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08:騎士との交流



 エデュアルトが連れてきてくれたのは、テラス席のある、落ち着いた雰囲気の料理店だった。メニューには男性が好みそうな肉料理から、女性がはしゃぎそうなスイーツまで揃っている。

 迷いに迷い一向に決められない私に、エデュアルトが勧めてくれたのは魚料理だった。彼は何度かこの料理店に来たことがあるようで、初めて食べたときに感動したのだという。

 勧められるがままに注文を決め、ほどなくして運ばれてきた魚料理を目の前に、私は目を輝かせた。



「口に合うといいが……」



 いただきます、と手を合わせてから口をつける。瞬間、口内に広がる旨味に私は思わず声を上げた。



「おいしい!」



 気づけば一口、もう一口とフォークを伸ばしていて、あっという間に半分以上食べてしまった。

 大修道院の食事はとても質素なものだった。毎日三食、スープとパンが多い。小食故にそれを不満に思ったことはほとんどなかったが、魚料理や肉料理は週に一度の御馳走で、はしたないと思いつつもついつい大口で頬張ってしまう。

 向かいの席に座っていたエデュアルトがふ、と表情を和らげた。



「君は、思ったよりずっと表情豊かだな」



 指摘されて、恥じ入るようにフォークとナイフを置く。

 自分でも気づかないうちに随分とはしゃいでしまっていたらしい。御馳走にありつけたというのもあるが、それ以上に、聖女としての役目を無事果たせたことに私の心は浮ついている。

 エデュアルトが今まで見てきた私は、自分の不出来さに肩を縮こまらせて俯いてばかりだった。だから魚料理を笑顔で頬張る私を見て、“思ったより”表情豊かだと称したのだろう。



「……無事に初めての任務を達成できて、安心しているの」


「そうか。それはよかった」



 私の答えにエデュアルトは満足そうに頷いて、手元の肉料理に手を伸ばした。

 お互い無言で食事を進める。大修道院では、食事中に会話をすると注意された。もっとも今会話をしたところで私を叱るシスターはどこにもいないが、小心者の私は七年間言われ続けてきた言いつけを破ることはできなかった。

 食事を終えて、エデュアルトを見やる。すると彼は私より先に食べ終わっていたらしい、穏やかな表情で街行く人々を眺めていた。

 その横顔に問いかける。



「あの、エデュアルトのこと、教えてくれる?」



 今更すぎる問いだが、私たちはお互いのことをほとんど知らない。今がいい機会だと思った。



「エデュアルト・エッセリンク。十九歳。騎士の家・エッセリンクの生まれだ。この身を竜に呪われている」


「……それだけ?」



 年齢を除いて、既に知っている情報を並べられて私は拍子抜けしてしまう。思わず突っ込むようにして口を挟めば、彼は双眸を細めた。



「これから徐々に知ってくれればいい。ほら、次はオリエッタの番だ」



 会話のボールをこちらに投げられて、私は居住まいを正す。そして少しだけ意趣返しを込めて、エデュアルトに倣って自己紹介をした。



「オリエッタ・カヴァニス。十七歳。至って普通の家庭に生まれた“前世持ち”。女神の力はまだまだ使いこなせない、一応聖女よ」



 目を合わせて笑いかける。するとエデュアルトも笑う。

 穏やかな時間だった。いくら専属契約を結んだとはいえ、まだ数日しか時間を共にしていない他人と過ごしているとは思えないほど、私の心はリラックスしていて。

 こうして穏やかな時間を持てるのも、そもそも私が今こうしてここにいられることも、何もかもエデュアルトのおかげだ。



「……本当に、エデュアルト、あなたのおかげで何とか首の皮一枚繋がったわ。ありがとう。お礼を言わなくちゃと、ずっと思っていたの」



 真っすぐエデュアルトを見つめて、言い切った後に頭を下げた。

 本当に、心の底から感謝している。エデュアルトは私にとって救世主と言っても過言ではない。彼が専属騎士に名乗りを上げてくれなければ、今度こそ大修道院を去るところだったのだ。



「俺は君に救われた。だから礼を返したい。それだけだ」



 それなのにエデュアルトは、見返りを求めることなく爽やかに笑う。

 確かに私の女神の力は、彼の竜の呪いを一度解いた。けれどそれは私でなくてもよかったのだ。そう、聖女であれば誰でもよかった。むしろ彼は不運であったと考えるべきだ。他の聖女に助けられていれば、恩返しで専属騎士になる必要もなかったのだから。

