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人形との出会い

 

 どこかの絵画描かれていそうな煉瓦に囲まれた街。

 中央の噴水広場まで行けば思わず口ずさんでしまいそうなテンポの音楽まで聞こえてくる。


 そんな中、広場に買い物に来たのであろう一人の若い女性がいた。

 買ったものが入っている紙袋を胸の前で両手で抱え、まるでどこかの令嬢かのように姿勢を崩すことなくヒールの音だけを静かに響かせて歩いていた。


 彼女が近くを通れば多くの人が顔を上げ目を奪われ、演奏家までも楽器を弾く手を止めてしまっていた。

 しかし彼女はそれに気づく様子はなく、まっすぐ帰路につこうとしていた。


 広場から出ようとしていたその時、ここでは見慣れない騎士のような格好をした男が彼女の正面に立ちはだかる。


 そして不躾にもそのまま「この国の王子、ゼオ殿下があなたを妃に選んだ。明日の昼、自宅に迎えに上がる。身支度をして待っておくように。以上だ」

 騎士は一方的に告げ、立ち去ろうとしていた。


 先ほどまで視線の的になっていたこともあり、広場はその光景を見て静まり返っていた。

 騎士が来ることも珍しいがそれだけではここまでの注目を浴びることはない。


 一番の理由としては、この国の王子の噂にある。


 王子である地位を使って好き勝手に過ごし、この国の今後が心配だとこの国で住む人はよく口にしている。

 そのため、そんな噂がある人の妃になると言われている女性に大半は同情がこもった視線が送られている。


「お待ちください」


 落ち着きのある通った声が響き渡る。


 騎士は立ち止まり、声の方に向き直る。


 声の主は真っ直ぐに騎士を視界にとらえる。


「なんでしょう。」

 騎士は先ほどより少し丁寧に言葉を口にした。


「その件は確定されたことでしょうか。騎士様がお話になっていた口調から推察しますと私に拒否権は無い、ということでよろしいでしょうか。」


 広場に集まってる人のほとんどが騎士の次の言葉を待つ。


「その通りです。この件は確定されたことであり、あなたに拒否権はありません。」

 騎士は冷徹に言葉を放った。


 彼女は視線を落とし、「わかりました」

 その言葉を聞き、騎士は立ち去り彼女もその場を後にした。


 _____________________________________



 国境近くの木に囲まれた森の中、木の隙間からの木漏れ日と草木を揺らすほのかな風が心地いい。

 そんな静寂の中、草木を分け駆け抜ける影が一つ。


 栗色の髪に同色の瞳、まだ少し幼さが残るような顔立ちをした青年。

 腰には控えめな装飾で彩られた剣が携えられている。

 青年は足を止め、辺りを見渡した。


「ここまで来ればしばらくは一人でいられるな。」


 そう呟きながら青年はさらに森の奥へと進んでいった。



 少し開けた場所にでた。

 先ほどより日当たりがよく昼寝をするにはもってこいだ。


「こんな場所があったのか。」

 思わず呟き、空気を肺いっぱいに取り込んだ。


 少し眠ろうか、そんなことを考えながら目をつけた昼寝ポイントに行こうとしたら先約に気づく。


 こんな街から離れた国境近くの森に人?


