君が拾った人形
「殿下ーー!!俺頭悪いんでわかりませんーー!!」
うるさい奴が加わり俺の周りはさらに賑やかになる。
「俺はお前の相手をしている暇はない!ユウト!頼んだ!!」
「俺に押し付けるなよ!」
ユウトが嘆く。
「ユウトさんそんなに喜ばないでくださいよー」
「喜んでない!」
ヨルがニヤニヤ近付きユウトに嫌がらせをしに行く。
ユウトは目を瞑り顔は青ざめ、もうやめてくれと言わんばかりだ。
「仲が良さそうで微笑ましいですね」
そのやりとりを見ていたアイリスが会話に加わる。
「お嬢さん!ユウトさんより俺はお嬢さんとの方がもっと深い関係だと思ってますよ」
いつもより声を落としアイリスを口説くヨル。
「ではヨルはソラとはもっと深い関係ですね」
華麗にかわされる。
「勘弁してくださいよー!」
「それは俺のセリフだ」
こっちだってお前のようなむさ苦しい男はごめんだ。
「あ、ヨル!そういえばお前の初任務があるぞ」
「なんですか殿下!身体動かすやつにしてくださいよ!」
「…お前は王城勤務をなんだと思ってるんだ」
こいつの態度には呆れるが事務作業も頑張ってくれているため目を瞑る。
「アイリスも一緒にだ」
俺の言葉に反応してアイリスとヨルが俺の前に並ぶ。
「はい、なんでしょうか」
「残念ながら俺からの仕事ではないんだが…。護衛だ」
「あれ?それなら殿下の護衛じゃないんですか?」
「殿下だが俺ではない」
ヨルは頭の上にはてなマークを浮かべていた。
「シリウス国第一王子シアン殿下ですか?」
アイリスがすぐに答える。
「あぁ、そうだ。次のリアルドで行われる舞踏会の護衛を指名された」
「…面識がない私たちにですか?」
「意図は分からないが、変わった方なんだ」
詳しいことを何も話さないからあの人は厄介だ。
「よくわかんないですけど…お嬢さんと一緒に殿下のお兄様に付き添えばいいんですね!」
ヨルは意図など全く気にしていないようだった。
「アイリスもいつもと変わらない役割を兄上に行えばいい」
「承知しました」
アイリスの了承も得た。
「ユウトは俺と一緒に留守番だ」
「おー、それはわかるが。なんで二人なんだろうな」
ユウトの言う通りだ。
しかし考えても分からないため、とりあえず二人には頑張ってもらうしかない。
不安は多いが、この二人ならきっと自分達でなんとかしてしまうような気がした。
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出発の前日、準備の確認を一通り終え、日が落ち切りそうな頃アイリスと二人で最終確認をしていた。
「じゃあとりあえず明日はそんな感じでなんとかなりますかね」
「はい、大丈夫だと思います。明日いよいよ本番ですね」
アイリスの言い方にいつもとは違う違和感を覚える。
「あれ?お嬢さんもしかして緊張してます?」
アイリスが顔を上げ、こちらをみる。
「…少しだけ」
意外だった。
いつも動じずに過ごすアイリスからそんな言葉を聞くとは思わなかった。
少し間を空け言葉を選ぶ。
「まあ、顔を見たこともない俺たちを指名したということは、俺たちを試すのか嵌めるのかのどちらかですからね。しかも俺だけならまだしもお嬢さんにまで護衛の依頼となれば違和感しかないね」
言うつもりは無かったが本音が出た。
「ヨルもやはりそう思いますか。では『せいぜい罠に嵌らないように』シアン殿下をお守りしますか」
俺が言った言葉を強調し先制するアイリスが拳をこちらに向ける。
「ふっ。おう!」
アイリスなりの気合いの入れ方に思わず笑ってしまい、差し出された拳に自分の拳を合わせる。
当日、身なりを整え正門前で第一王子、シアン殿下のご到着を待つ。
俺はいつもより多く煌びやかに装飾された堅苦しい制服を着て欠伸をしていた。
「ヨル!少しは気を引き締めろ!」
お見送りに来ていた殿下に怒られてしまう。
「わかってますよ殿下。今日は心配しないでちゃんと待っててくださいね。…ところで、お嬢さんも今日はおめかししてるんですね」
俺は舞踏会中もシアン殿下のそばにいるからわかるが、裏方のお嬢さんも令嬢ほどではないが綺麗なドレスを纏っていたため疑問を口にする。
「会場には出ないとはいえ、アイリスも兄上のお付きだからな」
殿下が説明をしてくれる。
アイリスは金色の長い髪を後ろで巻きつけてあり、両耳には青い宝石がついたピアスがアイリスの動きに合わせ揺れ輝いていた。
青と白を基調としたドレスに刺繍やパールがキラキラ日に反射して輝いていた。
