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03 色の意味

 ケイは真っ直ぐ帰宅せず、浜波(はまなみ)駅まで足を伸ばすと構内地下のレストラン街で遅めの昼食を取った。その後は駅から南西方向の、ゲームセンターや飲食店、家電量販店などが集中する大通りへ、半引きこもりになってから初めて訪れた。


 ──あ……。


 学生時代、休日になるとよく利用していたゲームセンターが更地となっていた。社会人になってからは頻度が減っていたが、それでもお気に入りの場所ではあった。退職前の三月にはまだ存在していたので、ケイがこの辺りに来なくなった間に閉店してしまったのだろう。


 ──どんどん減っていくなあ……。


 生き残っている他のゲームセンターを少しだけ覗き、それからショッピングモール〈VIOLET(バイオレット)〉の中を見て回っていたケイは、本屋の前を通り掛かった際、ふと凪の働く本屋兼カフェ〈クローバー〉の存在を思い出した。凪から聞いている話だと、大通りから一本裏にあったはずだ。


 ──挨拶がてら行ってみようかな。


 ケイが〈VIOLET〉から出た直後、まさにこれから尋ねようとしていた人物とすれ違いそうになり、お互いほぼ同時に気付いた。


三塚(みつか)君」


「緋山!」凪の顔にパッと笑みが広がった。「偶然だな。この間はどうも」


「こちらこそ。三塚君、今日は休み?」


「ああ。本当なら友達と来る予定だったんだけど、風邪引いちまったって」


「そうだったの」


 二人は通行人の妨げにならないよう、一旦ビルの壁際に移動した。


「実はわたし、これから三塚君のお店に行こうとしていたの。この近くにあるって聞いていたのを思い出して」


「え、マジで? ……何かあったのか?」


〝何か〟というのは、主に光雅絡みの事を指しているのだろう。


「ううん、別に。ただ挨拶がてらと思って」


 先日二人で会った帰りに起こった一連の出来事が喉まで出掛かったが、ケイは飲み込んだ。


「じゃあせっかくだから、お茶でもしないか? 俺の店以外でさ」


「あら、〈クローバー〉じゃ駄目なの?」


「そりゃあ、せっかくの休みの日まで職場には行きたくないだろ」凪は苦笑しながら答えた。


「ああ、確かにそうよね」


 ケイも正社員時代の休日は、職場どころかその周辺や通勤経路ですら通るのが嫌で、出来るだけ避けていた。


「じゃあ三塚君、行きたいお店はある?」


「空いてりゃ何処でもいいけど……なあ緋山」


「何?」


「緋山さえ良ければ、凪って呼んでくれよ。ほら、苗字呼びだと何か堅苦しいしさ、俺の友達はほとんどが下の名前で呼んでるから……」


「そう? じゃあそうするわね、凪君」


「呼び捨てでいいって」


「わかったわ、凪」


 凪は小さく頷くと、あからさまに視線を逸らした。ケイにはその理由がわからなかった。




〈VIOLET〉から徒歩数分。チェーン店カフェ〈セボンカフェ〉に入った二人は、アイスコーヒーを注文した。


「緋山はよくこの辺に来るって言ってたっけ」


「この辺りは仕事辞めてからは初めてね。今日は入院中の叔母のお見舞いに行って、帰りに足を伸ばしてみたの」


「叔母さん病気?」


「甲状腺に良性の腫瘍が見付かって、昨日手術が終わったって。とっても元気そうだったわ」


 二人の元に男性店員がアイスコーヒーを運んで来て、テーブルの上に静かに置いた。

 ケイは無言でグラスを見つめた。黒々としたコーヒーは、叔母の友人・雨野が発していたオーラを思い起こさせた。もっとも、あの不快で生理的に受け付け難い暗い色に比べると、コーヒーの黒はずっと澄んでいて似ても似付かないのだが。


