星と運命の大魔導師の愛弟子~大好きなししょーとイチャイチャするために魔導師になります!~
人類生存園の隅っこに位置する深い深い森の中。強大な魔物が跋扈する危険地帯の中に、ポツンと一軒、家が建っていた。
とても人が住める環境では無いはずなのに、家を囲う庭は綺麗に手入れされ、家屋も廃堪特有の死んだ空気が無い、人が住んでいる生きた家だ。
その一室、日の当たる窓辺にてハンカチへ刺繍をしている女性が居る。ピンクブロンドの髪を大きなりボンで左右に結び、後ろにも髪を流したツーサイドアップの髪型をした瞳の大きな女の子だ。年の頃は15程だが雰囲気からはもっと幼い印象も受ける。
そんな彼女が、ふんふんと上機嫌に針を動かしているところへ、一人の男性が部屋に入ってくる。見た目年齢は20代後半ぐらいに見えるが、やけに落ち着いた雰囲気を纏っており、もっと年上にも感じるだろう。長い髪を背中へ垂らしており、宵闇を思わせる優しい闇色に、散りばめられた星々の様に様々な差し色が入っている。
「ミリア。話をしてもいいか?」
「あ、ししょー。いいですよ。ちょっと待ってくださいね」
ミリアと呼ばれた女性は、刺繍道具をかごへしまうと、師匠と呼んだ男性の方へ向き直り姿勢を正す。膝を揃えて背筋をピンと伸ばし、手を重ねて足の上へ。最後にとびきりのドヤ顔を添えた。
「さぁ!お話を聞く準備はできました!イチゴイチジク聞き逃しませんよ!」
「正しくは一語一句だ。魔術士を目指すなら言葉は正しく使いなさい」
「えへへ。実はわざと間違えました。ししょーとお話するのが嬉しくて!」
「まったく、毎日話しているだろう?」
「毎日でも嬉しいんですぅ〜!」
直前に姿勢を正したのはなんだったのか、両手を頬に当てて、くねくね踊りだすミリアに師匠はややれやれと息を吐き、本題へ入る。
「ミリア、今夜私の部屋に来なさい」
「夜に、ししょーの部屋に……?はっ!つまり、そういう事ですか?」
「ん?あぁ、ミリアも分かっていたか。そうだな。ミリアは見違えるほどに成長している。特にここ最近の成長は僕も目を見張る物がある」
「ここ最近の成長……確かに、私も成長を感じてます!」
自身の胸に手を当てたミリアがそう言うと、師匠もうんうんと満足気に頷く。
「でも、意外です。ししょーはてっきり私の成長になんて興味がないとばかり……」
「そんな訳はないだろう。ミリアは僕の大事な弟子だ。その成長は常に気にしているさ」
「つ、常に気にしてる!?わた、私の成長を!?」
「その上で、そろそろ次のステップへ進んでもいいと判断したんだ」
「次のステップ!はわ、はわわわわわわ!!」
「ふむ。続きは時間のある夜にしようかと思っていたが、ミリアの時間が空いているなら今からでも良いが……」
「だ、ダメです!今からすぐなんて!わ、私にも準備の時間をください!」
「ん?準備は別に要らないだろう。身一つあればそれで良い」
「ダメ!絶対ダメです!女の子には色々と準備が必要なんですぅーー!」
「そ、そうか。確かに、将来にも関わる大事な事だしな。なら、夜に僕の部屋で待っているよ」
「は、はーい!絶対!絶対行きますからー!」
師匠が部屋を出ていくのを見送ったミリアは両手で顔を覆って、へにゃへにゃと座り込む。その顔は熟れたリンゴの様に真っ赤で、目はグルグルと渦を巻いていた。
「どどど、どうしよう。あの性欲を魔力に変換し尽くしたスーパー奥手のししょーから遂にお誘いされちゃった!最近おっぱいがおっきくなって下着のサイズを上げたのに気付いたのかな!?ししょーは大きいおっぱいが好きって、コト!?い、いや、そんなことより準備しなきゃ!えっと、何からすれば、とりあえずエウロラさんに相談して、ってそんな時間ないよぉ!えっと、えっと、とりあえずお風呂沸かして!その間にこの前エウロラさんから貰ったスケスケのパジャマの準備を……いや、あれはちょっとエッチ過ぎるかなぁ。はしたない子って思われるかも、でもでも今を逃したら着る機会なんて無いかもだし、次があるなんて思わすに今日キメないと!よ、よーし!ミリアは!!!着ます!!!スケスケを!!!待っててください、ししょーーーーー!!!」