周りの兵士はいつもと違うアイリスの姿に赤面する者までいる。
視線を移すと目の前の主人もどうやら心奪われている様子だ。
少しからかおうと殿下に耳打ちする。
「お嬢さんに『綺麗だよ』とか言わなくていいんですか」
「お前!…何言ってるんだ!」
顔を真っ赤にし、すぐに俺から離れる。
…おもしれー。
ケタケタ笑っているところに待ち人が到着した。
誰よりも立派な衣装に身を纏い、殿下に似た面影を残しながらも殿下よりも切れ長の目にシュッとした整った顔立ち。
長めの髪がまたその鋭い雰囲気を誇張させているようだ。
その場の皆が膝をつき首を垂れる。
シアン殿下がゆっくりとした足取りで俺とアイリスの前まで来て立ち止まる。
「…ヨルとアイリスだな。顔を上げろ」
声は威圧的ではないはずなのにそのたった一言に重みを感じる。
俺とアイリスは指示に従い顔を上げる。
「今日はよろしく頼む」
「「はい、シアン殿下」」
「シアン殿下ようこそおいでくださいました。どうぞ今日は心ゆくまでお楽しみください」
「感謝する」
リアルドに到着して今回の主催である伯爵に挨拶を済ませ、控室で身支度に入る。
アイリスは中に入り、俺は扉の前で見張りをする。
他にもシリウス城から衛兵を連れてきていらっしゃるようだが一番近くの配置を任されたのは俺とアイリスだった。
近場の舞踏会であるとはいえ、一国の殿下にこの警備、何を企んでいるのか見当もつかない。
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「シアン殿下、お支度完了いたしました。気になる箇所などはございますか」
「私より、聞きたいことがあるのは君だろう」
冷たい空気が流れる。
「今なら発言を許可しよう」
シアン殿下が冷たい視線でアイリスをみる。
「…では、お言葉に甘えて失礼します」
アイリスが一呼吸おく。
「シアン殿下は私とヨルを敵だとお思いですか」
お互い表情に出さず目を合わせたまま沈黙が訪れる。
「そうだ、と言ったら?」
「今はそれでも構いません。ですが、もしもの時は私たちを信じてください」
アイリスははっきりと告げる。
「…理由は聞かないんだね。それは私のためかな?」
「いいえ、己のためです」
お互い真意を探ろうと一歩も譲らない。
コンコン。
ノックの音が響く。
「シアン殿下、お時間です」
「あぁ」
タイミングよく呼び出しが掛かり、シアン殿下が視線を外し硬直状態が終わった。
扉を開けるヨルとアイリスは殿下の後をついて会場に向かう。
アイリスはメインホールの端で待機し、ヨルは殿下の後ろにずっとついている。
アイリスは待機している際、不思議な話が耳に入る。
会話のところどころに聞きなれない言葉が使われているようだ。
その話の意図を確かめるべく外へ行き、この後シアン殿下が使われる予定の寝室の位置を確認した。
そこではカーテン越しに一点の灯りがゆらゆらと揺れていた。
確認後、すぐにシアン殿下が談笑しているテーブルへ近づいていく。
途中でワインの入ったグラスを取り、半分ほど口にする。
そのままよろけたようにシアン殿下の方へ倒れ込もうとすると、すぐさまヨルがそれを阻止すべく胸で受け止める。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
ヨルはシアン殿下から目を離すわけにはいかなかったがアイリスの言動に意図を感じ自然に振る舞う。
「えぇ、すみません少し悪酔いをしてしまったみたいで…」
アイリスはヨルの胸に顔をうずめてはいたものの視線はシアン殿下を捉えたままだった。
その態勢のままヨルの肩に手を置き、屈むよう促し耳元に口を近づける。
「怪しい動きをしているものがいます。念のためシアン殿下には食事をとらせず、すぐに先程の控室へお越しいただくようにお願いします」
ヨルはアイリスの耳打ちに表情を変えず聞き入れる。
「素敵なお嬢さん、少し夜風に当たってきてはいかがでしょうか」
「はい、そうさせていただきます。ありがとうございます騎士様。それでは」
二人は別れ、ヨルはシアン殿下にすぐに控え室へ戻るように伝え、アイリスは会場に紛れ込んでいたシリウスの兵達に目立たぬよう連絡する。
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小さな蝋燭の火しかついていない暗い控え室に集まった兵達は最初に聞いていた人数よりも多く招集されていた。
