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人形は月を見上げる




 兄上との件があってから数日後、城内はバタバタと忙しない日々を過ごしていた。


「えー!今度はこっちでパーティするんですか!?しかも二日間も!?」


 ヨルが俺の目の前で項垂れる。


「仕方ないだろ!この間の騒ぎの非礼を詫びないといけないんだから!」


「俺もうヤダっすよー!」


 怒鳴ってもめげずに駄々をこねるヨル。


「それと、アイリス。隣国の第一王子も来るそうだ」


 ヨルはわかっていなかったが、ユウトがすぐにこちらを見る。


「…私は控えておりますので問題ありません。ソラのほうこそお気をつけください」


 ペコリと頭をさげ、アイリスは執務室から出て行った。


「え?お嬢さんと隣の国の王子様の間に何かあったんですか?」


 事情を知らないヨルにユウトが答える。


「まあ簡単に言うと、その王子様に見染められたが逃げ出してきたところをうちの王子様が掻っ攫ったって感じかな」


「なんですかその面白そうな話!」


「面白くない!ユウト変な言い方するな!!」


 あまりに粗末な説明に怒鳴りつけた。


「でもあんなに美人だと苦労しますね。一国の王子から追いかけられるって殿下と出会わなければ逃げるのなんて無理な話でしたもんね」


 さっきまではしゃいでいたヨルが急に静かになる。





 あれやこれやと迎えの準備をしていたらすぐにパーティ当日。


 俺もいつもより着飾り、会場を挨拶しながら回る。


「ソラ殿下でいらっしゃいますか?」


 振り向くと同じくらいの年齢であろう貴族がいた。


 胸にある紋章は———。


「アタルシス国から参りました。アタルシス国第一王子ゼオと申します」


 できればまだ会いたくない相手だった。



 俺の後ろで待機しているユウトとヨルが少し身構えたのがわかる。


 差し出された手を握り、こちらも挨拶をする。


「お会いするのは初めてですね。シリウス国第二王子のソラと申します」


 ゼオという男はグレーの長めの前髪は真ん中で分けてあり、瞳は髪よりも暗い灰色の目をしていた。


「できればあなたにはお会いしたくありませんでした」


 ゼオ殿からのあまりに不躾な言葉に耳を疑う。


「そんなに驚かないでください。ここにあの女がいると聞いた者ですから、私を捨てあなたの愛人にでもなったのかと。…心当たりは十分におありなのでは?」


 これは挑発だ、乗ってはいけない。


 怒りを抑えるため軽く深呼吸する。


 後ろの二人からも殺意に似た怒りを感じる。


「軽い冗談ですよ。彼女にもよろしくお伝えください。ではソラ殿、何かあれば今後ともよろしくお願いしますね」


 ゼオ殿はそれだけ言い残し立ち去った。





 1日目が終わり、俺の部屋で俺たちは怒りを露わにしていた。


「なんなんすか!あの嫌味満点の言い方は!!」


 ヨルが切れる。


「お前ちょっと静かにしろよ!俺だってめちゃくちゃ耐えたんだぞ!!」


 俺も溜まっていた鬱憤を晴らすかのように口が悪くなる。


「殿下!あんなに言われっぱなしでいいんですか!!」


「しょうがないだろ!!」


 俺とヨルでずっと言い合いを続ける。


「…お前らが言い争いしたって意味ないだろ」


 ぼそっと声がした方を見ると、椅子に座り貧乏揺すりをした見るからに怒っているユウトがいた。



 コンコンコン。


「失礼します。皆さんここにいらしたんですね。着替え必要でしたらお手伝いしますよ」


 アイリスが入ってきた。


「ありがとうアイリス。でも俺は大丈夫だから二人を手伝ってあげてくれ」


 すぐに紳士スマイルに戻りアイリスを気遣うユウト。


「こっわ、ユウトさんは怒らせないようにしよ…」


 ヨルが小さく恐怖の声を上げる。


「…同感だ」


 初めてヨルと意見が一致した気がする。




_______________________________________






 パーティー二日目。


 ソラ殿を見ては気にしていない素振りを見せる。


 パーティーは好きな方だが今回は何やら気が重い。


 理由はわかっている。


 ここに彼女がいると聞いたからだ。


 まだ会場は盛り上がっているが挨拶回りはもうほとんど終わったため、人気がないところで休むことにしよう。


 護衛に水を持ってくるように頼み、庭と通路の境にある段差に腰掛ける。


 昨日のこと、ソラ殿と護衛の方達も怒っていたな。


 無理もない。


 ひどい言い方をしてしまったのだから。


 そう思い、瞳を閉じ彼女と出会った日のことを思い出す。




 彼女が私との婚約の話を聞く十日ほど前のことだ。


 今日のように気が重く、舞踏会を抜け出してしまったことがあった。


 そのまま一人で城を抜け出し歩いていた。


