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STARDAST TWINS  作者: sagitta
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第四章 宇宙

 逃げる商船に追いつくのは簡単だった。

 リリィは戦艦である。その機動力は、重い積荷を背負った商船とは比べ物にならなかった。そしてまた、リリィ自らによる操縦技術は商船の乗組員のそれを遥かに上回っていた。

 あっという間に商船に追いついた戦艦リリィは、その巨体を商船に横付けした。

『ご命令どおり対象艦に接近いたしました』

 リリィが無機質に告げる。

「それでいい。よし、アルファ、向こうの船に乗り移るぞ。リリィのレーダーを辿って相手船内を『視る』んだ」

「……ねぇ、オメガ、本当にやるの?」

 アルファが恐る恐るといった表情で、オメガに尋ねる。オメガは当然とばかりにうなずいて見せた。

「当たり前だ。オレたちは生きていくために、食料を得なければならないんだよ」

「でも……略奪、だなんて」

 消え入りそうな声で呟いたアルファに、オメガは(くら)い瞳を向けた。

「弱肉強食、というやつだよ。あいつらは、生きるためにオレたちを犠牲にした。今度はオレたちが生きるためにあいつらを犠牲にするんだ」

「そんな……それじゃあ!」

「アルファ、『視て』くれって言ってるんだ」

 アルファの叫び声を遮ったオメガの声は静かで、冷たかった。

「……うん」

 観念したように、アルファは目を伏せたまま小さくうなずいた。

 そしてそのまま黙って、自分の額に手を当てる。ぼんやりと、その瞳が青白く輝く。

「よし、『視え』た」

 そう言ってオメガはアルファの手を握った。その手を通して、船内の様子がオメガの脳裏に流れ込む。

 オメガの唇の端が、わずかに持ち上げられた。

「いくぞ」

 オメガの瞳の中に、橙色の炎が閃いた。その光はオメガの全身を包み込み、繋いだ手を通してアルファの全身を覆った。

「みゃうっ!」

 その時、ミュウが短く鳴き声を上げてアルファに跳びついた。

 とっさに抱きとめたアルファの腕を通して、オメガの橙色の光がミュウをも包み込む。

「ミュウ?」

 アルファが驚いた声を上げる。オメガも一瞬そちらに目を向けるが、すぐに表情を引き締める。

「構わない。ミュウも連れて行こう……『跳ぶ』よ」

 〈空間転移〉(テレポーテーション)。オメガのもうひとつの『力』。自分と、接触している生き物を別の場所に瞬間移動させることができる。

 もちろん力を使うには転移先が見えている必要があるのだが、今回のように相手船内を見ることができれば、酸素ボンベも宇宙服もなしに別の宇宙船に乗り込むことさえできるのだ。

 ギュウゥゥン。

 オメガの瞳がもう一度輝くと、橙色の光に包まれた二人と一匹の身体が不意にかき消えた。



 気がついたときには、そこは見慣れぬ宇宙船の船内だった。

 目の前には二人の男が機関銃を持って立っている。おそらく、この船の警備員だろう。

 突然現われたオメガたちに慌てふためき、まったく対処できない様子だ。

「喰らえっ!」

 オメガが小さく声を発した。その瞳が橙色に煌く。

 二人の男が構えた機関銃が、持ち主の意志に反して宙に浮き上がった。

 浮き上がった機関銃が宙を舞い、その銃把が持ち主の顎を強打した。

「ぐぇっ!」

 情けない叫び声を上げて、二人の警備員は同時に気を失って仰向けに倒れた。

 それに目もくれず、オメガは廊下を進んだ。その後を、ミュウを抱えたアルファが怯えた様子で追いかける。

 オメガは立ち塞がる扉を〈念動力〉(サイコキネシス)でこじ開け、何かにとり憑かれたようにひたすらに先を目指した。程なくたどり着いたのは船の中心部、操縦室(ナビゲーションルーム)だった。脇目もふらずにその中に飛び込んだオメガの瞳に、二人の男の姿が映る。映像通信に映っていた船長らしき小太りの男と、そしてもう一人のひょろりとした男。こちらは先程船長と会話していた相手だろう。

 怯えた目でオメガを見つめ、恐怖に耐えかねたように床にへたりこんだ二人の姿はひどく滑稽だった。オメガに向けられた護身用拳銃の銃口はガタガタと激しく震え、引き金を引いたところでとても命中するとは思えない。

 こんな奴らが母星の人間なのか。

 オレたちはこんな奴らのために見捨てられたのか。

 オメガは、頭の奥底で怒りの感情が静かにわきあがってくるのを感じていた。

 黙ったままズボンのポケットに手を入れ、そこに入れておいたものを取り出す。白銀灯の光を受け、手にしたそれが銀色に煌く。

 それは、ナイフだった。何の変哲もない、調理用の小さなナイフ。だが、ただのナイフもオメガの〈念動力〉(サイコキネシス)を込めれば、弾丸のスピードで目標に向けて飛来する恐るべき凶器となる。

