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04 ゲームセンター

〈セボンカフェ〉で一時間近く過ごした後、二人はゲームセンターに立ち寄り、プライズコーナーで数百円分遊んだ。ケイはさっぱりだったが、凪は最近人気の、目付きが悪い水色のウサギ〝クールキッド〟のキーチェーンマスコットを二回目の挑戦で手に入れた。

 次に某アニメのキャラクターをデフォルメしたミニフィギュアに挑戦しようとした凪のスマホに、〈クローバー〉から電話が入った。


「悪い緋山、今から出勤になった」


 電話を切った後、凪は心底残念そうに言った。


「何かトラブルがあったみたいね」


「店長が高熱あるからって早退になったんだけど、今日は他に社員いないしバイトはあんまり慣れてない奴らばっかりなんだ」


「仕方ないわよ。頑張って」


「おう」凪はケイにクールキッドを差し出した。「これやるよ」


「有難う」ケイは両手で受け取ると、ショルダーバッグの中にしまった。


「今度連絡していいか? また会おうぜ」


「ええ、そうね」


 出入り口付近で凪と別れたケイは、せっかくなのでもう少しゆっくりしていこうと思い、階段で三階の音ゲーコーナーへ移動した。

 かつて夢中になった筐体たちを見回す。階段付近の筐体では、体格のいい男性が難易度の高い楽曲に挑戦し、忙しなくボタンを叩いている。数台分離れた場所では、学校帰りかサボりか、カップルと思わしき高校生の男女がはしゃぎながら一緒に遊んでいる。


 ──久し振りに何かやろうかな。


 最後に遊んだのはいつ頃だったか。だいぶ腕は落ちているだろうが、懐かしい名曲の数々を耳にすれば、ある程度は自然と体が動くはずだ。

 せっかくやる気が出てきたところで、ケイは急に尿意を催した。〈セボンカフェ〉を出る前にも一度用を足していたが、それだけでは済まなかったようだ。

 ケイはフロアー最奥の女子トイレへ向かった。




 ケイが手を洗っていると、先程音ゲーで遊んでいた女子高生がやって来た。個室には入らず、スクールバッグからアイシャドウとマスカラを取り出すと、洗面鏡を見ながら化粧直しを始めた。

 その様子を目にし、自分の化粧崩れも気になってきたケイは、ファンデーションを取り出し付属の鏡でチェックした。自分以外の人間も映り込める大きな鏡を使用する事にはまだ抵抗があった。

 怖がる事はないはずだとアイリは言った。友達なのに怖がってしまったと凪は困惑していた。そう、その通りだというのに。

 女子高生より遅れてトイレを出ると、フロアーには一人の客もいなかった。各筐体はBGMと共にデモ画面を映し出している。


 ──何だろう、この変な感じ。


 ケイがトイレにいた時間は五分にも満たないが、その間にフロアーにいた三人のプレイヤーたちがゲームを終えて帰るのは何ら不自然な事ではない。女子高生がトイレにやって来たのは、先程まで遊んでいたゲームが終わったからこそだろう。

 考え過ぎかもしれない。それでもケイは、妙な胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。


 ──帰ろう。


 逃げ出すように早足で階段へ向かうと、下階から小さな足音がゆっくりと近付いて来るのが聞こえた。


 ペタ、ペタ、ペタ、ペタ。


 ──……やだ。


 ケイは階段の手前で立ち尽くした。他者の気配に安心するどころか、胸騒ぎは余計に落ち着かなくなってきた。


 ──下りたくない。


 ペタ、ペタ、ペタ、ペタ。


 英田に取り憑いていた生霊が連想された。あの女のものと異なる足音だが、嫌でも思い起こされてしまう。


 ──こっちに……来ないで。


 ペタ、ペタ、ペタ、ペタ。


 足音の主を目にした瞬間、ケイは思わず声を上げそうになり、ギリギリのところで何とか飲み込んだ。

 ()()は黒と紫と灰が混ざり合ったような色合い── 雨野茉美子が放っていたオーラと同じだ──の、全長二メートル近くはある、人間の形をした人間ではない存在だった。

 踊り場で方向転換したそれの顔が露になった。パーツが一つもない、つるんとしたのっぺらぼうだ。


「ホシイ」


 それは男の声で言葉を発した。口は何処にも見当たらないが、明瞭な発音だった。


「ホシイ。ホシイ。ゼンブ。ホシイ。ホシイ」


 ケイは回れ右すると、階段右隣のエレベーターのボタンを連打した。しかしよく見ればインジケーターには何も表示されておらず、ボタンも点灯しない。


「何で……何で!?」


 いつの間にフロアー内のゲーム筐体や自販機の電源も全て落ちていた。唯一点いたままのフロアー照明も薄暗く、いつ消えてもおかしくなさそうだった。


「そんな!」


 パニックを起こしかけたケイの視界の端に、オーラの化け物が映り込んだ。


「ホシイ。ホシイ」化け物が両手を伸ばす。「ホシイ。ホシイ。ホシイ……ヨコセ」


 ケイは小さく悲鳴を上げると、一目散に女子トイレに逃げ込んだ。少々重たいドアを力任せに押し、大きな音を立てて閉める。そのまま鍵を掛けようとしたが、ついていないタイプだとわかった途端、吐き気を催した。

 スマホで助けを呼ぼうにも間に合いそうにない。異変に気付いた誰かが来てくれればいいが、そんな望みはあるだろうか。個室に閉じこもったところで変わらない。完全に追い込まれてしまったのだ。


「何なのよ……」ケイはよろめき、手前の個室のドアに左半身をぶつけるようにしてもたれかかった。「どうしてこうなるのよ!?」


「ホシイ。ホシイ。ヨコセ」ドアの向こうから、忌まわしい声がゆっくりと近付いて来る。「ヨコセ。ホシイ。ホシイ。マミコ」


 ──マミコ?


 ケイはゆっくり顔を上げた。


 ──今、()()()って言ったの?


「ケイ」


 オーラの化け物とは違う男の声が、すぐ近くから──洗面鏡の方から聞こえた。それは何年振りかに耳にした、懐かしい声色だった。

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