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人形の瞳の奥

 




 王城でのパーティーが無事に終わり、城内は日々の落ち着きを取り戻していた。

 業務にもだいぶ余裕が出ていたため城内を散策する。


 少し外へ出るか。


 階段まで廻って外へ出るのが面倒に感じ、二階の廊下から木に飛び移り地面に着地する。


「わっ!」


 後ろから声がして慌てて振り向く。


「あ!すまない!!」


 振り向くと本を手に持ち座っているカナタを守るようにしてアイリスが両腕で抱きしめていた。


「カナタとアイリス!驚かせてしまったな。どこか怪我はないか?」


 アイリスの腕がすぐに解ける。


「俺は大丈夫。殿下が落ちてくる前にアイリスが守ってくれたから」


 表情には出ていないがまだ少し驚いている様子だ。


「私も大丈夫ですが…殿下、そのショートカットの仕方は少々問題があるかと。他にも目撃者がいるようですし」


「ソラ殿下!!あなたって人は何してんですか!!」


 ユウトが遠くから怒鳴っている。


「やべっ!…あ、そうだ」


 すぐに良いことを思い付き二人に向かって笑いかける。


「アイリス!カナタ!今から時間あるか?」


「俺はそろそろ休憩が終わるので戻ります」


「私はまだ大丈夫ですが…」


 ニッと笑い、アイリスの腕を掴み立ち上がらせ、そのまま走り出す。


「カナタもまた遊ぼうな!」


「ソラ、この状況は?」


 走ったままアイリスが尋ねる。


「ユウトから逃げるぞ!」


 城内で鬼ごっこだ!っと言って走りながらアイリスに笑いかける。


「…ふふっ。それは楽しそうですね」


 少し小言を言われるかと思ったが、どうやらアイリスも乗り気のようだ。


 障害物を軽々と避けて二人で城内を駆け抜ける。


 すると急にアイリスのペースが落ちる。


「ん?どうした?」


 それでも走りながら話す。


「どうやら、もうゲームオーバーのようですよ」


「え?……わっ!!」


 目の前に急に影が現れる。


「殿下ーーーー!!見つけましたよ!!…よっ、と!」


 どうやらヨルが窓枠を掴んで飛んで来たらしい。


 いきなり突拍子もないところから現れるから驚く。


「ヨルはこっちの味方だと思ったんだけどな」


 腰に手を当て、諦めたという素振りを見せる。


「俺はうまい飯を奢ってくれる人の味方です」


「…買収されたな」


 子供のように無邪気に笑っているヨル。


「しかし俺はお嬢さんが参戦してる方が意外でしたよ」


 ヨルはアイリスを見る。


「久しぶりに身体を動かそうと思いまして」


「なるほどね。でもそれにしては…いい動きでしたね」


 確かに俺がアイリスを気遣って合わせていたとかではない。


 それは気を遣う必要がないほどアイリスが普通についてきていたからだ。


 アイリスとヨルの間で一瞬空気がピリついた。


「…恐れ入ります」


 アイリスの顔が少し陰った気がするが、気のせいか?





