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紅い実をひとつ

数ヶ月前に南方の国からの侵略がはじまり、その巻添えに遭った国境近くの村からロベルトは逃れて来た。

農夫だった彼は家族も農地も家も何もかもを奪われて、身一つで逃げ延びた。


収穫した野菜を市場に売りに行っていたロベルトだけが、略奪と殺戮の限りを尽された村での生き残りだった。

市場にも兵士達はやって来て、ロベルトは慌てて撤収し逃げ戻った。

戻って見ると、村を襲った兵士らが築いた死体の山の中に両親と姉、幼い弟を見つけた。

食料と家畜は根こそぎ奪われ、収穫前の農地も無惨に荒らされていた。唯一家で無傷で残っていたのは種だけだった。ロベルトはそれを無造作に布鞄に詰め込んでそのまま村を出た。

農作業を手伝うことと、 持ってきた種を食料と交換して飢えをしのぎながら、ようやく兵士達が来ない静かな森に辿り着いた。もうその種も残りわずかだ。


森の奥には美しく澄んだ泉があった。喉の渇きを癒やし、その泉で身を清めた。

泥と埃まみれだった茶色い顔と髪を洗うと、水面に映った金の髪と白い肌に蒼い瞳の自分の本来の姿を久々に目にした。この髪と目は家族とは似ても似つかないものだ。

赤ん坊だった自分を旅の者が村に捨てていき、孤児だった自分を引き取ってここまで育てくれた両親と姉達を思い出し、むせび泣いた。


身も心も疲れきっていたロベルトは、そのまま意識を失うように深い眠りについた。


目が覚めると猛烈に飢えを覚えた。何か口にできるものはないか辺りを探し回った。


針のような細かい葉を持つ木に薄紅色の房状の花が揺れていた。その花の香りに集まって来た虫達が羽音を立てている。

その枝をかき分けながら進んでいくと、少し離れたところで一人の娘が木の実を採っていた。


気配を感じたのかその娘が振り返った。明るい碧の瞳に、薄紅色の長い髪の少女だった。

少女は別段驚くことなく、ロベルトのいる方へ近づいてくる。


「あなたもここへ避難してきたの?」

「えっ? ああ、昨日ここへ来た」

「そう、お腹は空いている?」

「···それはもう、とんでもなく」


ふふっと笑うと、少女は腕に提げていた籠からパンと木の実を差し出した。


「今はこれしかないけれど、家に行けば野菜と肉やスープもご馳走できるわ。これを食べたら一緒に帰りましょう」

「······君は俺が怖くないのか? こんな見ず知らずの男を家に招いて平気なのか?」

「どうしてあなたを警戒する必要があるの?」


ロベルトは狼狽えた。少女が次に放った一言は更に彼を驚愕させた。


「だって、あなたは一族ですもの」

「一族?!」


何のことかさっぱりわからないという顔をしているロベルトを見つめながら、少女は更に付け加えた。


「この森へは一族しか入れないのよ。今ここにいるということは、あなたは一族という証拠なの」

「······」


全く意味がわからない。が、彼女が嘘を言っているようにも見えない。

差し出されたパンと木の実は多少飢えを満たしたが、できればスープも飲みたいし肉も食べさせてもらいたいという欲求が余計に膨らんで来た。

雨露をしのげ、ベッドで眠ることができるならば、もうこの少女に騙させれてもいいと思った。


「このお礼にこれを」


ロベルトは僅かばかりの残りの種が入った布鞄を、にこやかに微笑んでいる少女に手渡した。


少女は袋の中身を見ると「これは何の種? でも見たことがあるような」と聞いて来た。


「麦と蕎麦の実が少し。もうこれしか残ってないんだ」

「あらっ? じゃあこれは何の種? 種っていうよりも、何かの実みたい」


その実はあの日、市場でもらった(なつめ)だ。進軍してきた兵士から逃げるのに夢中で、馴染みの店主からもらったものを食べずに鞄の中へ入れたのをすっかり忘れてしまっていた。


少女は干からびた実を袋から取り出して白い指先で掴んでロベルトに見せた。


「それは(なつめ)ですね」

「棗? それは食べたことがないわ。どんな味がするの」

「そのままでもかじって食べられますよ」


恐る恐る一口かじると


「甘い! 凄く甘いわ」


少女は感嘆の声をあげた。


「生の実は林檎に似た味で、乾燥した実とはまた違って美味しいですよ」

「そうなの? 林檎は大好きだから、じゃあ私が気に入りそうね、生の実はどんな色なの?」

「紅い実ですね」

「······紅いの?」

「ええ」


ロベルトがそう答えると、なぜか少女は恥ずかしげな表情をするとしばらく黙ってしまった。


「どうかしましたか?」

「いっ、いえ、とにかく家へ戻りましょう」

「ではお世話になります、俺はロベルトと言います」

「私はアデリーヌ、よろしくね」


その時、空中で銀色の光の玉のようなものが煌めいて、その辺りから声がした。


『アデリーヌ、その実は今すぐここに埋めちゃいなよ』

「えっ? 埋めるの?」

『埋めたらそこで待ってて』

「わかったわ」


彼女が誰と話しているのかわからなかったが、アデリーヌは足元の土の中にかじりかけの棗の実を埋めた。


パチンという音がしたと思うと、埋めた所からいきなり芽が出て、みるみる成長し二人の背を越える高さの棗の木になり、沢山の紅い実を成らせてしまった。


『だってアデリーヌはもう待てないでしょ?』

「もう! 馬鹿っ、そんなに急かさないで」


アデリーヌは誰かとそんなやり取りをしている。


呆然としているロベルトにアデリーヌが声をかけた。


「その紅い実をひとつ私に採ってくれるかしら?」

「えっ? ああ」


ロベルトは木からひとつ()いで「はい、どうぞ」とアデリーヌに手渡した。


アデリーヌは恥じらいながら一口齧った。


「美味しい! 林檎よりも好きかも」


碧の瞳を輝かせ、頬を上気させている。


「それは良かった····、でも普通はこんなに早く実は成らないよ、これは魔法か何かなの?」

「ええ、ここは妖精の森ですもの。私達は妖精の守護を受ける一族なのよ」


ロベルトはますます困惑した。


『ねっ、アデリーヌ、やっぱり彼だったでしょ?』

「ええ、そうみたいね」


半年前にアデリーヌがこの森の泉で受けた妖精の啓示は、「この森に他所からやって来て、紅い実をひとつくれる一族の青年」が彼女の伴侶になるというものだった。


4ヶ月前にこの森へ来た別の青年は、何も持っていなかった。3週間前に来たまた別の青年は実を持ってはいたが、彼が彼女に差し出したのは黄色い実だった。


二人とも戦火を逃れてこの森へやって来て、一族が住む里へ迎え入れられた。



アデリーヌは棗をいくつか()いで籠に入れると


「さあ新入りさん、みんなのいるところへ行きましょう」


そう言うとロベルトの手を引いて楽しげに歩き出した。




妖精公爵であるモンターク公爵とモンサーム伯爵の、一族のはじまりはこのロベルトとアデリーヌからだと、一族の子ども達はみな、お伽噺を聞かされるように教えられて育つのだった。

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