人形と夜猫
「ソラ、起きてください。朝ですよ」
「うぅ…もう少しだけ」
「今日でお仕事片付けて明日はやっと視察に、外に出れるって喜んでたじゃないですか」
「あぁ、そうだった。早く起きないと…」
さっきからアイリスの声がする気が…「アイリス!?」
ベッドから飛び起きる。
「はい」
キョトンとした顔でこちらを見る。
目を合わせたら自分の醜態を自覚し顔が熱くなったきた。
「体調が優れませんか?」
「いや!大丈夫!すぐに行くから先に行っててくれ」
すぐに顔を両手で覆った。
「わかりました。それでは何かあればお呼びください」
アイリスが寝室から出て行き扉を閉める。
すぐに支度をして執務室へ向かう。
庶務室の扉を開けるとユウトとアイリスが優雅にお茶を飲んでいた。
「お、ソラやっと起きてきたか。おはよー」
「おはようございます、ソラ」
「おう、おはよー。…じゃなくてユウト!お前にはあとで話がある!」
朝、アイリスが起こしにきた件については二人の時に聞いてやる。
「あ、これはまずいな」
ユウトは勘づいたらしく、顔が引き攣っている。
アイリスはそんなやりとりに気付かずティータイムを満喫している。
「そ、そういえばアイリスは今どこで暮らしているんだ?」
ユウトはあからさまに話題を逸らす。
「今は城の敷地内にある寮に住まわせてもらってます」
「カナタは?」
一緒に住んでいたはずだし今も住んでいるのだろうか。
「カナタは私と同じく寮で住んでいますよ。一人で」
「ん?城の寮は城内で勤務していないと与えられないはずだが?」
混乱する。
「はい、カナタも今ここで働いています。薬剤師助手として」
ユウトと俺は言葉を失う。
「お前ら一体どんな勉強法をしてきたんだよ…」
アイリスはお茶を一口含み、口を潤す。
「カナタは元から知識に対する欲がありました。そしてそれを吸収する力も」
「そうか、あいつが好きなように生きているならそれでいい」
ユウトとアイリスが微笑む。
「そうだな、また会ったら声をかけてみるよ」
ユウトもカナタのことを気にかけていたようだ。
「私も時間が空いたら顔を見に行こうと思ってます」
「よし!じゃあもう一踏ん張りしますか!」
そう言ってテーブルに着き書類を確認していく。
ぐぅ〜。
腹の虫の音で気がついた。
あまりに集中しすぎて今が何時かもわかっていなかった。
昼時くらいか?
しかしもう少しで仕事がひと段落しそうなため、また書類に目を向けようとするとテーブルにティーカップが置かれた。
「早く終わらせたい気持ちはわかりますが、少し休憩しましょう」
続いて昼食であろうサンドウィッチが置かれた。
わざわざ食べやすい昼食を用意して運んできてくれたのだろうか。
「ありがとうアイリス。いただくよ」
ペンを置き、ティーカップを手にする。
「しかしアイリスが来てくれて本当に助かったな。ずっと山積みだった仕事がすごい勢いで片付いていく」
ユウトもアイリスが持ってきたであろうサンドウィッチを食べながら話し出した。
「全くだ。二人の時は終わりが見えなかったからな。明日は久しぶりにゆっくりできそうだ」
そう言って伸びをする。
作業再開から数時間、ペンを置く。
「…おわったーーー!!!」
「お疲れー」
ユウトも少し前に終わって疲れ切っていた。
「お疲れ様です。お二人ともこちらでお茶でもいかがですか?」
アイリスがお茶を入れてくれていた。
「おー!ありがとう!」
ユウトがお茶と一緒にテーブルに置いてある洋菓子を見て嬉しそうに返事をする。
三人で席につく。
「明日は二人は何かするのか?」
アイリスとユウトに問いかける。
「俺は衛兵の訓練に参加しようと思ってる。最近顔すら出せていなかったし、身体が鈍ってるからな」
「俺もそっちに行こうかな…。とりあえずは睡眠最優先だが」
「…一応、王子なんだから一日寝巻きで過ごすのはやめてくれよ?」
「…わかってるよ」
ユウトが怪しいと言わんばかりにこちらを見ていたが、アイリスに視線を移した。
「私は書庫に行こうと思ってます。本を読みながらソラが起きるのを待ちます」
ユウトがお腹を抱えて笑い出した。
「…ちゃんと起きるよ」
アイリスに悪意はなかったようだが、俺は釘を刺された気分だった。
夕刻、部屋から出て通路を歩いていたら見覚えのある少し背丈の低い影を見つけた。
「カナタっ!」