 その後、ユウトにはしっかり怒られた。


 アイリスのことを考えながら歩いていると、駆け足で城内を見回る薬剤師室長に出会った。


「殿下、失礼ですがカナタを見かけておりませんか?」


 間も無く切羽詰まったようにカナタのことを聞かれ、ただ事ではないと思った。


「昼に別れてからは見ていない。何かあったのか?」


「そうですか…。実は昼休憩が終わった後に薬草園での収穫をお願いしていたのですが、それから戻っていないんです。寮の方も行きましたが帰宅形跡もなく…」


 辺りはもう暗く、今は多くの者が仕事を終え帰宅する時間だ。


 それでもまだ業務を続けているとは考えにくい。


「わかった。すぐに探そう」


 ストッ。


 すると窓枠に大きな黒い鳥が止まった。


「…殿下、御命令ですか?」


 どこにでも軽々とした身のこなしで現れる。


 俺よりもこいつの方がユウトに怒られるべきだ。


「薬剤師見習いカナタの行方を追え。頼んだぞ、ヨル」


「はい、殿下!」


 彼はニッと笑いまた暗闇に消えていく。




_______________________________________





 カナタ。


 確かアイリスといるところをよく見かけた少年だったか。


 俺も昼頃に中庭で見かけたが、その後は知らない。


 彼が薬草園に行った形跡を探した方が良さそうだ。


 薬草園の温室はビニールハウスを通し植物が月明かりに照らされ神秘的な光景だ。


 少年の足跡や土、葉などをいじった形跡が最も新しいものを探す。


 ふと、地面を見て蹲る人物が目に入る。


 こちらには背を向けたまま立ち上がる。


 月明かりに照らされた塵や砂などがまた彼女の姿を際立たせる。


「先を越されてしまいましたか」


 彼女が振り向く。


「お嬢さん」


 アイリスは視線を落としたままいつも以上に顔に感情は無く、その雰囲気が怖いとすら思った。


「…ここの通路はコンクリートですごく綺麗に掃除されている。それなのにこの箇所だけ土が散らかり籠と剪定バサミが一つずつ置いてある状態。そして散らかった土に残っている足跡で確認できるのは男の足跡二つと…それよりもひと回り小さい足跡一つ…」


 こちらに話しているのだろうがいずれも視線は地面から離れない。


「…お嬢さんもしかして、心当たりがあるんじゃない?」


 ゆっくりと顔を上げ、こちらを向く。


 人生の中で何度も目にしてきたことがある。


 その瞳を俺は知っている。


 何も映していない瞳に問いかける。


「あんたは何を恐れてる?」


 その瞳が表す感情は—————恐怖と落胆。


「私は…」


 小さな口が動く。


「失うことが怖い」


 初めて彼女の心の声が聞こえた気がした。


 彼女がどんな人生を、どんな過去を抱えているか俺は知らない。


 それでも失うことが怖いと言った彼女を放っておくことができないのはおかしいだろうか。


 彼女の両肩を掴み、顔を覗き込むために少し屈む。


「お嬢さん、まだ諦めるには早いでしょう」


 誰かの瞳を真っ直ぐ見るのは初めてな気がする。


「失うことが怖いのなら失わないために、まずは走らないと」


 彼女の瞳が揺らぐ。


「大丈夫だって!なんたって俺が一緒に走ってあげるんだから!」


 最後に思いっきり笑って見せた。


 そんな俺を見てアイリスは少し微笑んだ。


「…ありがとう」


 揺れる瞳はやがて光を取り戻し俺を映した。






 アイリスと二人で城の近くにある廃れた倉庫が並ぶ海側へ向かって馬で駆ける。

 城の周りを見た感じ、馬車以外に人を運べるような物が運び込まれた形跡はなかった。

 そうなるといくら男二人とはいえ、遠くまでは人目にもつくし運び出せない。

 木々の間を馬で最短距離を駆け抜ける。


 どうかここであってくれ。


「ヨル、馬の足音で気づかれる可能性があるためここから歩いて行きましょう」


 声を張り告げるアイリスの提案に頷き、了承する。


 倉庫を見渡せる高台へ行き、辺りを確認する。


 一箇所だけ明かりがついていた。


 窓に人影が映る。


「…あそこか。お嬢さんは一応ここで待っていてください」


「いいえ、私も行きます」


「…ダメって言っても聞かないんでしょうね」


 アイリスは真っ直ぐにこちらを見ていた。


「じゃ、行きますか!」


 それを合図に二人で暗い夜に駆け出す。




_____________________________________






「いっ…!」


 身体に痛みを感じて目が覚める。


 ここはどこだ?