 確認しようと近くに行き、しゃがみ込んで視線を落とすと息を呑んだ。


 透き通るような白い肌、日に当たっているためか少し紅潮した頬には閉じられた瞳から長い睫毛の影が落ちていた。

 風に吹かれて揺らいだ長い金色の髪が日の光で輝いていた。


 綺麗だ、単純にそう思った。


 一瞬人形かとも思ったが微かに規則正しい寝息が聞こえたためその考えはないようだ。

 どうしてこんなところにいるのか聞きたいところだが、あまりにも気持ちよさそうに眠っていたため起こすには気が引けた。


「起きるまで待つか。」


 幸い今日は珍しく時間があったため自分も彼女の隣で少し横になることにした。




「しまった!完全に寝ていた!」


 驚きですぐに上半身を起き上がらせるがまだ辺りが先ほどと変わらず明るいことに安堵する。

 伸びをしてすぐに隣からの視線に気づいた。


 閉じられていた瞳は青く揺らぎ、少し驚いた表情で真っ直ぐにこちらを見ていた。

 改めて起きている姿を見ても人形と見間違えてしまいそうだ。


 すると沈黙の中、小さな唇が動いた。


「あなたはここで何を?」


 静かだがよく通る声だった。


 その声があまりにも心地よく思わず目を細めて答えた。


「おはようお嬢さん。俺はソラ。ここには息抜きに来て絶好のお昼寝ポイントにいた君を見つけて、気づいたらそのまま寝てたみたいだ。君は?」


 彼女にも同じ質問を返す。


「私はアイリス。私も気が向くままに歩いてきていい場所を見つけたため少し休んでいたところです」


「街からはだいぶ遠いようだけど、一人でここまで?」


「はい、そうです。少し…一人になりたくて何も考えずにここまで来てしまいました」


「それは何か訳ありのようだけど、話してもらえるのかな?」


「…すみません、話したくありません」


 少し問い詰めすぎたか。

 職業柄の悪い癖が出てしまう。


「気分を悪くしたならすまない。少し気になって問い詰めてしまった。謝罪する」


 そう言って頭を下げる。


「いえ、構いません。あなたもお一人で?」


 今度はアイリスが問いかける。


「いや、俺は連れと一緒に来たが口煩かったのであいつを置いて逃げ出してきた。きっと今は必死に俺を探して森の中を走り回っているだろう」

 あいつの必死な姿を思い浮かべながら話した。


「ふっ」


 すぐにアイリスの方を向くと、口に手を当て笑っていた。


 彼女を人形と見間違えた理由としては表情がほぼ「無」に近かったからだ。

 でも今、目の前にいる彼女は楽しそうに声を上げて笑っていた。

 少し驚いたが、すぐに嬉しさに変わり一緒になって笑った。




 笑い終わったところでそろそろ噂の人のところへ向かわなくてはいけない。


 そう思い立ち上がると「可哀想なお連れさんに会いに行かれるのですか?」

 まだ少し笑いながらアイリスが言う。


「あぁ、俺が行かなければあいつはきっと食事も取らずに死ぬまで俺を探し続けるからな。」

 溜息まじりに答える。

 アイリスはまた楽しそうに笑う。


「アイリス、行き先が決まっていないのなら途中まで一緒に行かないか?」


 アイリスは少しキョトンとし考えている様子だった。

 少し間が空いてから顔を上げる。


「ではお言葉に甘えて途中までご一緒してもいいですか?」


「もちろん」


 まだ座っているアイリスに手を伸ばし笑いかける。


「よろしく、アイリス。」


 アイリスも手を重ね、立ち上がりながら答える。


「こちらこそ、ソラ。」


 その時の微笑みを見ながら、この出会いは良いものであると信じて疑わなかった。





 来た道は大まかに覚えていたしまだ明るかったためすぐに逸れた連れとは出会えた。


 額を見せた黄色味の髪型に体格の良い肩は息切れで上下している。

 深い緑色の瞳はこれでもかというほど見開かれていた。


「ソラ!!お前は一体どこまで行ってたんだよっ!」


 探し回ったんだろう、彼は大変だったんだぞ!と言わんばかりに前のめりに言葉を投げかけてきた。


「悪い悪い。しかし説教なら後回しだ。先にこっちだ」


 そう言って俺の少し後ろで様子を伺っていたアイリスが俺の横に立った。


「さっき知り合った昼寝仲間のアイリスだ!」


 アイリスが会釈したタイミングで目の前の男に紹介する。


「アイリスです」


「アイリス、こちらは友人のユウトだ」


