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03 電話

 ケイとアイリは、昼食後に二時間程ウィンドウショッピングをすると、休憩がてらカフェに入った。その後は他にこれといった用事も思い付かなかったため、時間は早いが帰宅する事にした。

 JR宿川駅ホーム。


「ケイちゃん、今日は付き合ってくれて有難う! ランチとコーヒーごちそうさま!」アイリはそう言いながら小さく頭を下げた。


「こちらこそお礼を言わなきゃね」ケイは最愛の妹に向き直った。「アイリは、わたしが母さんと喧嘩したのを心配して、元気付けるために誘ってくれたんでしょ」


「え? あ、うん、まあ……それもあるかな」アイリは照れ臭そうに笑いかけた。


「それに今日は迷惑も掛けたわ」


「木宮さんの件? ううん、全然そんな事ないよ! さっきも言ったけど、わたしは幻覚じゃないと思う。木宮さんの魂が、ケイちゃんに何か伝えたくて幽霊となって現れたんだよ。怖がる事も、病院に行く事もないはずだよ」


「その根拠は?」


「根拠? ない!」アイリは元気良く言い切った。「あくまでも勘だけど。でも、ケイちゃんといい感じだった木宮さんならあり得るでしょ」


「だから、そんなんじゃなかったってば。あくまでも友達よ」


 女性のアナウンスが、緋山家方面へ向かう電車がまもなく到着する旨を告げた。


「ケイちゃん、また今度一緒に出掛けようね。あ、今度はケイちゃんから誘ってくれてもいいんだからね? ほら、わたし今フリーだから暇だし」


「友達と出掛ける事くらいはあるでしょ」


「ケイちゃん最優先だよ!」


 一番線に、銀色を基調とし所々に緑色の線が引かれた電車が到着した。ほぼ同時に、ケイが乗る電車のまもなくの到着を告げるアナウンスも流れる。


「じゃあねケイちゃん、またね!」


「じゃあね。気を付けて帰るのよ」


 アイリを乗せ走り出した電車をある程度まで見送ると、ケイも真後ろの電車に乗り込んだ。




 愛陽(あいよう)美守(みもり)

 これといった特徴のないごく普通の小さな町の、同じくごく普通の二階建てアパートの一室で、ケイは三年間一人暮らしをしている。

 始めのうちは、暗闇やラップ音への恐怖や不安、そして何よりも一人きりであるという事実に対する心細さもあったが、次第に慣れていった。 

 しかし今、七年前に死んだ友人の幽霊を目撃した事がきっかけで、再びそれらのネガティブな感情が姿を現そうとしていた。三月に最悪の出来事が相次いだ時には何ら問題なかったというのに。


 ──アイリは怖がる必要はないと言っていたし、確かにその通りだとは思うけど……。


 クッションに腰を下ろしたまま、ローテーブルの上の手鏡を恐る恐る見やる。

 そこに映るのは、何とも言えない表情をした自分を中心に、背後の棚と壁の一部分。

 フローリングの上でスマホが震えた。長さからして着信らしい。


 ──あの世から。


 一瞬そんな考えが頭をよぎったが、ディスプレイに表示されたのはこの世の生者の名前だった。


「緋山か?」


 自分を呼ぶ男性の声を耳にしたのは、高校の卒業式以来だ。


三塚(みつか)君?」


「ああ。久し振りだな。元気だったか」


 三塚(なぎ)。木宮光雅と同じくケイの高校時代の同級生で、三年間同じクラスだった。特別仲が良かったわけではないが、度々会話をしたし、連絡先も交換していた。


「ええ、まあ。そっちは?」


「去年鼻風邪引いた以外は問題なし」


「なら良かったけど、どうしたの急に」


「あー……その……近いうちに会えないかな、と。ちょっと相談したい事があるんだ」凪は遠慮がちに答えた。


「いいけど、どうしてわたしに?」


 ケイは率直に疑問を口にした。社交的で常に多くの人間に囲まれていた凪なら、他に頼れる友人は多くいるだろう。


「いや、その……それも会った時に話す」


「まさか、宗教の勧誘とか借金の保証人を頼みたいとか──」


「全然違うからその点に関しては安心してくれ、マジで」


 ケイと凪は、次の土曜日に会う約束をした。凪は浜波市内の商業中心地・西(にし)区にある書店兼カフェ〈クローバー〉の正社員で、本来ならば土曜日も出勤なのだが、久し振りに有給休暇を取ったのだという。

 通話後、ケイは壁掛けカレンダーの二六日の欄に〝浜波駅西口 11時〟とマジックペンで書き込んだ。


 ──それにしても何の相談だろう。


 ケイ相手じゃなきゃいけない理由。ヒントのようでいてその実、最大の謎になってしまっている。


 ──悪い話ではないと信じたいけど。


 内容に間違いがない事を確認し、マジックペンを元あった場所にしまうと同時に、スケジュール帳の方にも書いておこうと思い立った。四月から一切使用しておらず──捨てようかとも考えていた程だ──今日のアイリとの待ち合わせ時間だってカレンダーにしか書き込まなかったというのに。

 凪との約束を楽しみにしている自分に気付いたケイは、誰に指摘されたわけでもないのに急に気恥ずかしさを覚えた。

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