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ボーイ・イン・ザ・ミラー  作者: 園村マリノ
第四章

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08 鏡の向こう側

 アンティークの姿見は、驚愕と恐怖が入り交じった表情を浮かべたケイと凪を、薄汚れた鏡面に静かに映し出している。


「だって普通、あり得ないよな? 他の部屋は空っぽなのに、この部屋にだけこんな馬鹿デカい鏡だけ置いとくか? なあ?」


 凪は同意を求めるようにケイを見やったが、ケイは答えず、姿見にゆっくり近付いた。


「おい、危ないぞ」


 姿見自体は、サイズが大きいという点を除けば特に珍しくも何ともなかった。フレームは木製で、所々に花と葉、蔦が彫られている。ラファエラのオラクルカード[真実を見よ]に描かれていた姿見とは異なるデザインだったはずだが、それでも自然と連想させられた。

 凪はケイの二の腕を掴み、それ以上鏡に近付かないようにと引っ張った。


「木宮」


 凪は鏡面に向かって呼び掛けた。


「いるんだろ、木宮。お前と、昔お前の祖父(じい)さんが呼び出した悪魔──〝アイツ〟も一緒に」


 一瞬、鏡面の真ん中が歪んだように見えた。凪はケイを庇うように立ち、ジャケットのポケットに手を入れ、いつでもアイテムを取り出せるようにした。


「出て来なさい、悪魔」


 ケイも静かに、だが力強い声で呼び掛けた。


「そっちが何を考えているのか知らないけど、わたしたちはいつまでも、ずっとこうしているわけにはいかないの。光雅君を解放して貰う。言う事聞かないなら、この鏡を壊すわよ」


 凪はギョッとしたようにケイを見やった。


「だってほら、こんな物がわざわざ置いてあるって事は、少なくとも〝アイツ〟にとっては必要なんじゃないかしら」


 その時だった。鏡面の真ん中が再び、そして今度ははっきりと歪んだのがわかった。


 ──!!


 歪みが大きくなるにつれ、二人の視界もぐにゃぐにゃと歪み始めた。あまりの気持ち悪さに目を閉じかけたケイだったが、鏡面の歪みの中に第三者の姿がある事に気付くと、今度は逆に目を見開いた。


「おい、ヤバイぞ緋山。一旦部屋を──」


「光雅君がいるわ!」ケイは鏡面を指差すと、再び姿見に近付いた。「光雅君!」


「緋山!」


 凪がケイの右肩を掴んだのと、歪んだ鏡面から二本の青白い腕が伸び、ケイの左腕を掴んで引っ張ったのはほぼ同時だった。悲鳴を上げる余裕もなく、あっという間にケイの左半身が鏡面に引き摺り込まれた。


「緋山ぁ!!」


 凪はかろうじてケイの右手を掴み直したが、青白い腕に再び引っ張られると、抵抗虚しく二人揃って鏡の中に引き摺り込まれていった。


 


 ぐにゃぐにゃとした視界の歪みがようやく収まったかと思うと、ケイはつい先程まで凪といた部屋の前に一人で立っていた。ドアは閉ざされており、その向こうからは微かに気配が感じられる。


 ──三塚君……?


「緋山!」


 ケイがドアノブに手を掛けると同時に、階下から凪の声がした。


「緋山! 何処だ!?」


 ケイが階下を覗き込むと、血相を変えた凪が二階へ上ろうとして来るところだった。


「緋山! 無事か」


「ええ、大丈夫よ」ケイは階段を下りながら答えた。


「上はどうなってた?」


「ちゃんと見てないわ。気が付いたらさっきの部屋の前にいたの。ドアは閉まっていたけど、中から気配がしたから、てっきり凪がいるのかと思ったわ。ここの階は?」


「こっち来てみろよ」


 凪に連れられLDKまで向かうと、そこには四〇代半ばから後半くらいの男性と女性が一人ずついた。二人は冷蔵庫の前で何やら雑談をしていたが、ケイと凪に気付く様子はなく、やがて男性の方がソファまで移動して腰を下ろすと、女性も続いた。


「あの二人は……」


「木宮の両親だろうな」


「光雅君の……」


 ケイと凪の声が聞こえているはずなのに、光雅の両親は無反応で報道番組を視聴している。しばらくすると、光雅の母が夫の方を見やると口を開いた。


「あの子最近、魔術に興味があるみたいなの。亡くなったお義父(とう)さんが持っていた魔術関連の本や道具を引っ張り出して、色々試しているみたい。ちょっと心配よ」


「大丈夫だよ」光雅の父は妻に視線を合わせる事なく素っ気なく答えた。「ただの遊びだ」


「お義父さんには霊感があったみたいじゃない? あの子も小さい頃はよく私たちには見えないものが見えていたみたいだし、もしかしたら変な幽霊を呼び寄せてしまうかもしれないじゃない」


「考え過ぎだよ」


「……あなたが考えなさ過ぎるんだと思うけど」


 光雅の父は妻をチラリと見やると、これ見よがしに溜め息を吐いた。


「何よ」


「そんなに心配なら本人に注意すればいいだろう」


 光雅の父はそう言うと、再びテレビに向き直り、呑気に欠伸した。光雅の母は何か言い返したそうにしていたが、諦めたのかソファから立ち上がりキッチンへと戻って行った。


「多分これは、過去に木宮家で実際にあった出来事だろうな」


 凪は壁にもたれ掛かりながら言った。


「俺たちは鏡の中の特殊な世界に引っ張り込まれて、過去の出来事を見せられている。ひょっとしたらこれは、木宮自身の記憶かもしれない」


「じゃあ上の部屋は? さっき気配がしたわ」


「……行ってみるか」


 二人は二階に戻り、右側の部屋の前で足を止めた。ドアは変わらず閉ざされている。


「……いるな」凪は囁き声で言った。「用意しておけ、緋山。入るぞ」


 ケイが頷くと、凪は恐る恐るドアノブを掴み、そして一気にドアを開けた。

 部屋の中にいたのは、大きなアンティークの姿見を前にした木宮光雅だった。

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