵食されて行く。
「そして巨大化した[桎梏]もだ」
[桎梏]が《悪意の瑕疵》に絡み付き、何重にも巡って拘束した。大災を齎す元凶の渦が、今そこに縛り付けれたのだ。さらにここは既に、國俊の支配下にあった。
「「「《神髄印》」」」
「「「《業焔印》」」」
「「「《冥蓋印》」」」
「「「《蒼河印》」」」
その場に集結した全ての賢術師が、一息に、猛り、撃ち放つ技の雨。《悪意の瑕疵》にその全てが撃ち出された。
「「「「「三式っ!!!!」」」」」
「「「[天殺刹那裂]っっっ!!!」」」
「「「[終末界炎]っっっ!!!」」」
「「「[闇夜命刈鎌]っっっ!!!」」」
「「「[殲嚙魚群]っっっ!!!」」」
渦の先まで、滅し尽くすが如き総攻撃。何百、何千、否、それ以上の砲撃や斬撃を浴びせられた《悪意の瑕疵》は、綺麗に巻いていた闇の渦を綻ばせていく。
「追撃っ!」
吾妻の掛け声と同時に、再び全ての賢術師が技を放つ。幾度となく、休む刹那すらなく、技を浴びせられた《悪意の瑕疵》は、やがてバラバラになった。
「《涅槃印》」
柊國俊による最終攻撃。全ての賢術師が目を見張る中、國俊がそっと呟いた。
「一式[魔天蓋菩薩]」
瞬間、國俊のいる場所から暗赤の瀑布が広がった。睡蓮の葉を彷彿とさせる形を象ったその瀑布が、崩壊しかけの《悪意の瑕疵》を飲み込む。暗赤の瀑布は、魔天のそれだ。
***
実に一〇〇〇年もの年月。どれだけの人類が死んだろうか。その元凶、《悪意の瑕疵》が今日、ついに滅び行く——。
物語進行の視点は各話で異なります。主人公の一人称視点が基本となりますが、その他の登場人物にフォーカスを当てる話などの場合、視点が変わることがあるので予めご了承ください。※できる限り見直し、誤字、誤字、衍字のないよう努めますが、万が一それらがあった場合スルーしていただけると幸いです!