シアン殿下が尋ねる。
「何かあったのか」
アイリスが前に出る。
「最初から違和感はありました。面識のない私たちへの依頼。連絡されていたより多いシアン殿下直属の衛兵たち。
そして会場で聞いたことがない言葉にシアン殿下に用意されていた寝室で揺れていたランタンであろう灯り…」
「なるほどね」
アイリスの考えに気付く。
シアン殿下はただジッとアイリスの次の言葉を待っていた。
「私の知識にはない言葉ということはおそらく隠語。ランタンの揺れた灯は誰かへの合図。例えば、『第一王子の寝室はここだ』というような…」
集められた兵達が騒ぐ。
「静かにしろ」
シアン殿下が一蹴する。
「…この反応を見ると、どうやら私たちを嵌めるためにシアン殿下が自作自演したわけでは無さそうですね」
「貴様っ!!」
アイリスの言葉に一人の騎士が抜刀して斬りかかろうとする。
「待て」
シアン殿下が止め、アイリスの目の前で立ち止まり冷たい目で見下ろす。
アイリスは目を逸らさない。
「そんなにあの子のそばにいたいか」
その言葉にヨルは初めてシアン殿下の考えに気づいた。
アイリスは何かを思い出すかのように静かに瞳を閉じ、そして開く。
「…私はただ、あの人が見ている景色を許される限り見ていたいだけです」
シアン殿下はアイリスを見て考え込んでいる様子だったが、静かに口を開いた。
「あの子は重いものを背負ってしまったな…」
静かな呟き、きっと近くにいたアイリスにしか聞こえていないくらいの声を落とし、瞳を閉じる。
シアン殿下はすぐに目線を上げ、力強く言葉を放つ。
「最近探りに入っていた者どもがここへ奇襲を仕掛けてくるつもりらしい。直ちに対処し私の前へ引き摺り出せ!!」
「「「は!」」」
まるでこの時を待っていたかのようにすぐに兵達が動き出す。
部屋に残ったのはシアン殿下とアイリス、ヨルだけだった。
「俺だけに護衛をまかせていいんですか?」
ヨルがシアン殿下に尋ねる。
「問題ない。私の部下は優秀だ。それに君もかなり腕が立つと聞いている」
シアン殿下はヨルに顔を向けて言う。
「…お褒めに預かり光栄です」
てっきり疑われていると思っていたため、予想外の言葉に驚く。
すぐにシアン殿下を狙っていた者は捕まり、ヨルとアイリスは長い1日を終えた。
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「ソラ」
アイリスたちが帰って来てからの翌日、城内を歩いていると声がかかる。
「兄上」
振り返ると兄上がいた。
「先日はお前の護衛を二人も借りて悪かったね」
「いえ、お気になさらず。彼らにも良い経験となったでしょう。それに兄上がご無事で何よりです」
本心だ。それに何か考えがあってのことだろう。
兄上のことは兄としても殿下としても尊敬している。
「ありがとう。…しかしお前の拾い癖には困ったものだ。
よりにもよって『野良猫』と『ボロボロの人形』とはね」
ヨルとアイリスのことだろうか。
しかし『ボロボロ』と言うのはどういうことだろうか。
意図がわからず首を傾げる。
「…彼女は私にお前の見ている景色を許される限りそばで見ていたいと言ったんだ。『許される限り』だ」
『許される限り』
一体どういう意味だろう。
アイリスがそばにいて許されないことがあるのだろうか。
そんな俺の様子を見て兄上は呆れたように「ふぅ…」と短く息を吐くと、少し前屈みになり俺の額を人差し指で押し真剣な顔で告げる。
「決めるのはお前だよ、ソラ。彼女がそばにいることを許すも許さないも拾ってきたお前が決めなくてはいけないんだよ」
そう静かに言うと兄上はすぐに俺の額から手を離し姿勢を正す。
「…兄上は何か知っているのですか」
口振りからして知らないことはないだろう。
しかし兄上は少し間を空けてから俺に言う。
「全てを知る訳ではない私が勝手に話すことはできないよ。それにあの人形はお前が連れて来たのだろう」
正論だ。
不甲斐無いことに対する羞恥心で顔が熱くなる。
「私は行くよ」
そう言うと兄上は俺の横を通り過ぎる。
俺は勢いよく振り返り応える。
「兄上!俺は信じます!
愚かなのかもしれない!疑わなければならないのかもしれない!
それでも俺は…!!
彼女を信じたいんだ…っ!!」
俺の叫びは静かな空間の中、誰に届くこともなく消えていった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




