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何度も

 




 今日も執務室で資料整理を行っていた。


「殿下!」


「うお!」


 部屋には一人でいたはずだったが急に人影が現れた。


「お前そんなんばっかだな!部屋に入る時くらい気配消してくるなよ!」


 ヨルは心底楽しそうにケタケタと声を出して笑っていた。


 反省の色は無い。


 呆れてため息が溢れる。


「んで、何かあったのか?」


「何かないと殿下に話しかけちゃだめなんですか?」


「…そういうわけじゃないが」


 ヨルにいつもとは違う違和感があったため、てっきり何かあったのかと思ったが…。


「冗談ですよ」


 笑っているが、視線は逸れている。


「…殿下、最近お嬢さんに変わった様子はありますか?」


 なんで今ここでアイリスが?


「特に変わった様子はないが…アイリスがどうかしたか?」


 ヨルが黙り込む。


「お前が黙り込むのは珍しいな」


「聞かないんですか?」


「お前は気付いてないかもしれないが、お前の行動の大抵は誰かを考えてのことだ。だったら俺はお前の意見を尊重するよ」


 ヨルはこちらを見て目を見開く。


「…それは買い被りすぎですよ」


 そう言うと目を逸らし自嘲したように力無く笑う。


「そんなことはない」


 自分で言ってて恥ずかしくなってきた。


「きっとユウトやアイリスだって同じだ!ここへきてから文句を言いながらも慣れない仕事もしっかりこなしてくれているし、お前は人当たりもいいからみんなが着飾らずに話している。それはお前の才能だと俺は思うよ」


 ヨルに向かって笑いかける。


「ありがとうございます…」


 驚いている様子だったがヨルはすぐにいつものにやけた顔に戻り、俺の方を見る。


「殿下、きっとお嬢さんはあなたに気付いてもらうのを待ってますよ」


 ヨルの言葉に固まる。


「…それは一体どういう意味だ?」


「腹割って話したらどうですか。もうそんな上っ面だけの関係じゃないんでしょ?」


「…痛いところを突かれる」


 しかし、決心が付くには十分な言葉だった。





 アイリスについて調べようと思っても情報は何もない。


 本人に聞いて答えてくれるだろうか。


「ソラ!」


 振り返ると後ろからユウトが走ってきていた。


「何かあったのか?」


 ただごとではなさそうな雰囲気を察する。


 ユウトが俺の前で膝に手をつき、肩で息をしながら顔だけをこちらに向ける。


「…っ!実は!何者かがリアトルの城を占拠しているらしい!」


 確か今、兄上は外交の会議で留守のはず…。


 リアトルは王城から離れた領土で今はナトル侯爵が責任者として管理しているはずだ。


「すぐに俺が向かおう。アイリスとヨルは空いてるか?他にも隊に招集をかけておけ」


「はっ!」


 ユウトがまたすぐに走り出す。


 …嫌な予感がする。





 ユウトとアイリス、ヨルには先に執務室に集まってもらい、現時点でわかっている状況を話す。


「…以上だ。とりあえずユウトは俺と共に向かう。ヨルは…」


「お待ちください」


 これからの動きを話している際、アイリスが止める。


「…なんだ」


「殿下が現場へ向かうことはやめたほうがよろしいかと思います」


「向こうに今指示を出すものがいない場合、俺が行くのが一番だと思うが」


「それでも、なぜこのタイミングなのでしょうか。しかもリアトル城とはここから距離があるにも関わらず連絡が早過ぎると思います」


 アイリスの言葉に皆で耳を傾ける。


「確かに。それでも早い対応をするに越したことはないんじゃないの?」


 この状況でもいつもと変わらずに間の抜けた声で話すヨル。


 しかし言ってることはその通りだった。


「ヨルの言う通りだ。そして…ヨルとアイリスにはここに残ってもらう」


「いいえ、お供します」


 アイリスが食いつく。


「アイリス、君は剣も持てない。戦場へ行って何ができる」


 ユウトが冷たくアイリスに言い放つ。


 嫌な役を押し付けてしまったことに後悔する。


「ユウト、それでもあなたがもしソラの側にいられなかった時どうするのですか。…せめてヨルはお連れください」


「伝令役としてヨルもここで待機してもらう。何かあればすぐにこちらに来れるよう準備はしておいてくれ」


「はい、殿下」


 ヨルが異論は無いと言うように返事をする。


「アイリスも…いいな?」


 アイリスの方を見ると表情には不安が見えていた。


「…はい。承知しました」


 しかししばらくすると諦めたように返事をした。





 目的に向かって馬を走らせる。


 ユウトが俺の後ろにつく。


「アイリスは何をあんなに不安がってたんだろうな」


 ユウトもアイリスの様子が気がかりだったらしい。


「あぁ…」





 リアトル城に到着する。


 外に兵は一人もいないことに違和感を感じる。


「ソラ殿下!」


 一人の兵が走ってくる。


「ご足労いただきありがとうございます!して、今日はどのようなご用件でしょう」


 その言葉に皆が固まる。


「…どういうことだ?」


「こちらが賊に襲われたという情報が届いたのですが何も問題は無いのですか?」


 ユウトがすぐに兵士に聞く。


「え!こちらは何の問題もなく過ごしておりますが…」


 どこかで情報が行き違った?