見習い魔術士ミリア。ちょっと……いや、かなり抜けてて耳年魔な15歳の女の子である。
◇◇◇
「ミリア。この家を出て一人で旅をしなさい」
「絶対イヤです。おやすみなさい」
その日の夜。師匠の部屋に集まった二人、それぞれの第一声である。ニヨニヨ顔から能面の様な無表情へ変わったスケスケパジャマ姿のミリアはクルリと身を翻して部屋を出ようとする。ピンクな雰囲気はすべてが魔法のように消し飛んだ模様。
「まぁまぁ、とりあえず座りなさい。判断するのは話を聞いてからでも遅くはないだろう?」
「いーやー!ミリアはぜったいに出ていかないもん!もうっ!折角ししょーが夜伽に誘ってくれたと思ってウキウキして来たのに!なんでそんなこと言うの!」
「あぁ、それでそんな寒そうな愉好をしてたのか。体を冷してはいけない。これを着なさい」
「えっ、ししょ一優しい!しゅき!抱いて!」
師匠が来ていた上着を脱いでミリアへ着せようとするが、その前にミリアは椅子へ座る師匠へと飛びつくように抱き着く。
危なげなく受け止めた師匠は、仕方がないという表情で、コアラのように抱き着くミリアの頭を撫でた。
「まったく、ミリアはいくつになっても甘え癖が抜けないな」
「うん。ミリアは甘えん坊だからししょーと一緒にいないと生きていけないの。だからししょーも考え直して?おねがい!」
「それはそれ。これはこれだ。このままではミリアはいつまで経っても独り立ちできないからね」
「しなくていいもん!ししょーとー生一緒に居る!」
「共に暮らすのだとしても、一人で生けていける能力や地位を得るのは大切なことだ。ミリアも、いつまでも見習い魔術士のままと言うわけにはいかない事は分かってるだろう?」
「それは……うん。私がいつまでも見習いなせいでししょーに迷惑がかかるのは、嫌」
「そうかそうか。多少は落ち着いたかい?」
「うん……でも、もうちょっとぎゅーってしててもいい?」
「……はぁ、仕方ない。いいよ」
「やった、ししょ一大好き。愛してる。結婚しよ?」
「その話はまた今度ね」
「えー。ぶーぶー。あ、ししょーの体あったかい。きもちい。すき……」
動物が自分の物だとマーキングをするときの様に、自分の体を師匠へとこすりつけるミリア。その背を落ち着かせるようにポンポンと叩く師匠は、ミリアの体が少し震えていることに気が付く。ミリアの手足がひんやりとしているのも決して夜の冷え込みと薄着のせいだけではない。もちろんスケスケパジャマも冷え込みの大きな割合を占めてはいるが、それ以外は過去のトラウマから来る恐怖だろう。ミリアの過去を思えば、家を追い出されることに特別恐怖を覚えていてもおかしくはない。それでも、これは互いの為に必要な事だと、師匠は改めて口を開く。
「ミリア。僕はね、別に君が嫌いだから出ていけと言っているわけではないんだ。君が旅に出る目的は」
「んふふ。ししょー。ししょーすき一。うぇへへ」
「……」
いつの間にか恐怖と冷えで冷たくなっていたミリアの体はポカポカと熱を発しており、師匠のシャツに顔を埋めてよだれを垂らさんばかの表情で頬ずりをしていた。
年頃の少女が人に見せてはいけないタイプの表情を見た師匠は、近場に置いてある杖へと手を伸ばす。
「『騒霊』」
「うぇへへ。ヘ?わ。わわわ!」
杖に手を触れた師匠が『力ある言葉』を唱えると、トリップしていたミリアの体がふわりと宙へ浮かぶとベッドの上まで移動し、同じように浮かび上がった毛布でクルクルと巻かれていった。
やがて毛布を巻き終わると、ミリアはベッドの上へポトンと落とされる。頭以外を毛布で多まれたその姿は、まるでおくるみを纏ったあかちゃんのようだ。もっとも、包まれている本人はあかちゃんとは思えないジト目で下手入を睨み上げているが。
「ししょー?年頃のレディーの扱いとして、これはどうかと思いますよ?そんなだからししょーはモテないんですよ?ししょーを好きになる女の子なんて私ぐらいなんですからね?だから、私と結婚しましょう?ね?」
「なに、甘えん坊の子供の扱いとしてはあっているからいいんだよ」