 空色の瞳を炎の色に煌かせて、オメガがナイフを宙に放り投げた。1Gに重力制御された宇宙船の中で、ナイフは重力に逆らって静かに空中に静止する。その切っ先は正確に船長の胸元――すなわち心臓に向けられていた。

 船長の瞳が恐怖に見開かれ、その唇が震える声を絞り出した。

「ば、バケモノ……」

「……バケモノ、だと?」

 オメガの瞳が、すっと細められた。射抜くように船長を睨みつけた視線が、その怒りの激しさを雄弁に物語っている。

「オメガ……やめて」

 背後で悲痛に呟いたアルファの声は、オメガの耳には届かなかった。

 オメガの脳裏に、最後に見た博士の苦しげな姿が浮かぶ。

 博士は、こんな奴らのために死んだのか。

「……バケモノはどっちだよ」

 オレたちの命を喰らって生きてきたくせに。

 必死で生きてきたコロニーの住民たちを、博士の命を、奴らは踏みつけて生きてきたのだ。

 今度はオレたちが、奴らの命を喰らって生きる番だ。

 オレたちにはその資格がある。

「お前たちなんか」

 オメガの瞳が、ひときわ明るく輝いた。

 その背後でアルファの瞳も青白い光を放ったことに、オメガは気付いていなかった。

 アルファの胸に抱えられていたミュウが、その腕を後足で蹴って飛び出したことにも。

「殺してやる!」

 風を切り裂く鋭い音を立てて、ナイフが船長の心臓目がけて飛び出した。

 ギィインッ!

 予想していた血しぶきの音は、金属同士がぶつかる耳障りな音に取って代わられた。

「みゅう……」

 一瞬状況を把握できなくなっていたオメガは、ミュウの鳴き声に意識を引き戻された。

 ミュウの金属の身体に、ナイフが突き刺さっていた。セラミック製の刃はミュウの身体を易々と突き破っていた。どこかショートしたらしい。破られた金属皮膚から覗くコードの先に火花が散っている。

 ナイフが発射された瞬間、ミュウが船長を護るようにその軌道上に飛び出したのだ。

 通常、愛玩用のペットロボットに、これほど機敏な動きは不可能なはずだ。アルファの強い思いとそれを伝える〈感応力〉(テレパス)の力が、ミュウの擬似知能に影響を与えたのだろうか。

「やめて、オメガ。誰も傷つけないで。博士を殺したのは、この人たちじゃないわ」

 アルファが静かに言葉を発した。その声はまだかすかに震えていたが、しかし凛とした響きを帯びていた。

「でも、アルファ……」

「憎しみは何も生まない! 大事な人を、もっともっと傷つけるだけだよ!」

 アルファの言葉に、オメガははっとしたように足元に転がるミュウに目をやる。機能停止には至っていないが、多大な損傷を受けたミュウは横倒しになったままもがくようにその四肢をぎこちなく動かしていた。その姿は激しい痛みに苦しんでいるように、オメガには見えた。

 激しい怒りの感情が、急激に冷めていくのを感じていた。

「お願い、もう傷つけないで」

 消え入りそうな、アルファの言葉。

 オメガには、かけるべき言葉が見つからなかった。

 やっとのことで少年が絞りだした言葉は、こうだった。

「……ミュウを、治してあげないと」



 オメガたちが引き上げると、商船は全速力で逃げていった。

 商船の倉庫から奪ってきたわずかな食料だけを持って、彼らはリリィに帰ってきていた。

「行くあてが、なくなっちゃったな」

 オメガが呟いた。うつむいたその顔はとても不安げで、崩れてしまいそうで。

 その時のオメガは見た目どおりの、幼い少年に過ぎなかった。

「大丈夫だよ」

 オメガを慰めるように、優しい声でアルファが言う。その言葉にオメガは不思議そうに顔を上げた。

 アルファは穏やかに、宇宙船の四角い窓を指差した。

「宇宙は、あたしたちの可能性は、無限に広がっているんだから」

 オメガは、窓の外に目を向けた。そこに映る宇宙は、いつもと少しも変わらずに、無限だった。

「それに、あたしたちは一人じゃないもん」

 アルファが微笑んだ。穏やかな、幸せに満ちた笑顔。オメガもつられて小さく笑う。

「みゅう」

 二人の足元で、傷を治したばかりの猫型ロボットが小さな鳴き声をあげた。

「はは、そうだな。お前もいた」

 笑いながら、オメガはミュウの頭を優しく撫でた。

「ひとりじゃ、ないんだ」

「……うん」

 つかのまの、穏やかな時。

 宇宙は今日も、無限に広がっていた。


〈終〉

最後までおつきあいいただきまして、ありがとうございました!

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