黒髪に軽くパーマがかかったような癖っ毛がこちらを振り向き、朧げな淡い灰色の瞳が長い前髪の隙間から覗いていた。
「ソラ殿下。お久しぶりです」
「少し、背が伸びたか?」
「アイリスにも言われました。自分ではあまりわからないのですが」
彼は少し肩を竦めた。
「薬剤師助手になったと聞いた。ずいぶん頑張ったんだな」
「早く自立するための道はこの歳だと限られますからね」
「アイリスはお前がいても困らなかったと思うけどな」
「それでも、もう十分すぎるくらいお世話になりました。それにアイリスは…優しすぎるんです。あのまま一緒にいると俺が離れられなくなりそうだったんです」
そう言いカナタは視線を少し下げ、まるで温かな日々を思い出すかのように寂しげに笑った。
「その気持ちは少しわかるな」
俺も結局は離れるのが嫌で彼女をここに縛りつけたのだから。
「しかし、ここへ来たのはもう一つ理由があります」
「聞いてもいいか?」
カナタはパッと顔を上げ、こちらを見る。
「あなたですよ、殿下。あなたの言葉が私に未来をくれたのです」
言葉を詰まらせる。
「それに今まで教育が受けられなかった平民の子供への制度の改正や子供の働き口を広げるために王城自ら受け入れてくれたから、俺は今ここにいるんです」
カナタがいつもより早口で話すと一呼吸置く。
「…ここへ来て、全てソラ殿下が動いてくれたことだと聞きました」
カナタの瞳が微かに揺らぐ。
「あなたがいるこの国で働けることが俺の誇りです」
出会った時からは想像もできないほどあまりに綺麗に微笑むカナタを見て思わず屈み、手を伸ばし頭をくしゃっと撫でる。
「そうか、それは俺にとってもお前が誇らしいよ」
あまりに嬉しくて、泣きそうな顔で笑いかけていた。
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「今度の視察はシリウスの門の一つ、アオラントへ行く。最近、連絡が取りにくい状況にあるのかしっかりとした情報がこちらまで回って来ていない。もしくはどこかで妨害が入っている可能性がある。それの確認だ。
何者かに妨害されているのならばあまり相手に気づかれたくないため、今回はこの三人で向かうこととする。以上だ」
ユウトとアイリスに今回の内容を粗方伝える。
「了解した。すぐに準備しよう」
「アオラント、少し遠いですね。軽食も用意します」
「あぁ、頼む」
ユウトとアイリスがそれぞれ支度に入る。
側近同士としての息はぴったりの二人だ。
どちらもお互いを考慮しつつ、やるべきことを把握している。
頼もしい限りだ。
「準備が整い次第、すぐに出立する」
「おう」
「はい」
城の門の前に馬が三頭用意されていた。
「アイリスがいるのだから今回は馬車じゃないのか?」
ユウトに確認する。
「いや、アイリス馬に乗れるらしいぞ」
「…は?」
驚愕のあまり変な声が出る。
一般市民の女性が馬に乗れるものなのか、しかしどこかの令嬢であればそれこそ乗馬ではなく馬車を使うだろう。
しばらく考えていると馬の鳴き声がした。
見るとアイリスが馬に跨り手綱を慣れた手つきで引いていた。
「アイリス、なぜ馬に乗れるんだ?」
アイリスはあまり自身のことを話したがらない。
答えてはもらえないかもしれない。
それでも知りたかった。
俺たちが出会うよりも前の君を。
アイリスは平然とした態度で口を開く。
「小さい頃に父に教えてもらったのです。もうあまり覚えていませんが、もしかしたら自分がいなくなることを危惧して時間が許す限り己の全てを、生きる術を教えてくれたていたのかもしれません」
彼女の過去を少し知れた気がした。
「ありがとう、話してくれて」
しかし、今の話を聞くともしかしたら彼女の父親は…。
彼女が家族の話をしないのは思い出したくない過去があったのかも知れない。
話させてしまった事で気分を落としていないか。
彼女の顔を見ると、馬を優しく撫でこちらに気付くと、気にしていないと言うように笑いかける。
全てお見通しか、敵わないな。
三人で街を抜け、途中で休息を取りながらアオラントの砦にたどり着く。
「ソラ殿下!」
見張りであろう門兵が一人、こちらに気付き駆け寄ってくる。
「よう、ハルト。元気だったか?」
今期からこちらで勤務することになった見習いの少年。