毛布に包まったまま器用にピョンピョン跳ねて抗議をするミリアに口元を緩めながら師匠は話を続ける。
「さて、ミリアに旅に出て貰う目的だが、魔導師としての認定を受ける為だよ。この家にいるだけではいつまで経っても見習い魔術士だからね。ミリアは魔術士と魔導師の違いは覚えているかな?」
「えっと、使える魔法が違います。魔術士は魔術しか使えません。魔導師は魔術に加えて魔導も使えます」
「その通り。では、魔術と魔導の違いは?」
「魔術は呪文や儀式を行い、魔力などの対価を支払う事で様々な現象を起こす魔法技術の事です。勉強をすれば誰でも扱う事が出来ます。
魔導は逆に完全に才能の世界です。生まれ持った魔導属性の魔導を使用できますが、才能の有無も強弱も完全にランダムで、強力な魔導の才能を持っている者は世界でも一握りしかいません」
「うんうんそうだね。だから魔導師は、強力な魔導の才能を持つ者を見つけたら、弟子にとって鍛えるんだ。ミリアみたいにね。それで、魔導では何が出来るんだい?」
「―――なんでも、できます。己の才能と、力量の範囲内であれば、なんだって出来る。それが、魔導です」
「それが、魔導師が魔術士の上位として扱われる理由だね。当然魔導師は魔術も使えるからね。手札は多い方がやっぱり強いのさ」
「……あの、ししょー?すみません。1つ確認してもいいですか?」
「うん。なんだい?」
毛布のおくるみからいそいそと這い出したミリアが、ベッドの上で居住まいを正し、ニコニコと微笑む師匠へ向かって……叫んだ。
「私は『魔術師見習い』であって、『魔導師見習い』ではないんですけど!!魔導なんて1つも使えませんよ!?魔導師としての認定なんて受けられません!!!」
ミリアの魂の込もった叫びを聞いた師匠は、微笑みを崩さないまま返事を返す。
「―――僕の弟子なんだ。なんとかしてきなさい」
そう、宣った。
「むちゃぶり!むちゃぶりですよ、ししょー!弟子イジメ反対!イジメるのはベッドの上でだけにしてください!」
「おや、それならミリアは今僕のベッドの上にいるから問題ないね」
「そう言う意味じゃありませんー!エッチな意味ですぅー!」
ベッドをバンバン叩きながらのミリアの講義を、師匠はハッハッハと笑って受け流す。
「いいかいミリア。これはあくまでも僕の考えだが、君には既に魔導を行使するための下地は整っている。森の外へと出ていないから見習いの立場のままだけど、ミリアの魔術の練度は外の魔術士の平均ぐらいには届いているはずだ。そして、ミリアには強力な魔導の才能がある。それは君の髪の色もそうだし、僕も直接確認したから間違いない」
ミリアの髪は一点の曇りもない美しいピンクブロンドだ。これは染めている訳では無く、生まれつき全身の体毛がこの色をしている。
血筋に関係なく、極端な身体的特徴を持って生まれるのは魔導師の特徴の1つである。
寝る前と言う事で、トレードマークのツインテールを下ろしていたミリアが、自分の髪を一房指でクルクルと弄る。
「それは分かりますけどー。私はししょーとお揃いの色が良かったです。星空みたいで綺麗だもん」
「ありがとう。ミリアの髪もとても綺麗だよ」
「きゅん!ミリアの好感度が100アップしました!上限は100です!カンストしました!ししょー!ちゅーしよ!ちゅ~~~~!」
「ミリアには魔導を制御できるだけの技術も、魔導の才能もある。となれば、残りは「必要性」だけだ」
「ちゅ~……必要性?」
唇を突き出して迫ってくるミリアのおでこを杖で抑えながら師匠が話を続けると、ミリアは大きな瞳をパチクリと瞬かせる。
「そうだ。魔術は魔術書を読んだり、先達に師事することで習得できるが、魔導は魔導師によって使える術が異なるから教わる事が出来ない。魔導は魔導師が必要性を感じて、望まなければ習得できないんだ」
「どれ、1つ例を見せようか」
師匠が椅子から立ち上がり杖を構える。一呼吸の後、部屋中に魔力が吹き荒れた。
大魔導師の魔力解放だ。常人であれば暗闇か嵐の中へと放り込まれたかのように、自身の拠って立つ導べが揺らぐかの不安を覚えるところだが、ミリアにとっては違う。この魔力は大好きな師匠の物なのだ。自分も愛する事はあっても傷つける事は無い。ミリアにとって師匠の魔力は柔らかな夜闇と賑やかな星の瞬きだ。ミリアは師匠の魔力包まれるこの感覚が大好きだった。