「何か最近コーヒーばっかり飲んでる気がする」そう言いながらミルクとガムシロップを注ぐ凪。「……ん、どうした緋山」


「え? ううん、何でも」ケイは微笑んで誤魔化し、ミルクを少量注いだ。


 店員が奥の席の方へショートケーキを運んでゆくのをチラリと見やった凪は、


「ケーキ喰いたくなってきたかも」


「食べたら? ここのは美味しいわよ」


「緋山は」


「わたしはいいわ。……ねえ三塚君」


「凪だろ」


「凪。ねえ、オーラって知ってる?」


「……オーラ?」


 凪はアイスコーヒーを口に運ぼうとするのを止め、目をパチクリさせた。


「何となくなら。それがどうかしたのか」


「ああいうのが見える人って、霊感あるのかな」


「あー、そういう話も聞いた事あるけどな。どうしてまた急に」


「ううん、別に……」


「いや絶対何かあるだろ」凪は苦笑した。「どうした。言ってみろって。……木宮関連じゃないのか」


「……多分、違うけど……」


 ケイは広田真行と雨野茉美子の件について簡単に説明した。


「こんな事、今までなかったから。広田真行はまだいいとして、雨野さんの方は、どう考えても普通じゃないでしょ」


「調べたか?」


「え?」


「ネットで調べたか? 色によって意味が異なるだろ」


 凪はジャケットからスマホを取り出すと、アイスコーヒをちびちび飲みながら片手で操作し、ややあってから動きを止めた。


「えーっと、金色は……カリスマ性がある、自由奔放、プライドが高い、モテる……」


「広田真行には合ってるわね。素敵な人だし」


 凪のじとりとした目がケイに向けられる。


「……そうか?」


「思わない?」


「さあ」凪は素っ気なく返すと、再びスマホに集中した。「黒、あるいは黒に近い暗い色は、と……」


 ──何で怒ってたの?


「黒は」


 ケイが疑問を口にするより先に、凪は再び口を開いた。


「意志や信念が強い、カリスマ性、葛藤……体調不良やネガティブな感情に支配されている……」


「純粋な黒っていうより、紫や灰色も混ざっていたわ。とにかく気持ち悪かった」


「もしくは……」


「もしくは?」


 凪は顔を上げた。「霊に憑依されている」


「……霊に……」


「いや、あくまでも一例だぞ。緋山の叔母さんの友達がそうだとは限らない。明るそうに見えて実はかなり思い悩んでいたとかさ」


 少しの間の後、ケイはかぶりを振った。雨野が纏っていたあの毒々しいオーラは、ネガティブな感情どころではなかった。


「体調不良は。それこそ入院レベルの」


「それはそれで大問題よ」ケイは頭を抱えた。「どうしよう……」


「何だよ、まさか自分でどうにかするつもりか?」


「だって、そんなものを目撃しちゃったのに放っておくのって……」


 ケイが黙り込むと、凪も黙ってアイスコーヒーに口を付けた。店内のBGMや客の声、食器の音がいやによく響く。


「これってさ」やがて凪が静かに口を開いた。「木宮が何かしら関係してんのかな」


 ケイは顔を上げた。


「ほら、今までそんなもん見た事ないのに、ここにきて急にだろ。俺が二回目にあいつを見た時、あいつが緋山の名前を呼んでいたのだとすれば……。

 他に何かなかったのか? オーラに限らず変な現象とか、幽霊を見たとか」


「……あー……その……」


「……あったんだな?」


 凪は口調こそ柔らかかったが、ケイに向けた視線には射抜くような鋭さがあった。


「ええ、実はちょっとね」


「何があったんだよ」


 ケイは隣人に憑依した生霊、そしてその生霊に逆恨みされ危ういところだったという事実を話した──生霊が突然消えた後、カーブミラーの中に光雅の霊を見たという点を除いて。やはり今回も正直に打ち明けようという気持ちにはならなかった。


「マジか……何かとてつもねえ話が出たな」


「信じてくれるの?」


「そりゃ決まってるだろ」当たり前の事を聞くなと言わんばかりに凪は即答した。「緋山がわざわざこんな嘘を吐くとは思えねえし」


「それ、この間わたしが凪に言ったわ」


「あ、そうだったな」


 張り詰めた空気が若干和らいだ。

 二人の元に店員がやって来て会釈し、テーブルの上の伝票立てに伝票を入れた。


「あ、すいません。ショートケーキ追加で。緋山は?」


「わたしは平気」


 店員が去ると、凪は「なあ」と再び話を切り出した。


「緋山にはさ、今まで霊感みたいなもんは全然なかったんだっけ?」


「全然」


「じゃあ最近になって目覚めたんだろうな。その生霊がきっかけなのかどうかはわからないが……」


 凪は腕を組み、考え込むような素振りを見せた。


「……どうしたの?」


「いや……それならどうして緋山は、俺みたいに木宮の霊が見えないんだろうってな」


 先程と同じ店員が再びやって来て、ケーキと追加の伝票を置いて行った。


「どうしてでしょうね」


 ケイはごく自然にそう答えた。ひょっとしたら勘付かれるのではないかと思ったものの、それ以上詮索される事はなかった。

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