 甘やかされて育ってきた自覚があったためこれくらい許されるだろう、問題ないと過ごしていた。


 つまらなかったのかもしれない。


 何もしていなくても貴族は皆私に頭を垂れる。


 それが当たり前の日々。


「こんばんは」


 そんなふうに一人で黄昏ながら広場のベンチで座っていると声をかけられた。


 見るとそこには月明かりに照らされ髪と瞳はキラキラと輝き片手で金色の髪を耳にかけ、こちらを覗き込むように見つめるこの世のものとは思えないほどの美しい女がいた。


 思わず見惚れて黙り込んでしまう。


「あの…大丈夫ですか?」


「だっ!大丈夫だ!何も問題ない!」


 女の言葉に我にかえる。


「ここで何をしていたのですか?」


「別に…ただ毎日がつまらないと思っていただけだ」


 暇つぶしに女と少し話すことにした。


「毎日毎日何も成果を挙げずとも皆に認められ何不自由ない暮らしをする。実につまらない」


 女は不意に空を見上げる。


「今日は月が綺麗ですね」


 うっとりとした顔で月を見続ける女。


「おい!私の話を聞いていたか!」


 思わず声を上げる。


「はい、聞いていました」


 女はゆっくりとこちらに顔を向ける。


 女の瞳に私が映る。


「あなたはきっと地位も身分も関係なく、何も持っていないあなたを誰かに見てもらいたかったのですね」


 …は?何を言っているこの女は。


 私が誰かに見てもらいたいだと?私は生まれた時から存在を認められてきたのだぞ?


 それなのに今更そんな訳が…。


「私は一人ぼっちなので、今日あなたとこんなに綺麗な月が見られて私は幸せです。願わくば、あなたもそうであって欲しいと思います」


 ただそれだけのことが幸せだと言う彼女を変な人だと思いつつ、心は何故か満たされたような気持ちだった。


 月を見ていたかと思うとこちらに優しく笑いかける彼女の瞳には最初と変わらず私が映っていた。




 あれから今まで気にしていなかった国を己の力で今よりも平和で豊かな国にしようと走り出した。


 気づけばあの日から王子という使命を持った私が生まれたのかもしれない。


 彼女はもう私の国にはいないけれど、彼女が笑ってまたゆっくりと月が眺めれるような国を目指して私は生きる。


 しかし彼女を肩書きで無理やり縛りつけようとした私はなんと傲慢で未熟だったのだろう。


 一時的な感情で流されたとはいえ、なんて愚かなことを。


 せめて彼女に嫌われて私のことなど忘れて笑っていて欲しい。


 それが私が犯した罰だ。


 あの幸せな思い出は私の中だけにあれば、もうそれだけで私は大丈夫なのだから。


 ただ、許されるのならば、もう一目だけ彼女に会いたかった。




「こんばんは」


 蹲っていた体をすぐに起こした。


「大丈夫ですか?」


 風に靡かれ不規則に舞う金色の髪に微かな光を吸収し揺らめく深い青色の瞳。

 陶器のような白い肌と整った顔立ちは人形を連想させる。

 

 あの時と同じように声をかけてきた美しい人がそこにいた。


 ただじっとアイリスの顔を見る私にアイリスはもう一度声をかける。


「あの…?」


「あ!大丈夫です!すみません何でもありません」


 そう言って私はその場を急いで立ち去ろうとする。


「お待ちください」


 アイリスが静かだがよく通る声で引き留める。


「…なんでしょう」


 アイリスの方は振り返らずに立ち止まった。


「以前、お会いしませんでしたか?」


 肩が震える。


「…いいえ、私はあなたのことなど知りません」


 二人の間に夜風が吹き抜ける。


「そうですか…」


 その言葉を聞いて再び歩き出そうとする。


「今日は月が綺麗ですね」


 アイリスの言葉に思わず振り返りそうになる。


 下を向き、唇を噛み締める。


 声が震えないようすることにだけ集中し答える。


「えぇ、本当に綺麗な月ですね」



「月なんて見えませんよ」


 バッと振り返る。


 月は厚い雲の中仄かに明かりを灯しているだけだった。


 月は見えないのに綺麗などと言ったアイリスはきっと始めから私に気づいていたのだろう。


「やっぱりあなたじゃないですか。どうやらあの時幸せを感じていたのは私だけのようでしたね。…ごめんなさい」


 そう言って悲しげに微笑みながら後ろを向き立ち去ろうとするアイリス。



「待ってくれ!」


 思わず駆け寄り、アイリスの腕を掴み引き留める。


「違うんだ!君にそんな顔をさせたかった訳じゃない…。ただ、私には君に合わせる顔がなかったんだ」


 静かにその場でゼオの言葉に耳を傾けるアイリス。


「君は何も持っていない私を見てくれていたのに、私は…権力で君を縛りつけようとした。君がいなくなったことを聞いてようやく目が覚めて、弱い自分がどうしようもなく情けなくて…」