「星辰」
魔力に包まれた時間は長くは続かない。師匠が力ある言葉を唱えれば、辺りに満ちていた魔力が対価として捧げられ、魔導が発現する。
「わ、わ、すごい、綺麗……」
ミリアの眼前に、星空が広がっていた。
ミリアが外へ出た訳でも、家の屋根が吹き飛んだわけでもない。物理現象を無視し、師匠の部屋に星空が広がっていた。
ミリアに分かるのはそれが見せかけだけの幻では無い事だけ。空へと飛び上がれば、そのまま宇宙へ飛び出すことだろう。
空間を書き換えたのか、あるいは本当に新しい星空を作ってしまったのか。なんにせよ、魔術では到底不可能な現象の発現。これが魔導の力。
「ふぅ。やれやれ。久しぶりに使う魔導はやはり疲れるね」
魔導の行使が終わった師匠は、再び椅子へと座りなおす。
師匠が疲れている理由には、久しぶりに使う魔導だから以上に、ミリアへ見せるために態々派手に魔力を放出し、ゆっくりと魔導を行使したからだ。
「ししょー!これすごい!綺麗です!どういう魔導ですか!?」
「これはね、星空を生み出し、自由に操れる魔導さ」
師匠が杖を掲げてクルクルと回すと、輝く星たちが移動を始め、空へと文字を描き出す。星空には「ミリア」と描かれていた。
「すごーい!すごいです、ししょー!」
星に手を伸ばし、ぴょんぴょんと跳ねて喜ぶミリア。身に纏っているのがスケスケパジャマのままなので色々と危うい事になっている。
「魔術の使用条件に星辰……星の並びや月の満ち欠けが含まれる物が多くある事はミリアも知っているだろう?満月の夜にしか作れない霊薬。新月の夜にしか呼び出せない悪魔なんかは、特に有名だね。ただ、月の満ち欠けぐらいなら一月も待てば訪れるが、数百年に一度星の配置が整った時にだけ使える魔術もあるんだ。とても待ってはいられないから、好きに並べ替えられる星空を魔導で作ったんだ。月の満ち欠けも自由自在だよ」
「へー。流石ししょーです!素敵!かっこいい!愛してる!」
師匠は気軽に「待てないから作った」と言っているが、魔術の使用条件として使える星辰を自在に生み出すなど、世の魔術士が聞けばひっくり返るのは言うまでもないだろう。
「と、こんな風に魔導とは不便や必要から生まれる事が多い。だからこそ、魔導師になりたいならば不便な旅を行って『足りないを知る』んだ。あぁ勿論、不便を知るための旅とは言え、魔術の使用に制限は無いよ。魔術で出来る事は魔術で。魔術で出来ない事を魔導でやるんだ」
「魔術では、出来ない事を……なるほど。分かりました!ししょー!私は旅に出ます!」
「うんうん。分かってくれたか」
「はい!私は旅に出て、ししょーとイチャイチャする魔導を覚えてきます!!」
「うんうん……うん?」
弟子が旅立ちの決意を固めたのを微笑ましげに見ていた師匠の表情が凍り付き、首が傾く。しかし、一度溢れ出したミリアの言葉は止まらない。
「よく考えてみればそうです。ししょーみたいな大魔導師と、私のようなどこの馬の骨とも分からない十把一絡げの魔術士見習いが1つになろうと言うのがおこがましかったんです。そりゃ愛に身分は関係ありませんが、近しいほうが周りの理解を得られやすいのも事実!大魔導師と魔導師の夫婦ならば誰にも反対されず、むしろ祝福されるはずです!」
「あの……ミリア?」
「待っててくださいねししょー!私、一人前の魔導師になります!そして、ししょーのお嫁さんになります!!!」
「あー。うん。まぁ……やる気が無いよりはあった方がいい……のかな?うん。そうのはずだ。きっと。うん……」
最初の様に「絶対行きません」と断固反対されるよりはマシなはずだと、判断した師匠は、否定の言葉を呑み込む事にした。
「ゴホン。もう夜も更けてしまったし、詳しい話はまた明日にしようか」
それでも、一旦時間を置くことでミリアが冷静になって落ち着くかも、と悪あがきはしてみる師匠。無駄だろうことは分かりきってはいるが。
「はい、ししょー!おやすみなさい!」