「ユウトだ。ソラが世話になったようですまない」


 呼吸を整えて今度はユウトが挨拶をする。


「俺は子供か。」

 そう言ってユウトを軽く睨む。


「途中までアイリスが同行することになった。」


「それは構わないが…」


 突然のことでユウトも色々聞きたいことがあっただろうが、優しいこいつは何か事情があるのだろうと聞かないでいてくれた。




 途中で馬車を拾いながら三人で他愛もない会話をしながら目的地まで向かっていた。

 不思議と会話は弾み絶えることはなかったがアイリスのことはわからないままだった。


 そんなことをぼんやり考えていたら、急に馬車が止まった。

 何やら揉めているような声がする。


「少し様子を見てくる。ソラとアイリスはここで待て。」

 ユウトが外に出ていく。


 外の声に耳をすませる。

「あなた方は何者ですか。」

 ユウトの声だ。


「私たちは隣国のものです。訳あって人を探しています。この馬車に女性は乗られていますか。」


 この馬車を止めたであろう相手が答える。


「隣の国からこれだけの人数で人探し、その女性は国に大きな損失でももたらしたのですか?」


「あなた方には関係ないことだ。その馬車の荷台を見せていただけますか。抵抗すれば力づくで確認させていただきます。」


「…。ちなみにその女性の容姿をお聞きしても?」


 ユウトは躊躇いながら言葉にする。


 俺たちにはその女性に心当たりがあった。


 街からだいぶ離れた国境近くの人気のない森の中、帰る場所もなく突然現れた不思議な女性。


 どうか俺の勘違いであることを願う。


「…その女性は絹のような金色の長い髪に青い瞳、人形のように無機質な表情と顔立ちで見かけていればきっと記憶に焼き付いているだろう。その女の名は…」


『アイリス』


 あぁ、途中から頭の中で警報が鳴りっぱなしだった。


 どうして…ハッとなりアイリスの方を向く。


 彼女もまた外の声を聞いていたようだ。

 下を向き表情は読み取れないが静かに口を噤んでいた。


「アイリス」


 肩に手を当て、名前を呼ぶと彼女は顔を上げこちらを見た。


「俺には君が追われている理由はわからない。けれど、俺が出会ったアイリスという名の女の子はとても優しく笑う素敵な人だったよ」


 そう言って笑いかけた後、彼女は驚いた顔をしいつもより大きく開かれた瞳は揺らいでいた。


 俺は立ち上がりユウトのそばに向かった。


 ユウトは俺に気付きこちらを向いた。

 その顔は酷く動揺しているようで大変わかりやすかった。


「ふっ、なんていう顔をしているんだお前は」

 軽くユウトを笑い、相手を見た。


 人数は十名程度、馬車を取り囲み退路が塞がれている。


 そして気になるのは服装だが、明らかにいい身なりをしている。

 腰には剣が携えられて騎士のような格好をしている。


 この隊を仕切っているであろう人物が口を開く。


「あなた以外にまだ人は乗っていますか?」


「…乗っている。と言ったら?」


「邪魔するものを排除しその後でゆっくり確認します。」

 そう言って皆抜刀し出した。


 こちらも剣を構えようとするが、声に遮られる。


「お待ちください」


 その場にいた全員が声の方を向く。


 もう当たりは暗く、月夜に照らされた金色の髪と青い瞳が暗闇の中輝く。

 彼女はゆっくりとこちらに向かい、続きを言葉にする。


「どうぞ、私をお連れください」


「アイリス!!」


 頭がカッとなる。


「彼らはあなたの知り合いですか?」


 騎士は俺らに剣先を向け、アイリスに問う。


 アイリスはその質問に目を伏せ、答える。


「いいえ、その方達は偶然馬車で乗り合わせた全く知らない方です」


「嘘はついていませんね?」


「はい」


 その言葉を聞いて騎士は俺に向けていた剣を下ろす。


「命拾いしましたね。あなた方が彼女の帰る場所になり得るなら、消さなければなりませんでした」


 そこまでしなければならないのか。


 静かに呼吸を整え、立ち去ろうとする彼女に問う。


「最後に教えてくれ、アイリス」


 アイリスは足を止める。


「君はなぜ隣の国の騎士たちに追われている。ここまで秘密裏で探されているところを見るとこれは君の罪ではなく、国側の汚点であるからわざわざ騎士たちが賊のような真似事までして隠蔽しようとしたのではないか?」