 手を縛られ誰かに捕らえられていることだけがわかる。


 確か薬草を摘みに行って、それから急に頭に痛みが走って…。


「よう、お目覚めか?」


 声の方を見る。


 あぁ、そうか。こいつに捕まったのか。


「親子の久しぶりの再会だ」


 目の前には俺がこの世で一番会いたくないやつがいた。


「…親父」


 どうやら俺はやっぱりこの繋がりからは一生抜け出せないらしい。


「なんだその言い方は?お城勤めで俺よりも偉くなったつもりか?ふざけんじゃねーぞ!!」


 鳩尾を蹴り飛ばされる。


「かはっ…!ごほっ!」


 激痛が走る。


「あー…しまった。お前に頼みたいことがあったんだった」


 頼みたいことだと?何を今更。


 男は俺の目の前でしゃがんだ。


「この間俺の邪魔をしたあいつらを殺してこい」


「…は?」


 この男は何を言っているんだ?


「あいつら俺を見下しやがって…。ぜってぇーゆるさねえ」


 変わらず小さい男だ。


「お前も俺と引き離されて嫌だっただろ?一緒に恨みを晴らそうぜ?そのために王城に潜り込んだんだろ?流石は俺の息子だ」


 だめだ、さっきからずっと言っている意味がわからない。


 俺が反応を示さないとイライラしてきていることに気づいた。


「…お前、俺の言うことを聞かないとどうなるか忘れたわけじゃないだろ?」


 目の前に刃物を突きつけられる。


「…あんたは変わらないな」


「こいつっ!!!」


 何度も暴言を吐きながら殴り続ける。


 それでも俺は耐える。


 疲れたのか息を切らして殴る手を止めた。


「…お前が俺に逆らうなら今度は女を連れてこよう」


 バッと男の顔を見る。


 俺の反応を見て男はニヤニヤしだす。


「あの時の女も今一緒にいるらしいじゃねぇか。お前がやらないんならあの女も連れてきてお前の目の前で…」


「やめろ!!!!」


 耐えきれず声を荒げる。


「あの人に手を出すな!!」


 罵声でも怒号でもない。

 初めて優しく声をかけてくれた金色の髪の人形のような人。


「こんな俺を見てくれたんだ!!」


 一緒に生きることを許してくれた温かい人。


「信じてくれたんだ!!」


 優しく笑いかけてくれるその瞳の奥に、悲しみを抱えてる人。


 ずっと何かと戦い続けてるあの人を———。


「今度は…俺が助けるんだ…!!」


 男に向かって走る。


 ナイフを突きつけられる。


 それでも足は止まらない。


 こんな俺を優しいと言ってくれた、優しいあなたがこれ以上傷つかないように。


 これが弱い俺の戦い方だ。


 恐怖なんてない。


 瞼の裏に浮かぶのは、ただ一人。



 ———————ありがとう。アイリス。




 いつまで経っても痛みはこない。


 目を開けるとナイフを持つ男の腕を掴み、俺から逸らしていた。


「…アイリス」


 目の前でナイフを持った男を止めていたのはアイリスだった。


「てめぇ!あの時の!!」


 もう片方の腕で男はアイリスを殴ろうとする。


 しかしアイリスは掴んでいた男の腕を両手で掴み直し、腕を捻りながら男を投げ倒す。


 男は床に叩きつけられ、ナイフが床に落ちる。


 落ちたナイフを慌てて拾おうと男が手を伸ばすが、アイリスがすぐにナイフを手の届かないところに蹴飛ばす。


 武器を失った男は立ち上がり、拳を振り上げる。


 アイリスは一歩引き交わした後、ステップを踏み込み片足を勢いよくあげ男の頭を容赦なく蹴飛ばした。


 男は倒れ込み、気を失った様子だった。


 アイリスが俺に駆け寄って手の縄を解く。


 その表情は見えない。


「アイリス?ごめん、また助けてもらって」


 返事はない。


「えっと…アイリス?」


「……どうして…」


「え?」


 微かに声が聞こえ、聞き返す。


「どうして私を助けることが、あなたの命を懸けることになるのですか!」