「おやすみ、ミリア」
ベットがらピョンと飛び降りたミリアが、元気に挨拶をすると部屋を飛び出していく。師匠もそれを見送ったが、少しするとまた師匠の部屋の扉が開き、空いた隙間からミリアが顔を半分だけ覗かせた。
「ししょー……やっぱり、今日は一緒に寝たい、です」
ミリアの瞳に不安が揺らいでいるのを見てとった師匠は、せめてこう告げる事しかできなかった。
「……パジャマを着替えてきなさい。お腹が冷えない物にね」
◇◇◇
「という訳で、予定通りに今日ミリアがそちらへ向けて出発した。しばらくの間面倒を頼むよ、エウロラ」
『りょーかい。久しぶりにミリアちゃんと会えるの楽しみだわ~』
ミリアが旅へ出てからさほど時間も経っていないのに、随分と静かになったと感じる家の中で師匠は光を放つ水晶玉に向かって話しかけていた。
水晶には一人の魔女が映っており、師匠の言葉に返事を返している。
『にしても意外だったわね。まさかミリアが1人で旅に出るなんて』
「……説得には苦労したが、な」
『ん?あぁいや、そっちじゃなくて、いやそっちもだけど、あんたがミリアを外に出すなんて意外って話よ』
「……」
『まぁ、一人旅と言いつつ監視はしてるんでしょうけどね。本当にヤバくなった時は手を出せる準備もしてるんでしょうし』
「…………」
『なんなら変装して付いて行こうとまで考えてそうよね、あんたなら』
「………………」
『ミリアに何かあるのに比べれば何倍もマシだけどさぁ。そこまで大事にしてるなら、そのまま大事に仕舞っておけばいいのに。魔導師の認定程度あんたの実力とコネならなんとでもなるでしょう?更にぶっちゃければ、あんた達2人はその辺の資格とか気にもしないじゃない。引きこもりだし』
「しかたが、なかったんだ……」
『え?なんて?』
「ミリアが!!かわいすぎるから!!仕方なかったんだ!!僕だってねぇ!ミリアと離れたくなんてなかったさ!でもさぁ!最近ミリアのアプローチがほんと凄くてさぁ!大半は君の入れ知恵なんだろうけどさぁ!」
『なに?嫌だったワケ?』
「いや、まったく嫌ではないが。むしろ助かるが。僕の理性にも限界と言う者があってだね???」
『はぁ~。ならさっさと手でも種でも出せばいいでしょうに。あの子だってそれを望んでるというか、あの子の旅の最終目標そのものじゃない。旅立つ前に目標達成でハッピーエンド直行よ。今すぐ追いかけて押し倒してきなさい』
「いや、いやいやいやいや。僕にもね、ほら。師匠としてのプライドとかね?そう言うのが一応あるしさ。今更ミリアをおいかけてやっぱり行かないでくれなんて言える訳ないだろう」
『そんなクソみたいなプライド犬にでも食わせなさい。やっぱ犬がかわいそうだからゴミ溜めにでも捨てることね。そもそもあんたが今日まで手を出さなかったのが全部悪いわけだし。あの子はちゃんとアピールしてたんでしょ?』
「それは……ほら、性欲に流されてそう言う事しちゃうのはちょっと……」
『かぁー。これだからコミュ障引きこもり童貞は。ミリアもなんでこんなのがいいのかしらね。刷り込みは人にも使い魔にも優秀な育成方法っていう証明よね』
「ぐぅ……」
『あら、辛うじてぐうの音は出たみたいね』
綺麗にやり込められた師匠に、エウロラはカラカラと機嫌よさげに笑う。
師匠はまだ魔術士見習いであった時から、どうにもこの姉弟子には頭が上がらないのだ。
『あぁ、そうだ。勝手にミリアの肉体改造してる事、あたしからは言わないからちゃんと謝っときなさいよ』
「は?なん、なんで知って……!?」
『以上。通信終わり。さよなら~』
「ちょっ、姉さん!姉さん!?肉体改造は流石に人聞きが悪いよ!姉さん!!!」
師匠がどれだけ叫ぼうと、光が消えた水晶玉から声が返ってくることは無いのであった。
◇◇◇
「ぷはぁ~!やっと森を抜けたー!」
獣道ですらない森の中から、1人の女性が平野へと飛び出してくる。
外行き様の服にローブを羽織った、どう見ても森歩きに適してるとは思えない恰好ながら、大した汚れもなく見えるのは彼女が魔術士見習いだからだ。なお、この見習いの定義は大魔導師を基準とする。