素直でまだ可愛らしさが残っている、金髪でフワフワの癖っ毛さらに感情の豊かさが犬を連想させる。
「はい!こちらは変わりありません!…しかし今日はどうして連絡もなくお越しに?」
「やはりか。事情は後で話そう。他の者は」
連絡手段である手紙は送ったはずだが、妨害はお互いに起こっていたか。
「は!今それぞれの業務をこなしていますが、召集しますか?」
「あぁ、頼む」
「わかりました!」
すぐにパタパタと元気よく走っていく彼の背中を見て安心する。
「よかったな。少なくともこちらに異常はなさそうだな」
ユウトも安堵しているようだった。
「しかし、だからこそ不思議なんだよ。ここを襲撃して応援を呼ばれないように連絡手段を遮断しているかと思っていたのだが」
「もしかしたら…」
少し離れたところでアイリスが呟く。
「どうした?」
「いえ、なんでもありません」
なんでもないと言いながら周辺の木々から視線を逸らさず答えるアイリス。
様子が気になるが、先に現状確認だ。
中に入り、既に集まっている兵達にこちらの状況を話す。
するとやはり砦の方も連絡が返ってこないことを不審に思っていたらしい。
「他に変わったことはないか?」
皆に問いかける。
心当たりがないのか、誰も声を上げることはない。
「少しよろしいでしょうか」
「あぁ、構わない。入れ」
外で待機していたアイリスが入ってくる。
凛とした、いつもと変わらない佇まいで兵たちの前に立つ。
皆、アイリスに見惚れ、声を上げる者はいなかった。
アイリスはそんな視線に物怖じせず、片足を引き両サイドのスカートの裾を持ち上げ深く頭を下げる。
そしていつものように無駄の動きのない挨拶をする。
「お初にお目に掛かります。ソラ殿下の身の回りのことを任されております、アイリスと申します」
いまだアイリスに釘付けで話が入らない状況である。
「…ごほん」
ユウトが気を利かせて咳払いをする。
兵たちはハッとしてこちらに向き直った。
「で、アイリス何か気づいたことでもあるのか」
「はい、出過ぎた真似かとはございますが少し気になることがございまして」
「なんだ?」
アイリスは発言を少し躊躇ったように見えたがすぐにいつもの真っ直ぐな声で兵達に問う。
「こちらはどのくらいの頻度で点呼などを行われていますか?」
突拍子のない発言に兵達に動揺が見られた。
「…常務時に共に行動する班で点呼を行います」
「全体では行われますか?」
「交代で夜勤直も常にある為、全体では…行われておりません」
アイリスの顔が曇る。
「…ハルト様、質問よろしいでしょうか」
「はい、なんでしょう」
目が合い、ハルトがアイリスの前に立つ。
アイリスはハルトを見上げる形で目を見て問う。
「ハルト様はアオラントの砦に何人の方が勤めているかご存知ですか」
「百名余りかと…」
「それでは、その百名余りの方の顔と名前を全て認識していますか」
ハルトが答えにくそうに、申し訳なさそうに答える。
「…いいえ。面目ないです」
アイリスは一瞬、眉を寄せたがすぐにいつもの無表情に戻りハルトの顔をみた。
「こちらも失礼なことをお聞きして申し訳ありませんでした。嘘偽りなく答えていただき感謝いたします」
そう言ってアイリスは頭を下げる。
アイリスはこちらに目配せする。
「とりあえず皆通常業務に戻ってくれ。少し確認しながら見廻る。部隊長殿と連絡係のものだけ残ってくれ」
砦の中と外を見廻る。
アイリスはあれから気になるところを見ては考え込んでいる様子だ。
ユウトは別ルートで廻って話を聞きに行ってくれている。
一通り廻ってみて、集まって話をまとめる。
「…連絡の妨害がある以外は変わった形跡はないな」
俺が聞いて回った限り変わった形跡は無かった。
「私も見て回っていましたが、特に何かを盗まれた形跡もなく、いつもと変わらない様子でした」
部隊長も続いて報告をする。
「こちらも特には。…あ、でも最近武器の購入でもしましたか?短剣などが水場に置いてあり、そちらの稽古でもつけているのかと感心しましたよ。さすがですね」
部隊長が言葉を詰まらせる。
「…稽古は毎日欠かしていませんが、短剣を扱っている者は私は目にしていませんね。誰か自主訓練でもしていたのかもしれませんね」
その言葉の後に力強く腕を掴まれた。
驚いて見ると、アイリスが切羽詰まったようにこちらをみていた。