 それこそが罠か?


「とりあえずナトル侯爵にお目通りを願おう。あと、城にも報告の兵を一人送ってくれ」


「すぐに手配します」


 ユウトがすぐに指示を出す。


 リアトル城に入り、ユウトと応接室に通される。


 しかしやはりそこにも人はいない。


「これはいったい…」


 呟いた瞬間、兵の格好をした男たちが押し寄せてきた。


 気付いた時には遅く、抜刀した男たちが近づいてきた。


 ユウトが素早く対応する。


「殿下!この部屋を出ればシリウスからきた兵が待機しています!道は作りますのでそこまでお進みください!!」


「何を言って!!」


「早く!!!」


 ユウトが有無を言わさない。


「…っくそ!!」


 抜刀していた剣を使い、兵達が待機していたところまで走る。


 相手の目的も位置も人数もわからない中、戦うのは悪手でしかない。


「どうすれば…っ!!」





________________________________________





 殿下に置いていかれ、アイリスは落ち着かない様子で過ごしていた。


「そんなに心配ですか?」


 アイリスはこちらに振り向く。


「…いいえ。今は信じて待たないといけませんから…」


 アイリスは窓の外を見る。


「さっきから何度も外見て上の空の人がよく言うよ」


 呆れながらもそれだけ想われている殿下が少し羨ましいと思った。


 ガタッ!


 椅子に座っていたアイリスが突然立ち上がる。


「…来ましたか?」


 嫌な予感がしてアイリスに聞く。


「…おそらく」


 バンッ!


 執務室の扉が勢いよく開けられる。


「兵より伝達!リアトルでは何の問題も起きていなかったそうです!」


 一人の伝令の男が息を切らし言伝を伝える。


 伸びをする。


 そして兵に伝える。


「すぐに隊を整えて向かおう」


「へ?」


 兵が虚をつかれる。


「いや、でも問題はなかったと…」


「その時点で問題がなかったとしてもその連絡自体が罠の可能性が高い。気が緩んだ帰りに襲われるかもしれないし…」


「中におびき寄せて一網打尽」


 俺の言葉を最後にアイリスに奪われる。


 兵士はワナワナと口を震わせ走り出す。


「私も行きます」


 歩き出そうとした俺の前にアイリスが立ち塞がる。


「…それはできません」


「行きます」


 強情なアイリスに少しイラつく。


「ここにいられなくなっても?」


 アイリスが黙る。


「そんなこと関係ありません。…例え、この首が切られることになろうとも、ここへ来た時点でとうに覚悟はできています」


 アイリスのこちらに向けられる真っ直ぐな目を見て、まぶたを閉じる。


 彼女はかつて、失うことが怖いと言った。


 それは大切なものを以前、失ったことがある人にしかわからない気持ちだ。


 ではきっと、大切な人を作ることもそれと同じだ。


 ずっとその恐怖と戦わなければいけないのだから…。


 目を開け、彼女の決意に微笑む。


「…俺の負けです」


 彼女はそれでも戦うことを選んだんだ…。




______________________________________





 だいぶ隊を分散されてしまった。


 ユウトがどこにいるかもわからない。


 剣術には多少なりとも自信があったが、この人数を相手にしたのは初めてだ。


 疲れで味方もだんだんと動きが鈍くなっているのがわかる。


 剣を躱し、よろけた所に斬り込まれる。


 剣が正面から振り下ろされようとした時…っ!