「ん~。外に出たのって久しぶり。えっと、魔導師になるためには師匠以外の魔導師5人の推薦が必要だから、お願いに行く必要があるんだよね。推薦を受けるには試練に合格する必要があるって話だったけど……最初はエウロラさんの所だから、変なことはさせられないはず。よし、がんばろー!」
師匠に貰った魔導師の居場所が書かれた紙を大切に仕舞い、えいえいおー。と気合を入れたその女性、ミリアは、長年暮らしていた森に背を向けて街道へ向けて歩き出す。
優しく温かな住処を離れ、かつて理不尽に拒絶され、拒絶し返した外の世界へ自分の意志で一歩を踏み出した。
過去の傷は、まだ完全には塞がってはいないけれど。それでも、前を向いて自分の足で歩けるようになったのは、この森で出会ったみんなのおかげ。特に師匠のおかげだ。一人前に育つ事が恩返しになるのならば、なってやろうじゃないか。一人前の魔導師に。
……それに、よく頑張ったなって、褒められるかもしれないし。
そんな打算もちょびっと抱えながら平野を進むミリアは、視界の先に街道と、立ち往生している馬車を見つける。
「休憩……って感じじゃなさそうだよね。困りごとかな?はっ!本で読んだことがある。これって、名前を売るチャンスってやつだよね!」
キュピンと閃いたミリアは手に持っていった愛用の杖へと魔力を流し、魔術を行使する。
「追風」
背に風を受け、ぴょんぴょんと地面を弾む様に加速して馬車へ近づいたミリアは、遠くからでも聞こえる様に馬車へ向けて声を張った。
「お困りですかー!星と運命の大魔導師の弟子、ううん愛弟子のミリア!星と運命の大魔導師の愛弟子ミリアがお助けしますよー!ししょーの事だけでも憶えて帰ってくださいねー!」
これは、星と運命の大魔導師の愛弟子ミリアが、5人の大魔導師から推薦を得て一人前の魔導師となり、森へ帰るまでの物語である。
……ちなみに魔導師の認定を受けるために必要なのは師匠以外の5人の魔導師の推薦であり、世界でも限られた人数しか居ない大魔導師の推薦ではないのだが、交友関係が極端に狭い師匠に紹介できる魔導師が大魔導師しか居なかったので仕方ないのである。たぶん。
▼登場人物紹介
名前:ミリア
年齢:15歳
肩書:星と運命の大魔導師の弟子
属性:不明(高い魔導の才能を持っている事はヴィンセントが確認済み)
経歴:
5歳の誕生日に森へ捨てられた捨て子。すぐに魔物に襲われて死ぬかと思われたが、何かに導かれるようにヴィンセント(師匠)の元へ辿り着き、以降はヴィンセントと共に生活している。
森に捨てられるまでは両親と共に生活をしていたが、両親の性格が終わっており、愛情や好意と言ったものを知らずに育った。森に捨てられた理由は、両親の自己中さが原因で家族ごと住んでいた村を追放になり、新天地へ移住するのに元々疎んでいたミリアが本格的に邪魔になったから。拾われた直後はヴィンセントに怯え、顔色を窺って縮こまっていたが、三食出てくる食事、毎日入れられる風呂、清潔な服と寝床、と今までは考えられない物たちがミリアの認識では何もしていないのに、出てくる日々が続いた。
そんな生活やヴィンセントへの不信不安を感じるミリアは、子供ながらにヴィンセントの許容ラインを見極めようと、徐々に悪戯や我儘を増やしていった。
結果、ヴィンセントは危険な事さえしなければミリアを叱らない事が分かった。叱る内容も体罰や私物の破壊、食事を抜かれるといった事は無く、何故ダメなのか。どうして危険なのかをミリアが理解するまで何度も説明された。
そしてミリアにはヴィンセントの説明を理解するだけの能力があった。それが、両親の癇癪に触れない様に磨かれた能力であることを考えると一概に喜べもしないが。
危険性の無い我儘は、ミリアの訴えに正当性があれは認められ、なければ無視された。ヴィンセントからすれば知性のある使い魔や実験動物の生態を観察するのと同し扱いであったが、ミリアからすれば生まれて初めて個人として認識して、認めてもらえたと感じた。
一年もすればミリアはすっかりヴィンゼントに懐き、家事手伝いや勉強をするとヴィンセントに褒められる事を覚えて、住み込みの弟子の様になっていた。