「…どうした?」
「殿下、すぐにここから離れ身を隠してください」
「理由を話せ」
「…部隊長殿、ハルト様の後にここへ入隊した者はいますか?」
「いいえ。ここではハルトの後に移動して来た隊士も見習いもいません」
アイリスの言いたいことがわかった。
「アイリス、話せ」
アイリスは噤んでいた口を開いた。
「……———ここに侵入者がいます」
その場にいた者皆が口を噤んだ。
アイリスが言葉を続ける。
「ここへ来てすぐに気になったのは、葉が生茂る木の枝が折れていたことです。しかもその位置は人一人の身を隠し、見回りが来てもバレない。砦の全体を見渡せます。
そして恐縮ながら執務室にある名簿に目を通した際、ここの勤務人数は隊長殿、薬剤師殿、料理長殿、全てを含め百十二名。しかし殿下が召集をかけた際集まった人数、百十三名。
そしてユウトの話の水場の短剣。…洗っている最中ユウトが来て、慌てて身を隠した可能性があります」
ユウトが慌ててアイリスに詰め寄る。
「アイリス、もしかして君はその侵入者の狙いが…」
俺の腕を掴んでいた手が下される。
「はい。まだはっきりと断言はできませんが一つある可能性として最も高いのは…殿下、あなたです」
まあ、そうだろう。心当たりならいくらでもある。
「なるほど。連絡手段をなくすことでこちらへ誘き出し、機会を窺いここへ味方を呼びやすくするための潜入。だいぶ大胆だが、それだと他に被害が出ていないのも納得する」
冷静に考えればすぐにわかることだ。
「それで身を隠せ、ってことか。確かに今から逃げても見張られてる可能性もあるからな。…しかし俺は逃げも隠れもする気はないぞ、アイリス」
アイリスは話をしながらずっと心配そうにこちらをみていたが、少し諦めたように優しく微笑んだ。
「はい、あなたならそう仰ると思いました」
「よし!そうと決まればすぐに迎え撃つ態勢を整えよう」
ユウトもアイリスの肩に手を置き、二人で仕方ないと目を合わせこちらを向いて苦笑している。
俺も二人に笑い返す。
部隊長殿が全員を召集し人数を確認したところで、扉を閉め出口を塞ぐ。
ここから一人一人呼び出し顔を確認したら出て行ってもらう。
さあ、ここから炙り出しだ。
部隊長が百十二名の呼び出しを終えた。
一人残った男はユウトよりは細身だが袖をまくり上げて露わになっている腕は筋肉質であることがわかる。
隊員の証である帽子は片手が添えられ深く被られている。
その手首には青い布のような物が巻かれていた。
「お前が侵入者か」
部隊長殿が声を掛ける。
しかし男は焦る様子もなく、むしろ少し口角が上がり楽しげな印象に見える。
飄々とした態度で歩き出す。
ホール内の者が剣を構える。
男はそれでも歩を進めることをやめず、一人が斬りかかる。
男は軽やかに剣先を避け、兵士など相手にしていなかった。
そして男はアイリスの前で立ち止まり、口を開いた。
「お嬢さんでしょ。俺を見つけたの」
悪戯っぽく聞くその口調は少し嬉しそうだった。
「見つけたのは部隊長殿です」
アイリスが言い返す。
「いや、俺の存在に気づいたのは間違いなくあんただ」
アイリスが男を真っ直ぐ見上げる。
「…やはり最初から隠す気なんてなかったんですね。あなたほどの腕前があれば痕跡なんて残らなかったでしょう。となると目的は、私たちと同じですか?」
アイリスがそこまで言い終えると男はニッと笑い、帽子を脱いだ。
「ご名答!聡明なお嬢さん、あなたと話したかった!」
黒髪の短髪にアーモンド型の目の男は踊るように軽いステップを踏みんだかと思えばそのままスラリと、帽子を胸の前でかざし頭を下げる。
そして今度は俺の前まで軽い足取りで来るとまた頭を下げる。
ユウトが剣を突き付けようとするが俺が制す。
「我が国、第二王子ソラ殿下お会いできて光栄です。しがない雇われ屋の『ヨル』と申します。以後、お見知り置きを」
ヨル、と名乗った猫のような男は目を細めまたニッと笑ってみせた。
「それで、お前の目的はなんだ」
「えっとですね、簡単に言うと俺は消えた郵便屋さんを探してます」
ヨルはのらりくらりと話し出す。
「郵便の人が少し前に消息不明になって、親族の人に依頼されたんですよ。で、しばらく情報を探しながら辿ったらここに行き着いたってわけです」
「なるほど。それで『同じ』って意味だったのか」