「ソラっ!!!」





_______________________________________






 リアトルに間も無く到着のところ、負傷した兵が座り込んでいた。


 すぐに馬を飛び降りる。


「何があったんだい」


「…っ!中に賊が潜んでおり、混乱の中隊は分散され追い詰められている状況です。…殿下がどこにいらっしゃるかもわかりません…!」


 苦しそうに兵が状況報告をする。


「誰か手当てを。…状況は最悪か」


 しばらく考える。


 すると、背後に人が立つ。


 その人物に頭に浮かんだとんでもない提案を投げかける。


「俺と一緒に先頭駆け抜けませんか——————お嬢さん」


 振り向きアイリスに問う。


 アイリスが笑みを返す。


「よろこんで」


 アイリスは全てを受け入れたかのように微笑み頷く。




 一緒にきた兵達に指示をし、正面の門から攻め込む。


 そこで相手の混乱を誘い、それに乗じて俺とアイリスは塀の連絡通路を中心のホールを目指して駆け抜ける。


 殿下はきっと戦うしかないと考えた時に剣が振りやすいホールへ向かうと思ったからだ。


「ヨル!あそこにユウトがいます!」


 向かう途中下を見ると、ユウトも同じ考えだったのだろうホールを目指して向かっているようだった。


 ユウトはボロボロになりながらもしっかり剣を握り、戦っていた。


 助けに行きたいが連絡通路からのこの高さだとアイリスを抱えて降りることはできない。


 アイリスを一人残すのも流石に心配だ。


「ヨル、ユウトと合流しましょう。あの人数だったらすぐ終わりますし、ユウトは戦力になります」


 一瞬唖然としてしまった。


「…はっ!了解!」


 思わずこんな状況なのに笑ってしまった。


 返事と同時に飛び降りる。


 着地してからすぐにユウトの方へ向かいながら短剣と体術を使い敵を倒す。


 アイリスを見ると躊躇なく飛び降り、壁から飛び出ている突起物を掴みながら、衝撃を弱め軽々と着地していた。


「頼しすぎるって!」


 敵の溝に蹴りを入れながら、アイリスの動きに称賛の声が出る。


「ヨル!!」


 ユウトがこちらに気付き、合流する。


「ユウトさん大丈夫ですか!」


 近くで見ると身体の傷が目立つ。


「問題ない!この先にソラがいると思うからこのまま駆け抜けようかと思う!」


「賛成です。…が、どうやら耐えきれず、先に突っ走っていった者が一人」


 横目でその人物を見ているとユウトもその視線を追い、驚きの声を上げる。


「…っ!!アイリス!?」


 二人で急いでアイリスの後を追う。


「ソラっ!!」


 アイリスが叫ぶ先には今にも斬りかかられそうなソラがいた。


 そう気付いた瞬間、アイリスが相手の剣を持っていた手を蹴り上げていた。


 隣にいたユウトはえ?という声を上げ、殿下は目を見開いてアイリスを見ていた。


 アイリスはそのままステップを踏み、軸足の向きを変え今度は相手の頭を正面から蹴り飛ばした。


 勢いと体重が乗った容赦ない蹴りだ。


 相手が倒れたのを確認し、ソラに振り向く。


「ソラっ!大丈夫ですか!」


 アイリスはすぐに跪き、ソラの怪我を確認をする。


 俺とユウトさんも殿下の元にたどり着く。


「あぁ…。ヨル、来てくれたんだな。ユウトも…ボロボロだな」


 ソラは引きつった顔で笑う。


「…お前もな」


 ユウトも少し安堵した表情で言葉を返す。


「さて、やりますか!」


 俺が言うと、アイリスも立ち上がる。


「ユウトさんは殿下を頼みます。掃除は俺らに任してください」


 その言葉に殿下が動揺する。


「まさか…。アイリス?」






______________________________________






 あなたは、私に出会ったことを後悔しますか?ーーーーー私は…。





_______________________________________







「参ります」


 アイリスが走り出す。


 正面の敵がアイリスに向かって真っ直ぐ剣を振り下ろす。


 アイリスは紙一重でかわし、相手の胴を蹴る。


 よろめく相手の手首を掴み、捻りあげる。


 すると相手は痛がり、剣を持っていた手を離しそのままアイリスに投げ飛ばされる。


 そして、アイリスは相手が落とした剣を拾い、剣についたチリを払うように慣れた手つきで剣を振った。


 剣を手にしたアイリスは迷うことなく目の前の敵の元へ向かう。


 相手は三人、アイリスに斬りかかる。


 アイリスは男達との距離が近くなるとスピードを上げ、左側に剣を構え両手で柄を握り、剣先は地面に向けたまま突っ込む。


 男達が剣を振り上げ、下ろす。


 その瞬間アイリスは剣が下りるよりもさらに下に体勢を低くして懐に潜り込み、剣を振るう。


 男たちが倒れたのを見ていた他の敵が怯む。


 すると、矢がアイリスの横をすり抜ける。


 アイリスが正面の奥にいる弓師の位置を目視する。


「ヨル」


「はいよ」


 アイリスがヨルを呼び、動き出す。


 アイリスは弓師に向かって真っ直ぐ突き進むが、まだいる敵が切りかかってくる。


 それをヨルが短剣で受け止める。


「ありがとう」


 アイリスは方向を変えることなく走る。


 矢がアイリスに向かって放たれる。


 しかし、それはアイリスに触れることなくすり抜ける。


「なんていう動きと洞察力だ…」


 隣にいたユウトが感嘆の声を上げる。


 矢が放たれる瞬間アイリスは僅かに体を傾けていた。


 矢の軌道を読んでいた…?