ヴィンセントを親の代わりに親愛を向けていたミリアだったが、魔術の勉強を進め、極稀に家を訪れるヴィンセントの客人と話をしている内に、ヴィンゼントが世界でもトップクラスの腕を持つ大魔導師だと知る。そして自分がその弟子として客人に認識されている事も。
これで自分が「魔術が下手くそです」なんてことになってしまうとヴィンセントの顔に泥を塗ってしまう。最悪の場合この家を追い出されるのではないか。そう考えたミリアは全力でもって魔術の勉強を始める。
当然の事ではあるが、ミリアにとって「親に捨てられる」「家を追い出される」は大きなトラウマとなっていた。
ミリア自身の向上心と魔術才能。なにより優れた師匠に恵まれたミリアは魔術士として成長していき、その度にヴィンセントとの大きな差を感じられるようになっていった。
常人であれは挫折や諦観などの負の感情を覚えてもおかしくはないが、ミリアが感じたのは憧憬や憧ればかりであり、一言でいえば「流五ししょー!」であった。ミリアは生まれてからの大半がシリアスであった反動か、平和に暮らすようになってからアホの子がちょっと入っていた。また、このあたりからヴィンゼントの呼び方が「おとーさん」から「ししょー」に変わり始めた。
次の転機はミリアに初めて月の物が訪れた時であった。
ヴィンセントも知識として現象は知っているものの、ミリアへの説明役として自身が適していない自覚があったため、知り合いの魔導師にして魔女であるエウロラを頼り、しばらくミリアを預けることにした。
エウロラが住んでいる場所は大きな町であり、ミリアはそこでヴィンゼントと二人で隠居生活をしていては学べない事を大量に教えてもらった。
すっぴんワンピースで出かけて行ったミリアが、おめかしして帰ってきた時は流石のヴィンセントも驚愕し、珍しいものを見たとエウロラに爆笑されていた。
それ以来ミリアとエウロラの交流は続き、大量の衣服や化粧品、本などが家に届けられるようになる。お小遣いして代金はすべてヴィンセントが支払った。貨幣経済を学んだミリアは恐縮したが、ヴィンセントの収入を考えれば微々たるものであったため甘えることにした。金銭よりもむしろ置き場所の方が問題だったと言えるだろう。最終的にミリアの衣裳部屋が一室増えたほどである。
エウロラとミリアの関係は、年下の女の子の世話を焼きたがる近所のお姉さんが一番近いだろう。家族ではないが、それに近しい関係となっていた。
この頃になるとミリアはヴィンセントを異性としても意識し始めるようになる。大魔導師であるがためかヴィンセントが若々しい姿を保っていることや、身近に他の異性が居ないことも関係しているだろうが、そんな物が関係ないほどにヴィンゼントへくそデカ感情を持っているのである種当然である。
エウロラへ相談したところ、「ヴィンセントは奥手を通り越して無手」「草食どころか絶食系男子」「不能ではないはずだが、へタレ過ぎて自分からは絶対に手を出さない」「あの化石を落としたければ押して押して押し倒せ」と、ありがたいアドドバイスをもらい、以降アタックをし続けている。ただ、今の関係を壊してまで押し倒すだけの勇気は今のところ出ていない。
将来の夢はヴィンセントと結婚してたくさんの子供に囲まれて幸せに募らすこと。
秘密:
ミリアが捨てられたのは両親がクズだったこともあるが、その髪色による所も大きい。
ミリアの美しいピンクブロンドの髪は、類まれなる魔導の才を持つ事の現れであるが、魔術士ならともかく、魔導師や魔女のことなど何も知らないミリアの両親は、自分達の親も含めて身内には存在しないピンクブロンドの髪を持つミリアを心底気味悪がった。
この状況であれば妻の不貞を疑ってもおかしくないが、ミリアの両親は互いが居ないと生きていけない事を本能で理解していた。
そこで、妻を疑うことを避ける為に「ミリアは自分達の子供では無い」と考えるようになった。自分の腹を痛めて産んだ母親すらもすんなりとその考えを受け入れミリアを冷遇し、最終的に森に捨てる事になる。
しかし、これらはミリアの両親が全て悪いかと問われれば、そうとも言いきれない事情がある。
