カエリたい
「あー、もう。帰りたい」
そう零した私に、友人がくすくすと笑う。
「アンタ、すぐそれ言うよね」
「あはは、もう口癖になっちゃった」
別に、家が特別好きというわけではない。家はやっぱり落ち着くし、リラックスできる場所ではあるが、友人と外に遊びに行く方が楽しい。
しかし、何か嫌なことがあったり疲れたりすると、すぐに「帰りたい」と思ってしまうのだ。
その日の学校を終えた私は、通学路の途中で友人と別れ、夕暮れの道を歩いた。
(今日は小テストも体育もあって疲れたし、早く帰りたいな……って、今帰ってるとこだし)
我ながらおかしな癖に苦笑いを零しながら帰宅した私は、自室に入って鞄を下ろした。
夕飯までまだ時間があるし、先に風呂に入ってしまっても良いが、面倒臭さが先に立つ。私は制服のままベッドに倒れ込んだ。
ぼんやりと今日の出来事を思い出して、小テストの間違いに今更気がついた。
「うわあ、やっちゃった。帰りたい」
小さく呟いたその時、夕暮れに染まった室内が少し暗んだような気がした。不思議に思って起き上がるが、部屋の中はいつもと変わらない光景だ。
気のせいかと思った直後、足に違和感を覚えて下を向く。
「ひっ……」
床から、腕が生えている。それも床を埋め尽くすほどの夥しい数が、手招くようにしなやかに蠢いて、気持ちが悪い。
私は咄嗟に足をベッドの上に引き上げた。
「何っ!? 何これ……!?」
『――……デ』
パニック状態に陥った私の耳に声が聞こえた。囁くように小さかった声はだんだん大きくなって、やがてはっきりと鼓膜に響く。
『還リミチ、は、コッチ、だよ。オイデ……オイデ!』
「きゃああああああ!」
堪らず悲鳴を上げると、「どうしたの!?」と母が部屋に入ってきた。
その時にはもう、床の腕は跡形もなく消えていた。
*
以来、私は少なくとも家では「帰りたい」と零さなくなった。
だって私の帰る場所は、今のところ家しかないのだから――。
私自身「帰りたい」が口癖なところがあり、家で発してしまった時に「いや、家にいるし」と自己ツッコミをしたことがあり、そこから着想を得ました。それじゃあ一体何処に帰るんだと考えたら、あとはもう黄泉の国か土に還るしかないな……と(汗)
……私も家での発言は慎むことにします。皆様もお気をつけて。