 そんなことを考えているとアイリスはあっという間に弓師の元にたどり着き、弓矢ごと斬り裂く。


 まるで歴戦の騎士のような動きだった。


 ヨルとアイリスは圧倒的実力で目の前の敵を全て倒し、その場の危機は乗り越えた。








 無事に城に帰ってから落ち着くまでには時間がかかり、兄上にはとても怒られた。


 その間、後処理に追われ皆が忙しく顔を合わせても仕事の話だけで終わっていた。


「アイリス…」

 

 自分の仕事が一息つき、先日のことを思い出し思わず呟く。


 もう避けては通れない。


 落ちるいて来た頃だし、今日の夜、話をしよう。


 立ち上がり、アイリスを探しにいく。


 廊下を歩いていると、ユウトを見つける。


「ユウト!アイリスを見てないか?」


「アイリス?」


 ユウトが少し考える素振りを見せる。


「んー…。今日は朝礼の時に会ったっきりだなー。…話すのか?」


 ユウトが心配そうな顔をする。


「あぁ…。でもまだこのまま問いただすのが正解なのかどうか悩んでるんだ。そして全てを聞いた後、俺はどうするべきか…」


 ユウトは静かに聞いてくれていた。


「きっとアイリスはお前のした選択なら聞き入れるよ。それだけはわかる」


 優しく微笑むユウトを見て、初めてモテる理由を知った気がした。


「…その保護者の目はやめろ」


「励ましてやったのにひどいなー!」


 そう言って笑ってくれるユウトはやはり優しいのだろう。


「あ、そうだ。アイリスが忘れてった資料があるんだがよかったらついでに渡しといてくれないか?」


 ユウトが思い出したかのように持っていたファイルを見せる。


「いいけど、何のファイルだ?」


「4年前に戦に敗れて無くなってしまった国『ティターシア』…についての記述だ」


「なぜそんなものをアイリスが?」


 ユウトが悲しそうに微笑む。


「…とりあえず頼むな」


 ファイルを押し付けられ、ユウトは去っていった。


 ユウトと別れて、今度はヨルに出会う。


「ヨル、アイリスを見てないか?」


「お嬢さんなら先ほどカナタと話してるのを見かけましたよ」


「そうか、ありがとう」


 薬室の方へ行けば会えそうだ。


「殿下」


 立ち去ろうとすると、ヨルに呼び止められる。


「どうした」


 ヨルが珍しく真面目な顔をする。


「本当は俺が言うべきではないかもしれないんですけど、あなたは知っておくべきだと思ったんです」


「なんだ」


「お嬢さん、前にカナタがいなくなった時に怖くて動けなかった時があるんですよ」


 あのアイリスが…?


 驚きのあまり、ただヨルの次の言葉を待つしかできなかった。


「その時お嬢さんは…『失うこと』が怖いって言ったんです」


 ヨルが悲しそうに微笑む。


「失うこと…」





 薬室に着くと、カナタがいた。


「カナタ、体調はどうだ?」


「殿下」


 カナタが気付き、こちらに駆け寄る。


「室長殿、少しカナタをお借りしても?」


 薬室長に確認をとる。


「構いませんよ」


「感謝する」


 カナタと薬室を出て二人で歩く。


「俺はもう元気です。…でもアイリスは少し元気がなさそうでした」


「…そうか」


 カナタはアイリスのことを知っているのだろうか。


「カナタはアイリスのことをよく見てるんだな」


 カナタがこちらを真っ直ぐ見る。


「はい、アイリスが俺を見てくれてますから。それにアイリスがどこの誰であろうと俺には関係ありません。今ここにいるアイリスが好きだという俺の勝手な証明みたいなものです」


 その言葉を聞き、驚く。


 そうか、カナタは気付いていたのか。


 それでも君なりに不器用でもアイリスを想っていたんだな。


「きっと、カナタの気持ちは届いているよ…。ありがとう。俺もなんだか勇気をもらったよ」






_______________________________________






「アイリス」



 廊下を歩いていると、後ろから聞き慣れていたはずの声が聞こえた。


 しかし、とても久しぶりに呼ばれたような気がして、少し懐かしく感じる。


 あと何度、あなたに名を呼んでもらうことができるのだろうか。


 ゆっくりと振り向き、目の前の人物を確認し名前を大切なもののように言葉にする。




「ソラ」




 私はきっと、生きている限り、何度もあなたの名を口にする。









ここまで読んでくださりありがとうございます。

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