「しかし、こっからどうも賊が絡んでるっぽくてですね。どうにかしてここの兵隊さん達動かせないかなー、一人で行こうかなーって思いながら人数を探ってるとこでした!」
緊迫した状況に慣れているのだろうか、修羅場を幾つも超えて来た暗殺者のような雰囲気を感じる。
「さあ、敵の人数がわかって来たところで皆さんで攻め入りましょう!」
ヘラヘラとずっと話す男は怪しさ満点だ。
しかし答えは決まっている。
「そうだな、人数を聞いてこちらも人員を揃えてすぐに対処しよう。相手の狙いはきっとここと俺だろうしな」
あっさり指示を出す俺に部隊長が声を上げる。
「殿下!この男の言葉を信用するのですか!?罠かもしれませんよ!!」
最もな意見だ、しかし…。
「信用するさ。何せこいつ、肝が座ってるわりにこんだけ俺らを急かすってことは、理由はきっと郵便屋の安否だ。日が経つにつれ、生存確率は下がるからな。そうだろ?」
ヨルは一瞬、驚いた顔をしてすぐにヘラヘラ顔で笑った。
「さあ、そこはご想像にお任せしますよ」
賊を撃つべく、部隊を揃え出立する。
「あれ?お嬢さんは行かないんですか?」
ヨルが不思議そうに声を上げる。
「あのな、今から賊退治に行くのに女の子を連れて行くわけないだろ」
ユウトが呆れた声で答える。
「ふぅーん」
皆で馬を走らせているため、ヨルの返事はかき消された。
敵の位置と人数はヨルの報告通りだったため、すぐにカタがついた。
幸い衰弱状態ではあったが郵便配達の男は命に別状はなかった。
ヨルの戦いは剣術だけのものとは違い、体術に近いものだった。
しなやかだが全体を生かした蹴りは重く、興味が湧いた。
「お嬢さんただいまー!」
砦に着くとヨルはすぐにアイリスの元へ向かった。
「お疲れ様です。皆さんお怪我はございませんか」
「全然大丈夫ー」
その言葉を聞いてすぐに告げる。
「お前!郵便のおっさん庇って肩痛めてただろ!ちゃんと診てもらえ!」
「えー、これくらい平気ですってば」
うんざりしたように言うが、アイリスが見逃さなかった。
「薬剤師の方は今、重症患者の方を診てくださっていますので私が手当てします」
「わーお、お嬢さん手当てまでできるの?」
「はい、簡単な処置でしたらお任せください」
あははー、と言いながらヨルはアイリスに連行された。
しばらく隊の連携を見直し、怪我人も回復するまで砦に滞在した。
その間に元気になった者はユウトやヨルと手合わせしたり、アイリスは気付けば常に囲まれていたり。
結局賊の狙いは混乱を起こし、砦を強奪することだったらしいが様子を伺いに行った者が次々とやられ身動きが取れなかったそうだ。
これはきっとヨルの仕業だろう。
そして、ひと段落したところでヨルと郵便配達人を連れて砦を後にした。
皆でヨルの依頼人の家に向かった。
家に着くとヨルの後ろに乗っていた郵便配達人は自力で馬を降り、ヨロヨロとした足取りで向かった。
家の中から髪に青いリボンをした小さな可愛らしい女の子とその子のお母さんらしき人が出て来て男に駆け寄る。
三人は涙を浮かべ抱き合っていた。
女の子がこちらに気付き、泣きながら笑顔で手を振っていた。
「さ、行きましょうか」
ヨルの合図で王都へ向かって出立する。
そんなヨルの様子を見て、三人で確信していたことがあった。
「ヨル、お前の言ってた依頼、嘘だろ」
代表して俺が言葉にする。
「やだなー!俺タダ働きなんてしませんよ!」
「でもお前が話してた依頼人、あの子供だろ。子供がお金払うとしても人一人雇うほどのお金なんてないだろ」
しらを切ろうとしているのか鼻歌を歌い出す。
…こいつ。
ユウトが険悪なムードにおろおろしていた。
「青いリボン」
アイリスの言葉でヨルが振り向く。
「あはっ!ばれちゃった!」
それでも楽しそうに笑うヨルの意図はきっとその反応に微笑んでいるアイリスにしかわからないのだろう。
ヨルの反応に呆れながらもずっと考えていたことを伝える。
「ヨル、俺らと一緒に来る気はないか」
ヨルはキョトンとして俺を見つめる。
「…そんなに見つめられたら照れちゃいますよ、殿下」
「俺は本気だ」
ヨルはフッと笑い、空を仰ぐ。
「本当に空みたいなお人だ」
澄んだ晴れやかな空の下、小さな呟きは誰にも聞かれることなくヨルの胸の中に落ちる。
ここまで読んでくださりありがとうございます。