 目から涙が溢れる。


「すまない…。今更謝ったってもう君を傷つけてしまったことに変わりはないのに…。こんなことを言う資格もないけれど、…君と出会った夜は私にとってかけがえのないほど、綺麗な夜だった」


 言い終えると掴んでいた腕をそっと離し、恐る恐る彼女を見る。


 雲に隠れていた月が顔を覗かせ、振り返っていた彼女の顔を徐々に照らす。


 完全に月明かりに照らされた彼女はゼオに優しく笑いかけていた。


「…どうして、私にそんな顔を向けてくれるのだ。私は君に…!」


 再び泣き出してしまいそうで上手く話せない。


「あなたの最近の名声はこちらまで届いています。あなたに生きる意味が見つかったように、私もここにいる意味を見つけたのです」


 そうか、君にも見つかったんだね。


 声も表情も優しく語りかけるアイリスに目を細める。


「少し、心が救われたよ。…しかしそれだけで十分だ」


 アイリスの方へ真っ直ぐに向き合い、最後に告げる。


「もう君の前に姿を現さないことを誓う。…どうか幸せでいてくれ」


 最後に初めて彼女に笑いかけた。


 これでいい、そう言い聞かせて。


 強張っていた両手を、アイリスの暖かい手が優しく包む。


「それでもまだあなたが自分を許せないと言うのなら私が許します」


 月が雲から顔を覗かせ彼女の顔を優しく照らす。


 あぁ、なんて綺麗で暖かい光なのだろう。

 私はきっとこの光に惹かれたから愚かにも手を伸ばし閉じ込めようとしたのだ。


 この光は澄んでいるからこそこんなにも美しいのに。


 温かい涙が頬を伝う。


「だから、また一緒に月を見てくれませんか?」


 膝から崩れ落ちる。


 彼女の瞳に映る私はきっとひどい顔をしていただろう。





 シリウス城を出立する日、こんなに心が晴れた気分なのは久しぶりだ。


「ゼオ殿、また機会があればよろしく頼む」


 ソラ殿が見送りの場にいた。


「あぁ、世話になった。今度はこちらに招待しよう」


「…目が赤いようだが、眠れなかったか?」


 ソラ殿がからかうように耳打ちする。


「アイリス殿から聞いたのか…。性格が悪いぞ」


「何を話したかは知らないが、素直じゃないゼオ殿には言われたくないな」


 フッと笑い、彼女がいなかったらきっとソラ殿とこんな風に笑いあうこともなかったのかと思うと感謝しなければならない。


 タッタッタッ。


 こちらに向かってくる人影をきっとこの先も見間違うことはない。


「アイリス殿!」


「ゼオ殿下!」


 私の前まで来ると、胸に手を当て呼吸を整えていた。


「アイリスが珍しく頼みごとがあるというから何かと思えば、俺としては少し複雑な案件だったが…」


 ソラ殿が私とアイリス殿の顔を順に見る。


「ま、良しとするか」


 怪訝そうな顔は一瞬で、すぐに満足そうに微笑んで去って行くソラ殿。


 気を利かせてくれたのだろうか?


 アイリス殿に向きあう。


「アイリス殿の頼みごとというのは?」


 余程急いで来たのか息は整っていたが少し頬が紅潮していた。


「朝からやらなければいけない仕事があり、ソラ殿下にゼオ殿下の足止めをお願いしておりました」


「…私の?」


 私に会うためだけにそこまで走ってきてくれたのか?


「はい」


「…ここへ来て、嬉しいことばかりが重なる。後でバチが当たってしまいそうだ」


「それでは私もですね」


 二人で顔を見合わせて笑う。


「君に会えてよかった。…それでは、また。と言ってもいいのかな」


 アイリス殿の目の前に手を差し出す。


「ぜひ。あなたが目指した国と、あなたに会いに行きます」


 アイリスはゼオの手をしっかりと握り返す。


 今宵見上げる月はきっと今までの人生の中で一番輝いて見えるだろう。







ここまで読んでくださりありがとうございます。

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