第一夜 1
シャゼル王国のモンサーム伯爵邸には、新年になると分家も本家もみな一族が勢揃いする。隣国のベシュロム王国のモンターク公爵も例外ではない。
そのモンターク公爵家の次代の当主エドワードは17歳になったが、つい最近、彼の伴侶についての啓示を受けたばかり。
妖精の啓示は、親戚のモンサーム伯爵家の双子の姉妹のどちらかを妻に選べというものだった。
毎年モンサームへ集まると、そこにそっくり過ぎて見分けがつかない薄紅色の髪と碧色の瞳を持つ双子達がいるのを子どもの頃から知っていた。
アイラとライラという双子の姉妹は、毎回見てもどちらがどちらなのか見分けがつかない。親すら間違えるほど彼女達は非常によく似ていた。
妖精公爵の異名を持つモンサームもモンタークも、近親婚を繰り返しているわけではなく、むしろ親戚筋から嫁を取るのは稀だった。
エドワードからすれば、年に一度顔を合わせるだけの親戚の子ぐらいにしか思っていなかったから、まさか自分の嫁にと言われるなんて予想外だったのだ。
しかも、彼女達はまだ13歳、自分の恋愛対象としてはまだ幼く、結婚相手として見ることも難しい。
選ぶ期限は後2年、それでもまだ彼女達は15歳だ。15歳でも嫁ぐ人はいるが、来年には自分も成人しているとはいえ、結婚をするのはさすがにまだ早い気がしていた。
王侯貴族は政略結婚が多いのは確かで、親の都合や家同士の都合で決まることが多いことも承知している。
しかし妖精公爵家の場合は、親の意向などでは全くなくて、妖精の意向による結婚が基本なのだ。
そしてそれは至上命令みたいなもので絶対に覆せない。
政略結婚が嫌ならば、自分で親達を納得させらるような他の相手を見つければ良いだけだし、最悪は駆け落ちでもなんでもすればいい。
でも、妖精公爵家の場合はそれもできないというよりは、それは意味をなさないのだ。
なぜならば、妖精の啓示を守らないと守護を失いその家門は衰退するとか、場合によっては約束を破った本人が短命になってしまうからだ。一族の中にそうやって消えて行った家門もあるのだ。
妖精公爵として今残っているモンタークとモンサームは、それだけ忠実に妖精の啓示を守って来たのだ。
妖精公爵の結婚事情は、王侯貴族の政略結婚よりも不自由で厳格なものなのだ。
エドワードは、同じ学園に通うある侯爵令嬢に密かに恋心を抱いていた。自分が結婚するならばこんな人が良いなという儚い夢だ。
結婚相手を自分で選べない立場では、その夢の成就は望めない。
それはずっと前からわかってはいる。
ついに妖精の啓示がそれを現実のものとして、意中の令嬢への思いを絶ちきることをしなければならなくなった。
そんな状態だったから、双子達への前向きな関心をまだ抱けずにいた。
「ようエド、聞いたぞ、で、どっちにするんだ?」
「どっちって···」
ひとつ年上の従兄がエドワードの気持ちも知らずに、啓示の内容を誰かから聞いたのか、からかいに来た。
傷心のエドワードには、彼を相手する余力がなかったのでゲンナリした。
「どっちにするも何も、まだ見分けすらつかない」
「ハハッ、確かにな。じゃあ、お前がいらない方を俺はいただこうかな」
「はあ?! どっちでもいいのか?」
「アイラはお前と同じで妖精が見えるらしいぞ」
それは初耳だった。
「双子なのに、二人ともではないのか?」
「よく知らないけど、そうらしいぞ。俺だって見えないけどな」
妖精公爵家の一族に生まれて来ても、全員が妖精が見えたり啓示を受けることができるわけではない。
男女に関係なく、見える者聞こえる者はいたが、今までエドワードのまわりには女性で見える者はいなかったので、ほんの少しだけアイラに興味が湧いた。
手始めに挨拶だけでもしておこうと、双子の方へ行こうとすると、
「あっ、俺も行く」
従兄のエルナンもついてきた。
まったくこいつはなんなんだとエドワードは内心思ったが、渋々承知した。