 専属騎士は常に聖女に付き従い、ときには命を懸けて守らなければならない。契約が続く限り、何年も。竜の呪いを解いたお礼にしては、あまりにも割が合わない。



「それにしては、あまりに割りが合わない仕事だと思うの。今更だけど……」


「聖女の専属騎士がどういった立場なのか、騎士で知らない者はいない。全て承知の上だ。オリエッタが気に病むことはなにもない」



 けれどこうも有無を言わさない口調で言い切られてしまっては、私が気にしすぎるのも彼に失礼なような気がして。



「やめたくなったら、すぐに言ってね。お家のこともあるでしょう」



 エデュアルトはエッセリンク家の跡取り――忌まわしき竜の呪いを現当主より授かった嫡男だ。いつまでも専属騎士でいられるはずがない。

 専属契約についてそこまで知識はないが、ずっと同じ騎士と契約を結んでいる聖女の方が稀だと聞く。性格面での相性などといった些細なことからの契約解除も珍しくないらしい。

 助けてもらったからこそ、エデュアルトが辞めたいと言い出したときはすぐに専属契約を解除するつもりだ。たとえ、後任の専属騎士が見つからなかったとしても。

 こちら側としては決意を込めて言った言葉だったのだが、エデュアルト本人は笑って首を振った。



「優秀な弟が既に騎士として名をあげている。エッセリンク家は心配ない」


「そ、そうだったの」



 思わぬタイミングで明かされた“優秀な弟”の存在にたじろぐ。

 エッセリンク家は心配ないと言い切るほどの弟。竜の呪いを使いこなせないことに、ひどい劣等感を感じていたエデュアルト。彼ら兄弟の関係は良好なのだろうか――

 下世話な妄想が勝手に脳裏に広がっていってしまう。はしたない。

 恥じるように俯いた、そのときだった。



「君が気にすることじゃない」



 エデュアルトはまるで私の心の内を見透かしたように言うものだから。私は顔を上げ、思わず言い返した。



「な、何も言ってないじゃない」


「顔を見れば分かる。君は分かりやすい」



 エデュアルトは相好を崩す。優しい銀の瞳がこちらを見ていた。

 一瞬高鳴った心臓をごまかすように、私は唇を尖らせる。分かりやすい、と称されたのは些か不服だった。

 しかしうまいこと言い返す言葉が思いつかず、私は悪あがきのように、先ほど自分に向けられた言葉を鸚鵡返しで口にする。



「あなたも、思っていたよりずっと表情豊かね」


「そう、かな」


「えぇ」



 ぎこちない返答にどうしたのかと表情を窺えば、エデュアルトはほっとしたように口元を和らげていた。私のどの言葉が彼にそんな表情をさせたのか分からず、首を傾げると、彼は眉尻を下げてあどけない笑みを浮かべる。



「竜の呪いは俺の感情に反応するから、できるかぎり感情を表に出さないようにしてきた。だから人との会話は苦手なんだ。楽しい話題も提供できず、君に不快な思いをさせてはいないかと……」



 ――あぁ、これがギャップってやつ? 冷静沈着な大人に見える騎士が、こんな風に笑うなんて!

 ぐわっと心臓を鷲掴みにされた感覚に陥って、私は一度俯いた。しかしエデュアルトに不審に思われないよう、すぐに顔を上げる。そしてフォローするように首を振った。



「そんなことないわ。私もずっと勉強勉強で、楽しい話題なんか一つも持っていないもの。会話は私も苦手」



 それは事実だ。“前世持ち”でありながら前世の記憶もあまり覚えていないから、興味深い話題なんて提供できないし、大修道院からほとんど出たことがないせいで世間の流行りも何一つ知らない。

 似たもの同士。そんな単語が脳裏を過ったが、さすがに口にすることは憚られた。竜の呪いをその身に受けているとはいえ、エデュアルトは立派な騎士だ。だから言い回しを少し変えて、



「お互い様、ね」



 私に負い目を感じる必要なんてこれっぽっちもないのだと、伝えたかった。

 エデュアルトは銀の瞳を丸くする。数秒の沈黙の後、少しずつその瞳は細められて行って、



「似たもの同士、の方が俺は嬉しい」



 そう、はにかんだ。

 ――こんなの、心臓が高鳴るどころか、数瞬、止まったかもしれない。



「……それ、天然?」



 辛うじて絞り出せたのは、そんな問いで。

 エデュアルトは心底不思議そうな表情で首を傾げる。



「何がだ?」



 恐ろしい。どうやら本物の天然だ。今まで彼は一体何人の少女を悪気なく惑わしてきたのだろう。

 天然である以上、本人に注意してもどうしようもない。こちら側がときめかないように気をつけなければ。



「ううん、なんでもないわ」



 怪訝な表情をするエデュアルトに、ごまかすように微笑んだ。

 ――こうして少しずつ彼のことを知っていこう。そして私のことも知ってもらおう。思ってもみなかった突然の専属契約だが、エデュアルトとなら、きっとうまくやっていける。そんな予感があった。



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