 目を見開き驚いた。


 アイリスが声を荒げて怒りを露わにして泣いていた。


「……どうして…あなたがいなくなることで、私が傷つくとは考えなかったのですか…」


 あぁ、怒りじゃない。


 アイリスは悲しくて泣いている。


 俺を想って…泣いてくれているんだ…。


 それに気づいた時、自然と涙が溢れた。


「ごめん…っ、ごめんねアイリス…」


 こんなにも誰かを大切だと思えることが、それだけで俺にとっては奇跡だったんだ。


 誰かに想われることなんて一生無いと思ってたんだ。


 あなたが…こんなにも俺を想ってくれているなんて知らなかったんだ…。


「…ありがとう」


 心から。




_______________________________________






 二人がすすり泣く声が聞こえる。


 先ほどアイリスと別れて見張りを倒してきたが、もうこちらは片付いたらしい。


 元からアイリスは何かを隠していることは勘付いていた。


 華奢なわりに体幹はブレることなく、歩き方は令嬢というよりも訓練された騎士のように感じた。

 そして手にある皮膚が厚く硬くなった箇所はまさしくそれだと思う。


 ただの町娘として片付けるには不自然な点が多すぎる。


 そして今地面で伸びている男。


 決定的なことが目の前で起こった。


 どうしたものかと考えているとすすり泣く声が落ち着いてきた。


 二人のもとへ行く。


「よう。カナタボロボロだなー!よくがんばった!」


 カナタの頭をグシャグシャと乱暴に撫でる。


「ヨルさん、痛い…」


 それでも照れ臭そうに笑う少年を見て安堵する。


「お嬢さんは怪我ないですか?」


 アイリスの方を見ると、まだ頬には涙が伝い青い瞳は揺らぐ。

 金色の絹のような髪は乱れ、少し開いた口や頬に張り付いていた。

 泣いたためか頬は紅潮し、うっとりとした表情をしていた。


 あまりの美貌に俺ですら見惚れて硬直し、心臓はうるさかった。


「私は大丈夫です。すぐにカナタを連れ帰って手当てしましょう。出血があるためきれいな布がないか探してきます」


 そう言ってアイリスはすぐに立ち上がり駆け出す。


「…愛されてるねぇ」


「うん…。さっき知ったけど」


 屈んで、カナタの怪我の状態を確認する。


「…ヨルさん、アイリスを問い詰めないであげて欲しいんだ」


 勘が鋭い少年に先手を打たれてしまった。


「カナタは優しいな…」


 返事はできなかった。






「お前ら!連絡せずに勝手に動くな!」


 カナタを医務室へ送り届けた跡、アイリスと一緒に報告へ行くと殿下の大目玉を喰らった。


「「すみませんでした」」


 アイリスと共に謝り続ける。


「無事だったからよかったものの!お前らまでいなくなったりしたら…!…はぁ、とりあえずもう遅いしゆっくり休め」


 俺たちの反応に説教が無意味だと判断したのか、それとも何かあったと空気で感じ取ったのか。

 何はともあれ殿下は説教をやめ、俺たちを解放した。


「「失礼します」」


 アイリスと退室し、しばらく廊下を歩く。


 沈黙の時間が過ぎる中、アイリスが口を開く。


「…殿下にお伝えしなくてよかったのですか」


「…じゃあ、聞いたら話してくれるのかい?」


「…わかりません」


 アイリスの声が小さくなる。


 アイリスの前に立ち、目を合わせる。


「言えないのは、話したらここには…殿下のそばにはいられなくなるから?」


 アイリスの確信を突く。


「……」


 アイリスは声を発さず、目を伏せる。


「素直だねぇ…」


 耐えきれず俺も顔を背けた。

 








ここまで読んでくださりありがとうございます。

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