「貴様っ!!」


 騎士が俺に剣を向ける。


「答えてくれ、アイリス。」


 静かにアイリスの言葉を待つ。


「…ソラ、お伽話を知っていますか?」


 アイリスは静かにまるで一つの物語を話すかの言葉を続ける。





「一人ぼっちで静かに暮らす女性がいました。


 大切なものを全て落とし


 両手に残ったのは自分の命だけでした。


 それでも彼女は生きなければならない理由がありました。


 ある日、そんな無機質な世界で転機が訪れます。


 おとぎ話ではありきたりではあるけれど、彼女は会ったこともない王子様に


『妃になってほしい』


 と言われました。


 そうして彼女はいつまでも幸せに暮らします。


 …誰もが夢見るハッピーエンドです」





「あなたがここで戦う意味はないんですよ、ソラ。これは私が望んだ物語ですから。」


 物語を話し終えた彼女はそう言ってこちらに振り向き笑いかけた。


 そんな勝手な話があるか。

 怒りで震える唇を噛みしめる。


「そうか、それがアイリス。お前の幸せだというのなら俺は止めない。だが、俺らを助けるために無理やり自らの物語をハッピーエンドにしたのなら…」



「俺は君が自由になるバッドエンドを望むよ」



 アイリスが目を見開く。


 剣を構える。

 ユウトも俺に続く。


「この人数を相手にするおつもりですか?」

 騎士が嘲笑気味に言う。


「そのつもりだが?」

 相手を見据えて挑発する。


「しかし、俺らが傷付くときっとお姫様は悲しんでしまう。だから平和的に行こう」


 そう言って服の中に隠していた紋章のついたプレートを取り出す。



「ご挨拶が遅れました。シリウス国第二王子『ソラ・シリウス』と申します。隣国では王族による横暴が許されているのですか?」



 明らかに相手がざわついている。


「こんなところになぜ王族が!!」


「こちらの許可はちゃんとお取りいただいているんですよね?」

 さらに詰める。


「いや、それは、、!」


「ここで起きたことがバレたくなければアイリスを置いてすぐに立ち去れ」


「っ!…失礼しました」

 彼らはすぐに自分たちの国の方角へ去っていった。


 辺りは静まり、風の音だけが聞こえる。

 月明かりに照らされた読み取れない表情の彼女の前に立つ。


「すまない」


「…どうして謝るのですか?」


 表情からは怒っているのか悲しんでいるのかわからない。

 ただ、優しい声だった。


「勝手に事を運んでしまったこと、君が過ごした国を追い出してしまう形となったこと、国民を守らなければならない立場の者が君を苦しめていたこと。同じ王族として俺は謝らなければならない。本当に申し訳ない」


 ただ、静かに聞いてくれていた彼女に頭を下げる。


「それならあなたが謝る必要はありません、ソラ」


「あなたは私を助けることに迷いがありませんでした。私はそれがとても嬉しかったのです」


 そう言って彼女は胸に手を当て、瞳を閉じた。


「むしろ、謝らなければならないのは私です。あなた方を危険な目に合わせてしまいました。いずれ、そうなることもわかっていたのに…」


 そう言って、彼女がとても申し訳なさそうにするから。



「君の次の物語がハッピーエンドであるように願うよ」



 悪戯っぽく彼女に笑いかける。

 彼女は少し驚き、微笑んだ。


 

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