その事情とはミリアの魔導属性だ。ミリアの魔導属性は『恋人』と『運命の輪』。そんなミリアが惚れた相手は当然ヴィンセントだ。
だが、ミリアがヴィンセントに出会い、惚れる可能性は極わずかだ。
そもそもヴィンセントは重度の引きこもりで森の奥にある家から出る事すら稀だ。そんなヴィンセントに出会い、愛を育めるほど共に居るには、あのタイミングで両親に森へ捨てられるしかなかった。加えて両親への未練は無いに越したことはない。
もし、全てがミリアがヴィンセントと出会うために仕組まれたとするならば、両親も被害者と言えるのかも知れない。
だが、本当の所は誰にもわからい。運命の魔導を扱えるヴィンセントが本気で調べれば真相が分かるかもしれないが、ヴィンセントにその気が無い以上、真相は天に瞬く星のみが知っている。
愛し合う2人が出会えた奇跡に、理由を付けるなど野暮なのだ。
名前:ヴィンセント・ルーカス・ブラウン(師匠)
肩書:星と運命の大魔導師
属性:星、運命の輸
経歴:
世界を構成する78の魔導属性の内、大きな力を持つ22の属性、その2つを若くして極めた天才魔導士。星と運命の輪の二属性の魔導を使用できるが、運命の魔導は反動が大きく使い勝手が悪いため封印している。
22の魔術言語を極めし者は大魔導師の名とアルカナの塔に席が与えられるが、一人で2つの席を獲得しているのは現代の魔導師ではヴィンセントただけである。(過去には何人かおり、中には3つの席を得た魔導師もいた)
性格は排他的で人前に出ることは殆ど無い。素顔を知っている者もアルカナの魔導士を除けば数えるほどであり、音段は辺境の森の中に建てた家でひっそり暮らしている。
本人曰く「時間は有限であり、価値の無い物に価値ある自分の時間を割くのは無駄」とのこと。
極論ではあるが言うだけの能力がある事に加え、うっかり国ごと吹き飛ばしたりしない分、引きこもりはむしろ有り難がられている。
そんなボッチのヴィンセントがある日いきなり弟子を取り、魔導師界隈が大騒ぎになったこともあるが、本人は気にしていない。
そして、ミリアの魔導師認定試験をきっかけにヴィンセントが外界に関わるようになったため、アルカナの仕事と胃痛は増えることとなる。
秘密:
実はミリアの事をとんでもなく溺愛している。
捨て子であったミリアを森で見つけたのは完全なる偶然。あるいは運命の魔導の導きであった。高い魔導の才能を持っていたミリアを拾い、与える食事と魔導によってミリアの成長の方向性を操作し、望んだ能力を持つ人間を作れるか試していた。言ってしまえば人体実験である。
最初は他の実験生物を見るのと同じ目でミリアをみていたヴィンセントであったが、父として、師として、異性として自身へ好意を持ち、それを隠すこともなく何度あしらってもアタックしてくるミリアに徐々に絆され、今ではすっかりミリアにゾッコンである。その心境の変化は無意識の内にミリアへ施している成長の方向性を操る魔導に影響を与えており、今のミリアの容姿にはヴィンゼントの好みが多分に反映されている。
しかしながらボッチで対人経験がほぼ無いヴィンセントはミリアへの接し方を変える事も出来ず、ミリアの師匠としての立場を変えられず、ミリアのアタックを今日もあしらい続けている。
ミリア本人に内緒で魔導を掛けていることには罪悪感を抱いているが、前述した容姿の変更の件もあり中々言い出せないでいる。
が、姉弟子であるエウロラにはバレていた事が判明したため、他は誰にバレているのか、どこかからミリアにバレないか戦々恐々している。
この後ミリアは各地を周り、個性豊か過ぎる大魔導師の課す、ハチャメチャな試練を七難八苦しながらクリアしていく章立ての物語になる予定です。エウロラは知人だから変な試練は課さない(フラグ)
そしてあちこちの町で、若くて元気で可愛くて才能豊かでフレンドリーなミリアに惚れる男を量産し、師匠への激重感情で全てのフラグをへし折って行きます。歩く失恋マシーン。
ただ、一旦は執筆欲が満足したのでここまで。続きを書くかは、書きたくなるかしだいかな。