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第三夜 2

古語の文言を唱え、エルナン·ギルフォード、妖精公爵の末裔、ギルフォード侯爵家の三男ですと名乗った後に、自分でなんとか(こしら)えた花冠を水面に投げ入れた。


水面に浮かんだ花冠を、泉の底がら上がって来た赤い双魚が、泉に埋め込まれた大甕の底に運んで行った。


しばらく待っても何も起こらなかった。


何も起きなかったというよりも、啓示を見せられていてもそれを見ることができないだけだ。何か妖精が語りかけていたとしても、それを聞き取ることができないだけなのだ。


ただ今回は、妖精達も本当に何も見せておらず何も語ってもいなかった。


「ちぇっ、また見えなかったか」


エルナンは残念がっているが、それでも一族はみな、妖精の守護を等しく受けていることには変わりはない。


「見えなくても聞こえなくても、手順や自分の体験や感覚も全部、将来、自分の子孫に引き継ぐことができるのは自分しかいないんだよ。だからみんなそれぞれ一族としてとても大切な存在なんだ」

「へいへい、わかりましたよ大先生。じゃあ次は誰がやる?」

「私がやってもいいですか?」


ライラが手を挙げた。


「ライラ、本当に大丈夫?」


アイラが心配そうに尋ねた。ライラは今まで数えるぐらいしか試したことがなかったからだ。


「うん、大丈夫よ。エルナン様の見本を見ているし」


見えなくても聞こえなくても、一族には大切な存在というエドワードの先ほどの言葉に励まされ、いつもは見えないからと萎縮し尻込みしていたアイラを奮い立たせていた。


泉の前に立ち、文言を唱えた後に、ライラ·モンサーム、妖精公爵の末裔、モンサーム伯爵家の長女ですと名乗り、エドワードにもらった花冠をそっと水面に浮かべた。


すぐに赤い双魚がやって来て、花冠を咥えて大甕の底に運んで行った。


しばらくすると、双魚が花冠の欠片を咥えているのが見えた。


これが啓示というものなのか、ただ単に魚が花を食いちぎって浮かんで来たのかは判断ができずにいた。

魚はそのまま浮上して水面に顔を出そうとしているように見えたので、その後自分はどうしたらいいかライラはわからなかった。

これを受け取ればいいの? それとも見ているだけでいいの?


迷っているうちに音を立てて魚が顔を出したので、ライラは怯んで「あっ!」と叫んでしまった。


「何、どうしたの?」

エルナンが身を乗り出して泉を覗き込んだ。

「エルナン、ダメだ、覗くな!!」

エドワードの鋭い制止の声が響いた。


次の瞬間、泉から赤い双魚が飛び出して、エルナンの顔に食らいついた。


「うわあああ!!」


エルナンの顔から血が滴りはじめた。


ライラは悲鳴を上げてその場で凍りついた。


「ライラ、泉から離れて!」

エドワードが叫びながら駆け寄ろうとしている。

アイラがライラの身体を引っ張って泉の傍から離した。


「いっ、痛い、助けてくれぇ!」


エルナンは地べたに転がってもがいている。顔を押さえている両手は血まみれになっていた。


「頼む、許してやってくれ!」

「お願いもうやめて!」


エドワードとアイラは妖精達に懇願した。


『······わかった、次はないぞ、エル』


パチンという音と共にエルナンの顔から赤い双魚の姿は消えた。


「エル、しっかりしろ」


エドワードは上着を脱ぐと素早く自分の着ていたシャツを引き裂き、泉の水で濡らしてエルナンの顔の血を拭った。


「これを使って」

アイラが薬草らしきものを差し出した。

「止血用の薬草?」

「多分。今、妖精が教えてくれました」

「ありがとう、助かるよ」


エドワードは葉を揉みしだいて、洗浄した傷後に塗布し、ライラ達が提供してくれたハンカチでその上を覆い、最後にショールで顔を巻いた。


「痛むかもしれないが我慢しろよ」

「······ああ」

「歩けるか? 俺の肩に掴まれ」


エドワードは森の入り口で待機していた馬車までエルナンを背負い連れて行った。


(今日は馬車で来ていて助かった)


泉へ引き返すと、アイラがよろけそうに歩くライラを連れてこちらに向かっているのが見えた。エドワードは急いで二人のところまで駆け寄った。


「ごめんなさい、······私のせいで」

ライラは泣きじゃくっている。

「違う、ライラのせいじゃなくて、あのバカのせいだから」

「エルナン様、ごめんなさ······ううっ」

ライラは泣き止みそうにない。

「急ぐから、ごめん」

エドワードは、力なく佇んでいるライラを抱き上げて足早で馬車に向かった。


エドワードは、ライラの身体の細さと軽さに驚き、壊れ物のような頼りなげな存在感に焦っていた。


彼女達は、まだこんなに小さな少女なんだと改めて実感した。



アイラはその後を小走りでついていく。


びっくりしたライラは、もう泣いてはいなかったが、その代わり馬車に辿り着くまでずっと赤面していた。

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