第三夜 4
「エルナンのことですが」
「ああ、大変だったな」
エドワードの父は、先程のエルナンの怪我への対応を労った。
「いえ、そのことよりも、エルナンが私のお目付け役とはどういうことですか」
「お前は色恋に疎そうだったのでな、親の余計なお節介からだ。不服か?」
「はい、物凄く」
「そうか」
「私にも好意を寄せている令嬢くらいはおります。その令嬢が啓示の相手ではないことも十分承知の上です。父上に報告しさえすれば結婚できるのであれば、とっくにその令嬢に求婚しています」
当代の妖精公爵は、その言葉だけで息子の心情を察するには十分だった。
「···それは悪かった。許してくれ」
そう言うと、ふうっと息を吐いた。
「エルナンは、お目付け役の褒美に私が選ばなかった方を嫁にもらえると言っていますが、そんなことを父上は許可されたのでしょうか?」
「双子の片割れと結婚したいならば、そうする自由はあるとは言ったが、それが見返りとか褒美とは一言も言っておらんよ」
「彼はその気満々です。今日、妖精の森で妖精から言われたのですが、彼は双子達の結婚相手ではないそうですよ」
「はは、そうか。それで、お前はどちらがいいんだ?」
(またそれか、父上も気が早いな)
「まだ二人の見分けもろくにつかないんですよ。それにあの娘達はまだ13歳で、学園だってこれから行くのですから、もっと色々な世界を見たり経験して、二人がそれぞれに成長し、人間的な基盤ができてから選びたいと思っています。ですから、選ぶのは期限の2年ギリギリまで待ってもらえませんか?」
「お前は本当にそれでいいのか?」
「はい。できればお目付け役も解任していただけませんか」
「わかった、そうしよう。エルナンには私から言っておこう」
「ありがとうございます」
エドワードは父の快諾に安堵した。
「父上、もうひとつよろしいですか?」
「なんだね」
「エルナンは、妖精公爵一族の教育をほぼ受けていないようです。先程の怪我も、他者の啓示を覗いてはならないという禁忌を彼が知らなかったことで起きました」
「そうだったのか」
「啓示以外の相手と結婚すると短命になるということも知らず、今日私がそれを話したら死ぬほど驚いていました。叔父上のところは一体どうなっているのでしょうか?」
妖精公爵は、しばらく逡巡した後に口を開いた。
「エルナンはアルフレッドの実子ではなくて養子だ。駆け落ちした従妹のメリッサの子を引き取って実子として育てている。それでも必要な教育は分け隔てなく受けさせている筈だ。だがお前の言うことが確かならば、かなり問題だな」
「養子というのは、エルナン自身は知っているのですか?」
「どうだろうか、多分知らないだろうな」
「決め事を知らないのは本人にとっても危険ですが、周囲まで危険に晒しかねないので、早目に対処していただければと思います」
エドワードの父は息子を試すように聞いた。
「お前ならどう対処する?」
「エルには大伯父様に師事すればと冗談半分で言ってあります。大伯父様に承知していただければ、復習を兼ねて私も付き添います」
「ははは、これではどちらがお目付け役かわからないな」
「領地に帰ったら、大伯父様の見舞いも兼ねて彼を連れて行っても良いでしょうか? 叔父上の面子は傷つけずに、密かにエルナンを教育してしまえば良いわけですからね」
妖精公爵は、次期妖精公爵である我が子の成長ぶりに満足した。
エルナンは、今日の怪我の顛末を報告すると、父であるギルフォード侯爵から厳しく叱責された。
「これでは再教育しなければならないが、お前自身はどうすればいいと思っているのだ」
「エドからウィリアム大伯父様に手解きを受けることを誘われているので、大伯父様の許可を得次第学ばさせてもらおうと思います」
エルナンは、本当はまるでやる気がなかったのだが、その場しのぎで答えた。
「では、そうするように。お前はもう成人なのだぞ、これ以上我が侯爵家の恥を晒すな」
引っ込みがつかなくなり、エルナンはエドワードに泣きついた。
「ふはははっ、叔父上の了承済みなら、なんの問題もないな。了解、いいよ、そうしよう」
叔父上にも隠す必要がなく、叔父上が目を光らせている方がエルも怠けられないだろう。それならばこれ以上やりやすいことはない。
「アランは今年は来ていないのか?」
「来た早々風邪を引いて寝込んでいる。みんなに感染すと悪いから部屋に引きこもっているよ」
アランはエルナンの弟で12歳、ギルフォード侯爵家の次期当主だ。
「アランはもう啓示を受けているのか?」
「さあな、あいつとはそうゆう話はしないから」
「せっかく傍に先生がいるのに、もったいない」
「あいつがか?」
エルナンは不服そうにエドワードを睨んだ。
「大伯父様に習うようになったら、もっとアランとも話してやれよ」
「なんでだよ?」
「お互いのためになるからさ。見える者だって不安や孤独を抱えていることもあるんだよ。幼いうちは特にね。多分アイラもそうだろうな」
「そうか! 大伯父様に習えば、アイラちゃんと話すネタが増えるな、よし!」
エルナンは拳を握りしめて満足げな笑みを浮かべた。
頑張る方向が違う気がするが、動機はなんであれ、ちゃんと学んで身につけてくれと願うエドワードだった。




